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2013年 07月 21日

東九条東札辻町 長谷川家住宅見学 2013

ミナミク ヒガシクジョウ ヒガシフダノツジチョウ という、京都独特の町名。

長谷川家はこのあたりの地主で代々庄屋を勤めたので苗字帯刀を許された、とある。
屋敷を戦後の農地改革で縮小されてしまった様子が、明治10年に描かれた屋敷図から如実に読み取れ、先ほど歩いてきたのは、戦後の町並みだったことを思い知らされる。

当主は代々画才を受け継いだようで遺された画帳などの見ごたえのあるものは多いが、まず私が見たかったのは長谷川家の人々を育てた母屋のディテール。

サンドブラシで仕上げた当家の紋所やレース模様のガラスのはまった表の間への建具、引き戸金具、欄間、釘隠し、襖に書かれた書。
代々当主の残した絵、交流のあった人たちの書画等、見所十分だった。

庭も、私には全くわからないが、大きな灯篭が3基。と、石組が中心となった庭であった。

撮影禁止なのが残念。

一番印象に残ったのが、11代当主が武田五一に提出したデザイン画に、good! と武田先生であろう方のペン書きが入っていたこと。品の良いアールヌーヴォーのランプのデザインなどである。

青木木米の小さな屏風が10畳の座敷に展示してあった。

木米は陶芸家。陶芸家の書いたびょうぶ絵は緻密である。

我が家の高橋道八、華頂亭道八(三代目)の山水画の軸には「道八戯画」とサインがあった。
陶芸家の絵を直に見るのは、これが2つ目のケース。陶芸家の絵は、さがせばいくつも見つかるかもしれない。

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土間は写真を撮っても良いのだそうで、できる限り明治10年頃に復元してあるのだそうだ。
外からの光が、真夏であることを思わせる。

農家とはいえ、どこか町家の雰囲気を残している。座敷廊下の天井は数寄屋であり、華やかさが決して広くない庭とマッチしていた。

敷居は竹滑りの加工がしてあった。すごい手間だと思う。



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十条の橋の上からの景色。これは長谷川家住宅から望むことができた景色でもある。
遠くに比叡山。
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by coppoumon | 2013-07-21 00:15 | 京都 | Comments(0)


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