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2005年 12月 31日

年の瀬

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クリスマスの後、生徒さんに風邪もらったようで、新年の準備というほどのこともせず、のんびりと年末を過ごそうとしたら、親のテンションがやけにハイである。

御節はしない、食べたいものを食べる正月を過ごしたいと叫喚しているのを、この世の名残ぜよ、と腹の中でせせらわらってお付き合いをすることにした。
私の体調が今ひとつなので、錦市場へは行かないことにしたら、出し巻きを焼くように命令があり、金時人参を梅干を入れてグラッセしたり、こんにゃくを煮付けたりして欲しいことを遠まわしに言ってよこす。

20年前に私が母に黒豆の炊き方を伝授したことがあった。それまで煮豆を炊いたことが無かったのだそうだ。
今年は、母が出し巻きを作れないことがわかった。そのくせ、好物だということも。
え?・・と聞きなおすと、私は典型的な二号さんタイプで、毎月お手当てを頂いて、消費するのが得意なの、掃除も料理も皆、好かん・・何がといって、こんな面倒なものは無い・・と。

年越しそばは私が作ることになりそうだ・・こんな年の瀬になるなんて。

明日は元旦。

花は近所の花屋のお姉さんが活けにきてくだっさった。

花器は木村盛伸作

カメラはコンタックスT-2
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by coppoumon | 2005-12-31 15:38 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(2)
2005年 12月 28日

美味しいもの(その四)

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干し柿を作りなさいと、作り方と一緒に渋柿を二箇所から頂いて、半信半疑で作ってみた。
早朝の僅かな朝日で白く粉をふいたものや、何故か黒ずんだものもあるが、出来たのは干し柿だった。

口にすると、うまい。

家のものも、友人も、ほめてくれて、渋柿を下さったお宅に報告をした。

「うちも、つくって、孫に干し柿たべるえ? ときいたら、見るなり、汚いからいらん。いうのんえ。腹が立って、せっかく作ったのに、もう来年はつくらへんわ、言うて孫を叱ってん」

おたがいに飛んだ災難ですね。

「まだ、採ったらあるえ、ぎょうさん、なったんやさかい」

いえ、この冬、充分な量、食べるだけ作りましたから。

しかし、もう、30個ほどで、干し柿は食べ尽くして、終わってしまいそうだ。
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by coppoumon | 2005-12-28 08:38 | 作った | Comments(2)
2005年 12月 25日

クリスマスがやって来て

e0036151_22312426.jpg今年は25日の朝のミサに、オルガン当番が回ってきた。
30人ほどのコーラスがついて、聞いてるほうは良いが、演奏する側は連日寒さの中を練習に通い、寒中水泳の気分で、冷え切った黒檀の鍵盤をまさぐるのだから心臓まで凍りそうである。
おまけに演奏中、風箱からパイプに冷たい空気が降りて来る。

バルバストルの「クリスマスがやって来て」を弾き始めた瞬間、22日に亡くなられた辻宏さんを思い出してしまった。
葬儀は26日。たくさんのオルガン弾きたちが集まってもらえるように配慮があったのだろう。私はこの曲で、辻宏さんとのお別れにした。

さて、クリスマスというので我が家でパーティーをやった。客様は3人のところ、前日に一人増えて4人。

メニュは以下のとおり。

生ハム。 フォアグラのパテ、メルバトースト。

水烏賊、オレンジ、水菜、セロリ、玉葱のサラダ。柑橘のドレッシング。

生鱈と生牡蠣のクリーム煮、クリスマスなので、人参、芽キャベツ、マッシュルーム、で、赤、緑、白をあしらった。舞茸も添える。

あわびと、雲丹の炊き込みご飯、三つ葉。
自然薯、柿、軸三つ葉の白味噌胡桃あえ。
五島列島の話題が出たので、赤だしを長崎味噌に変更して、あおさと、焼き麩の味噌汁。

お酒はドンペリ、1995年。
以前に、ピンク色のドンペリを飲んだことがあるが、95年は初めて。
しっかりしていて、コクがあって、うますぎる。
5人であっという間に一本空にする。
もう一本あるが、それは次回のお楽しみにとっておくことになった。
e0036151_22321891.jpgグラスはドンペリに敬意を表して、モーゼル・グラスのフリュート形のシャンパングラス。
無鉛のクリスタルグラスの輝きは、水晶のように透明で、無鉛ガラス唯一といわれる輝きがある。
金の部分は瑪瑙でこすって仕上げるという。

乾杯は、もちろんグラスを少し、持ち上げるだけである.



e0036151_22331593.jpg食後に、「咲元」という琉球泡盛をお出しした。
これがまた上等で、うまい。
予定を一時間オーヴァーして、4時に始まった酒盛りは8時にお開き。
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by coppoumon | 2005-12-25 22:36 | メニュ | Comments(2)
2005年 12月 24日

美味しいもの(その三)

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以前に、このブログに書いた、ういろうである。
結局、私が送ったういろうを、嫁は、姑には見せるのも惜しんだらしくて、姑の口には入らなかったらしい。

余りのうまさに、夜になって、友人から電話がきた。
いままでういろうと茄子は、嫌いなものの範疇で、たべなかったのが、こんなうまいういろうなら、嬉しいよ、とのたまう。

ほざけ~、ほざけ~!! なんぼでも送ってやら~~。
ヤツは、わたしの嫌いな蟹を生きたまま送ってくるのだ。

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江戸時代、京都市内の和菓子屋は白砂糖をあつかうことが出来たが、ほとんどは黒砂糖しか扱えなかった。
黒砂糖なりの美味しさを追求した菓子がたくさんあって、こちらの方を好きという人は多い。

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ここのお店は、根来の60センチほどの大きな鉢に白いのと黒砂糖のものとを10個、波のように、鱗紋のように、同志社の校章のように美しく盛り付けてあった。

わたしは、おもわず、これで、一人前かと、深く感動した。


器は鉄絵、絵高麗皿

レンズはマクロズイター50mm、f1,9
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by coppoumon | 2005-12-24 09:30 | 京都 | Comments(0)
2005年 12月 20日

美味しいもの(その二)

Z氏との話のなかで、イチゴ大福のことになった。

関西で、○○大福、と名づけられたのは雪見大福が初めてだったように記憶する。
極めて、キワモノ的な食べ物としか思わなかったし、その頃は、ミスマッチな食べ物が流行して、豆乳に少し醤油をたらすとカフェ・オーレなどという類のものが商品として出回っていたのだった。

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イチゴ大福もまた、その手のものだろうと、見向きもしなかったのを、十三の知り合いの和菓子屋が、美味しいから是非に、と下さったのである。
作る人が美味しいからと勧めるからには余程のものだろうと、期待して口に運んだら、あら、まあ、なんと、美味しいのだ。

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イチゴを芯に白い漉し餡をまき、羽二重でくるんである。
イチゴの酸っぱさと、白餡の甘さがそれぞれを引き立てて、爽やかにうまい。

レンズはマクロズイター50mm、f1,9

この写真は住吉団子というお店のイチゴ大福。

さて、Z氏は、私に質問した。
「今年、あとどのくらいイチゴ大福を購入する予算をお持ちですか」
「イチゴ大福に当てる予算は年間2000円ですから、あと200円です」
「使い残されたら、来年、予算を削られますよ」

そう。しかし住吉団子のイチゴ大福にこだわると、予算は消化できないのではないか。
良い日は来るもので、苦悩には及ばず、あっさり住吉団子でイチゴ大福を購入する機会を得た。
一個180円。
3個540円のところを、私が最後の客で、270円にしてくれた。

器は木村展之
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by coppoumon | 2005-12-20 23:55 | 和菓子 | Comments(6)
2005年 12月 17日

あんまりや

郷里にはいたるところにキリシタンの遺跡がある。
しかし、今までの郷土家にクリスチャンがいないので、彼らに、キリシタン遺跡は一切無いと言い切られて、教育委員会は耳を貸してくれない。

それは、逆に幸いなこと、遺跡がずっとこのまま手垢にまみれないでいる事が、一番良いことなのかもしれないとも思う一方で、捨て墓になったキリシタン墓が、石ころ同然に転がしてあったのを見ると、さすがに心が痛んだ。

外から、こられた方達によって、手付かずに、遺跡があることが、少しずつ明らかになってくる。

これはそのひとつ。

南の端の集落のはずれに地蔵として祭ってあったものを、お寺さんによって、粗末にならないようにと、門前に移されたマリア様。
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申年にお猿さんの顔を撮りにいけなかったので、この猿顔マリアさんに猿の代りになってもらい年賀状にした。。
猿が身代わりになるのは庚申さんだよ、と言われそうだが、関東でも庚申様に、キリシタンの人たちがマリア様や十字架を隠して彫っていることがある。


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これは、近しい人から私に伝えられたマリア観音。
もちろん教育委員会などに見せたことも無いし、この先見せる気にもならない。
人目に触れなかったからこそ、こうやって350年を生きてきたのだ。

乳香を入れておく小箱は残っているが没薬を入れる小瓶は既に失われていた。海の星といわれるマリアは、悪魔の化身といわれる、5つの爪を持つ龍をおさえ、大天使ミカエルと大天使ガブリエルを従える。

肩まですっぽりと覆うヴェールを被り、首にロザリオをかけ蓮台に乗ったマリアは、イエスを抱いて、イエスは蓮の蕾の王笏を持っている。

蓮台の蓮は、実際に蓮に見せかけた棕櫚の葉だといわれている。

後ろの腰の部分には観音さまではない文字が、複雑に組み合わされているがこれはマル秘。


姫路市のパン・オーブルワレ神父が長年コレクションしていたキリシタン遺物の中にあった子安観音の一つに、全く同じものがあった。
神父は病気と、高齢により、ベルギーに帰られた。

一度、実物を拝見したく、問い合わせをしたが、これらのコレクションは、どこに持ち去られたか現在は全く分からないという返事だった。

人の手が入る、ということはこういうことなんだと、常に覚醒していなくてはならないようだ。

もうすぐクリスマス。
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by coppoumon | 2005-12-17 22:18 | 郷里 | Comments(4)
2005年 12月 16日

心残り

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淀屋橋界隈、特に淀屋の小路のある御堂筋の西側を好きだった。

一流の商社や銀行の建物に混じって古い小さなビルが個人の持ち物だったり、仕舞屋(しもたや)が瓦をならべていたり、そこで生活している人たちがいて、たまに小学生が仕舞屋のたこ焼きを買っていたりするのを見かけた。
更に西へ浪速筋を渡るとどっと、人たちの生活の匂いが濃くなるが、まだ横堀にも人たちの生活を感じることが出来た。

愛日小学校が閉校になってかなり時間が経過した。
構内の細部までアール・デコのこの学校は一度だけ学生の頃、入ったことがある。
演奏者だけで1000人といわれるマーラーの八番シンフォニーをやることになり、私たちも授業の一環として合唱に駆り出されたのだ。

ゲルハルト・ヒッシュが丁度来日していて、ソリストの指導をし、私たちのコーラスを聞いた後で「音楽に一番必須なものはシャルムだ」とかドイツ語で言われたことを思い出す。
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そのころから、やがて愛日小学校は閉校になるだろうとかいう話は出ていた。
こんなお洒落な学校で、学んだ小学生を、羨むと同時に、建物は人格を形成するというのは本当だと思った。

ヴォーリズ設計事務所の所長さんだった「Ⅰ」さんは終戦直後、関学の中等部に入学し、トイレにいった時に、如何にその建物が子供達を大切に思って設計されているかと、しみじみ思った、と述懐された。

この愛日小学校も、ユマニテにあふれている。

ところで、来春4月にはこの建物は消えて、更地になる。
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by coppoumon | 2005-12-16 22:23 | 大阪 | Comments(0)
2005年 12月 14日

美味しいもの(その一)

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冷蔵庫に入っているジャム三種。
左からプルーン。紅玉。洋梨。

プルーンは1974年のカンテナックの赤ワインを加えた。そのためワインの美味しさにプルーンが負けてしまったようだ。
それはそれでよい。美味しいのだから。

紅玉はレモンと三温糖。同じく洋梨もレモンと三温糖。
シンプルで、元の果実の味と香りとを残している。
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by coppoumon | 2005-12-14 23:46 | ジャム | Comments(0)
2005年 12月 13日

木枯らし2号

e0036151_7575246.jpg木枯らし2号が吹き荒れている。ダイニングの大きな窓は予め強風を予想してごついサッシュが入れてあるがそれでも風の音が聞こえてくる。
漫才の天才児といわれていた横山やすしが、民放のステージでは、ギャグで「立山サッシ」を連呼していたが、その、立山サッシである。
時々「新生立山サッシ」とかいた建具屋のトラックが走っているので、一度は傾いたのだろうか。
そんなことを、ふと考えながら、今年最後になるであろう洋梨のジャムを作った。



e0036151_758347.jpg赤ちゃんのいるお家に差し上げるので、レモンと少しの砂糖を加えたシンプルなヴァージョン。12月になっても仕事先のひまわりが咲き続けている。雪にさえあわなければ何時までも咲き続けるようだ。
何かの演出家の文章で、舞台上のひまわりに雪が降りかかるのを、小ばかにしたのがあったが、私はここのひまわりに雪が積もりかけると、お正月気分になる。
今日は木枯らしに大きく揺らぐのを、蕾の有無を確認してから



e0036151_759076.jpg面白いくらい強く風が吹く中を急ぎ足で帰って来た。
お稽古に来るお弟子さんたちのために、チョコレートを出しておき、帰り際に
一つ口に入れて、溶けて無くならない間に家に着きますように、とすすめると大人の方は、お酒が入っていそうなものを、子どもたちは甘そうなものから賑やかに品定めをする。

これだけが優先されずに残った。

木枯らしの日の風景である。
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by coppoumon | 2005-12-13 08:21 | Comments(2)
2005年 12月 10日

思い残し

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少し年上の近所の友人が定年をまたずに退職し、北浜に事務所をかまえたというので、夕方訪ねていくと、留守だった。
すぐに引き返してくるというので、その間ちょっと散歩をした。

写真は八木通商である。

なんだか、見通しがよくなって、やけに明るくなったなあ、と思うと、そうだ、お向かいの鴻池ビルディング、後の三和銀行の本店が消滅してしまっているのだ。
その広い跡地が駐車場になっていて、地上で見る限り味気ないこと甚だしい。

後で友人のオフィスから跡地のあるあたりを見てみると、ビル群の中で空き地になったがゆえに光のスクエアが出来上がっていて、これが悪くない。

大中証券ビルも代替わりしてレストランとして使用されているようで、その南側のヴォーリズの設計した教会が、健在だった。
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今年は京都のヴォーリズ設計の私邸にヴォランティアに行こうと計画していたが、なかなか思い通りに時間が取れなかった。
来年こそは、と、元旦の計に入れておかなければいけない。



ヤシカエレクトロ35、レンズはヤシノン45m、f1,7
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by coppoumon | 2005-12-10 19:10 | ヴォーリズ | Comments(0)