のんびりいこうよ

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2006年 06月 30日

夏越

e0036151_23224456.jpg関西の夏はやりきれない。ヒートアイランド・大阪と言われ続けて、覚悟をしているけれど、朝起きたら既に28度にもなっている。

長崎では子供の頃、28度になったら外に出てはいけない、と、学校から厳しく言われていた。
やむを得ず外出する時は麦藁帽子を被らされた。
32度にもなると、畳の上でうたた寝をしていた。

昨夜、エアコンを、切り忘れてしまい、ピアノの部屋はすごく心地よい空間になっている。
エアコンはこの春買い換えて、冷房をしていても肌寒さを感じさせない設計になっていた。
長袖シャツを着て、靴下をはいて長時間こもる煩わしさから開放された。

だが、快適が過ぎると、目を開けてられない。
自分のピアノの音に居眠りを始めそうになり、思い切ってごろんと横になる。
お昼ごはんを食べて、また眠り続ける。
途中、おやつに水無月を食べた。そしてまた寝た。

今また、就寝の時間だ。

ひたすら寝るだけの夏越の日。同級生二人から電話がかかってきた。同窓会なのだそうだ。
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by coppoumon | 2006-06-30 23:37 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(2)
2006年 06月 29日

妥協

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近頃、母の趣味は京都の錦市場詣であるらしい。
古くからの顔なじみの鮭屋さんがあって、必ずそこで筒切りの鮭を4切れ買う。
あとは、手当たり次第である。

村上重の漬物五種類、一保堂のお茶を二種類、貝新のシジミ生姜煮、海老豆、金山寺味噌、昔菓子三種類、鮭、血合い抜きの花カツオ、じんとらの京七味、麩嘉の麩、焼き魚、田中鶏卵の出し巻き二本、白きゅうり三本、親指と人差し指で輪を作った位の大きさの茄子五個。

持たされるのは私なので、だんだん腹が立ってくる。

池政で食事。池政は、料理店専門の八百屋さん。奥で食事を出してくれる。

ジュンサイの山葵醤油。

えんどう豆の冷製ポタージュ。

芋茎の二杯酢。

炊き合わせは、木の葉人参、紅葉のトウガン、巻きこんにゃく、壬生菜と薄揚げの煮びたし、小芋の衣担ぎ。

加茂ナス田楽、柚味噌に五色胡麻散らし。

しょうがご飯。

炙り番茶。

美味しかった、と母が声を出して言った。敵は私の立腹をなだめる気だ。
私も、情けない事においしいものを食べるとつい、妥協的になってしまうのだ。

トウガンや、人参の細工は池政のご主人が包丁を握って作る。

そのあと三条まで歩いて、海老の煎餅を三袋調達。
他に、ジュンサイ二本。

夏は、こんなに出歩けないから、涼しくなる秋口に、また来よう、と約束させられた。
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by coppoumon | 2006-06-29 22:31 | 京都 | Comments(4)
2006年 06月 29日

青天目

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東山五条から茶碗坂を上がると清水焼を作って売る店がある。公害問題でほとんどが山科や宇治炭山に窯を移転したので「作って」は当てはまらないのかもしれない。

店構えも「ナントカ会館」ビルだったりするが、三間ほどの間口に焼き物を並べて売る店がまだ、何軒も残っている。
780円くらいだったり、28000円だったり、手に取るまで値段は分からない。

島根の友人が使う徳利を注文しておいたのを、連絡がないので立ち寄ると、店の方が「あ、私、お電話差し上げましたか?届いたばかりで、連絡差し上げようとはおもっていたのですけれど」と訝しげに届いたばかりのダンボールから包みを取り出し始めた。

青天目の徳利が4本。
一本は、はねて、1合2勺入るサイズが3本。3本とも良い出来で、求めることにした。
色も、釉薬の止まり具合も見事。

注文したのは2本なので1本はわが家に持ち帰ろうかと思ったが、まあいいや、家に徳利がないわけじゃなし。

気前良く手放し、この文章を書きながら半ば後悔している。
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by coppoumon | 2006-06-29 06:06 | 京都 | Comments(0)
2006年 06月 28日

明暗(みょうあん)流

二十歳の頃この門の前を通った。
虚無僧の姿は映画でしか知らなかったし、虚無僧は不気味なシーンでしか出現しなかったので、この門を見るとぎょっとした。
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以前、門はもっと破れてて凄みがあったのだけれど、こうしてみると人を拒む門のようにも見える。

大原三千院の両側に「律川」と「呂川」が流れている。
この東福寺から三千院まで自分が虚無僧のスタイルで歩いて往復する姿を頭の中に描いて慌てて打ち消した。

比叡山の行者さんが年に数回降りて来て京都の町を歩いてまた帰っていく。その足がまた、速いのだ、と食事に入ったレストランのマスターが話してくれた。
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by coppoumon | 2006-06-28 07:25 | 京都 | Comments(2)
2006年 06月 26日

梅雨の晴れ間

鳥羽街道という駅で降りた。
カメラの中にはモノクロフィルムがあと10枚ほど残っていて、これを撮り終えて、カラーフィルムを入れて、暑中見舞いのための写真を撮りたいのだ。

街道筋は結構面白いものが残っていて、これはまたアップする事にして、桔梗を見に、東福寺塔頭の天得院を目指す事にした。

中門を入ると雪舟寺がある。人の気配がないので、こちらを先に拝観する。
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雪舟寺といわれる所以の、雪舟が作庭し、近年復元された亀と鶴の石組(いわぐみ)をみて、亀が動いた伝説でもあるんだろうな、と思うと、果たして、あった。
背中のてっぺんに大きな石を打ち込んで動けなくしたと。

だれか、この石を取り去ってください。そうすればエンドレスで亀が動き回ります。

お寺は繁盛。

ご住職に、このように張り紙を勧めてみたら何と応えられるだろう。
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茶室から庭を見る。
このお寺は、襖絵、掛け軸、扁額、屏風。触る事が出来る位置にある。
ガラスのないショウウインドウと言える。しかもさりげなく由来が説明してある。

のんびり何時間でも過ごせそう。蚊除けのスプレーを吹きかけてさえおれば。

天得院に着いたのは4時10分。拝観は4時まででございますが、あと、20分位でよろしければお入りを。といわれて慌てて靴を脱いだ。
いるいる。ご自慢の名機をお抱えになったカメラマン達6人が、気難しそうな顔をしながらあちこち動き回っている。
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カメラマン達のいないところに入って撮る。難しい。桔梗は美しすぎる。


カメラはアルパ10D、  レンズはマクロスイター50mm
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by coppoumon | 2006-06-26 22:58 | Comments(0)
2006年 06月 26日

四大学グリー、6月25日


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慶応、関学、早稲田、同志社のグリークラブが年に一度合同演奏会をやるのを、毎年誘われて出かける。
あと、12月8日ごろ同志社、2月10日頃関学の定期にも誘われるがこの頃インフルエンザが流行ったりするので、いつもおぼつかない。

私の大学はオケの伴奏のついたグランド・クワイヤーが授業として楽しめた。音大は良いなあ、といつもこの授業は休まなかった。

で、もちろんグリーの経験はないが、私が学生だった頃に、阪大か、同志社がいつも日本一だった。

毎年メンバーを入れ替えながら続くグリー魂が、グリーのために書き下ろす作品に出会って、咀嚼されて演奏されるのを見るのが,たまらなく好きである。
生で聴けるスタンダードなものや、作品を初めて聴く機会に恵まれるのも、こういうときなのだ。

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慶応は音楽も紳士である。
早稲田はアンコールのあと必ず「大漁唄い込み」を演る。ステージから見ると満席の客が魚に見えるのかもしれない。

関学、同志社は、たおやかで、声の響にコシのようなものが感じられる。

男声合唱は、荒くも、繊細にも表現の幅が広いところに醍醐味がある。

写真は京都コンサートホール。 カメラはコンタックスT-2
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by coppoumon | 2006-06-26 08:34 | Comments(0)
2006年 06月 22日

雨の歌

雨の歌といってもブラームスのチェロソナタではない。

身近に聞いたり歌ったりした雨に因む様々な歌のなかで、「ぱらぱら落ちる 雨よ 雨よ ぱらぱらぱらと なぜ落ちる 乾いた土を 柔らかにして きれいな花を 咲かすため(こどもさんびか)」という歌を、私は子供の頃から一等嫌いだった。

現実味がなさすぎる、と。

雨で漁にも出れず、仕事のない人だってたくさん職安の前に居たではないか・・と、思う身に、こういう歌が馬鹿馬鹿しく思えたのである。ほんの小学校低学年の頃の話である。


わが家の隣は映画館だった。
聴きたくはない、また、聴かせたくもないはずの音楽が、毎日飛び込んでくる。
私はそれを一度で聴いて覚えて、親に歌って聞かせた。
親も、歌なら何でも良い、というほどの歌好きであった。


今朝、今年初めての朝顔が咲く。
赤紫の10センチほどの大輪の朝顔。
雨のおかげで、一日中濡れながらも萎まずにいた。




隣の映画館から流れてくる男の声で「雨に咲く花」という歌があった。
しみじみとしたメロディーは「re」から「re」までのオクターヴ、つまり8つの音しか使わずに作曲されていてその巧みさに感心する。
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及ばぬことと あきらめました だけど恋しい あの人よ
 ままになるなら 今一度 ひと目だけでも 逢いたいの(高橋掬太郎・詩)

戦前には関種子や、淡谷のり子がタンゴで歌っていたこの歌を、井上ひろしがロックバラードで歌い、彼の録音当時の歌声を聴いたが、20歳前と思えぬ情感があって、この男、どれほどの恋をしてきたのだろうか、とさえ思ってしまった。

たしか、彼は45歳位で夭折したのだ。25年いじょうもまえに。
短い人生でもそれなりに春夏秋冬を位置づけが出来るというから、彼にとって、この歌をうたっていた頃は人生の夏だったのだろうか。


別れた人を 思えばかなし 呼んでみたとて 遠い空
雨に打たれて 咲いている 花が私の 恋かしら

儚い夢に 過ぎないけれど 忘れられない あの人よ
空に涙のセレナーデ 一人泣くのよ むせぶのよ



井上ひろしの、たぶん最後の「雨に咲く花」がユーチューブでながれた。
病気のあとの復活、だったのだそうだが、いつまでもうたい続けたい・・というかのように目いっぱいフレーズを引き伸ばして歌う彼の目は何を見ていただろう。

2番はカットされ、3番では、「窓に涙の」とオリジナルどおりに歌われていた。
ああ、「空」という部分は、テキストの誤植だったのだなあ、とおもった。


誤植。

死語になった言葉のひとつ。


あ、一日中、雨にぬれて咲き続ける朝顔の話だったが、脱線してしまった。

合掌。
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by coppoumon | 2006-06-22 22:54 | Comments(4)
2006年 06月 21日

こんな看板が(4) もう一人のガハク

微妙に計算され尽くした打弦点を持つピアノの発音の良さのようなもの。
僅かにポイントを逸らせた画伯の遊び心。

遊び心一杯なんだけれど、インパクトも強いんだけれど、笑わずにはおれない絵がかかる焼き肉屋がある。

絵よりも、人は先ず、食べる事を覚えなきゃ。

四条河原町の長久堂の真裏、四条河原町を西に一つ目の路地を入って客引きの兄ちゃんに声をかけてもらって、二又路を右に取る。

先日店は改装された。ついにこの数十年間見てきた看板ともお別れかと思っていたら、改装後も営業中だけこの看板を出して窓に掛けてある。

店主の思い入れなのだろうか。きっと、このようなそっくりさんのご夫妻が采配を振るっておられるに違いない。
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デザイナーの友人が、二の句がつげなかった逸品である。
焼き肉は苦手なので店に入ったことはない。

友人Z氏から、都下で頂ける美味しい和食のお店を紹介していただいたけれど、夏至には府下は焼き肉。
お返しに、このようなキョウト・キュジーヌのお勧めは、如何なものだろう。

京都で摂り召さば、何でも京料理どす。
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by coppoumon | 2006-06-21 16:56 | 京都 | Comments(2)
2006年 06月 20日

画伯

初めての個展は4年も前だろうか。
それ以前にも京大の美術部で作品を見ていたので何年ほどの付き合いか分からなくなってしまったが、今年も個展の案内を頂いた。

私の好きな絵をたくさん並べて、どれもこれも、皆欲しくなるのだが、ちょっと、ん? と感じていた。

毎年個展を拝見していて、ますます面白いと思うのだがやっぱり、ん? と感じる。

今年の作品はパステル画の「かえるの酒盛り」が一番好きだった。

今年は思い切って、感じていたことを質してみる事にした。「ここ、というポイントを微妙にずらしてはいませんか?」
「ええ、ちょっとポイントをずらすと、おもしろいなあ、と思って、微妙にずらしてみたりしています」
「亡くなられたオルガンビルダーの辻宏さんのオルガンが、はじめ、立派な朗々とした笛の響だったのに、だんだん、空気を送る量を減らして、美しく、危うい微妙な音を模索しだしたんですよね。そんな事をずっと思い出していたんです」

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彼は池袋から東武線で小一時間の郊外で育ったのだそうだが、いまは京都市内の北のほうに住み、何よりも画伯と呼ばれたいという彼に、私達は、画伯と呼んで応えている。
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by coppoumon | 2006-06-20 23:02 | Comments(3)
2006年 06月 18日

歌舞練場

京都交響楽団バースデーコンサートに行った。天気が悪いのでカメラを持たずに出かけたが裏目にでてしまった。うらめしい。
e0036151_21531931.jpg私が京響を聴くようになったのはこの10年ほどの事である。
京都にシンフォニーホールが出来てパイプオルガンの演奏会に行った折にこれは、という演奏会のチケットを買って帰ることが多くなった事。
北山、深泥池方面に写真を撮影に出かける機会が増えた事で北山を不便と思わなくなったのである。



e0036151_21541779.jpg先斗町の歌舞練場が演奏会場だったとは、知らなかった。
そうだ、戦後しばらく京都には演奏会場がなかったのだ。京都会館が出来たのも60年代だったし、丸山野外ステージが出来たのもその頃だった。

それにしても、なんと、デッドな響だろう。
トスカニーニのスタジオ録音を優秀なオーディオで聞いているのだろうかと思うほど、残響がない。

e0036151_21543760.jpg二階席のロビーの横の小さな扉は楽屋だった。
ゴザが敷いてあり、ハンガーを吊るす長いバーがあるだけの殺風景。
ここで舞妓さんたちがあの化粧をして衣装を調えて、「都をどりは、よ~いとな~~」と掛け声をかけて舞を舞う舞台裏だったのだ。

琴や三弦にはよい歌舞練場も、オケには、殺生な響しかしないが、どこかしら懐かしい響きだった。
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by coppoumon | 2006-06-18 22:08 | 京都 | Comments(2)