カテゴリ:行った( 18 )


2015年 10月 01日

オリエンタルホテル

神戸に出かけた。
近場のホテル。

元町から歩けば良かったのだが、三宮から外の景色を見たいのでタクシーに乗った。
行き先を告げると、二つあるのですが、どっちでしょう?という。
あてずっぽうに、流行らないほう・・と私が言うと、はい。と返事があった。
あわてて、メリケン波止場のほうです、と付け加えた。

そうなんですよね。もともとオリエンタルホテルで、それから、代が変わって、2年前にまたもとのところでオリエンタルホテルの名でやっています。

ああ、ずっと以前、角の古いグリーンの7階建てくらいのビルがオリエンタルホテルでしたね。オーナーが変わって・・

そうそう、あそこ、後ろを高層ビルにして、今でもありますよ。

のっけからこういう話だ。

それで、無事に目的のカマボコ型のホテルに着いた。

目的は1216号室。

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こんな景色。

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こんな景色。

室内は、

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12階全フロアが、「コウベ・アート、マルシェ」

16号室は京都の同時代ギャラリーのアンテナショップで、村山春菜さんが3点、珍しくも小品を出展しているというので、拝観にでかけたのだった。

帰りに少しだけ三宮を散策。ユニコーンという喫茶店。

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淀屋橋まで戻ると、月が出ていた。

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by coppoumon | 2015-10-01 22:09 | 行った | Comments(0)
2015年 06月 26日

パルナソス・・・・姫路へ

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by coppoumon | 2015-06-26 22:43 | 行った
2015年 06月 22日

7年ぶりの東下り・・東京へ

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by coppoumon | 2015-06-22 22:31 | 行った
2014年 10月 14日

三上山

近江富士といわれる三上山に、登りたい、と思い立ってから数十年が過ぎた。同じことが二上山についても、言える。

もう、体力に合わない山歩きは止めておく。

電柱や車を取り除いてモノクロで撮ったら、浮世絵にあるようなシチュエーションを見つけた。

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手原から2キロほど北に歩いた、和中散本舗の近くである。

和中散の建物は11間ほどの間口で、豪勢なつくりであった。
街道を挟んで、観音堂、馬場、隠居所があり、江戸時代がよく残っている場所だ。

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村の屋号や生業も良く残されていた。

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東海道なのだから、往来もにぎやかだったであろう・・とはなかなか考えられないほど、静かな村であった。
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by coppoumon | 2014-10-14 22:03 | 行った | Comments(0)
2014年 08月 25日

河瀬で

河瀬は彦根のひとつ手前の駅だった。だったというのは、南彦根という駅ができたからであるが、18歳になったころ南川瀬という駅前に従兄一家が住んでいて、訪ねたことがあったので、駅名を覚えていた。

今回はヴォーリズ関連の説明会で出たのだが、往時の面影は何も思い出せず、駅の西側の、旧日夏村を訪ねた。

朝鮮人街道沿いにその村役場の建物はあった。外側は改修を終えてあり、耐震補強の見学の後、中にあるカフェで一服した。

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一回り上の、この従兄は彦根市民会館で働いていたが、やがて福岡に移り、父の葬儀のあと挨拶をしたのが、それが最後の別れだった。
河瀬駅をおりると、いきなり葬儀会場があるので、いきおいそんなことを思い出した。

日夏村のなかを朝鮮人街道がまっすぐに伸びている。
朝鮮通信史たちに随行した對馬藩の藩主や家臣たちがこの街道を歩いたことを重ね合わせてイメージしてみる。

午後からは豊郷小学校を見学して近江鉄道に乗った。
初めてかもしれない、とおもったが、永源寺に一度出かけているので、二度目だ。

乗車前から降り始めた雨は、大気が不安定なこともあり、雷雨に変わった。
暴風雨で、走る電車の中も水が流れる。
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落雷があり、信号機がダウンしてしまった。
二両編成、32人の乗客と運転手、ワンマンカーなのだ。
長時間待って、高宮駅から差し回しのタクシーで彦根へ出たときには6時半を回っており薄暗い。

さらに日が短くなって、やがて秋になることを思う。

先週も出先で大雨になった。
最近、本当に天気が読みにくい。


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by coppoumon | 2014-08-25 10:36 | 行った | Comments(4)
2012年 07月 18日

ならぬとは・・

奈良は京都と違って高い建物が少ない。
まさか、今のうちだけ・・ということはないだろうが、曾て京都もそうだった。

そのうち高層ビルが堂々と借景の中に入り込んでいる・・というようなことにはならないでほしい。
私が行く奈良の寺社はいつも、どこでも青い空が広がり、閑散としている。

境内の中に美しいトイレ発見。

以前、京都の大徳寺のある塔頭のトイレには目を見張った。
平田雅哉氏もびっくりするような、銘木をふんだんに使った数寄屋づくりのトイレで、それがまた、見事に掃除が行き届いていて、恐縮してしまった。

で、真ん中に何か書いてある・・と嬉々として近寄ったら、

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見せるだけか・・・

こんな綺麗なトイレなら、目立たないようで管理の目の届く場所に作って、使わせて欲しいなあ。

このブログは、いつまでもそこに佇んでいたい場所、眺めていたいものをテーマにしているんだった。
意に反するけれど、意表をついた建物ってことで、取り上げておこう。

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築地塀が、いかにも奈良。
あ、壁の色がトイレとお揃いだったんだ。お洒落だ。

それで、中からコンクリートブロックがのぞいているのがほほえましい。
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by coppoumon | 2012-07-18 21:57 | 行った | Comments(0)
2012年 07月 16日

祇園祭のはずが

7月は祇園祭。

前半分は雨が多く、巡行の前夜に雷鳴と共に梅雨が明けて灼熱の後半の祭りが始まる。
こういう天候の年にばっちりハマると、感動と、驚嘆が、強い夕立と共に降ってくるのだけれど、宵宵山の日に、奈良へ出かけた。

元女子大生、現女子大生姉妹に会うためである。

あんたも好きね・・・こう言われそうだが、待ち合わせ場所が西大寺だったので、西大寺というお寺を探して、拝観することにした。

森のお菓子・・そんな名前のフランス菓子屋の前に寺はあった。

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三門をくぐったところにある塔頭の門前に置かれた蓮は美しい。

八重の花は珍しい、とのぞき込むと、小さなハナアブのようなものが花びらの中を忙しそうに動き回っていて、姿を確認させてくれない。
このハナアブ、若しくはマルハナバチは、蓮の花専門に蜜を集めるのだろうか。

ある種のウツギだけに集まるマルハナバチがいたことを思い出して、胸が詰まるような思いがした。
ハスの花だって、そんなにたくさんあるわけではないが、奈良にはハスの花が無条件によく似合う。


今の住まいの、母方の祖父の畑だった向こうに大きな蓮池があった。
幼児の頃、ひと月ほど滞在しただけだったが、祖父を急かして、毎日夕方になるとイトトンボを捕りに出かけた。

今は須らく、住宅になってしまい、ハスの花の面影など、想像もつかない。

蓮の葉に水玉がいくつか乗っている。

元女子大生が、カメラ越しにのぞいてシャッターを切った。

そうだった、彼女の写真展に行くために集まったのだった。
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by coppoumon | 2012-07-16 23:00 | 行った | Comments(2)
2012年 02月 03日

堅田・もうひとつ

古い教会堂を訪問すると、時間が止まったかのように、建築当時の調度品がそのままそっくり残されていることがある。
堅田の礼拝堂も、建築金具や照明がそのままに残されていた。

古いピアノや足踏みオルガンもあったので、拝見。

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karn&coはカナダのウッドストックにあった、カナダで一番大きなオルガンビルダーで、karnと、ピアノのmorris社が合併してピアノも製造していた。

その横にあったピアノは、モーリスのようで、モーリスではない。
ヨーロッパのピアノだろうか・・イギリスのものとも思えない・・・と帰りの電車の中で思案。

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帰宅して、本をひっくり返していたら

moutrie  shanggie、china、 affiliated with hoofs co

1895ー8600

たった1行であるが、該当するかもしれない部分が出てきた。

1895年の製造番号が8600、という記事。

どうやって日本に来たのだろう。
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by coppoumon | 2012-02-03 14:31 | 行った | Comments(0)
2010年 11月 12日

安土へ 教林坊

楽しみにしていた安土への小旅行は、延期、ということになった。

アクシデントが2つ重なった結果であったが、天候までが、雨のち黄砂、などという予測外のこと。
その日の朝、起きて、若し、雨でなければ予定どうり出かけようと思った。
季節は待ってくれないのだ。
これ以上気温が下がると健康にも自信が無いし、感冒が流行りだしたら、電車の中はお手上げだ。

数度のためらいののち、雨が上がってバスに乗ったら・・くずは駅近くでいくつか前のバスが接触事故にでも遭遇したのか
路脇に停車して、警官たちが立っている。
そうか、早いバスだったら、あれに乗っていてのかも知れない。

そうこうして、京都駅で新快速を待っていると、東加古川で人身事故の発生により、電車が大幅に遅れております。とアナウンスがあり、来た電車に飛び乗った。

アクシデントはそこまでだった。
午後には良い天気になり、目指す教林坊は2人の先客のみであった。

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20年前は無住の荒れ寺で、かろうじて庭だけが現地の人たちによって手入れされていたという。
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小堀遠州の作庭だという。巨石がむき出しになっているのは古墳を利用した庭なのだからだそうだ。
蓬莱山があり、鶴、亀の石が配置された桃山時代の庭は手入れが行き届いている。
鶴の石組には本来松が植えられるが此処には松が一本もない。
そのことで石の柱が強調されて、旧約聖書の創世記や出エジプト記の話を連想した。

書院が3階屋根裏まで公開されていて、3階から下を見たときの美しさは携帯レンズでは無理というものだが外から見ると屋根裏が二層になっているなどとは思いもよらない。
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外から見た一階のガラス障子は、三階屋根裏からみると、こういう場所になる。
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1時間ほど、滞在しただろうか。きちんとしたカメラを持っていけばよかったが、また、訪問すれば良い。
住職の書かれた「喫茶去」の色紙がおかれていて、維持費の寄付に対するお礼なのだそうで、申し出て欲しい、と書いてあった。

明日からライトアップが始まるそうだ。
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by coppoumon | 2010-11-12 23:05 | 行った | Comments(0)
2009年 10月 16日

立ち寄る

今年の一月。
友人の演奏会に京都コンサートホールへ行った帰り、「おいしいところがあるから、行かへん?」と誘われた店は、7人でいっぱいになった。
そのあと、オケの人たちが次々にやって来て、別の常連さんたちが買いに来て、体を寄せ合いながら、あっと驚くほど大きな分厚い葱焼きを食べた。

目の前で手際よく焼かれる葱焼き。おじさんはいつひっくり返したのだろう・・と皆が不思議がるのだ、と友人は言う。
本当に手品でも見るかのように直径40センチの葱焼きが素早くひっくり返されている。

ヴァイオリン弾きさんで、学生の頃毎日通って、葱焼きを食べた、という人がいて、これを毎日食べると、どうなるのだろう、と思うような体形をしておられた。

グルメ、なのだそうだ。

しかし、美味しい店で、顔は熱いが背中は寒い状態の中、おでんもあるのでつい長居してしまい、食べきれない葱焼きを包んでもらい、家に帰って早速暖めて食べた。

そんなことを思い出しながら、記憶をたどってその店に行き着くことが出来た。

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明るい時間はこういう風景なのか。

いかにも京都らしく、南北に一本、通りが走っている。

一人で来る店ではないなあ。
やっぱり、7人で入って、ぎゅうぎゅうづめになりながら、ありとあらゆるものを注文して、生ビールを飲みながら、いろんな味を楽しみたい。
美味過ぎるのだ。
おやつの時間に、毎日通っていたというヴァイオリンさんがうらやましい。

コンサートに行き、友人たちと一緒に帰らなければ、知るよしもなかった店。

おフランスのタイヤメーカーがランク付けに来たら、ここのおじさん、何と言うだろう。

京都は深い。とおもう。
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by coppoumon | 2009-10-16 23:15 | 行った | Comments(0)