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2017年 07月 06日 ( 2 )


2017年 07月 06日

祇園祭 梶の葉 庭の白百合

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鴨川は梅雨の気配だが祇園祭が始まった。
7月中になんどか見物に出かけられたら良いなあ、とおもう。
きょうは祇園階段下もがらがらであるが、ここが、ものすごい人波となる。

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菅原道真を祭る神社は多いが、大管臣神社に行くことになった。
一帯は、管家邸宅跡なのだそうであるが、社域は狭められている。
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膏薬の辻子を通り抜ける。
ここはちょうど1年前に訪問しているが神社はここを下がったところにある。

写真を撮るのもお気の毒なくらい荒れている境内で、立派な本殿が哀れ・・ああ、そんなこと、言っちゃいけない。
本殿は下賀茂神社からのお下がりだそうだ。あああ、そんなこと言ってよいのか。
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織部の先生に誘われるままに、茶席に闖入した。
ふ~~。無礼講でよろしく・・と初めにお断りを入れておいたが、恥知らずなことである。

待合には、大西良慶師の「天真」の書の下に梶の葉が20枚ほど提げてあり、五色の薄布の紐は床の間にすそ模様を書いて、天の川をあらわしているようだ。

会記を拝見。

8時半から始まって4席目、12時までだそうで、私は五席目だったが、六席目という方たちと一緒になった。

お裏をなさっておられるという年配の紳士が主客をなさった。
軸についての詳しいお話は無かった。お花は何々・・と伺ったが、どこに花がと探すうちに名を忘れた。

主茶碗は、初代高橋道八が明治二年に、婦女子にも茶道を教授することになった際に、20碗のみを焼いたという楽茶碗であった。人物画が描かれていた。初代、と、先生はおっしゃったが、先ほどのお話の時代では三代目じゃないかと思う。
作風、というか、人物画の描き方は三代目ではなさそうにも思う。じゃあ、お茶碗は初代かな。
もうひとつは、即全の笹絵の色絵。撥高台。

数茶碗も笹に短冊の色絵だった。

さすがに、織部流、朱色の天目台に載せられてちゃわんがお出ましになった。

主菓子はこなしを円柱型にして、緑色のゼリーを短冊に切ったものが、貼り付けられて横たえてあった。
それが・・ぬるぬると滑って、懐紙に取るのが難しかった。御製は「きねや」

菓子器は人間国宝の・・・誰だったか、出てこない・・白の輪花。ヴェネチアン。和物の手吹き鉢。

水指はギヤマンで、初めに梶の葉を敷いて、その上にギヤマンをおく、という趣向が凝らしてあった。

釜は見立てで、真鍮の火鉢だった。左右に環がついていて、ラホツが6個ほどデザインされているようだ。
火鉢には5ミリほどの穴があけてあり、そこから空気を取り入れるようにしてる、ということだった。
炭火を直接感じないので、熱さ対策なのだそうだ。
奈良のお寺で使われていたようだ、とおっしゃる。会記には時代、とあった。

薄器は輪島塗の中次、糸巻きの棗。後で拝見台に乗って茶杓とともに出された。
茶杓は削ったばかりで真っ青。御名は「七夕」

茶せんも、昨夜、9時に高山で(奈良の)拵えていただいたものでございます。ということだった。

記憶にあるのはそんなところかなあ。お茶は祇園辻利、銘は「清音・せいおん」


左足から入ってこられて、一歩下がって座られて袱紗は表が朱、裏が黄だった。

色にはいわれがあるのだろうとおもう。

和やかな会だったが、足と頭がもう、限界・・と言うところまで来ていた。

素人が混じって、申し訳なかったです。

次はね、来週です。場所は・・とまたお誘いを頂いた。

さてさて、どうなることだろう。


裏庭で、白百合が咲いた。

うるわしの白百合、ささやきぬ昔を 

こんな歌があった。花が昔をささやくのか・・・そんな発想が私にはない。
ないものはないのだ・・と頭の中を覗いてみたくなる。

蝶はいつも10頭ほどやってきて、しばらく遊んでどこかへ行く。
それを、一日中でも眺めていたい。

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最近緩みっぱなしの頭の中。老化でしょうか。

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by coppoumon | 2017-07-06 22:39 | 京都 | Comments(2)
2017年 07月 06日

6月に弾いたもの 

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by coppoumon | 2017-07-06 21:56 | 音楽の勉強