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2016年 08月 24日

真珠川 北原千代

最近、スロー・リーディングだとおもう。
最新の詩集を送っていただいて、一通り読んで、また、読み始めた。
ひと月かかっている。

何度か読むと、北原ワールドにするり・・と入っていけるのだが、そうなるまでが私にとっては
なかなかのことなのだ。

深読みをせずに、何も考えずに、研ぎ澄まされ、選び抜かれた言葉を追う。

今日は第一篇の終わりの真珠川で、一旦本を閉じ、目を閉じた。

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気づくと、すこし青緑がかった薄透明のガラスの箱の中を覗いている。

礼拝堂だ。

しばらくすると、
修道士として請願をたてている男のキャソック姿が、椅子を離れた。

そこで私も、ガラスの箱の上ふたを、そっと閉めるとともに、目が覚めた。

さて、次は第2編の読みをはじめよう。

今日でなくて、明日以降。

後に続く詩は、なんだか、慈しみと悲しみと、緊張が、コンクリートの建物の、鉄筋のように縦横に組み込まれているようで、じっくり読もうとおもうので、まだ、手が出ない。

暑すぎる毎日。
早く秋風が吹き渡ってほしいものだ。

明日のことは明日が思い煩ってくれるだろう・・ってか。

そりゃまあ、そりゃそうです。


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by coppoumon | 2016-08-24 22:27 | Comments(4)
Commented by marburg_bara_iro at 2016-08-27 11:10
コップ先生、暑い盛りにお騒がせしてすみません。
はじめの章を読んで下さって、ありがとうございます。
お時間が不意に空いたときなどに、ぱっと開いたページを
すっと読んでいただいたらうれしいです。
とりとめもなく、気持ちがあふれるままにという感じの本になってしまいました。
Commented by coppoumon at 2016-08-27 22:42
私は、これまでの詩集にも、幾度となく出てきた「じいさま」の存在を、とりとめもなく、自由でおもしろい、と感じています。
もうちょっと、怜悧な頭であれば、「北原千代の著作における・・じいさま・・の一考察」という小論を書いたでしょう。
現実には、「吉本の茂じいよりおもろい北原家のじいさま」としか、出てこないのが、口惜しいですし、厳しい現実をかみ締めています。
Commented by marburg_bara_iro at 2017-03-25 06:17
コップ先生、茂じいよりも自由度が高くおもしろい北原家のじいさまは、信じがたいかもしれませんが、大バッハからカツラを外したらそっくり、の風貌だったのです! じいさまは、たぶんバッハを聞いたことがなかったと思いますが…
Commented by coppoumon at 2017-03-25 09:08
いやはや、合点がいきます。バッハの父親は一卵性の双子でしたから、茂じいは、その末裔だったのでしょう。じいさまが消えても、ドイツ語が居残り、領域を広げ続けて楽しませてくれると思います。


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