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2006年 03月 31日

東京だよ、おっかさん。その二

再録・東京日記

井の頭線で東松原へ行き、界隈を歩く。ここには以前、友人が、しばらく住んでいて、彼が関西に出張の時には、快く部屋を貸してくれたので、入れ違いに上京して演奏会にでかけ、少しばかり土地勘が出来たのである。
近くには東洋製罐の社宅アパートがあって、茨木の東洋製罐の工場を思い出して、何だか懐かしい気分にさせてくれた。

束の間の東京暮らしの真似事。

駅を出てなだらかな坂を下る手前を上がっていくと喫茶店がある。
紫煙と、コロンビアのにおいと、常連さんたちの喫茶店。コーヒーは美味しい。
タバコの煙を避けて座っていると、なぜか隣の席に、オバサン連中が入ってきて、話を始め、聞きたくも無い話が入り込んでくるのに音を上げて、席を立った。

京都でもよくあること。南禅寺の庭を拝観していると、オバはん等がきて、子どもの学校の給食の中身についての話を始めた。
その類を、美味しいコーヒーと共に、ケーキの代わりにしているのだ。
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引き返し、坂を下ると、「京あずま」という和菓子屋が、餡を炊く良い匂いをさせていた。
「羊羹巻き」、「お茶饅頭」、「胡麻おはぎ」などと、関西では見慣れない饅頭がならんでいて、「桜まんじゅう」と「桜餅」を買った。
桜饅頭は、上用に桜の花をぺたっと貼りつけたもの。桜餅は寒梅粉でクレープを作って漉し餡を巻いたもの。
桜の塩味に、餡が負けている。

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羽根木公園には、まだ少し梅が残っていた。
浮世絵の名残のような江戸の梅だ。

昼食をどうしよう。もう、すっかり帰りたくなってしまった。
早く新幹線に乗って、駅弁でもつつきたい。

カメラはコンタックスT-2
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by coppoumon | 2006-03-31 23:11 | Comments(4)
2006年 03月 31日

再録・東京だよ。その一

2005年3月下旬。
友人が神田のカザルスホールで、オルガンの演奏会を催す事になり、京都から東下りした。
演奏会後、山の上ホテルでの会食をお招きに与ったので、一泊して東京散歩を楽しんでから京都に帰ることに決めた。
しかし、食事に、当の演奏者は全く顔を出さず、なんだか、お通夜気分。

どんな事になるとも知らず、シティ・ライフをエンジョイしようと、何かと評判の汐留の、名前からして一番よさそうな、ナンバー・ワン・ホテルに宿を取ったところから日記は始まる。


再録。

早朝、遠くで珍しい鳥が鳴く声で目が覚めた。鳴き声からすると、かなり大きな鳥なのだろうが、想像がつかない。

なんだ、花粉症の、おっちゃんのくしゃみかい。

よその客室まで聞こえるような、大きなくしゃみが、しつこく続く。
今年は花粉が以上に多いからなあ。
外の気温を確かめるために窓を少し開けると、騒音と一緒に、なんか、強い、微妙な匂いがしている。
すごい、朝の始まりである。

気を取り直して、朝食・・と思ったが、ホテルの外にでる事にした。
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Voi  la !     これかい、さっきの匂いの元は。

品川ナンバーの青いぞうさんからどんどん離れて、パチンコの開店を、まるで、ミサを待つかのように、敬虔な面持ちで行列している人たちの顔をじっくりとみて、界隈で一番流行っている店の前に立った。

「松屋」

確か、関西にもあるらしいこの店に、前の人の、みようみまねで食券を買って、朝定食にありつく。
鮭、とろろ、味噌汁、目玉焼き。うわっ、関東でもこんなに美味しいところがあるんだ。
盛り付けをしてくれるのは、ネイティヴ・アメリカンのお兄ちゃん。

帰り際に、和菓子屋を覗く。○銭堂・・老舗のようだ。なになに、お手つき最中??
まだ、朝だよ。ああ、驚いた。こんなもの、お遣い物になるんだろうか。
お返しに流し目が返って来たりしたら、ああ、流し目って、秋波だったっけ、愁波だっけ、ちょっと憂鬱だ。

いまね、東京だよ、おっかさん。


カメラはコンタックスT-2
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by coppoumon | 2006-03-31 22:32 | Comments(0)
2006年 03月 29日

はなそむかしの

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隣の公園の梅が満開である。
カメラにはイルフォードのモノクロフィルムが撮り切ってしまえずに少し残っているたので、花の見事さについレンズを向けてしまった。

この梅の木は30年向き合ってて、毎年花の写真を撮る。以前の写真は、見る気がしないから、僅かでも上達しているのだろうか。

梅は、だんだん立派な樹姿になりたくさん花をつけ、花アブがどこからとも無くやって来て春が来たことを楽しませてくれる。

東京の羽根木公園の梅も今頃見事だろうなあ。梅の香りで、そんな事を思い出した。

そうだ、去年の今頃は東京に行って、「東京だよおっかさん」という文章を書いたのだった。

時間があれば、あの日の日記をここに移してこよう。


カメラはアルパ10d、 レンズはマクロスイターf1,9
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by coppoumon | 2006-03-29 22:59 | 京都 | Comments(5)
2006年 03月 28日

愛人二号

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4年ほど前に、二段鍵盤のリードオルガンが修復されたので弾きに来てください、と連絡があった工房で、ジョン・ブロード・ウッドのベビーグランドの修復をしておられるのを「預かり物なんです」と前置きをされて、部品の調達の大変さとメカニズムの違いをなんとか元のようにしたいと、試行錯誤しておられた。
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今年になってから、思わぬところでジョン・ブロード・ウッドのピアノが売りにでていて、一度見にいこうと思いながら、体調の悪さにくすぶっていると、売約済みになっている。

多分、あの工房で修復されたものだったのだろう。
修復されると、オリジナルとはいえないような結果になるので、つい、二の足をふんでしまうことと、そこで見た修復後のピアノの調整の具合が、わが家の現在の使い古しのピアノよりも良いとは思えなかったことが、考える優先順序を後回しにしていたのだ。

我が家に二番目に来た1971年製のピアノも、大きく手を入れるか、このまま、だましだまし使うかの時期に来ている。
よく鳴るのと壊れないのは、このピアノの良いところ。勿体ないですよ、生徒さんのレッスンに使わせるのは、と調律に来られる方はおっしゃるが、もうすこし、辛抱するかなあ。
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by coppoumon | 2006-03-28 09:58 | Comments(2)
2006年 03月 27日

軌道

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何だい、千里下まで来てたのかい。うちはね、そこからだったら当たってなくとも、外れちゃいないんだよ。
歩いて来れる距離なんだ。家の中の汚さは人様の前後にもとらないってやつでさ、ひっくり返しちゃってるよ。
昭和35年に、250万で建てた家なのに、この間雨戸が用を成さないものだから、そんでもって、窓も古くなって入れ替えるってんで、サッシュにしてもらったら、全部で350万取られちゃった。
250万の家に350万の窓だけはぴかぴかだよ。


なにしろさ、辺りは国鉄村で、ありとあらゆる建て方の家に国鉄の人たちが住んでてさ、官舎とはいうものの、鉄筋5階建てアパートやら、二戸一やら、門の付いた立派なおうちから、大きな独身寮まであったんだ。

それがさ、全部更地になっちゃって、まだ、再開発してこの先、新しく街にして小学校や病院まで建てようってんだよ。
静かで、のどかだったんだけどね。余りの変わりように、やってらんないよ。

また、どうぞって言いたいんだけど、毎年の事なんだけど、今度の金曜日、30日だ、北海道に行って、秋になったら帰ってくるよ。

ここまで、一気に喋って、音楽仲間の母上はお茶をすすった。

ささやかな、鉄道マニアなんですよ、といいかけて止めた。列車ではなくて、東海道本線というレールの引かれた軌道やシグナルがすきなのだ。
そして、そこで働いていた全ての人たちが。
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by coppoumon | 2006-03-27 08:32 | Comments(4)
2006年 03月 27日

三度目

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2月24日に千里丘を35年ぶりに訪ねて、少しだけメモ代わりの写真を撮った。10日ほどして天候をみて改めて取り直しに出かけたが、どうもうまくいかなくて、もう一度モノクロで挑戦してみた。そしたら三月になったというのに雪が舞いはじめた。
うまくいかないのは、久々に行った先で、忘れていたことを、どっと思い出して目移りしてしまうからなのだろう。

国道を越えて、なだらかに左にカーヴしていく一本の坂道だけを覚えていたはずが、誰一人知った人も無く、入った建物の影すらないところにも、記憶を掘り起こすものがたくさんあって、立ち止まっては凝視する。

残念なのは建物が一切残っていない事で、国鉄清算事業団が行ったものの結果だけを確認しに行ったような、そういう気持ちになった。
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元の国鉄の寮の正門にソメイヨシノの古木が現存していた。
この辺りは赤松や、柘植、サツキなどが丁寧に刈り込まれた美しい敷地だった。
今でもまだ、少し面影を残しているが、町内の地図を見せてもらうと、この奥はずっと空き地になっていて、これから再開発が行われる事になっている。
今年はこのソメイヨシノの古木に咲く花を見ておきたい。
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by coppoumon | 2006-03-27 00:08 | Comments(0)
2006年 03月 24日

木の下で

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スヴェーリンクのオルガン曲に「菩提樹の木の下で」という曲がある。人によっては「桜の木の下で」と訳す。
何にしても木陰に違いは無い。そこでアヴェックが愛をささやいているよ、というルネッサンス時代の音楽なのだ。

耳には心地よいが、変奏曲になっていて途中、相当早く弾かねばならないので、大御所でも時折立ち往生するのだそうだ。
私は、友人が達者に弾くのを幾度も横で聞いて、それに、私が弾いても、そんなものだという認識しかないが、ピアノと違って、パイプは反応が異なるので、楽器によっては弾きにくいのかもしれない。

しかし、大きな木の下では、やっぱりみんな、遊んだり、語らったりして過ごすのだ。
シャッターを切りながら、お前には孤独が、良薬さ、と、声が聞こえてくる。

ま、それはそれだ。


大きな木・・。

おおきな 栗の 木の下で あなたと私 仲良くあそびましょう おおきな 栗の 木の下で

ずっと以前、男の子のお弟子さんが、歌っちゃいけない、といわれたよ、と、「Y」のキャンプでこの歌を習ってきて、家で大きな声で歌っていたら、お父さんがのけぞり、お母さんがあぶら汗をかいて、説明してくれた、というので、私に歌ってもらった。

・・・・・・大きな 栗と、 栗鼠の歌。

小学生だった彼も、今年は後厄を迎えている。
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by coppoumon | 2006-03-24 23:38 | Comments(6)
2006年 03月 23日

ネーブルのママレード

和歌山の「観音山」ファームは無農薬で柑橘類を育て、収獲している。
今回は、そこのネーブルで、ママレードを作った。土佐文旦に続いて、今年二回目。
アルファベットの通し番号「B」である。
年によって違いはあるがAから番号を振ってP、Q、Rくらいまで到達する年が多い。材料が手に入りにくい年は、自作のジャム類は俄然作る量が増える。
たぶん、材料調達に意地になっているのだろう。

去年は、ブドウで作るのをすっかり忘れていた。桑の実は手に入れることが出来なかった。

ネーブルは7個、1,5キロ分。砂糖は450グラム。レミ・マタンのブランディ。
所要時間、90分。

次回は「日向夏」で作ってみようとおもう。夏みかん、イチゴ、あんず、すもも、ブルーベリー、梅酒の梅、イチジク、もも、ブドウ、プルーン、洋梨、紅玉、柚。
こうやって、作るものを並べてみると、一年なんてすぐに終わってしまう。



おはなちゃん、頑張って、今年もつくりんさいや。うちは、ラッキョウも3キロ漬けるんじゃけ、また詳しく、教えるけんね。

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by coppoumon | 2006-03-23 21:28 | ジャム | Comments(4)
2006年 03月 21日

写真展のお知らせ、矢吹氏

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京大の院生でもあるフォトグラファーのKAZUが紹介してくれたおかげで、何人ものカメラの知り合いが出来た。

中でも、彼が特にその人柄に太鼓判を押したのが、「矢吹健巳」氏である。

作品と、そして豪放で、大胆で、懐が深くて、繊細で、思慮深い彼のひととなりとを、是非、行って、観て、会って納得して欲しい。

ん?彼の作品に就いてのコメントをしなければ。

・・・・それが、良すぎて面白くて、私の文章力では叶わないのだ。
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by coppoumon | 2006-03-21 22:39 | Comments(5)
2006年 03月 20日

また茨木で

18から20歳になるまでをすごした茨木の街を、その後30年ほど全く訪れなかった。
あっという間に運が開けていった一番初めの街なのに、全く違うところに引っ越したわけでもないのに、足が遠のいていた。

その頃の友人達とは未だに連絡を取り合っているが、その一人が出てくることになったという。

・・・学校出て、初めて同窓会やるんよ。33年ぶりじゃ。で、一泊するけんのう、茨木行こか。春日荘はもう、ないけんど、オバサン元気にしとるんよ・・・
・・・わしなあ、心臓の弁が落ちたんじゃ。子ども引率しよってな、急に歩けんようになって、救急車で病院いったら、よう、生きとったなあ、いわれてのう。今?赤い手帳持って歩いとるわ・・

春日荘というアパートに住んだ彼は郷里から送られてくる潤沢な食糧で、何時も居候を養っていた。
遊びに行くと、泊まっていけ、という6畳に3人で寝て、押入れにも1人定住者がいて皆、体育大学生で、図体の大きさと、暴食と、ミスマッチなくらいな行儀のよさに驚く事ばかりだった。
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茨木神社の左手の、橋の手前にいつも屋台が出ていた。おにぎりとおでん。
彼は居候に食わせていたが、彼には、私がたまに食わせていた。

ここに屋台があったことを覚えているかと聞くと、・・・なんとなく・・・という。では、ここでお前がおでんを、串数36本食べた事は?と聞くと、全く覚えが無い、と答える。

食わすんじゃなかった・・・覚えてないんかい。

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この砲丸投げの、四つんばいにすると牛のような巨体には36本の串など私の食べる卵の一つ分位の量だったのかもしれない。

おい!相変わらず城門が小さくみえるど。
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by coppoumon | 2006-03-20 21:25 | Comments(2)