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2007年 01月 30日

節分

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音楽の世界にもたくさん妖精は存在する。
私が好きなのはブラームスの歌曲の「眠りの精」であるが、本の世界には驚くほど様々な妖精が存在している。

いまはない、京都丸善の洋書売り場で妖精図鑑を見つけた。
住んでいる場所や木の種類、性格、役割から、その姿、骨格、体重までがまことしやかに描かれて、立ち読みはしたものの結局買わなかったのが、今でも残念。

あの本に、ムーミン一族の追記をして、再版してくれないかなあ。

日本の鬼は妖精のカテゴリーに入るのだろうか。
鬼でも、子どもは可愛い。頭に一本だけ角を出して、人間の子どもと区別が付くようにはなっているが、何歳で、2本になるのだろう。
日本昔話の世界だから・・・・一夜にして、立派な鬼になりましたとさ、めでたしめでたし・・・・こんなものだろうか。

子どもに妖精の説明をするのに、「人のようで、人でないもの」というと、人間のようで人間じゃないの?と問い返されてしまった。

ああ、そんな人いるね、と大笑い。

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おかめは、実在のモデルがいるという。

おまんは、京都・東大路松原の浪川菓舗
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by coppoumon | 2007-01-30 09:31 | Comments(0)
2007年 01月 29日

半値の八掛け

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観光地に出ると食事に困ることがある。
情報をしっかり調べていって、店の前まで来て引き返したくなることだって、しばしばある。

宇治で食事をする店は地元の方がやっておられた喫茶店。しかし、お茶だけになってランチが消えた。
混雑時にやってらんないと店は判断したのかなあ。

次に見つけたのは、道を一筋山の方に入ったお好み焼き屋。どうも、気配で、観光客より地元の方の、常連さんの多いお店のようだが、観光客にも親切だ。

宇治川沿いの料理屋は似たり寄ったりで、鮎の山椒煮、天麩羅、お造り、焚き合わせ、温度卵の乗った茶そば。おうすが付いていることもある。

古い葉茶屋さんが、奥の蔵を改造して軽い食事や甘いものを出してくれる。
雑穀のご飯をお茶漬けして、抹茶のゼリーを頼むと、お腹がいっぱいになってしまった。
黴臭いお金のはなしだけれど、ここだと、二人で入っても平等院前の料理屋の一人前の料金の半分にもならない。
お客さんが、若いカップルが多く、何とも好感がもてる。
代々伝えられた庭は美しい。

このようなお休み処だけでなく、心洗われる、掃き清められた神社の中にいながら、まるで関係のない話に夢中になっているオバンの連れ立ったのや、そんな予備軍の女子大生グループの話の中身が、いやおう無しに聞こえてくるのが、ミスマッチだが、人は、そんなものだろう、と神様は苦笑いしているだろうか。
鄙びた人気のないところにまでも、そんな娑婆の便りの賑わいを面白がっておられるのかもしれない。
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by coppoumon | 2007-01-29 00:11 | Comments(0)
2007年 01月 27日

デリカシー


ずっとあり続ける風景。

これからも存続して欲しい風景が、時々ふっと消えている。
ここはお医者様の自宅兼医院のようだ。
一度、患者になって中を訪問してみたい気持ちになるが、通り過ぎるとすぐにそういうことは忘れてしまう。

窓に嵌められた格子の意匠に、いつも立ち止まって見とれる。
大工さんが一本ずつ鋸で挽いてこのカーブを作ったのだろうか。一日の仕事の最後には目を回しそうになったに違いない。

どれだけまっすぐに挽けるか、という技術以外に、どれだけ正確な曲線を挽くかという、残酷な訓練もやったのだろうか。
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by coppoumon | 2007-01-27 18:46 | Comments(0)
2007年 01月 27日

宇治

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宇治を歩くといろんなものに当たる。
葉茶問屋。和菓子屋。料理屋旅館。陶芸家の窯元。竜宮城のような某スーパーの会長のお宅。

会長のお宅にはお邪魔したことがある。
お抱えの整体師を呼んでいるから、来ないか、と誘われたのだ。
整体師の前に座らされ、後ろで精神統一をすると、悪い部分が乗り移ったように分かるというのだ。
なるほど、と思った。
精神統一せずに、分かるようになると、おちおち、道を歩くことも出来なかっただろうなあ。
第一、神経が持たない。

それは宇治川の西の岸沿いだったが、私が徘徊したいのは東側である。
平等院の手前を右に入って、車一台がやっと、という道を歩くと、観光客のためではない普通の、普段の宇治の生活がある。

宇治代官所跡、というのも残っているが、ここで目を引くのは、昭和初期の個人商店。当初から薬局として建てられた。
昭和10年ごろは、鉄筋コンクリートの建物はまだ、珍しい頃で、建築現場に、いろんな人が、見学、見物に訪れたという。
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by coppoumon | 2007-01-27 08:15 | Comments(0)
2007年 01月 25日

信じる?

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少しとおくまで散歩にでたら、こういうのを発見。
昼ごはん食べようかと、看板の魅力に負けて、この奥、というその奥に入ってみてそのままバック。

おいおい、何にもないやん。
普通の玄関。なんか場違い。
夜になったらいろんな人が集まるのだろうか。

アジな店。

魚料理が売り物なのか、料理よりスタッフが面白いのか、店のディスプレーが面白いのか。
首をかしげながら、引き返してしまった。

何が一番印象に残ったか・・・やっぱり、この看板だわさ。

不思議だ・・・。
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by coppoumon | 2007-01-25 23:12 | Comments(0)
2007年 01月 24日

逃がした

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去年から見てみたい、欲しい、という美術品が、目の前に出現するので、自分でもすごい念力がでているのだろうなあ、と驚いている。

写真は李朝の花生である。
依頼されていた友人のために買うのに、確認がてら友人に相談をしなければと思っているうちに、この花生けが無くなってしまった。

残念。

釉裏紅という技法、化学で習う、酸化と還元の、還元で、成功すれば、この様に見事な辰砂が発色する。

この花生の形も、郷里の知人宅のものと良く似ている。
床の間に菊が活けてあり、これは?と聞くと、「李朝でございます。私が昔から大好きで、主人の勤務で、転々とします間にも、持って回ったので、幸い、こうして今も残っているのでございます」と、その花生を愛でておられた。

そういう会話を、懐かしく思い出しては、ぐずぐずと物思いにふけっている間に、姿を消したのだ。

辰砂・・・音楽仲間が結婚した時に、彼の留学中、色々と世話になったので、三代目森岡嘉祥氏の辰砂双魚文の鉢をお祝いに差し上げた。

差し上げる際に、美術品だから、飾るだけにしてください、と、しつこく念を押した。

一年も経たずして、あるとき嫁が、蟹の殻入れにそれを使おうとして、慌てた客人が押し留めた、と、当の客人からその話を聞いた。傍にいた嫁は悪びれることなく笑っていた。

しばらく、夜も眠れないほど悔やんだが、「なあに、洗面器になって、そのあとは Pis bowl になっていますよ」という外国育ちの友人の言葉に、妙に納得してしまった。
彼は、身近に類似した光景をみたのだろうか。

確かにその手の器にするにも見事な大きさの鉢だった。

今はまだ、スパゲッチを入れるのに良い、と嫁は、使いまわしていると聞いた。

あの鉢には大変お気の毒。
せめて日本酒でもいれて皆で回しのみでもしてほしい。
辰砂の双魚がゆらゆらと泳ぐのを愛でてもらえるだろう。

そうすれば安心して、また、新たな辰砂に、出会いたい気持ちになるのであろうが、思ったこととは、時々、真逆のことがおこるだけに、気にはなっている。

白磁の鉢のなかで、オリーヴオイルに浸った、緋鯉が苦しんでいるのは、いたたまれない。

割れたり、欠けたりしたら、貰い下げてこなければいけないなあ、としきりに思う。
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by coppoumon | 2007-01-24 23:02 | Comments(0)
2007年 01月 22日

散歩

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オルガンの演奏の翌日は午前中を静養日にしている。別に休養は必要はないのかもしれないが、口うるさい連中の中で弾くオルガンが、結構ストレスになっているかもしれないと、思うこともあるからだ。

隣の公園は、ヒヨの天下。

賢いので、必ず見張りがいて、私が闖入したことを仲間に告げる。私の位置から時計回りにそっと、移動を始めて、3分しないうちに、ヒヨの姿も鳴き声も全く消えてしまったかのように木影に潜んでしまうのだ。

メジロは割りと平気である。5メートルほどの近さに寄って来ては、なにかついばんでいる。
良く見ると20羽はゆうに居て、きれいな鳴き声を聴かせてくれる。
私が動くと慌てて皆で楠の枝の中に入っていくが、楠の葉を保護色にして、目の白い丸いところだけが、メジロであることを教えてくれる。

小さな公園だけれど、万両や南天の小さな木が増えてきた。実生からグミや柊が育ち始めたのを探し当てることがある。それが、一番楽しい。
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by coppoumon | 2007-01-22 21:58 | Comments(2)
2007年 01月 20日

かぶら

京都の冬は寒い。
遊びに出ても、3時には帰り始める心積もりをしないと、あっという間に冷え込んでくる。
しかし、寒ければ寒いほど、根菜類が美味しくなるという発見をしてからは、寒さを恨めしいとは思わなくなった。

時々、聖護院かぶらを手に入れる。
昆布締めにすれば千枚漬が出来ると、新聞に作り方が出ていたが、得意なのはポタージュだ。

聖護院かぶら、四分の一、玉葱四分の一、ジャガイモ一個、金時人参半分。
金時人参は一本丸ごと使うこともあるし、なくても良いが、入れると美しいピンクにスープが出来上がるのだ。

材料は全て薄切り。オリヴオイルで炒めて、水をひたひたに差し、アクを引いて35分から40分煮る。

それを、裏ごしして、スースストックでゆるめ、塩コショウで味を調える。この段階で充分美味しい。

スープストックではなく、豆乳で緩めると、和食になる。スープストックではなく、牛乳でもおいしい。

生クリームをたっぷり入れても、おいしい。

蕪の濃厚さがどのように調理しても美味しい例だと、私はおもう。



おはなちゃん、やってみんさい。おいしいけんね。聖護院かぶらが、ないときは、普通の蕪を2個使いんさい。人参も、洋人参でええんよ。
裏ごしが面倒な時は、少しだけ裏ごしして、後はミキサーにかけんさいよ。
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by coppoumon | 2007-01-20 22:20 | 作った | Comments(7)
2007年 01月 19日

蟹はかんにん

突然現れた私に友人は、来たのだから、もっとゆっくりして帰れ、という。
ご馳走攻めに合うのは勘弁願いたいから早く帰りたいというと、怪訝な顔をした。
明日は、「蟹、行こう」というから、精進に行ってくると切り返しておいた。

安来・清水寺

量的にすごかった。しかし、お腹のすくのは早いだろうなあ、と思いながら、満腹するまで食べた。

突き出し・長い皿で、和がらしを煉ったものを紫蘇の葉で巻いてある小指の爪位の大きさのもの。黒いこんにゃくの松風、柚の砂糖漬け

ウナギもどき・蒲焼の香ばしい匂いがしているが、五平餅に近い食感と味覚。

八寸、だと思われる・・擬製豆腐、高野豆腐、筍、湯葉、きくらげ、茄子田楽、菜花、大徳寺麩

精進揚げ・ゆりね、ふきのとう、蓮根、しいたけ

ゴマ豆腐の餡かけ、あしらいが、みょうが、菜花

湯葉のお吸い物、中に、ゆば、白玉だんご、みょうが、

烏賊もどき・長芋と蕨粉を混ぜて作った烏賊そっくりのお造り。あしらいに、防風、紅たで、わさび、大根

なぜか卵の茶碗蒸し。

ご飯にお漬物。

茶碗蒸しがご愛嬌。卵をやめて、下ろしたかぶらに、きくらげ、ゆりね、銀杏をいれて海苔蒸しにして、出してくれたらもっと嬉しい。

宿泊もできるという。男、数人で行って、部屋は別々にしてもらえますか、というと、ハイ、と即座に返事があった。
オジンたちはイビキのかき比べで、たまらんもんなあ。

あとで、友人から電話があった。おまえ、本当に精進行ったのか。あんなもんで、腹いっぱいになったか??だってさ。

食べ過ぎたわい。悔しいか。
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by coppoumon | 2007-01-19 22:24 | Comments(2)
2007年 01月 19日

文旦のママレード

友人の嫁はアレルギーがあり、柑橘類を苦手だと言う。
ママレードだと、大丈夫だと、言うのだ。

友人宅で、高知から送られた、手入れせず勝手に実ったという文旦を、箱に入れたまま廊下においてあるのを、ママレードにすることにした。

文旦4個、砂糖700グラム。

文旦は皮をむき端から刻んで水につける。白い綿はペクチンなので、できるだけたくさん皮につけて剥く。
実を取り出しておく。
皮を水を替えながら4回揉み洗いして、取り出しておいた実をほぐして皮に擦り付けるように混ぜこむ。

あくを取りながら、初めは強火、沸騰したら中火より少し強いくらいで、絶えずかき混ぜて仕上げる。
文旦にはアクはすくない。三温糖のあくばかりが出てくる。

友人宅の水は冷たかった。水洗いせずに、2度茹でこぼした方が作業が楽ではないか、と思った。

今朝は、もう、すでに美味しいということだった。
後4日くらいで味が落ち着く。 毎朝、トーストに載せて、味が落ち着いていくのを確かめるのはたのしい。
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by coppoumon | 2007-01-19 13:43 | ジャム | Comments(4)