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カテゴリ:京都( 253 )


2017年 12月 03日

蓮花寺から御蔭神社へ

白血病からカムバックして親御さんの介護に、郷里へ帰っていた友人が召されたと連絡があった。
驚いたが合点もいった。

彼の魂の平安を祈るために、京都の山奥の静かな場所に出かけた。
途中、蓮華寺にお参り。
これまでに見たことの無い枯れた景色だった。

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今年は紅葉が短かったのだそうだ。
それも、何とすばらしい紅葉で、人の出もまたおびただしいものだった、と、お寺の方がおっしゃる。

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秋が過ぎ去ってしまった。
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本堂裏に残っていた紅葉に、虚子の、「濃紅葉に 涙せき来る 如何にせん」という句をおもった。
これは虚子の父の法事で読まれたはずで、今の時期だろうとおもう。

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頂くお茶席の毛氈は紅葉より赤い。

お昼前に御蔭神社を目指した。
途中で、お昼の準備に帰る清水さんというおばあさんに会った。
近くも、遠目もきかへんようになりまして、失礼しました・・と。

田圃は籾殻が積まれ、冬の景色だ。
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やまは冬。
私は穏やかな12月初頭のこの時期を、一番好ましいと思う。

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一番初めに神様が降り立った場所、と言われる御蔭神社。


いつも、連絡があったときには、彼が、すぐ家のそばまで来ていた。
大病の後、「な~に、また向こうで会える・・」というと、一瞬、面食らって、すぐに破顔した彼。
そのうち時期が来れば召された彼が私を迎えに来るだろう。

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山を下ると、瑠璃光院の裏にあたる、その敷地から、瑠璃色の光が差している。

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by coppoumon | 2017-12-03 22:21 | 京都 | Comments(0)
2017年 11月 17日

北野の秋をあるく

北野からすこし北に歩くと人の気配も無く、静寂を楽しめる。

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途中、紙屋川を見る。
鴎外の、高瀬川を罪人を乗せて下る「高瀬舟」は実話をもとにしたもので、モデルがこの紙屋川の辺りに住んでいた、という話を思い出して胸が痛んだ。
橋の袂には、素人の家とは思えない三味のおとでも聞こえそうな大きなたてものが放置されていた。


平野神社はすぐそこ。
ひっそりとしていて、それでいてゆったりとした気分になれる。



ここでは圧倒されるような大樹にであう。
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樹齢400年の楠。
子連れのわかいお母さんが、おさい銭を入れて、幹に触れつつ左回りをしている。

大きすぎて画像を納めることは出来ないが、しばらく佇んで眺め、幹に触れてみた。

桜も見た。
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北野天満宮が梅、平野神社が桜、我が家は菊。

梅に桜にまた菊に(「日の丸行進曲」)・・ああこれは軍歌だった。

我が家の消滅しかかった菊は元気である。
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絶滅危惧を免れた菊そっくりの和菓子をたべて、楽しむ。

これは御名「姫菊」 浪川菓舗の御製。

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by coppoumon | 2017-11-17 20:13 | 京都 | Comments(2)
2017年 11月 13日

炉開き

北野の天神さんにおいでくださいね。と以前お誘いがあったので、確認してみると、お菓子にも凝っております、どうぞおたのしみに。一席目は炭点前から始めます。とおっしゃる。


あかんあかん、分をわきまえなければ。

二席目からあとだなあ・・と受付を済ませ見上げると

杉の薄板をカルタのように拵えて、3,4枚芭蕉の句がかざってあった。

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すでに今日のテーマの「旅立ち」が始まっている。

銘々皿に載った菓子がでて、イギリス製のアンティクなリキュールグラスがひとつずつ添えられた。

まず、お菓子の説明があった。

今日のお菓子は、源水さんにお願いして作ってもらったのですが、源水さんもこういうのは初めてだ、とおっしゃいます。

「柚子」でございます。

半分ほど召し上がられたら、リキュールグラスの中に貴腐ワインがはいってございますので、お掛けになられてお召し上がりください。またちがった味わいがございます。

かたちは柚子だが、金団である。

花豆をアテに、アイスワインを飲むことがあるので、この組み合わせは驚かないが、お茶席では、ちょっと驚きである。

きょうは炉開き、お正月でございます。
それに旅立ちがテーマになっておりました、芭蕉のみならず、織部流でも、柚子の実る頃に旅にでようか・・というのはいろんな文献にもございます。

身内の旅立ちでしたら杯もございましょうから、貴腐ワインで遊んでみました。

・・・和やかな会だった。

源内焼きの鹿の香合。現代の源内焼きは三彩ばかりではないそうだ。
焼き締めの花器には山のちいさな柿が2つと、他に何かが活けてあったがわすれた。

お軸はなく、高麗卓の下の水指に、清水公照師の文字が書かれ、空・・萬・・と読めた。
釜は大阪の高谷家の何代目だったか・・これも忘れた。

炉縁は塗りで、3箇所に二つずつ瓢箪が描かれ・・無病息災をあらわしているそうだ。六瓢・・ですか。

お棗は大きな金色の華やかなものが出された。
茶杓は、旅なので、とりあえずそこらにある竹を削って作った・・と言う風情で、幅もおやゆびほどのおおきさ、石割れの部分をわざとつかい、いま削ったばかり、という感じにしつらえてあった。

お茶碗は、正客が御本茶碗、次客が古織部の陶片をつかって焼いた織部。つぎが清水の錦秋、わたしのは織部の沓茶碗。
判使茶碗もでていた。これが良かった。

正客の御本茶碗は、御本から鹿の子、鹿と、たびをれんそうさせるものを選んだ、とおっしゃっておられた。

茶杓置きも色絵の鈴だった。

茶巾落としは、清水の杉田祥平氏の色絵の柚子。これも面白かった。


予期せぬほどに、お遊びの幅が右に、左にと振れていて、次のお茶会を楽しみにしている。


あとで、メールを頂いた。

9席で、もう、くたくたです・・


北野天満宮は、名所でもあり、旧跡だから・・とメールを打ち返そうとしたが、踏みとどまった。

おじんギャグは老化の表れだと物の本に書いてあったからだ。








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by coppoumon | 2017-11-13 22:59 | 京都 | Comments(2)
2017年 11月 11日

錦秋

東大路は、何とまあ、歩道がすれ違えないくらいの大変な人出だ。
観光客の入らない道路を迷路のように歩きつつ建仁寺から東大路を横切り、
石塀小路、ねねの道と入って、最短距離で円徳院にたどり着く。

あす、茶会に出かけるので、織部流の予習。

今年は秋が早いようだが、紅葉には早すぎるだろうと思っていたものの、美しい楓を見た。
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お茶をお願いした。織部流は座敷で無礼講で豪快に、というのを小間でもご用意できます、というので、茶室へ。

お武家のお点前ですから、趣向が凝らしてございます。
目の前でお点てしますので、息がかからぬよう天目台、天目茶碗の上に扇子を載せます。
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目の前の茶せんの動きにくぎ付けになる。
写真は遠慮した。
お茶は祇園辻利の「清音」
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茶室のなかはなぜか紅い。
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天井の明り取りから紅色の光が降りてくる。
退出する時は庭もさらに赤く見える。
手水鉢は桧垣紋が少し読み取れる。
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茶室を振り返り、仰ぎ見ると、紅い原因は、楓であった。

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良い日の丁度良い時間に訪問出来て良かった。

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帰路、浪川菓舗で、錦秋という金団を求め、家では焙じ茶を楽しんだ。
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勉強になったか?
それが、リラックスしすぎて、楽しんでしまい、勉強になったかどうか。

お掛けじは泰厳和尚様の「禅茶一心」



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by coppoumon | 2017-11-11 20:59 | 京都 | Comments(2)
2017年 11月 10日

登り窯

東山界隈を歩いていると、いつも閉まっているはずの門が開いて、お立ち寄りください・・と声がかかる。

登り窯を保存している工房のあとだった。
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その大きさに圧倒された。
昭和40年代初めにけむりによる公害で移転した焼き物の街が、こうして残されていることに感動した。
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しかし、なにか夜逃げでもしたように、雑多なものがそっくり残っていて、作りかけのものや石膏の型なども、新天地で、あたらしく出直すにはふさわしくないかのように、そこに置かれていた。

外を歩くと足元にはタイルが敷き詰めてあったり、外壁にタイルが嵌められて遊び心一杯の建物でもあった。

よい時代を生きたのだろうなあ、と思いをめぐらしてみた。



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by coppoumon | 2017-11-10 23:04 | 京都 | Comments(0)
2017年 11月 05日

蓮花寺から八瀬へ

蓮花寺は何度、訪れているだろう。
今年は秋が早い、とお寺の方がっしゃる。

カクレミノが黄色い葉をオオシッポゴケのうえにたくさん落としているのをみた。
はなはツワブキ。シュウメイ菊は最後の花びらを散らす寸前であった。

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庭には朝日。
まぶしく輝いているようでやはり秋である。
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手水鉢のあたりのツワブキが美しい。
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いつものようにお茶を頂いて退出。
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御蔭神社への道すがら、下賀茂神社の神田の稲刈りがとっくに終わっていることを知った。
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叡山電鉄の車両がこないかな、とシャッターチャンスをうかがうが、先を急ぐ。
撮り鉄ちゃうし・・

御蔭神社へのみちすがら、4人の参拝者にであい、挨拶を交わす。
この山の中で人と出会うことは大変珍しい。

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by coppoumon | 2017-11-05 22:02 | 京都 | Comments(4)
2017年 10月 20日

京土産

四条河原町へでた。

用事は三条なので、そこから北へ歩く。出来るだけ通ったことが無い道を探して歩く。
途中で立ち寄る店で、ウインドウショッピングを楽しみ、目当ての店でも欲しい物は見つからない。
3点ほど、候補に挙げたが、急ぐものではないし、大工仕事を必要とするので、もうちょっと探すことにする。

探し物は、照明器具。



くたびれついでに、栗蒸羊羹を求めた。

渋皮つきのんと、きんとんとありますけど・・と女店員がいう。

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日持ちのしない、このようなものに、逸品がある。


もうひとつ買い物をした。

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カスクートの包みのようで、面白いが、そんなものじゃない。
店のおばさんに、5年使ったら嫌になってきました・・というと、相好を崩して、笑いが止まらないといったふうに、「まあ、そんなに。それはまあ。それでも、抜けへんでしょう」と、新しいのを包んでくれた。

「またおいでください。でも今度、来はるときには私居てませんわ。」と笑う。

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風呂用のたわしである。
タイルと、目地をこれでこする。
両手で持つことができるくらい大きい。

紐をつけておいて、使うたびに干して、天気の良い日は日光浴をさせてやる。

屋根に一日中、陽が差しているところがあるので、その近くに専用の掲揚台でもつくってみたらどうだろう、とおもう。



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by coppoumon | 2017-10-20 09:58 | 京都 | Comments(2)
2017年 09月 14日

初秋の東福寺 その2

冬に、方丈庭園の拝観時間が過ぎていて、入れなかった。
冬に見る庭園でもないよなあ・・と負け惜しみを言いつつ、夏とも、秋とも判じがたい暑い日に訪ねた。

有名すぎるので、説明なしで、南、西、北、東と八相の庭の、画像を挙げる。



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重森三玲45歳のころの作品である。

枚方市の以楽苑の入り江の汀と、共通する、西庭の苔と白砂で形づくられたすそ模様が美しい。

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by coppoumon | 2017-09-14 22:39 | 京都 | Comments(2)
2017年 08月 19日

秋風の蓮華寺

明日は京都に出かけよう、とおもいつつ寝て、夢うつつに近所の犬が鳴き始めた。やがて、犬の声が聞こえなくなり、雨音が大きくなってきたら、恐ろしいほどの雷雨に変わった。

光った瞬間にとどろくので、すっかり眼を覚ましてしまい、ベッドの中でやり過ごすより方法がないなあ・・と、雷の音を聞きつつ、朝になってしまった。

9時には日が照り始めていた。

蓮華寺には二人の女性客だったが、入れ替わるかのように、誰もいなくなった。
山門から庫裏のあいだに、ひっそりと、フシグロセンノウが褪せたような朱の花をつけていた。

中の門の裏側ではオオシッポゴケに百日紅の花びらが散っている。

もし、散っているのが萩であれば、「こぼれ萩」という和菓子に結びつくのだが、サルスベリでは、すべったり、こぼれたりで、散々なのだろうな。

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シュンランの新しい葉が出ている松の木の根方を眺める。
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池のコイが見当たらない。

こいなんてむなしいものね。こいなんて、なんになるの。
こういう歌を岸洋子が歌っていた。
真鯉も錦鯉もどこにいったのだろう。

宝船の石の苔を食べている魚がいる。鮎の稚魚だ。
苔を食べて、早く大きくなって、尻尾に塩で化粧して出ておいで。

そういうバカなことばかり考えていたら、日が差し始めた。
気づくと、ツクツクボウシトミンミンゼミがデュエットをしている。
ミンミンゼミはファのシャープの音から鳴くのだろうか。もっと高い音で、鳴いていた様な気がしてならない。

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鉄漿蜻蛉が飛び交うのを茶室から見る。吹く風は涼しい。

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蜻蛉を撮影できるほどの腕はない。

蜻蛉の黒い羽、コバルトブルーの胴、カメラマンはどうやって、瞬間を切り取るのだろう。

茶室は静かだ。

御蔭神社の帰り途、少しポツリと来るが、傘を差すほどではない。
瑠璃光院の前で、カラスアゲハが止まっていた。

早朝の黒い雲、昆虫の黒い羽。

頂いたお茶の茶碗も黒。

きょうは黒い色に縁がありそうだ。



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by coppoumon | 2017-08-19 21:42 | 京都 | Comments(0)
2017年 07月 06日

祇園祭 梶の葉 庭の白百合

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鴨川は梅雨の気配だが祇園祭が始まった。
7月中になんどか見物に出かけられたら良いなあ、とおもう。
きょうは祇園階段下もがらがらであるが、ここが、ものすごい人波となる。

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菅原道真を祭る神社は多いが、大管臣神社に行くことになった。
一帯は、管家邸宅跡なのだそうであるが、社域は狭められている。
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膏薬の辻子を通り抜ける。
ここはちょうど1年前に訪問しているが神社はここを下がったところにある。

写真を撮るのもお気の毒なくらい荒れている境内で、立派な本殿が哀れ・・ああ、そんなこと、言っちゃいけない。
古がしのばれるほどの、鄙びた世界であった・・とは書けないのか・・と自問する。
本殿は下賀茂神社からのお下がりだそうだ。あああ、そんなこと言ってよいのか。
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織部の先生に誘われるままに、茶席に闖入した。
ふ~~。無礼講でよろしく・・と初めにお断りを入れておいたが、恥知らずなことである。

待合には、大西良慶師の「天真」の書の下に、梶の葉が20枚ほど提げてあり、五色の薄布の紐は床の間にすそ模様を書いて、天の川をあらわしているようだ。

会記を拝見。

8時半から始まって4席目、12時までだそうで、私は五席目だったが、六席目という方たちと一緒になった。

お裏をなさっておられるという年配の紳士が主客をなさった。
軸についての詳しいお話は無かった。お花は何々・・と伺ったが、どこに花がと探すうちに名を忘れた。

主茶碗は、初代高橋道八が明治二年に、婦女子にも茶道を教授することになった際に、20碗のみを焼いたという楽茶碗であった。人物画が描かれていた。初代、と、先生はおっしゃったが、先ほどのお話の時代では三代目じゃないかと思う。
作風、というか、人物画の描き方は三代目ではなさそうにも思う。じゃあ、お茶碗は初代かな。
もうひとつは、即全の笹絵の色絵。撥高台。

数茶碗も笹に短冊の色絵だった。

さすがに、織部流、朱色の天目台に載せられてちゃわんがお出ましになった。

主菓子はこなしを円柱型にして、緑色のゼリーを短冊に切ったものが、貼り付けられて横たえてあった。
それが・・ぬるぬると滑って、懐紙に取るのが難しかった。御製は「きねや」

菓子器は人間国宝の・・・誰だったか、出てこない・・白の輪花。ヴェネチアン。和物の手吹き鉢。

水指はギヤマンで、初めに梶の葉を敷いて、その上にギヤマンをおく、という趣向が凝らしてあった。

釜は見立てで、真鍮の火鉢だった。左右に環がついていて、ラホツが6個ほどデザインされているようだ。
火鉢には5ミリほどの穴があけてあり、そこから空気を取り入れるようにしてる、ということだった。
炭火を直接感じないので、熱さ対策なのだそうだ。
奈良のお寺で使われていたようだ、とおっしゃる。会記には時代、とあった。

薄器は輪島塗の中次、糸巻きの棗。後で拝見台に乗って茶杓とともに出された。
茶杓は削ったばかりで真っ青。御名は「七夕」

茶せんも、昨夜、9時に高山で(奈良の)拵えていただいたものでございます。ということだった。

記憶にあるのはそんなところかなあ。お茶は祇園辻利、銘は「清音・せいおん」


左足から入ってこられて、一歩下がって座られて袱紗は表が朱、裏が黄だった。

色にはいわれがあるのだろうとおもう。

和やかな会だったが、足と頭がもう、限界・・と言うところまで来ていた。

素人が混じって、申し訳なかったです。

次はね、来週です。場所は・・とまたお誘いを頂いた。

さてさて、どうなることだろう。


裏庭で、白百合が咲いた。

うるわしの白百合、ささやきぬ昔を 

こんな歌があった。花が昔をささやくのか・・・そんな発想が私にはない。
ないものはないのだ・・と頭の中を覗いてみたくなる。

蝶はいつも10頭ほどやってきて、しばらく遊んでどこかへ行く。
それを、一日中でも眺めていたい。

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最近緩みっぱなしの頭の中。老化でしょうか。

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by coppoumon | 2017-07-06 22:39 | 京都 | Comments(2)