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2006年 11月 30日

秋の終わり

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公園の中の吹き溜まり。
よく見るとホコリタケに引っかかるように落ち葉が積もっている。
この公園は見晴らしがよく、天気さえ良ければ大阪の河口まで見える。
今日も、京橋や、梅田のビルが見えている。

平安時代、すでに廃寺となったであろう、文字の上でしか見ることの無かった寺が、発掘によって、金堂や三重塔の礎石が出現して、史実と違わぬことを証明した。

金堂あとの近くに無人の社務所の建物があり、冬は一日中日差しが建物を照らし、夏は上手い具合に、日差しを避ける。金堂も同じ向きに建っていたのだから、そうだったのだろう。
住み心地の良い角度に建物をたてたのだ。

この公園に来ると、永遠性を思う。

一千年前の人も、たぶん私と同じように吹き溜まりを見たのかもしれない。
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by coppoumon | 2006-11-30 21:00 | Comments(2)
2006年 11月 29日

さんきらの葉

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住んでいるマンション隣の、公園の中,和気清麿公を祀る神社の拝殿脇に、さんきらが頑張っている。
時々京都でこのサルトリイバラの葉っぱに包まれた「さんきら餅」を売っているのを見るが,ほとんど買うことはない。

郷里では家で作る人も多かった。肥後のいきなりだごのような感覚かもしれないが、もちろん探せば店頭にも並んでいたとはいえ、やはり、買い求めるほどのものではない・・といったおやつであった。

夏に国許に帰ったとき、ホバークラフト乗船直前にやって来た友人の母上が、大きな保冷バッグごと、お土産だ、と手渡してくださった。
そのなかに、いろいろな生鮮食料品と共に、出来たてのさんきら餅の4個入りパックが入っていて、京都に帰った翌朝、公園の中を通って行き、ご近所の長崎出身の方に半分差し上げたら、まあ、懐かしい、と、声をあげられた。

漉し餡の、流れるか、止まるかのぎりぎりの柔らかさが、長崎の味なのだろうか。
餡の感覚が京都とは違うことを思う。
砂糖の使い方が長崎の方が上なのだろうか。

京都では柏餅の柏が、さんきらに代っただけのようで、餡も有り合わせのようで何の感慨も無い。

子供の頃、柏の葉で包んだ餅は無くて、さんきらの葉で包んだものを粽と言っていた。
ところ変われば、の類かもしれないが、今でも柏の葉が使われることはない。


追記 2012年8月7日

差し上げた長崎出身の方は、筒井茅乃さん。
この頃はご健在で、亡くなられるなどとは思ってもいなかった。
控えめそうで、長崎の話になると敷居を取り払ったように、ざっくばらんに話をされた。
こちらから長崎の話に水を向ける、ということはご遠慮していたので、意外だった。
永井博士の娘であることを表に出さずに長い間生活してこられたことを、聞いていたからだ。

郷里からは絶えずいろんなものが届いていたのでおすそわけをしていたが、頻繁にお会いしておけば良かったと悔やまれる。

もうすぐ長崎の日。

永井博士ご一族の魂の平安を祈ります。
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by coppoumon | 2006-11-29 12:07 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(6)
2006年 11月 27日

真夜中に雨が

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ケヤキの向うで南京ハゼが美しく紅葉していた。

数日後、強い風が吹き、部屋から見る夕方の公園は南京ハゼの落ち葉で美しい赤いろだった。
明日は早起きして落ち葉の写真を撮ろうとしたが、真夜中に強い雨が降り、椎や樫の木の葉を叩き落し、公園は茶褐色に変わってしまった。

少しずつ冬が来ている。
葉を完全に落とした南京ハゼは、冬の間青い空をバックに白い実を楽しませてくれ、藪椿の咲く冬が来るのだ。
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by coppoumon | 2006-11-27 23:54 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(4)
2006年 11月 26日

落日

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部屋を出て、階段を降り、日課のように隣の公園を歩く。
実生でいろんなものが芽を出してきて、それなりに大きくなっていくのをみたり、見つけて半年も経つのに、4枚ほど葉をつけたまま何の変化も見られないマンリョウなどをじれったく思ったりする。

部屋の中にいても、隣の公園を歩くにしても、秋の夕暮れの中の淡い光を見るのを好きだ。

数日前、奈良に行った。
5年ぶりだろうか、オルガン仲間に会って近況を教えあい、さて、勉強を続けなければ、という気になって帰宅した。

奈良公園はいつ行っても同じ表情を見せる。南円堂の賑わい、鹿、猿沢の池の淀み。
食事に通った店はおじさんもおばさんも高齢で数年前に召されていたが、娘さんが、相変わらず店を仕切っている。

何かが変わってはいるのだろうけれど、大きな変化のない奈良の町は、京都より馴染みやすく思う。

奈良の公園の夕日は真っ赤なのに、わが家のとなりの公園でみる夕日はいつも金色だと、そんな事ばかり考えている。
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by coppoumon | 2006-11-26 16:48 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(0)
2006年 11月 25日

11月

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家の近くの道路にカナダ楓の並木があるが、落葉による事故防止が目的で、美しく紅葉する前に枝の剪定が始まっている。
坂の多いところだから仕方が無いのかなあ、霜の降りた朝など、カナダ楓の葉はひときわその美しい色を増すのだけれど、霜が下りるよりも先に、剪定の日程が来てしまったようだ。

12月間近になると、住宅の庭の選定風景が見られるようになった。
やがて毎日冷え込みが続いて、この一週間くらいで木枯らしが紅葉をすっかり落としてしまうのだろう。

面白い一年だった。削ぐものは削ぎ、今の状態で安定を続けて行きたい、そう思わせる年になった。

春先に山陰に旅行に出たこと。対馬への墓参。夏の仙台、酒田への旅行。

秋になって家に来た吉村醇三郎の日本画、大槻重義の油絵。

對州茶碗のなかの、玄悦、二面二手立鶴という茶碗にも出合った。
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by coppoumon | 2006-11-25 19:36 | Comments(0)
2006年 11月 23日

菊薫る

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聞くの愛好家が多い枚方市では、市民の森を歩くとこういう目の保養が出来ることがある。
市民の森のギャラリーには、昭和33年ごろから15年おきくらいの緑の調査結果が写真とグラフで展示してあり、人口増加にしたがって、失われた緑地がひと目で分かるようになっている。
1970年ごろと、1985年ごろにかなりの山林が住まいとして造成されている。

1軒の家に一本の木を植えましょうという運動が少しずつ成果を上げて来たそうだ。
今でも赤ちゃんが生まれると、苗木のプレゼントがあるそうだ。
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by coppoumon | 2006-11-23 11:49 | Comments(6)
2006年 11月 22日

菊屋

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ひとつ、ふたつ・・と歌いだす「菊の花」という歌があったことをおぼろげに記憶していたら、今でもまだ幼児さんたちが歌っている。確か先年訃報が載った本多鉄麿呂さんというかたの作曲であろうとおもう。

白菊というと、「庭の千草」の一人遅れて咲きにけり、という歌だが原曲はRose・バラの花なので、本来は白菊ではない。

北浜に菊屋という和菓子屋がある。今はビルになってしまったが、10数年前まで、江戸時代そのままの構えであった。秀吉の時代からあるといい、古い姿のお菓子もあるので、買いに出かけるが、菊屋には入らず、隣のクリサンティームで、ケーキや、チョコレートを買って帰るのが楽しみだった。丸ビルではクレープシュゼットをワゴンサービスして目の前でフランペしてくれていたし、千里のクリサンティームに演奏にでた時は、茨木の行きつけだった喫茶店のマネージャーが、クリサンティームのマネージャーになっておられて、お互いに懐かしがった。

芦屋にピアノのレッスンに通う国鉄の車窓からみたクリスボンのビルはクリサンティームにレストランを加えたビルだと聞いていた。

今年、気付いたが、クリサンティームの店がどれも無いのだ。
去年桜のケーキや、桜の焼き菓子を買ってから、一度も行っていなかった。

学校の帰りに何かしら買って帰った時代から、30数年たってもそのままの姿で店が存在したものだから、このままずっとあり続けるであろうと、思いこんでいたその店が無い。

隣り合わせの菊屋もなくなって気付いたのは、菊屋の洋菓子部門だったということだ。
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by coppoumon | 2006-11-22 22:34 | Comments(4)
2006年 11月 21日

救世軍

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讃美歌の改正が続いている。
その中の一つに、歌詞の軍隊色を排除、をうたっていて、クリスチャンソルジャーが、いよいよ消える時代になったのかと、おもう。
戦うという言い回しも薄まっていくなかで、救世軍はどうなるのだろうといつも思う。

私は救世軍が、礼拝堂を持っていることを関西にきても、しばらくは知らなかった。
年末になると心斎橋の大丸のところでアーミールックのおじさん達が鍋を出してトランペットを吹いてた。
鍋には「慈善鍋」と札がついていて、中にはお金が入っていた。
今年もまた、見かけるかもしれない。

この京都の救世軍の礼拝堂はヴォーリズの設計である。それもほとんど手付かずのオリジナルを保っているらしい。

数年前まで、ユースホステルのような、宿泊案内があったのに、いまは、それが見当たらなくなっていた。
ざんねん。泊まって見たかった。
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by coppoumon | 2006-11-21 22:40 | ヴォーリズ | Comments(2)
2006年 11月 20日

賀状

たまに、年賀状を書き上げてしまった・・などと聞く。

早い。

いや~、ピークの時は、150枚ほど書きましたよ・・というが、年によって増減があるのだろうか。
私は毎年130枚。それも何年前からだろう、ずっと130枚である。
3種類か、4種類作ることにしているが、ネタ切れする年もあって、今年のことは分からない。

戌年に、狛犬と、どこかの飼い犬との2種類を作った。
面白いものを見つけたよ、というと、又、狛犬?と聞かれて、手の内を見られて、些かムッとした。

京都の、アグネス教会の近くにイノシシの神社がある。狛犬、剥製、土鈴、食べれそうなもの以外、大抵イノシシで、揃っているので、今一度、でかけて賀状になる題材を探したい。
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イノシシ神社ではない某所で、こんな狛犬を数年前に見つけておいた。
せっかくだから、曇りの日にでも写真を撮って賀状にしようと思う。
ここで、メモ代わりに撮ったこの写真をご覧になった方は、賀状、失礼させてください・・なんて、失礼だろな、やっぱり。
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by coppoumon | 2006-11-20 22:04 | Comments(2)
2006年 11月 19日

ガラスの向こう

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法然院は茶の間のようなところがあって、正式には食堂なのだそうだが、そこで番茶を出してくださる。
北側にある中庭が一望できるように、ガラス戸が入って温かいなあと思ったら、ストーヴが入っていた。
何人の修行僧の方達が生活しておられるのだろうか。
廊下の一部の両サイドの壁一面が本棚になっていて、様々な本がおかれていた。星野道夫氏の写真集。この方の奥さんはクリスチャンだった。
「○丁目の夕日」が全巻揃っている。

そういえば神戸の修道院の一室は図書室だった。それも修道士の方達の個人の本が、そこでは共有とされて、誰でも読むことが出来たのだ。しかし、高尚な難しい本や、洋書ばかりで、背表紙を見てどれも目を反らした。

法然院の中の本棚の自由さには素敵だ。
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by coppoumon | 2006-11-19 23:26 | 京都 | Comments(0)