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2005年 10月 30日

三門

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大きな山門。
徳川家にかかると、こんなに大きな門を造ってしまうのだろうか、この上には何があるのだろう、きっとパラダイスがあるに違いない、と思っていたら、あるとき特別拝観で上がることができて内陣は案の定、極楽浄土。それより回廊の狭さと外の景色のよさに驚いた。
思わず、石川五右衛門の絶景かな、絶景かな。というセリフも腑に落ちたが、しばらくして、それは南禅寺だと気がついた。ここは知恩院。

この門を下りて遥か下のほうに新門がある。そこは門番が常駐するための屋敷がついていて江戸時代の雰囲気をそのまま残しているので好きである。
新門の前は骨董屋が軒を連ねる。
この東山あたりの骨董屋はとても難しいのかと敬遠していたが、昨年、ある種のややこしい男が京都案内を乞うために訪ねてきたので、彼をダシに屏風展に出かけた。
屏風展といえば聞こえが良いが、要するに即売会なのである。バブル崩壊後なので、どんなものでも、平気で出してくるのを、平然と見て歩いた。

茶碗や油絵より安い・・・。

連れのややこしい男がコレクション自慢を始める、その出鼻を挫くのにも、大いに役立った屏風展だった。

この門をでると、そういう、娑婆の空気を吸うことができるのだ。ここで、大きく深呼吸。
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by coppoumon | 2005-10-30 21:07 | 京都 | Comments(2)
2005年 10月 28日

知恩院

初めて知恩院を訪れたのは20歳になるかならないかの頃である。
茨木の下宿屋にほんの暫く住んでいた頃で、京都に行って来ると隣部屋の阪大生に告げると、これ、使えよ、とキャノンの一眼レフを無造作に貸してくれた。

彼はその年、院に上がり勉強三昧で、ピアノ漬けで明け暮れた私に、時折、私の読む小説を解説してくれたり、大江健三郎を、読め、とか、トランプに付き合ってやろうか、とか気分転換にお互いの部屋を出入りし、勧められて、ヘンリー・ミラーの南回帰線や、北回帰線を読んだ。

彼に仕送りが来た時には寿司屋に連れて行ってくれて、そして、あっという間にQ大の助教授になって九州へ移り、訪ねると、おまえの方が稼ぎが良いだろう、飯おごれよ、と草が江から、ささやかなランチを食べに街なかに出た。

その彼のカメラで撮った、同じ場所の写真がある。偶然、今回も全く同じ場所を、知恩院で一番好きな場所として選んで撮影しているところを見ると、人というものは、変わらないものなのかもしれない。

この場所、この石畳は、どれほどの人が踏んで通っていったのだろう。
神様が、一つだけ願い事をかなえてくれるとしたら、この場所を通った人全部に逢って見たい、と、そう言ってみたい。・・・あんさん、そら無理やで。時間かかりまっせ。なんなら阿弥陀さんに頼みなはい・・・と返ってくるだろうか。
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そして、私と行き違いになった友人達や、20歳の私を見出せて、語り合うことが可能だったり、慈しみ合うことができるのだろうか。

写真中央上の石と、右中央の石には、なにやら字が刻まれているように見えて仕方がないのだが、実際に行って凝視したところで文字など気配もない。
しかし写真に撮ると、いくつもの文字が浮かんでくるようで、偶然なのだろうかと気分が落ち着かない。

昔の人が文字を踏みつけながら歩くことはしないだろう。
いずれにせよここは私にとって二十歳の頃の気持ちに返ることが出来る懐かしい不思議な場所なのだ。

                                         


追記

この知恩院の石段で友人が降りて来るのを待っていたときに、友人は私を撮っていたのだそうだ。
色褪せた写真が時間の経過を示しているが、この石段そのものは全く変わりなく人々を寺院へと招き入れる。

上の写真はアルパ10d、マクロスイーター50ミリ
下の写真は友人のキャノン
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by coppoumon | 2005-10-28 23:31 | 京都 | Comments(5)
2005年 10月 27日

見返り

京都観光に何の知識もなかった10代の終わり、友人と京都行きを敢行したことがあった。
旧国鉄の京都駅で下りてからとにかく北へと歩いた。
途中東本願寺を見て六角堂までたどり着いて、なんとつまらないことをしているのだろうと気づいたが、どうやって引き返したかを覚えていない。

八坂神社を知ったのは学校を卒業してからのことであった。石段下から朱塗りの門を見たときは、京都なのだ、とつくづく、そう思った。
今でもこの東山一帯で遊ぶのを好きである。
今回の散策でもとりあえず八坂神社の総門の前に立った。そして今来たばかりの道を振り返って、その賑わいを撮ろうとして、驚いた。

すごく、美しく・・ない・・・。

しかし、その姿も好きである。目抜き通りの、一等地を良くぞここまで放置してくれたものだ。
何故景観論争が起きないのか、その不思議さが面白い。
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きれいと、そうでないものが対峙しあう、何時までも佇んでいたい場所のひとつである。

ビル群の屋上にはなにやら檻のような造作物が、学生運動が華やかだった頃に既に、こうやって存在していて、当時はバリケードに見えた。
アーケードの上に、バリケード。
しかも、ここに写っていないアーケードの下は京都の名品の数々が並ぶ老舗であったり、骨董屋、乾物店、飴屋、食事処、和菓子屋、華やかな土産物屋がひしめいているのだから、この混在ぶりはもっと面白い。
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by coppoumon | 2005-10-27 23:58 | 京都 | Comments(0)
2005年 10月 27日

紅葉見物

三年前は紅葉が見事で、その次の年は無残なほど当てが外れた。
昨年はどうだったかと言うと、悪かろうといわれながらも、まんざらではなかったのである。
この写真を撮ったのは、2004年11月23日。
本来、東京へ友人のオルガン演奏を聴きに行く予定であったが、この天気の良さには替え難く友人には不義理をすることにした。
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場所は真如堂である。
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良くないといわれながら、これほどの紅葉が見られるのなら素晴らしい。
この日の出来事は昨年の日記に書いたが、いずれ移植するか、書き直そうと思う。
失敗だったのは、良くないという言葉を信じて、コンタックスの小さなカメラしか持って行かなかったことである。
この日一緒に出かけた友人のKは、出来上がった写真を見て、こんなに描写力があるの、とカメラの感想を述べた。写真に就いては何にも言ってくれない。彼はプロだから私のようなど素人にはかなりの遠慮があるようだ。。
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こんな場所をKが見つけた。
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by coppoumon | 2005-10-27 00:24 | 京都 | Comments(0)
2005年 10月 25日

色づく

ああそうなんですか。お気をつけて。
おっと、違った、夕刊をチラッと見てたら、紅葉の便りが今日から始まったことが載せてあるのだ。
思い込みは恐い。てっきり小学生のことかと思ってしまった。

京都、大覚寺。大阪、万博公園。兵庫、布引ハーブ園。etc

どんな色が好き? あ、これじゃあ、子どもの歌だ。今年はどんな色に染まるのだろう。
ここに、3年前の紅葉を出して見本帳の代わりにする。
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拝観料1000円也。毎日10万人の人が訪れる東山の某寺。今年も錦秋であることを。しかし、1000円払うんだから、お茶くらい出してよ、仏縁でしょう、というのは冗談。

春に奈良の長谷寺へ行ったとき、桜、レンギョウ、木蓮、コブシ、山吹、椿の最盛期であった。
全体を見渡そうと本部がある一番奥の建物に行くと、車寄せに、誕生仏と甘茶が用意してあり、
花供御の季節を喚起させられた。
庫裏の入り口には修行僧を受け入れているらしく、宅配でスーツケース類が積んであって、遊山に入った私に一瞬、信仰の場を意識させる。

この紅葉の寺は、毎年行っては見るけれど、だから、それがどうした、といものでもないのだろうが、そういった修行の場としての緊張感は無く穏やかに静かに存在していて、ぼったくってくれる。
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by coppoumon | 2005-10-25 23:22 | 京都 | Comments(4)
2005年 10月 24日

酒饅頭

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酒饅頭は美味しい。

学生の頃、土曜日に登校する事があると、十三(じゅうそう)で電車を下りて、喜八州(きやす)の酒万十を20個買って学校に持っていった。
縦に一列食べるか、横一にするかが、当面の悩みだった。一口でほおばれるサイズだったから、そんな事を悩んだのだ。

淀屋橋の西、料亭つるやのワンブロック南に、高野屋という和菓子屋があった。そこには冬になると酒饅頭と蒸籠とセットになって、酒饅頭をお遣い物にできます、と店主がいつも宣伝し、お遣い物にするほど立派な饅頭だったがいまその店はない。

良く似た酒饅頭を見つけた。
大きさ、形、味までに、当時の大阪市内で暮らしておられた人たちが思い出されて、なんだか懐かしい。

郷里には京都の祇園小石のかわいい酒饅頭をお送りして、季節のご挨拶をする。
あれは、おいしゅうございます、と郷里から返事がある。
奈良漬は酔います、みりん漬は酔いませんなどと、おもしろいので、「酒あめ」をいれてお送りしたことがあったが、どうなっただろう。

ついに冬の気配がしてきた。食べるもののおいしい季節の到来だ。


八幡市 志ばん宗 酒饅頭   器は根来塗り椿皿
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by coppoumon | 2005-10-24 21:38 | 和菓子 | Comments(4)
2005年 10月 20日

地震のあとで

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この道路はどこに続くのだろうと思ったが歩いてみないと何も分からない。夜になるとこの灯りの下で「my lord!」などと、鼻にかかった声がきこえてくるはずもないけれど、もし聞こえてきても、何でおまえのために、パンを確保せんと、あかんねん、と、内心、思うだろな。

今年の三月に東京の汐留で、寒いわね、お兄さん。どう、暖まって行かない?と声をかけられたとき、なんと東京の方はご親切でいらっしゃる・・などと感激のあまりついて行きたくなってしまったのだけど、京都の人はいけずなんだろうなあ。饅頭屋のおっちゃんだって、にこりともしないもんなあ。

ここは何処なんだ?

そうだ、思い出した。この通りのもう少し先に、パリジェンヌと名づけてサツマイモを1センチの賽の目にしたものと小豆を、黒ごまの生地で焼いたパンを売っている店があったのだ。

パン屋の前を更に突き進むと、橋に出る手前に中二階風の喫茶店がある。
はじめてたずねたのは10年近く前。
神戸の震災の直後で、ちょっとしたアトリエ風の漆喰壁の店内は外観で想像するよりも緻密な空間を保ち、腰壁と床はセピア色で、カウンターの端にはバカラの一抱えもある大きな花瓶に様々に花を投げ入れてそこだけが華やいでいた。

カップボードには真空管アンプのオーディオが組み込まれて、アナログレコードのためのターンテーブルとカートリッジが金色に光っていたが店内に音楽が流れていないことで、響くであろう好ましい音楽を想像して懐かしさすら覚えた。

什器は全てロイヤル・コペンハーゲン。

すごいコレクションですね。地震、何ともなかったですか。そこのコンサートホール、パイプオルガンのパイプを組み立てて設置し終えたばかりのところにこの地震で、担当の者は、これが無事だった、と泣かんばかりだったんですよ。

私が言うと、マスターが、ええ、なんともなかったです。揺れの方向で運が悪ければ全部だめだったかもしれません。そのときはあきらめます。

物静かな声だった。

そうだ、高麗美術館まで行って見よう。店を出て北山大橋を渡って500メートルほど西へ足を延ばせばすぐそこなのだ。


ここのところ関東で地震が頻発する。永遠性と地震が切り離せない国、日本。現実なのだ。
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by coppoumon | 2005-10-20 09:38 | 京都 | Comments(2)
2005年 10月 19日

葦のほうがマシ

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ベッドに入り、風邪からの回復のための時間、つまり微熱が下がらない間も、頭の中のテレヴィはつきっぱなしで、活発にいろんな思考・・・思い出であったり、アイディアだったり、見てきたばかりの美術品についての印象だったり、友人の演奏であったり、新刊書の読後感だったり、忸怩たる人間関係であったり・・を提供してくれる。
その賑やかさは、自分自身のテンペラメントが、子供の頃からのもので、少しも変わっていないことに気づかされる。

人に成長はない。
冗談で、時に目上の方とお話するときに持ち出す、私の持論であるが、わが身に照らすと本当に冗談ではなくて、精神を尽くし心を尽くして・・生きることを教え込まれながら、精神についての定義も、心についての意義も、全く意識しないままに走り、風にそよいで来たことを思う。

しかし、そこから先の思考がてんで、発展しないところに、私のオツムの限界がある。

散歩中にそんな事を考えてしまった。

え?それが馬鹿の壁だって? 写真も撮りなおせって? はい、そうします。
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調子よく返事したけれど、これで良しとしよう。壁は今のところ容易には越えられないのだ。
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by coppoumon | 2005-10-19 14:14 | 京都 | Comments(0)
2005年 10月 17日

中之島の、花はどこへ行った?

中之島の東側は丁度船の舳先のようになっていて、バラ園である。
住み着いている人たちが居るので、カメラを持って入るのを遠慮してしまうが、バラ園である。
中の喫茶店では薔薇料理を出すというが、いちども見学に行ってみたい気に、ならない。

薔薇のジャムは、兵庫県の三木市で作られたものが出回る。土台となるのは林檎とペクチンなので、花びらを香り付けにジャムに仕立てて、紅茶にいれて楽しむのだろうと、勝手に想像している。

公園の薔薇のうち、名前を覚えやすいものはその位置まですぐに覚えてしまうが、例えば、プリンセス雅子となると、おぼつかない。

好きな一角にトロイメライという紫の薔薇・・これは1962年ごろの新種じゃなかったかな・・、熱情、といった名曲と同じ場所に赤い小さな花をたくさんつける、チンチンという薔薇があった。
こんなに花びらが多いと、採取してジャムにするのには便利だろうなあ、と思ったが、名前がどうもそぐいそうにない。

赤い、かわいいチンチンのジャムはいかがですか・・ともいえないしなあ。
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ところが先日来、この一角の薔薇が植え替えられてしまった。トロイメライも、熱情も、チンチンも見当たらないのだ。バラバラになってしまったのか、廃棄したのか。

公園の人にきいてみようかなあ・・あの、あそこのチンチンは今どこでしょう?やはり、聞けないなあ。
大阪人は、ノリがよいから、へっ!どのチンチンでっか?くらいは聞き返してくるもんなあ。
止めとこ。

カメラは、コンタックス T2
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by coppoumon | 2005-10-17 16:57 | 大阪 | Comments(2)
2005年 10月 17日

中之島ブルース

週に一度、大阪市内に出る。
京阪特急に乗り淀屋橋から梅田まで。気候のよいときには、北浜で京阪を降りて中之島公園から梅田までを歩く。
中之島公園や、老松町を通り抜けていくのは楽しいようでも、ゆっくりしたいなどとは思わない。
中之島公会堂が、修復を終えて美しい姿を見せてくれたと思うまもなく、周辺でワケの分からない工事が始まり、ずっと続いているのだ。瓦葺の仕舞屋が所々に残っていた北浜の、高くても五階だてくらいだった町並みが大川に写しだす姿も、競うように高層化して激変してしまった。
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中之島を北に渡ると西天満。
西天満は戦災に遭わなかったので、古い大阪の町並みが残っていた。
似てる様で京都とは異なった趣のある意匠や格子の家が連続したが、新しい道路に寸断されて消えた。
公園ですら公園の体をなさないのだから、その隣の町が消えたとしても不思議はないが、この工事のあと何が出現するのだろうか。
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中之島公会堂は修復されたが、地下にあったホテルのレストランは経営者の高齢を理由に撤退した。いまは全くちがうレストランが入っている。
栴檀(センダン)の木橋を渡って東側に2分歩くと、フランス語で、たくさん食べてね、と書いた可愛い店があり公会堂のレストランは一度行ったきり、最近こっちの店の常連になった。
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by coppoumon | 2005-10-17 11:15 | 大阪 | Comments(2)