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2006年 05月 31日

松江は松が多い。
なるほど、それで松江なのだと合点はするが、市内で見た松ばかりか大山の麓をドライヴしていて、松の大木が林立している様に出合った。
まっすぐに太くそびえる松は、磯馴れの松からすれば、相当に逞しい。

出雲は大木、というイメージが一層膨らんだ。

街なかをあるいても、ついつい、郷里で見ていた風景を想起する。
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私が育った町の中から大木や老木、長屋門が消えたのはいつの頃だっただろう。

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デジャヴ?
初めてみる風景でありながら、郷里の町はずれかと錯覚しそうになってしまった。


母が嫁に来た終戦直後の我が家の近く。
この町は1960年までは中世の面影が良く残っていたと司馬遼太郎が書いている。
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by coppoumon | 2006-05-31 17:27 | Comments(5)
2006年 05月 29日

九曜の釘隠し

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600石の中級武士の屋敷がそっくり残っている松江18万石の城下町の一隅。

私の郷里では600石だと上流武士である。70石であれば式台のついた玄関があったり、玄関横に内玄関があったりして正面から座敷に上がる事は滅多にない。

金沢藩士の「武士の家計簿」という本を読んだ時に、召抱える人数の多さで、武家の生活はいつも逼迫気味であり主人の懐具合を知る使用人達は決して武士を羨ましがる事はなかったと見える。という内容のあとがきを見出した時、高楊枝の必要さが理解できた。

江戸時代、100石に対して4人の家来を置く定めがあったが、実情では600石だと最低10人くらいの家来・使用人は置く事になる。
者共、出会え!!と叫んで、家来が誰も出てこないということはないのだ。

門構えは立派にしておいて、屋敷の裏は相当ひどいものだと物の本には出てくるが、この屋敷の裏もここまでやるかと思えるような古材を転用してあった。屋敷門に寝起きしている家来の方がよい住宅と思えて、微笑ましい。

表座敷もそれほどに華やかではなく、広く、天井が高いことが気になった。
郷里では8畳と6畳の間に欄間を置き、刀を振り回しにくいように工夫がしてあったからである。

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表の庭の石組(いわぐみ)も簡素。
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by coppoumon | 2006-05-29 20:58 | Comments(2)
2006年 05月 28日

災難

長年、行き渋っていた島根行きを決行。3時間ほどのバスの旅で、京都を出るときは9人の乗客であった。
既に75歳くらいの4人グループが通路越しに話を始めており、聞きたくもない話が飛び込んでくる。

好々爺が強い声帯で訥々と行きつ戻りつ話をする。如何にわが家のルーツがすばらしいものであり、そこで山中鹿之助が学び、毛利方へ寝返りを打ち、爺さんが養子を迎えて寺を継ぎ・・・。

30分過ぎて乗り込んできた夫婦が華やかにグループに加わった。

訥々話は振り出しに・・如何にわが家のルーツがすばらしいものであり・・以下略。
お返しに後陣のオバンがバス中に響く関東語で話し始めた。
あたくし、チチンプイプイに出ましたの。番組の中で開発された栽培法で作ったトマトを切りましたら、偶然とはいえ見事な美しさ・・おかげで凶は薄倖に注文が2000・・以下略。

声と話題の万華鏡。他者への配慮も、話仲間の共感も得られぬままにマニエマリスムの世界が3時間続き、10分ほど静かになると、また賑やかに話が始まった。


10代の頃、声楽の先生から、こんな話をしてもらった。・・・いやだな、と思う声の持ち主の傍には行かないようにしなさい。なぜなら私達の声帯は、その声を聞いて震動しているのです。だからきれいな声の人の横に行きなさい・・ウグイスと同じなんだ。

写真は米子駅。見慣れない赤い色の電車が旅先である事を感じさせる。

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実は、翌々日の帰り、再び、彼らと同じバス、同じ座席に座る羽目になった。

当然といえば当然、報いといえばそうかもしれないが、 戦後生まれを自称していたこの女史、他の翁同様、二日後に再開した時は見事なくらい声がしわがれていた。
おお、声に死相が出てまっせ・・・私はそんな事は言わない。思っただけ。

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米子に迎えに来てくれた友人の車でさっさと逐電した。
おい、腹減ったぞ、飯食わせ!!!!!
それより、耳の中に入り込んだ奴らの音s(音の複数形) を、頭の中から引っ張り出してくれええ。
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by coppoumon | 2006-05-28 21:19 | Comments(4)
2006年 05月 27日

おしらせ

二泊三日の島根の旅を終えて帰宅しました。

環境音、というのか、世間の騒がしさを思わずに済んだ三日間でした。
招待してくれた友人は、高校生の頃、私の子分のはずだったのに、
今じゃ時々主客転倒。

一番印象に残ったのは260年ほど前の武家屋敷の内そと。
その、私的な生活空間の余りある質素さ。


写真は明日夕方上がります。少しずつアップしていきます。
使用したカメラはコンタックスT-2です。
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by coppoumon | 2006-05-27 23:10 | Comments(6)
2006年 05月 24日

こんな看板が(3)

裏町という地名が郷里にあった。
表通りに対して裏になるので、名づけはすぐに理解が出来た。

その、子供の頃の田舎町で、自宅隣の映画館。レコード針のノイズと共に西田佐知子が歌う「裏町酒場」。

酒を飲もうと、生きよと死のうと あんたなんかの知らぬ事
どうせ、まともに生きたって 辛い世間の後ろ指

男なんかに騙されないと 鼻で嘲笑って引くルージュ
夢を持ちなという言葉 それもどこまで 本気やら

弱い女に戻ってしまう 雨がしょぼつくこんな夜
酒にこころをしびれさせ 生きる裏町 灯も暗い

5年生だった私は、こんな歌詞を馬鹿馬鹿しい、と思いつつ、上手いか、そうでないのか定かではない歌声を聴いていた。
それより、裏町の世を拗ねたような女のいるそんな酒場に、客が来るのだろうかと不思議だった。

牛は牛連れ・・・・という言葉を知ったのはそれから30年ほどあとのこと。そう、豚は豚連れ。


京都の西日が差す路地裏の喫茶店に入ろうとしたら、あららら、臨時休業。
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ここまで来て不運さに心が痺れそうになったが、代わりならいくらでもある。

さ、他所の喫茶店へ行こうか・・・裏通りの西日が素敵な界隈である。

AVE MARIA WORKS !

喜びは束の間、ちょっと勘違いだった。


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懲りもせず、また、客入りの少なそうな裏町へ行きまんねん。
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by coppoumon | 2006-05-24 06:31 | Comments(2)
2006年 05月 23日

有難うございます

「心の曲」CDお求め下さって有難うございました。
手渡しできずお送りした方の中で、請求書が入っていなかった方は、10年分のお歳暮の先払いです。


これから暑中見舞いの葉書を数種類作ります。今、写真を撮りに歩いている最中です。

先年、金魚の入った羊羹の写真を葉書にしたら金持ちの親類から、「これからこの羊羹が送られてくるんじゃねえだろうか」と請求がありました。
なるほど、彼らとの長い付き合いの中で、何かにつけて、自分のものにしてしまおうという彼らの意欲が、私の中には欠落していて、それが生涯の赤貧の原因になっているのだと、悟ったことであります。

それで、まさか、今度こそ、これなら欲しがらないだろうと思って作ったのが下の写真です。
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あっ!今度は郷里の家の庭石を送れと言い出だすかもしれない。

お生憎様、石も燈籠も、隣のお寺に差し上げたよ。
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by coppoumon | 2006-05-23 08:05 | Comments(11)
2006年 05月 22日

再び建仁寺

京都に行く時は一筆書きのように次々と用事をこなしながら歩き回る。
徘徊師・・そんな言葉はないけれど、升目のような道筋はそれが簡単に出来て好きだ。

雨が降るのか降らないのか、そういう日に訪れた建仁寺は平日で観光客も少ない。
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建物が全て渡り廊下で繋がって中庭が四方から見渡せる。
観光客のために敷かれたであろう赤い毛氈の北側に庭を見る。
この寺の庭は全体に簡素。
雨樋がかけていないと言う事は、雨の日なりの楽しみがあるのだろうとおもう。

機会があれば、大きな屋根から落ちてこの庭に流れる雨の様子を、半日でもいいから見ていたい。
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by coppoumon | 2006-05-22 11:13 | Comments(2)
2006年 05月 21日

建仁寺

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国書改ざんによる柳川騒動が落着したあと、京都五山から輪番僧が対馬に派遣される事になった。
建仁寺に残っていたこの籠は、当番に当たった建仁寺の僧が対馬への行列をする時のものである。
やんごとなききわが車列を組むようなもので、まさかマイカーをフェリーに積んで出かけるような、そんな気軽さで対馬へ渡るというようなわけにはいかなかったであろう。

籠を担いだ者の中に私達の先祖がいるのかも知れないと、何かしら対馬の匂いを探したくなってしまう。この籠が京都と対馬を往復したのだ。

大徳寺からは、対馬のお茶碗がたくさん出るようで、骨董品屋に行くと出所が大徳寺端渓和尚などと書いてある。
対馬の殿様も輪番が済んで帰京する僧に、相当な心配りをしたようで古文書には、手土産に茶碗60個などとでてくる。

時々、京都の中で郷里の名残をこうして、見る事が出来るのも、楽しみの一つである。
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by coppoumon | 2006-05-21 21:30 | 郷里 | Comments(2)
2006年 05月 19日

心の島コンサート

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友人のオルガニストのご子息が、現在沖縄におられて、音楽仲間が集まってライヴを開きそこで歌われた曲を録音したCDが発売された。

美しい映像がふんだんに使われたCDは中に入っている音楽も美しい。
音楽が何であるか、そんな事は音楽美学の方にお任せして、ここでは純粋に歌と、声が楽しめる。

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私の手許には頂いた一枚が残るのみ。
友人の手許にあった相当量も、すぐに捌けてしまいそう、と言うので買ってくださる方、差し上げたい方の分を、慌てて追加をお願いした。

完売ですか。珈琲まで付けて下さって、ありがとう。

CDのなかの歌声は、しみじみと良い。
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by coppoumon | 2006-05-19 10:05 | Comments(13)
2006年 05月 17日

もうすぐ梅雨

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今年になってドレスシャツのブランドを変えた。

駅前の松坂屋がなくなり、京都丸善も閉店、神戸のメンズショップがレディズに変わりと、こんなわけで大好きだったスキャッティ・オークに良く似たシャツを探すのも難しくなってきた。
京都の藤井大丸にスキャッティがあったはずなのに、跡形もない。

三条河原町を新京極に下がったところにスキャッティのシャツが置かれているが、ここは絶対バーゲンをしない。こっちも、意地で入ってやらない。
KODAMAと言う店にスキャッティがあることがわかったが、品揃えが少ない。

こういう、ぐちゃぐちゃした理由から近所で手に入るメーカーのものに変えた。
オジンになってくると少しきれいな色のシャツを着ていたい。




隣の公園は、今、緑の色が美しい。

ご近所のおじさんが庭の野草を手入れしておられた。

これね、ずいぶん大きくなったでしょ。もちょっと立派な株になるだろうと、楽しみなんです。
・・・それ、トリカブトでしょう。・・・・・ええ、ええ。根っこがややこしいヤツ。しかし、考えると、野草で毒のないものは少ないですよ。今度、毒のある野草ばかり集めてみようかなとも、かんがえとるんですよ。

・・・そうですね、キンポウゲも、福寿草も毒ですもんね。・・・・ニリンソウくらいかなあ、毒のないの。

公園の中にねむの木が自然生えして、相当大きな木になった。
合歓の花を美しいと言うが、私はからっきしだめである。枝を折るとかぶれるのだ。
しかも、全身かぶれた事があって懲りてしまい、ある楽器メーカーが、合歓の里という名のリゾート地を開発して、ご招待があったときには、思わず拒否してしまった。

公園の中はたくさんの姥目樫、コナラが植えてある。鮮やかな新緑の若葉の下でコナラの花が咲いていた。合歓の木はまだ裸。
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by coppoumon | 2006-05-17 22:41 | 京都 | Comments(5)