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2017年 10月 16日

菊がさいた

10月初旬だというのに菊の花が開いた。

ほかの菊たちはまだ3ミリほどの蕾でしかないのだ。
これはホームセンターで買ってきた苗で、去年咲いたかどうか記憶に無い。
線香ほどに細く弱ってしまったのを抜く気もないまま放置しておいた。

全体に油粕をやったのが良かったのか。であれば、虐待していたことになる。
すみませんね。
白菊の葉はてんぷらに出来る、と聞いていた。
てんぷらが好きだったら、もっと大事にしただろうに。


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梅の根元に5種類、ホームセンターで買った苗を植えたのは、4年前。
全部「寒菊」で、だいたい1月末から咲き始めるはずだから、たまに夏日でやりきれないこの時期に咲くのは腑に落ちないが、咲いたのだから、よく咲いたね・・とほめる。

しかし初見である。すなおに喜ぶ。

裏庭の菊も手入れをしなかったので、やせた野良猫のような状態になってしまった。
雑草を取るときに、施肥してやればよかったのかな。

ときどき、思い出したように株を移植してきたので種類は減ってはいないが、来年は菊をもうちょっとかわいがろうと思う。






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by coppoumon | 2017-10-16 08:57 | Comments(2)
2017年 10月 13日

名古屋へ 2017 その3 名古屋で食べたもの

名古屋に住む友人に、名古屋伝説「喫茶店のモーニング」の真偽を尋ねたら、行ったことがないので知らない、という。
ゴージャスなモーニングセット、餡トーストや餡入りコーヒーは幻なのだろうか。

オークヴィレッジが内装を手がけた「欅」というレストランがあったのだが、消えている。
味噌カツや、エビフライと海老天の盛り合わせ、みそおでん・・などという、勝手に想像している名古屋のソウルフーズが、これでもか・・とメニュに並ぶ店だった。

欅は、東京の人がやっていた店なのだ、と聞いた。それじゃ、撤収も早いわけだ。

名古屋産だったと、後から知った「寿がきやうどん」の系列なのであろう「すがきやラーメン」という店をながめつつ、
始めて入った地元の人の喫茶店で食べたのは、メニュに一番人気と書いてあった「和風オムライス」
加薬ご飯に近いようなピラフを卵でくるんで、餡がかけてあった。

餡といっても小豆ではない。べっ甲餡である。

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ほんわかとした、やさしい味のオムライスだった。


帰りの新幹線で食べた料亭「つたも」の弁当も、丁寧な味付けだった。食材だけで30数種類入っていた。
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角の無い、というべきか、甘すぎず、辛すぎず、まろやかで、結構な弁当だった。
蛇腹の胡瓜も丁寧な仕事であった。

そのほか、「矢場とん」のくしカツも食べた。何もつけずに十分おいしいので、味噌だれが、一袋付いていたが、持って帰ってきた。
いえでチキンカツでも作って、かけてみよう。



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by coppoumon | 2017-10-13 23:00 | Comments(4)
2017年 10月 11日

名古屋へ 2017 その2

いきなり名古屋駅である。
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人民鉄道 JR もし、日本が赤い国になったら、旧国鉄をそう呼称したかもしれない。
ホームから見る線路を好きである。
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ありとあらゆる人たちを乗せたレール。
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行き先は大曽根から歩く、徳川美術館。
美術館手前でパントマイムという名の喫茶店に入る。
70年代を意識したインテリアなのだそうだ。ちょっと不思議な喫茶店。

イラストレーターと、がま口作家のコラボレーションという大きながま口、絵画が、店の大きな壁に展示してあった。
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ここのお客さんたちを拝見していると、この地に棲めるなあ、と考える。

徳川美術館については省略。

ゆっくり観ていたら時間が押し迫ってきたので、退出。
途中で、ヴォーリズの戦後の設計の教会を発見。

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バッハの連続演奏会は面白かった。3つ目のカンタータではさすがにテナーがバテはじめて、どうなるだろうと思った。
この日の小ミサはとても良かった。

楽屋口から、おおきな荷物を転がしながら、あたふたと友人が出てきた。
これから長崎なんです・・という。

大きいほうがいいですか、小さいほうがいいですか?

・・小さいほうが・・大きいほうは何ですか?

急いでいる割には余裕やん。

また、あたふたと彼は姿を消した。









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by coppoumon | 2017-10-11 23:10 | Comments(0)
2017年 10月 11日

名古屋へ 2017 その1

去年も名古屋へ行き、名古屋へ その1 その2 と記事をアップしている。

私は、気に入った催しには、来年も、再来年も、と毎年同じことがしたいようだ。
逆に言えば、毎年、同じことが重ねられる幸せ、というものを、感じていたい性格のようだ。

明日は名古屋、というので、手土産を求めに出かけた。

その前に、食事。

宇治から祇園に移ってきた豆腐屋さんのメンバーが出しておられるお店。


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馬上杯の中はびっくりするような豆腐の味。

食後、てくてく歩いて、浪川菓舗の生菓子を一折。

途中、400年続く老舗、という店でも「山苞(やまづと)」を買った。
苞・・つとに入れて、包んで、など、この言葉は死語なのだろうか。
和菓子屋の山苞は、この時期なら柿、栗、キノコ、どんぐりなどをそれらしく拵えて、背負子のようなかごに入れてある。
苞とは、グリーティング・ボックスかもしれない。
老舗のそれは、小さな紙箱であった。

名古屋では二人に会うので、小さな包みと大きな包みを用意した。

3時のおやつに自分用に包んでもらったのは、栗餅、金柑餅、月見団子。
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お菓子の包みを提げて、閻魔様のところに寄った。
お迎え鐘を引いて、ご挨拶。
閻魔様の前は大きなアクリル板で遮蔽されている。
横に撮影禁止、と書かれていて、カメラまで設置してある。
閻魔様にいたずらしたヤツでもいるのだろうか。
こころなしか、閻魔様のお顔も疲れ気味。年中あの顔じゃ、疲れるよなあ・・とお気の毒に思う。

駅に引き返す途中にみた光景。
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一等地ゆえに、これらの町家は解体されて、なにか建つのだろうなあ。
ちょっと住んでみたかったなあ、と妄想。

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by coppoumon | 2017-10-11 22:51 | Comments(0)
2017年 10月 09日

漆喰壁

母の残した家は真壁だった。
仕上げは綿壁であるが、それがいつのものか私は知らないが、相当に傷み始めていた。

今回、楽器を退けて、本棚をすべて動かして全体を仕上げてもらった。

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南側の、窓の下の壁に、竹腰潤氏の染付けタイルを貼り付けてもらった。

アップライトの上の壁は、しばらく絵をおかず、このままにしておきたい。

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さてと、この続きで、9つある本箱のうちの5つを整理している。
捨てようとして、また元の場所にもどっていく本たちが、可笑しい。

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by coppoumon | 2017-10-09 22:27 | Comments(4)
2017年 09月 21日

定期健診の道すがら

病院まで1500メートル。
微妙な距離である。

冬、早足で歩けば15分で着くのかもしれないそこまでを、暑いので、ぐうたらに歩く。

大丸ピーコックの後に、薬屋が入り、団地の一部は関西外大のたてものが建築中である。

どこも悪くありませんよ。尿は大変きれいです。では、次は・・・12月ですね。ではまた・・

これだけのことなのだが、なにか、とちゅうで楽しみを探す。

植物観察。

白い花でもマンジュシャゲ。

その前後に写っている丸い葉っぱは花蘇芳である。
柔らかい葉っぱは、蜂の仲間がきて、丸く切り取り、どこかへ運んでいく。


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ムラサキシキブも白い実がなるのがあるが、シロシキブと区別している。実は毒。

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キノコを発見。

大きなアンパンくらいある。ブリオッシュの生地でできていて、割ると中からカスタードクリームが出てくる・・そんなわけ、無い。

見て楽しんだのは、毒をもった植物ばかりか。

帰宅して10時を回ったところだ。

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一服するお茶。

和菓子は「着せ綿」御製は茨木の石洲。

着せ綿の、繊細さにおどろく。




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by coppoumon | 2017-09-21 21:36 | Comments(2)
2017年 09月 18日

トリ肉と栗の白ワイン蒸

お惣菜である。
フランスの家庭料理、なのだそうだ。
だから、レストランで見ることはない。

うちには赤ワインしかないので、常であれば赤ワイン蒸であるが、今日は白ワインなので、ブログに上げてみた。
この料理、赤より白が良い。

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オーヴンがないので、フライパンで肉を焼いてしまい、キャセロールに移して栗をいれワインで蒸した。
オールスパイスをたっぷりまぶすのだが、秋色というか、さらに、シナモンパウダーを振り入れた。

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急な栗の到来で、白ワインの準備がなく、スーパーで、妥当なものを探した。
辛口ではあるが浅い。
それでも料理には十分な味のソースも取れた。

初めからオヴンを使うと、栗も玉ねぎも皆、良い色のチェスナッツ色に仕上がる。

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今日のメニュは、

チーズとメルバトースト

かぼちゃとセロリのポタージュ

鶏肉と栗の白ワイン蒸

赤飯(ご近所のお年寄りから回ってきた)を、お茶漬け。
服部白瓜


ついでに、栗のポタージュの作り方を言われているので記す。

栗は皮むきが、実に面倒。
それで、小さい栗だと、湯がいてしまい、二つに割ってスプーンで実を取り出すほうが手早い。

玉ねぎをバターでいためて、なると金時を80グラム程度薄切りにしてこれもいためて煮て、そこに栗の取り出したのも混ぜてちょっと煮て裏ごしをする。

そのとき、ベイリーフの葉を入れても良いし、なくても良い。
塩加減をしながら、牛乳と生クリームで適当に伸ばす。

ここまでは、「客に出す」であろうポタージュ。

以下は、自分の楽しみで作るポタージュ。

大きな栗を、渋皮まで剥いてしまう。
やはり、栗だけより、なると金時を少しだけ加えたほうが、食感が良い。
栗は200グラムくらいつかう。
金時いもが100グラム程度。玉ねぎは少ないほうが良い。

これをバターでいためて、煮て、裏ごしをして、生クリームを入れる。


おはなちゃん、言うたからにはやってみんさいや。
栗とペティナイフが、仁義無き戦いを始めるんじゃけえ。

手間のかかる、こようなもんは、ありがたみを知っちょる、身内だけで食べるんがええよ。
ポタージュなんか、つくらんでも、クノールの缶詰があるけん、それで生クリームと、クルトンがあれば、
上等なポタージュ、と褒められる事、請け合いじゃあ。

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by coppoumon | 2017-09-18 22:25 | Comments(2)
2017年 09月 14日

初秋の東福寺 その1

東福寺界隈を歩く。

まずは、腹ごしらえ。
その前に、末廣屋という和菓子屋の前を通りすぎて引き返した。

「老松」というお菓子がチラッと見えたからである。
たしか、泉湧寺で、お茶を頂いた時に・・と引き返して、確認するとそうだった。
瓢と菊のお菓子をもとめる。正式な御名は忘れた。

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ちょっと、写真を撮るのが難しい。
錦玉羹は、持ち運ぶのも難しい。
瓢箪の形をしているので、イメージを補って、画像を見て欲しい。

菊は、重陽の時期なので、立派な姿をしている。
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いつもの場所で、いつものお昼ご飯を頂く。

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お吸い物碗も菊だった。
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凄いなあ。明治の頃のものだろうか。
6色、漆を使い分けている。

なぜ、明治かというと、我が家の明治18年のお碗と、些少に楕円に歪んだ、その歪み方がソックリなのである。

140年もたつのだから、それが自然というものだろう。

さて、パズルのように、歩いたことのない道を探しながら、東福寺へ。

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この紅葉が色づく頃には、人の波で、とても、来れた場所ではない。
きょうは誰もいない。

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by coppoumon | 2017-09-14 22:24 | Comments(0)
2017年 09月 11日

水を指す

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by coppoumon | 2017-09-11 10:49
2017年 09月 03日

一巡した 弾いたものの記録

ピアニストたちが、骨折は弾きながら治す、と言っていたことが、身をもって理解できるようになってきた。

元来左利きで、右手は不器用だったが、左手に追い回されるように走り回っていた。
退院直後、力の入らない左を、弱弱しくゆっくり弾くと、右も追従するので、右手までがダウンするような有様だった。
これまでは左手のやることを右手に教えていて、今では、右手が出来たことを左手に教えなおす。

右手の苦手部分に向き合って訓練する。それを左手に教えると、左手はいとも簡単にこなす。
やはり左利きだと苦笑いする。

ゆっくりさらう良い機会だからと、ラフマニノフやチャイコフスキーのコンチェルトをリハビリに使った。

そういうことを繰り返していたら、ある日から手の不便を余り感じずに弾けるようになっていた。

それで、モーツアルトのコンチェルトを8番から若い順に27番までさらい、バッハを系統立ててさらい、他の無理なく弾けそうなものから譜読みを始めて1年が過ぎた。

主治医の先生に、半年くらい経過した時「(演奏は)どうですか?」と聞かれて、中学生程度です、とこたえたことがあったが、まだ伸びしろがありそうだ。

ピアノの演奏は、短距離走の状態で、長距離を走るようなものだけれど、まだ、長時間ぶっ続けに弾くことはしない。

70年代から80年代終わりに楽しみで集めたフランス現代の作曲家たちの作品のうち、子供向けのものが、一時期、日本版で入手できていた事を知ったので、楽譜を集めた。
5冊で152曲あった。私の所有する楽譜とはほとんど曲がダブらなかった。
それらの作品から、逆に日本の色を見ることができる。
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二巡目に入り、また新しい発見があるだろうと思う。



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by coppoumon | 2017-09-03 10:32 | Comments(2)