2007年 08月 17日
延暦寺は比叡山の中にあり修行も厳しい。 年老いて御用を終えたお坊さんは山を下り人里で暮らすようになる。 そういうお坊さんの隠居所として立てられた寺を里坊というのだそうだ。 公開されている旧竹林庵で、数時間を過ごした。それというのも、少し前に食事に入った鶴喜で、にわか雨に遭った直後の庭の美しさになかなか立ち去れなかったのだ。 建物は明治の初めに人手にわたり所有者も二転三転しているが、寺とは個人が所有するようなものではないのかも知れない。 祖母が、自宅の向かいの手ごろな庭付きの家が売りに出たとき、買おうと持ちかけたら、祖父が、あれは元尼寺だから、買わない。 寺は個人が買うものではない。因縁が深いから。とたしなめられた、という話をわたしにした。 祖母はあまり、空気を読まない、というか、読めない人だった。負けず嫌いで、自己主張だけが強い人だった。 弁護士の某○さんの話が祖母の姿にだぶる。 空気を読めない人というのは一方的な意思疎通。 こういう人は、人使いが荒いです。 仮に謝罪はしても反省はしない。反省しないというより、他者の気持ちを知ろうという発想が無いし、もしかしたら自分に何か原因があるのではないかという検証が無い。 落ち込むことがあっても、反省はしない。 いつまでもそうならその人個人の資質ですね。 (そんな人に)空気を読めとはいわないですね。泳げない人に泳げというのと一緒だから。 こういう話だっただろうか。 母がたの祖母の連れ合いはお寺さんだった。商売が大好きで、自分の商才を信じて寺を出たが、思慮の深い人だった。 もしこの夫婦の資質が逆だったら、祖父は、横柄でうわべばかり取り繕う、檀家の神経を逆撫でするより能の無い宗教人だっただろうと。 そうでなかったことに安堵する。 ここには竹林和尚様という方が住まわれたのだろうか。 里坊にこれだけの美しい建物と庭園、茶室を用意してお帰りを待ってもらえた和尚様は よほどの人徳がおありだったのだろう。 寺院の手を離れた旧竹林庵の美しい庭を眺めてふと、こういうことを考えた。 合掌
by coppoumon
| 2007-08-17 22:38
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