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カテゴリ:大阪( 56 )


2017年 09月 18日

大阪クラッシック 9・13

1週間のクラシック週間の丁度真ん中の日、大同生命でピアノとハープの演奏を聴いた。

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演奏はハープ 平野花子、ピアノ 松永加也子。母娘という組み合わせ。

デュセック ハープとピアノのための二重奏曲 作品36
一柳 慧 夏の花
サルツエード ソナタ

デュセック以外は現代作品で、どれも聴き応えのある良質な演奏だった。

ピアノが専門なので、どうしても、そこのところを専門的に聞いてしまうが、楽器はベーゼンドルファー、
ヤマハの傘下にはいったベーゼン、というか、ヤマハの音に似てきているように、聞こえて仕方がない。

天井を見上げると、一階営業部の天井に自然光で輝いていたステンドグラスが、蛍光灯の光を通していた。
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メモリアルホールの展示物を拝見。ヴォーリズのエスキスが凝縮されている空間の中で、結果として踏み倒したであろう近藤勇の400両の借用書などが、面白かった。
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by coppoumon | 2017-09-18 21:53 | 大阪 | Comments(0)
2017年 09月 06日

茨木駅前

50年前にみた茨木駅は当時どこもが共通してた駅舎、木造の改札口、地下道、跨線橋、ホームにはコンクリートの洗面所、
売店。


街はまだ江戸時代の建物がいくつも残っていたことは、このブログで何度も書いた。
本町を中心に、少し城下町の時代の町割りも残っていた。
北摂から六甲に連なる山並みが美しかった。

駅はリニューアル中だった。まだ、リニューアルしたりないのか、と外に出て、変わり様におどろいた。
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ここ、どうやって地上に降りますねん、と、うろうろすると、以前の駅前が少し残っていることに気づいた。

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列車の長旅に欠かせない、駅前の公衆便所は、そっくり地下駐車場のエントランスになっており、向こうの白い建物は、交番である。

もちろん木造平屋建ての交番をも立替中のことも知っている。
歩きなれた道であった。

駅前ゆえに、大き目の大衆食堂、小間物、タバコ、靴屋と並んでいたが、今何もない。

体育大学があった。

茨木で知り合ったこの、体育大学の連中が、同窓会を秋にやるから、と私にまで連絡が来た。
もうな、あれこれ、死んどるねん。揃う間にやっとかんとな。

前にも同窓会があって、2次会に顔を出すと、見知った者たちだった。
街中で、それぞれにアルバイトをしていた連中ばかりだった。
それもこのブログのどこかにある。

いま、気になるのは、茨木童子の饅頭は売られているのか・・ということ。
気候がよくなったら、歩いてみたい。

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by coppoumon | 2017-09-06 21:24 | 大阪 | Comments(0)
2017年 08月 28日

淀屋橋の東側

梅田から淀屋橋にむかって歩き、淀屋橋の地下階段を下りる。
これは毎週のように歩くコース。

淀屋橋で降りて地下階段をあがることはほとんど無い。
週末にその地下階段を上がり、御堂筋の東側に出た。

高さ制限の解除された御堂筋は周知していた景観とちょっと違う。
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ここを、淀屋の小路だと知る人はいるのだろうか。
老舗テーラーのたてものが姿を消していた。

突き当りを曲がると、料亭つるや、灘万という老舗だったが早くに瓦解した。
目的の和菓子屋は、その隣にある。

入って、店の雰囲気は変わらないが、建物は建て替えたのだろうか。
ここで40年以上働いていた友人はこの5月に退職した。

いい会社でね・・と働き始めから嬉々としていたが、勤め上げたのだ。

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彼のおかげで、ここの和菓子の銘と中の餡のほとんどを覚えた。
もちろん、食べて覚えたのだけれど。

「夕顔」は時期を過ぎたのですか? と尋ねると、あの、10個からでしたら、ご予約くださるとおつくりします。と返事があった。

今日、ここを尋ねたのは、もうすぐ、葛菓子が終わってしまうからである。また、来年、ということになる。

職人が替わっていくと何となく和菓子のイメージが変わるが、まだ、銘と記憶が一致している。

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青磁の平皿は、甘利紘氏作 
余りにも平たいので、面白くて買い求めた。それも、1978年ごろのことだ。
作られた方のことは、最近ネットで知った。

夏茶碗も手入れして、仕舞う。
秋である。

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by coppoumon | 2017-08-28 11:12 | 大阪 | Comments(0)
2017年 08月 27日

天王寺ステーション界隈

この近辺に初めて連れられてきたのは、5歳の頃。
針中野という駅で、のちに親戚になる、母の妹のお連れ合いの実家であった。
その後、近鉄の古市という駅に替わり、目の前の古墳を眺めた。

古市に行くことは、ないだろう、とおもっていたが、良いオルガンがあるのででかける。

演目は皆、バッハだった。

「目を覚ませと呼ぶ声がきこえ」から始まった。奏者のこの曲を、20年まえから、折々に聴いたが、きょうはこれまでになく拙かった。

曲が始まる前に、すでに覚醒していた。
それは、わたしの列の前のオバンの身なりであった。

黒い服を着て、首から、耳、手首に至るまで、大小の白い、丸いものを体にまとわせているすがたが、いかにも、オルガンキーボードのようであり、パイプをはずしたオルガンをおもわせたからだ。

しばらくして、わたしは座席を移動した。10年続くこの企画は、常に入りが50人ほど。どこにでも座れる。

終演後、ホール前のバス停で立ち止まった。渋滞気味ではあるが、向こうからバスが来ている。
古市駅まで700メートル。歩いて、まったく面白みのない町並みのところに、バスは藤井寺行きと表示が出ているのがわかる。



バス停では妙齢の婦人が、私がベルギーへ行ったとき・・などと話し、
あんた、小曲集、どんな色の本、使うてんの?
あたし? なんつうか、水色の本で・・

と、会話が聞こえる。今日の演奏はバッハのオルガン小曲集だった。
レクチャーと演奏、という題目であったが、音楽を聴いた、という印象からは程遠いものであった。

そうだ、藤井寺は商店街があった。
古い町並みや、遺跡のおおい所だ。
気分転換にバスに乗ろう。

婦人らのほか、ホールの客らしいひとたちが5人、全員バスに乗った。何てことだ。

そうして、帰りの電車まで同じだった。

天王寺の駅ビルは MIO という名にかわっていたが、古くからある北京料理の「百楽」がまだ存在しているというのがわかり、早目の夕食を済ませた。

阿倍野にくることは、まずない。
辺りを散策。

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なんという名づけだろう。今日のコンサートそのままじゃないか。と、通り過ぎざまに、ずっと以前、ごちゃごちゃとした通りに、美味しいものやが、軒を連ねていたことを思い出した。

それらしいところに行くと、ビルになっていて、とおりが少し再現されていた。

石炭ストーヴで煮つづけたドミグラスをつかった洋食屋。
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お隣の、饂飩屋。

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2軒の店はいちども入ったことはないが、その先で、マニアックなウンチクつきのコーヒー屋に連れて行ってもらったので、記憶していた。

きょうは手土産に、鶴屋八幡本店で和菓子を求めたのだが、和菓子ひとつより安く、おなかが一杯になることに、驚いた。

和菓子はそう考えると決して安いものではない。
なんとなく渡す気分になれなくて、持ち帰って来たのだった。


ハルカスを眺めた。
夜は、このように見えるのだ。
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ハルカスの夜景。
本来なら、ハルカスから夜景を楽しむのだろうけれど。

携帯で、しかも、ズームで300メートルほどの高さの先端を真下からながめる。











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by coppoumon | 2017-08-27 23:30 | 大阪 | Comments(0)
2016年 11月 18日

重森三玲が遺した枚方市の公園

市民便りだったか、短期間ではあるが公開中、と、以楽苑のお知らせがあった。
確か、20日まで。

近場といえば近場なので、午後から出かけることにした。

公園前からバスで5分、降りて、医院が並ぶ、なだらかな坂をすこし下ると、公園があった。

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しばらく庭園は、荒れ放題だったこともあるという。
樹木に、その形跡はあるかもしれない。
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汀や滝組に見とれる。
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桜は美しく咲くだろうか。
大きな松が、2本、切られて、株を残していた。

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向かいに、大きなマンションが建設中。
彼らは重森三玲の庭を眺めながら暮らすのか。
それも、いいなあ。



バス停に戻るところで、意外なことが起こった。

医院通り、とでもいう、その中のひとつに、私の、主治医の名があった。
いぶかしく、ドアの前で20秒ほど思案していると、看護師の方が出てこられた。

開業しておられたのだ。
急にお逢いしたくなったが、食事に外出しておられる、ということであった。

名を告げ、よろしくお伝えくださいと、バスに乗った。


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by coppoumon | 2016-11-18 21:30 | 大阪 | Comments(0)
2016年 07月 29日

パワーは、まだまだ

7月23日の続き。

演奏会の後、京橋に向かって歩く。
京橋駅構内から外に出ることは滅多とないが、演奏会でご一緒した方を誘って、パソコンの先生が、京橋を案内してくれることになった。

この世とは思えぬ猥雑なところを選んで歩いてください。赤い灯、青い灯の点る昭和のにおいのするホテル街をみながら、ホタル狩りならぬホテル狩りを、楽しみたい。

こう、希望をのべたのだが、「そんなもの、ありませんよ」と一蹴されてしまった。若い頃に電車から見た「LORD」 「KING OF KINGS」の建物は、どこにいってしまったのだろう。立派な名づけだったなあ。

先ずであったのは、100人ほどの美女群舞。
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天神祭りなのだ。


商店街を歩いて、お目当ての夕食は洋食屋さん。

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懐かしいというか、ホンマモンの洋食でした。

店を出て、おちついてあたりを見回すと、はいってみたくなる店がいくつもある。

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たそがれて、店じまいを始める個人商店。豆腐屋と、パン屋の数の多いのに気づく。

大きなすずらんのかたちのシェードがさがった商店街。

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たそがれても、明日がある・・というのはいいなあ。


この日は、京都新聞に村山春菜さんの記事が出ることになっていて、帰宅すると携帯にメールで記事が送られてきた。

これはまた、後日アップ。
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by coppoumon | 2016-07-29 17:07 | 大阪 | Comments(0)
2016年 04月 08日

珈琲のある風景

以前から、入ろうと思いつつ、素通りをする喫茶店があった。
喫茶店の前の道は、10代の最後の2年間を、家庭教師で毎週歩いていた道である。
宿場町当時の面影はまだ少し残ってはいる。

素通りに意味はない。
時間的に中途半端だったり、時間がなかったり、ただそれだけのことだったが、居心地の良い喫茶店だった。

何が良かったか・・マスターの「声」のひびき。


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椅子は、というと、どこかの教会で使われていたらしいのを、入手されたとか。

良い椅子である。

豆は、COSUTA RICA ”SAN GUIJJERMO”

おいしさに、豆を買って帰宅。

それと、トイレが美しかった。
濃い目のベージュの壁、磨かれた無垢板の床。

トイレは見るだけにして、外で用を足してください!

トイレのノブにこんな札をぶら下げてみたい。

無理か。

エイプリル・フールから1週間も経ってしもたんじゃけえ。
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by coppoumon | 2016-04-08 22:26 | 大阪 | Comments(0)
2016年 01月 13日

鍵屋・大広間にて

2013年7月14日に大豪雨があった。
翌日、淀川の水位が上昇したために、埋め立てられた枚方に、本来のいわれとなった、平潟が出現したそうである。
私は見物には出なかった。

鍵屋には水運華やかな時代の鍵屋が描かれた軸や浮世絵がいくつもある。

後に料亭として建てられた大広間に入り、見回すと 大きな絵が掛かっていた。

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布袋さんと、3人の唐子。

唐子踊りは、方々に伝わっているとは、聞いている。

この筆者はだれなのだろう。朝鮮通信史は淀川を御座船で通過していったのだが、筆者は唐子を見る機会があったのだろうか。

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丁寧に描かれた絵である。

窓の外を見た。

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このような甍の流れを見ることが出来る場所は、滅多とない。
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by coppoumon | 2016-01-13 22:33 | 大阪 | Comments(2)
2015年 12月 22日

冬至・当日 2015

年賀状を、そこで、買いなさい・・・そんなことを教えてもらった。
仕事の行き返りに歩く道すがらにその店はあった。

2013年暮れに、手の怪我で賀状を書けなかったが、届いた賀状には返事を出した。70枚ほどだった。
2012年には140枚書いているから、半分なのだ。

そうだ、この70人ほどの方が、私に、暖かい波動を送ってくださっている・・と解釈してしまおう。
そうして、心をこめて、私のようなものとお付き合いくださることに、ありがとう、を言おうではないか。
皆さん、大変な勇気でっせ・・・

2014年も、まさにその通りの数だった。

今年は・・ないしょ。

帰りはすっかり暗くなっている。カボチャも柚子もない。冬至には、長いものをたべるべし、と国許ではいうが、
関西では聞かない。
れんこん、にんじん、きんかん、うんどん(饂飩)と「ん」が重なるものをたべなはれ・・という。
じゃあ、たんめんや、わんたんは?と聞くと、あほか・・と相手にされなかった。

長いものなら見た。

10億円の宝くじを買う人々の長蛇の列。

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おくのちかみち・・・・こう、呼称するのだそうだ。

冬至の風景であった。

私は翌日から冬休みに入った。
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by coppoumon | 2015-12-22 21:56 | 大阪 | Comments(0)
2015年 08月 30日

次は羽曳野

次はですね、羽曳野。

遠いなあ。遠いですよね。
じゃ、こっちで調べて、また。

ことしは4回も友人の演奏を聴いた。聴く回数が重なると、またやってる・・・程度になってしまうのだが、場所が変わり楽器が変わると、面白さが先立つ。

かれは手の内を全部見せてくれるのだが、だからといって真似をしても、おなじような音は絶対にでない。

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古市で降りた。親類が住んでいたので、遊びにいったことがあるのだが、そこがどこだったのか、いまではわからない。二上山が視界にあると、遠いところに来たなあとひたすらにおもうだけである。

何か食べておかねば、と駅を降りてはいった喫茶店はゴージャスな昭和レトロだった。
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当日のランチ、というのがあって、トリのグリルだった。
注文すると、まっとうな美味しいランチが出てきた。

もうちょっと居たいような、そういうきぶんで店を出た。

帰路は天王寺駅から環状線で京橋へ。

天王寺ステーションデパート・・いまではなんと言う建物なのかは判らないが、記憶にある売り場にあがってみた。
このエスカレータをあがると、小さなペットショップで、手乗り文鳥を売っていた・・などとおもうのだが、40年前の話。
エスカレーターだけは改装の方法が無いのか、記憶を呼び戻すきっかけがある。

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しかし、通り過ぎる場所だっただけに、雑踏だったという思いのほかには何の感慨もない。
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by coppoumon | 2015-08-30 09:01 | 大阪 | Comments(0)