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2017年 06月 30日

犬も歩けば某に当たる。

はんかしいぞう・・と打って変換したら「半菓子遺贈」と出た。
半跏思惟像だよ、とばかばかしさに、大笑してしまった。

これはいい。
問い合わせてきたり、尋ねてきた人には、半菓子の包みでも用意して置くように、書き残しておこう。

半跏思惟像のみまえに、半菓子を供える。菓子は美味いか、そうでないか・・・判断を仰ぐ。
親指と人差し指で、半菓子良いぞ~、GOOD! いうてはりまっせ。

ロダンの「考える人」像のまえだと、どうだろう。ザボン漬けでも良いのか、サヴァランの菓子がよいのか・・・


関西に住んで、いつも、美味しいお菓子に恵まれて、いいなあ・・と、いわれる。

はいな。そうで、おますねん。胃袋ひとつしかないのが、悲しおます。と答える。
そんなはずおまへんのや。

通ううちに、ついに行かなくなった和菓子屋というのも、関西にはある。

友人に、その話をして、「それが、ここでおますねん」と店に入った。

入り口で、こっち見ながらスダレ掛け直してたおっさん、おりましたやろ。あれが店主ですねん。天主ちゃいまっせ。店主。

いらっしゃいませ、と、言わないね。
言うかいな。

そんな会話であった。

あれもこれもと、仰山言うたら、「ああ、めんどくさいな」いわれましたよって、ふた色だけにしときまひょ。
「ほたる、あじさい、ふたつづつ」
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包んでもろたら、鮎5匹も入ってた。箱代50円いただきます。という。
鮎、言うてへんで。と友人が強い口調でいうと紙袋から、鮎を取り出し、ぷらゴミとして区分する半透明な袋に変わった。

で、友人が立ち寄ったので、ほたるで、お薄。

友人は黒文字で、薄青のゼリーのようなものを切り分けることが出来なかった。
何と、固い。友人はぼやく。

餡とゼリーに解体して、ゼリーを刻もうとするがむだで、突き刺してまえ!と私が号令をかけた。

あんこ、濃すぎて、・・・塩入れるからや、などと、にぎやかに頂く。押し頂くのは茶碗だけでええんやで。

御名アジサイは、おみやげの和菓子どす、半分ずつしまひょと、ご近所に押し付けた。

お礼はまだ聞いていないが、ふつうに召し上がっただろう。

私には、黒文字の通らないお菓子の食べ方の苦心も、想像外の楽しみ、としておこう。


半世紀も前だが、四条河原町に「たぬき」という看板を掲げた長久堂が瓦屋根の店を構えていた。
店は子供の頃から知っていたが、音楽仲間だったバンドネオン弾きのおじいさんから聞いた話では、毎日のようにお昼前に最中を2つ求めにこられる老夫婦がいて、なんとも、ほのぼのとした印象であった。

「たぬき」とは長久堂の名物「砧」のことで、5歳の私が祖父に手を引かれてみた祇園祭の日の記憶である。

ある時、おみせで、そのもなかの話をしたら、「はい。さようでございます。2つですと、紙箱に入れることが出来るのです」とのことだった。
その老夫妻もまた、お店の大切なお客さんだったにちがいない。

そんなことを、このブログの前、インフォシークで書いたことがあった。
















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by coppoumon | 2017-06-30 21:56 | Comments(2)
Commented by yasukon20 at 2017-07-01 17:55
美味しいお菓子 葛焼 とか 今回のお菓子とか・・。
和菓子大好きなんじゃけど 気持ちに余裕がないんじゃね~私は。
わざわざ買いにいったりできんたちで(笑)貧乏性ってことじゃね。

でも葛焼 食べてみたいもんじゃね~~。
Commented by coppoumon at 2017-07-01 21:31
京都は、普段の顔と、ハレの日の顔とあるけんね。
その、普段の日の顔が、魅力じゃねえ。

お客さんには番茶と駄菓子を出して、気兼ねなくいつでもおいでください・・と意思を表示するけんど、ここ、というときは虎屋の羊羹で挨拶に伺う。

和菓子は、奥が深い、思うようになるまで、通ってみんさいや。
御名も、相当文学に詳しゅうないと、わからんこともあるし、形もイメージも、抽象化されて、唸る日もあるんよ。

京都のお菓子は、いくらでもショーウインドウに並んどるようでも、
本来、注文して作ってもらうんじゃけえ。
ふらっと、買いに行っても、無いけん、そこがおもしろいんよ。


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