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2007年 03月 31日

クラリネット

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心斎橋の、そごうデパートへ行って見た。
日曜日だというのに、春休みだというのに、静かな私好みの賑わいだ。
かって、天満橋に松坂屋があった頃、私は広い松坂屋が好きだった。
もう一つ、好きな理由は、滅多に客とすれ違わなかったからだ。

豊田市にも松坂屋があったので、立ち寄った。天井の色、照明、商品の配置。
客と、店員の比率。
特にトイレは、樟葉の松坂屋と全く同じで、郷愁を覚えた。

そうだ、樟葉が松坂屋を失った時代。ここで私は一つ、線引きをしようではないか。

新しい、そごうの建物は13階が吹き抜けになっていて、飛行船が浮かんでいる。

1984年に、ブダペストにいった時、インフォメーションでドナウ・インターコンチネンタル・ホテルを、と希望したら、インターコンチネンタルの横に新しく、ホテル・フォラムが出来て、お勧めだが、どうだ、と言われた。

やはり11階建てくらいだった。一階から吹き抜けで、大きなグライダーが吊るしてあって、真下は夕方になるとバンドが入り、クラリネットが、ドアを閉めた部屋の中に、かすかに響いてきたことを思い出した。

クラリネットは、切なく、甘い。

「小さな花」という西側の音楽だった。
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by coppoumon | 2007-03-31 22:20 | 聴いた | Comments(3)
2007年 03月 29日

板場の修業

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法善寺横町は東西へ抜ける路地が南北に2本あり、南側は水掛不動さんがあり、夫婦善哉の店が横に控えている。
久々に夫婦善哉の店を見たら、数奇屋の茶店だったのが、ビルの中に取り込まれて、元の雰囲気はすでに失われていた。

まるで、おもろない。

水掛不動さんは相変わらずお参りの人が多い。
「はよう一人前の板前はんになりや」と願をかけたフィクションも、納得がいくが、私は願をかけたことが無い。
満願成就という言葉は知ってはいるが、私は半分くらい成就していたらよしとするので、この先も無縁かもしれないなあ、と思いながら、この場を去った。

路地から、パッと、スクエアのような広いところにでると不動が祀ってあり、たくさんの人がお参りに来る。

賽銭箱も大きくて立派だった。これも、大阪の情緒だと、理解しておこう。
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by coppoumon | 2007-03-29 22:04 | 大阪 | Comments(0)
2007年 03月 27日

tangoではないタンゴまたは HONEY BUCKET 

大正の頃に、ミナミで鴻池さんから土地借りて、おじいさん商売してはってん。
間口5間あってんで。
店の前に下げる幕や暖簾はまだ大事に取ってあんねん。
千日前が強制疎開になって、緑橋に移ったんや、そこも危ないゆうて、店畳んで、枚方に疎開してきたんやがな。

祖母がこういう話をしていた。母の話で続きがある。

おじいさん、店の若い衆ら、皆を連れてハイヤーで千日前に、よう行かはったわ。
皆でご飯食べたあと、わたしら、金魚すくいしたり、ニッキ水飲んだりして、おじいさんはちょっとお酒を呑みに立ち寄りはんねん。

どうして店に、正弁丹吾なん?

お寺の横に、ほんまにあってん。あの辺り、墓地や畑がまだ残っとったんやろな。


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心斎橋大丸に出店があり、お昼ご飯を食べに行ったことがあった。
今の店は4代目が切り盛りしているのだろうか。
類焼に遭い、先日店が復興したが、店構えは再現できたものの、道具類の全てを失ったのだそうで残念。

正弁丹吾亭。

大阪人は syonben tango と遠慮ない発音をする。

Z氏に教えなきゃ。
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by coppoumon | 2007-03-27 20:58 | 大阪 | Comments(2)
2007年 03月 25日

同窓会

友人夫妻が大阪に出てきた。
投擲の選手で、両方のアキレス腱を切り、心臓の弁も落ちて、糖尿にもなりかけて、大きな体で、小さな赤い手帳のお世話にもなっている。
階段の上がり下りがスムースにいかなくなってきた、と本人は言う。

陸上の同期ばかり20人ほどの集まりだといっていたが、2次会から帰ってくるのが遅いので覗きに行くと、知った顔の連中ばかりで、共通の知人たちのことで話が盛り上がり、わたしも、体育大学の同窓会の仲間入りをしてしまった。

11時で切り上げて、一眠りしようとしたが、なにか、窓の外に見える、新大阪駅が明るい。
いつまでも明るいままで、エントランスにタクシーが上がっては下りていく。
訝しく思っていたら、事故で列車の到着が4時間遅れていたのだそうだ。

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暗闇の中だったが、時々通過していく貨車の長い震動音に、懐かしさを感じた。それも、ホテルの横を通過するある瞬間に、カタン、カタン、カタンと約束事のように、三拍子で響いてくるのだ。

新大阪の次の駅の北側に20歳のころ2年足らず住んだ家がある。
ガンガンピアノが弾けて、列車の音も全く気にならなかった。
深夜に通過していく30個ほどのコンテナを積んだ列車の最後尾に車掌が1人乗り込んでいるのを、ああ、このような時間に、起きて、こういう仕事をしている人があるのだ、と何かしら懐かしく思った。

時々国鉄マンで、アコーディオンの名手だったYさんを、思い出す。
アコーディオン弾きは、温厚な人が多かった。

だが、そうとばかりもいえなくて、「フィルハーモニック」という名のアコーディオンを使っていたTさんは強持てで,気性も激しそうだったし、プラハで出合った、○HKのアコーディオン弾きを名乗っていた男は自尊心の強そうな人だった。

と、そんな事を思い出してしまい、眠りが浅いままに朝を迎えた。
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by coppoumon | 2007-03-25 23:21 | 大阪 | Comments(6)
2007年 03月 22日

春分の頃

平戸や五島の方では、春分の頃に、奥深く仕舞ってあったマリヤ様を盥に入れて洗うという。
わが家のマリア様は洗った痕が無い。
マリヤ様には中央よりに5センチ近くニュウが入っていて、熱い湯だと、割れてしまいそうな気がするので、水にもつけないのだが、柔らかい布に包んで箱にでも入れておいたほうが良いのでは無いだろうか。
しかし、娑婆が見たい・・というマリアの声が聞こえてくるような気がしてならないので、玄関で招きネコの代わりを務めてもらっている。

今日は、昼間、良い天気だった。

そうだ、マリア様は無理としても、久々に古い焼き物を水にくぐらせておこう。37度の微温湯なら焼き物もびっくりしないだろう。
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洗って水気を切って、1週間したら、また箱の中に戻っていく焼き物たち。
わが家にある限りお茶事の出番がなくて申し訳ない。

この1週間、地震が来ませんように、と願う。
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by coppoumon | 2007-03-22 21:06 | 郷里 | Comments(6)
2007年 03月 21日

春分

郷里ではこの時期牡丹餅を作って、お重に詰める。
食べたいといえばお皿に5個載せてくれる。粒餡がほとんどで、漉し餡はあまり見なかった。
黒ゴマの餡の牡丹餅も知人達は作る。

18歳になって、大阪に出てからはじめて見た牡丹餅は、十三の喜八州のものだ。国中が喜びに溢れているのなら、めでたい名付けだ。きやす・・とはなかなか読めない。

牡丹餅は、両手の人差し指と親指で輪を作るほどの大きさで、一つ食べると堪能してしまいそうだと、思っていたら、曽根崎心中の蜆川の畔の「いなば播七」では、予約すると草鞋位の大きなおはぎを作ってくれる。

売れるのだそうだ。
小判型で、驚くほど大きいとうれしいものなのかもしれない。

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写真は喜八州のおはぎ。青海苔は、粒餡を中に入れてある。黄な粉には何にも入っていなかった。

このお店は、年じゅう萩と牡丹が同居して牡丹餅には、華牡丹餅という名が付いていた。
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by coppoumon | 2007-03-21 09:13 | 和菓子 | Comments(4)
2007年 03月 20日

狭き門

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京都を歩く時は、できるだけ人に会わずに済み、京都独特の情緒があり、静かなところを選ぶ。
ここは円徳院というお寺の境内を大正時代に、お寺が宅地にして、売りに出したそうで、閑静な、こぎれいな家が並び、絶えず打ち水がしてある。

石塀小路という名前で観光客が入るのは料理旅館のあるもう一筋南側なのだ。
「豆ちゃ」を夕食に予約すると良い、と小耳にはさんだ。いつもは庭だけをチラッと見てやり過ごしてしまい、客になろうと思うことはない。

で、この狭い門をでて、大きな通りを横切ると、もう一度静かな小路へ入っていくことが出来て、今度こそ東大路を横切り南下すると、金毘羅さんや、六道珍皇寺の辺りに出る。
少し西へ移動するだけで、あたりは、京都の魔界といわれていて、霊源寺には閻魔様が祀ってあるし、地獄へ通じる井戸というのもある、幽霊飴を売る店もある。
魔界とは言うが、行って見ると、あっけらかんとした明るい場所で、「ホンマかいな」とおもってしまう。

平家一門を祀る六波羅蜜寺もすぐ近くである。
大昔は野辺の送りをした、鳥辺野はこの辺りのことだという。
近年は清水焼の窯がたくさんあった所で、とても読めそうに無い町名の下に轆轤町がつく。

せっかく狭い門から出入りしたのに凄い場所に行き着いてしまった。
明日はお彼岸だからあの、石のように固まった閻魔様にお供えでもしてあげたい・・気分だけはそういうことである。

しかし、長い間、昇級もなく、転勤もさせてもらえず、お堂の掃除も行き届かず、充分なお供えにも与っていなさそうな閻魔様の嘆きが聞こえてきそうな閻魔堂だった。
閻魔様にとっても、魔界なのだろうな。
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by coppoumon | 2007-03-20 23:03 | 京都 | Comments(4)
2007年 03月 16日

おやつ付きで、昼寝

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今年のテーマは浪川菓舗のおまんシリーズ、と決めたわけでもないが、ここの薯預饅頭は美味しすぎて、いつまでも食べ続けていたい味だ。

漉し餡と粒餡が、ここまで、味わいを変えて楽しめるものだろうかと、食べ終えて数時間経ってからでも頭を離れない。

さて、写真は左上から、練りきりの、「ちょうちょ」

左回りに「早蕨」。中は粒餡。

その右は桜薯預。これは桜の焼印の下に桜餡を薄く忍ばせて外にほんのりピンク色を感じさせてくれる。

右上が押し物の「さくら」

中央が「花見」。花見は漉し餡を一旦、白のこなしで、包み、その上から、さらに黄と紅のこなしで包んであった。そのみごとさ、丁寧さ。

食べなきゃわからないもんだ。
「花見」には宇治の煎茶を入れる時間も惜しんで、一保堂の番茶を相伴させた。
番茶も出花とはいうが、番茶で頂くようなお菓子ではないことを、ちょっと反省。

午後から宇治茶で、薯預饅頭を二つとも味わって、昼寝。
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by coppoumon | 2007-03-16 18:30 | 和菓子 | Comments(4)
2007年 03月 15日

茶房・洛匠

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学生の頃から、全く変わらない佇まいの喫茶店がある。
喫茶店より店を取り巻く池と錦鯉の見事さが楽しみで必ず立ち寄る。

ここの女主人も、クンパルシータの女主人とどこかよく似ている。
店は数奇屋造りで、華奢で贅沢だ。ぎゅうぎゅうに詰めると座敷に30人、椅子席に20人くらい入れそう。カウンターはあるがカウンター椅子はない。

ここの店のトイレを好きだった。そして、4年ほど前にトイレは前の数奇屋のイメージそのままに拡張工事をやった。あじろ天井、糸杉の壁板。真新しいトイレに入ったとき、驚嘆したものだ。

トイレの次に好きなものは、ワラビ餅。お茶は必ず一保堂の番茶である。
ワラビ餅は柔らかい。これ以上柔らかすぎると、のどに絡まりつくのではないかと思うくらい柔らかい。
それに丹波の黒豆の黄な粉をたっぷりまぶしてある。
口当たりを楽しんでいると、ホーネットでやってきたK君は、あっという間に椿皿を空にするところだった。
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by coppoumon | 2007-03-15 21:27 | 和菓子 | Comments(2)
2007年 03月 15日

喫茶店クンパルシータ

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昭和21年に始めた喫茶店なのだそうだ。正面突き当たりには暖炉、暖炉の後ろの壁は大谷石が9段に横に12個が積んである。

壁は赤の布張り、椅子も手彫り。戦争が終わると、皆、元の暮らしに戻ろうとした、というから、ここは戦前の応接室のエスプリが残っているのかもしれない。

中央より上下に、横に二列、アイリスの彫刻が入っている。その他の大谷石も平板ではなく、凹凸がついて大きな編目模様になっていることに暫らくすると気付く。

滅多に行かないのにおばさんは私を覚えていて、あら。と声をかけてくるのだ。
注文しても1時間近く待たないとオーダーは出てこないので初めは不安だったが、要はタンゴを聴かせるための名曲喫茶で、音楽を楽しんでいるうちに、コーヒーだとか、ハイボールが出てくるのだ、と分かってからは時間を潰すのには持って来いの、場所になった。

タンゴが、これまた、懐かしい。
何種類ものラ・クンパルシータ、ジーラ・ジーラ、イタリーの庭、薔薇のタンゴ、ポエマタンゴ、ジェラシー、たそがれのオルガニスト。演奏は最近のモダンなタンゴではなく、懐メロそのものだ。
昨日はベートーベンの悲愴の2楽章が、タンゴにアレンジされたのが演奏されていた。

いま、タンゴが目的でこの店に来る人があるだろうか。

おばさんは、ご主人が亡くなられたあと、大病をされて、体が二つ折りになりながらも1人で店を切り盛りされておられる。

ただ、店の周りがほとんど風俗店になってしまい、ちょっと歩くには抵抗があったが、店の前に立つと、向かいの風俗店のお兄ちゃんが、今日は開いてますよ、と、親切に声をかけてくれる。
で、ここがお休みだと、三軒手前の月ヶ瀬という甘味処に入ることにしている。

私にすれば、時間の止まった場所のひとつ。
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by coppoumon | 2007-03-15 07:22 | 京都 | Comments(2)