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2007年 06月 30日

6月が終る

6月が終る、と表題を決めてあっと思った。半年が過ぎたのだ。
和菓子屋には、水無月、今日で終了します、と朱書きがしてあった。

夏越か・・・。

高槻に氷室という地名が残っていて、その先は土室(はむろ)といった。広がった田んぼと、少しの新興住宅地があった頃の話で、それから40年近く経過した今は、どうなったのか全く分からない。

実際に氷室を見たのは1974年、仙洞御所を見学したときのことである。
貴族は、夏に氷を食べることが出来た。
三角に切って蜜をかけたのであろう、との説明であった。
すこし、下々のものは、外郎を氷室の氷の形にこさえてイメージを楽しんだと。

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なぜか夏越の水無月は、旧暦ではなくて、太陽暦だ。
和菓子はすでに葛をふんだんに使ったものに変わっている。

私は紅餡を葛に閉じ込めた水牡丹を好きであった。
京都で水牡丹を探すが、軒並みに作られているわけでもなく、それぞれの店に矜持するところがあるかしてあまりお目にかからない。
知っているのは鶴屋吉信と永楽屋。
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by coppoumon | 2007-06-30 20:48 | Comments(0)
2007年 06月 29日

梅雨の晴れ間

没後300年になるブクステフーデ。
関西にはパイプオルガンを持つホールが3つしかない。
オーガニスト人口も少なくて、まとまった何かを聴く、ということは先ずない。
ブクステフーデを他の人が弾いているのを聴いたことさえない。

夙川カソリックにオーベルタンのオルガンが入って、やっと、まっとうなフランスものが、弾ける、聴ける、という話になったのに、震災でオルガンを失ってしまい、時々、あれはその後どうなったのだろう、と思い出すことがある。

仕上がって鍵を渡すまでは、教会のものじゃないから、いまなら弾き放題弾けるから、今日も明日も出てこないかと、友人から電話があったとき私は高熱を出して寝込んでいた。
11月22日のことだ。

8年前、30年居た教会をでて、しがらみを切ってから、だんだん寝込まなくなり、仕事を減らしてからは、ほとんど熱を出さなくなった。
教会の奏楽は毎週だったし、忙しい中で、音楽学が進むにつれて、次々に改版されていく楽譜を追うのは相当なストレスだったに違いない。

持ち出しの、無報酬の奏楽に対して、「私には音楽はわからない。あれは彼の趣味だ」と公言していた当時の牧師は天国に凱旋しただろうか。

私にとっては、無為な時代だったが、忍耐強くなった。

いや、無為ではない。なぜなら、ある委員会の場で長老が「美しいものを見て美しいと感じられない、美しい音楽を聴いて美しいと思わないのは悪魔の仕業だ」そう、牧師に切り返したからだ。
牧師と信徒の立場が逆になった面白いパロディーだった。

そうして、その牧師は、主教になってしばらく君臨した。

神様は公平で、どんな人でも主教になれるということを、示されたが、日本のクリスチャン人口は衰勢にあるらしい。


梅雨の夕方、日没間際、空が晴れてオルガンの譜面台に日差しが差し込んだ。

楽譜は Mensch, willt du leben seliglich(人間よ、清らかに生きよ) なんだか、挽歌にふさわしい。

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by coppoumon | 2007-06-29 20:18 | Comments(0)
2007年 06月 24日

トルティージャ

にんにくのスライスした一片を熱したオリーヴオイルに投げ入れる。
立ち上る香りを、ヴァニラの次に、好ましい・・とものの本に述べていた。

私は大阪に出てきてから、ニンニクが駄目になった。
おかげで、シーザース・サラダも、餃子も、口にしない。微量だと何ともないのだが、体調と相談しながら、食欲が勝ってエシャロットを刻んだニンニクバターのエスカルゴを食べ始めると、友人達が目を丸くしてこちらを見ていた。

身勝手なヤツ・・そう彼らは私を判断する。

チェリストの友人が一ヶ月連続でスペインで公演があったとき、もう、何から何までニンニク攻めなんです。これは大丈夫だろうと、きのこの料理を頼んだのですが、やっぱり、入ってる・・と電話口でぼやいていた。

スパニッシュオムレツにも、初めにニンニクを香ばしくオリヴ油で焼く。
そこを省くことからこのオムレツを作り始めている。
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18センチのフライパンを用意してたまねぎ二分の一を薄切りにしてオリヴ油を回しかけ、フライパンに蓋をして7分くらい熱する。

その間にジャガイモの大きいのを3個皮を剥き、スライスする。厚さを均等にしないほうが良いとはいうものの、どうしても厚さが揃ってしまう。気にしない。

玉ねぎを取り出して、オリヴ油を足し、ジャガイモを入れて蓋をして15分くらいかけて、弱火で揚げるかのように焼く。

ボールに焼いた玉ねぎ、ジャガイモを入れて、卵5個を割りほぐし、塩コショウしてフライパンで焼く。
蓋をして、初めは大きな泡がでるが、だんだん泡は小さくなる。20分以上かかる。
皿に薄く油を敷いて、フライパンにかぶせひっくり返して、滑らすようにフライパンに戻して5分ほど焼くと出来上がり。

冷めても美味しい。翌日はサンドイッチの具になることもある。

ソースはトマトピュレに白ワイン、水を半々にしたものを加え、砂糖を小さじ一杯加えて混ぜながら軽く煮立たせ、レモングラスを3本入れておくと美味しいソースになる。


おはなちゃん、やってみんさい、
これは失敗せんけんね。
フライパンをそない強火にしたらできんのじゃ。
中火の弱火で、フライパンに卵を移したとき、箸で混ぜてやるんよね。

コツらしいコツもないけんね。
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by coppoumon | 2007-06-24 23:12 | 作った | Comments(2)
2007年 06月 23日

ヤマモモのジャム

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ヤマモモを隣の公園から調達してきたまでは良かったが、なかなか色づかないうちに干からび始めたので砂糖をまぶしてブランディーを掛けて放置しておいた。

2日間良い匂いがしていたが、ジャムを作ることにした。

種をだすこと。

市販のヤマモモのジャムはどのように種を取り出すのだろうか。
以前、種無し葡萄を買ったら種があって、散々な目にあったことを思い出したが、もう、おそい。
ある程度煮詰めて、根気良く種を取り出して裏ごしをし、取り除き忘れた実が無いかを確認して、また煮詰めた。

ヤマモモのジャムは高価なはずだ。種取がすごい手間。

今はもう作らない気分だ。
作るなら、ヤマモモのソースくらいでご勘弁を。

ヤマモモソースをヴィネガーでわって、シュリンプのサラダにかける・・・鹿肉のステーキのソースをつくる。
頭の中で、メニュがよぎるが、パンに塗って食べてしまえば全ては終る。

ささやかな量しか取れなかったヤマモモのジャム。
4日後から楽しめる。
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by coppoumon | 2007-06-23 15:56 | ジャム | Comments(2)
2007年 06月 22日

開(ひら)ける

二十歳になって、三度目の引越しをした。

引っ越すたびに運が開けていったのだから、おめでたい人生だといえるかもしれない。

二十歳になってやっと、弾き放題のピアノを置ける場所が見つかった。
見つかったというより、骨を折ってくれた友人やご家族のお世話によるもので、私は朗報を知らされただけなのだ。

今でも東海道本線からその家は見えているが、隣にあったアサヒポリスライダーという会社の建物に、この数年、人影がない。
アサヒポリスライダーという会社が何の会社だったのか今も分からないが、昼休みになると、皆さん、にぎやかにブラスバンドを楽しんでいた、ということから、親しみを持っていた。

さて、ピアノの練習に飽むと、散歩に出た。

辺りは江戸時代からの古い村落があった場所らしく、廃仏毀釈で失われるまで地元の人たちのよりどころになった神社の跡地が公園にになって残っていた。
愛宕山信仰の名残。

新興住宅地に残された古い村の公園で、階段の踊り場に佇むかのように一時停止のボタンを押して、その日あるがままの身の上を慈しんだ。



先日道路拡張の話を聞いたので、30年ぶりに訪れて公園に座り込んでまた、一時停止のボタンを押し、過日にチューニングすべく、深呼吸をした。

すぐに妄想に入る。
と、これまで精一杯やってきたことは、知恵の回らないことばかりだった、と思えてきた。
なかなか反省の出来ない性質(たち)なのかもしれない。

今回、礎石だけだった神社跡にはささやかなお社が建立されていた。
日曜日だと言うのに、あの頃自転車を乗り回していた子供たちの歓声はどこに行ったのだろう。
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by coppoumon | 2007-06-22 15:35 | Comments(0)
2007年 06月 20日

保存されそうにない

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ここをどこと心得る・・

そういうお叱りが来そうな場所がずいぶん前からこの状態で存在している。
もういつ取り壊されてもおかしくないのかもしれないが、屋根の天然スレートを見て分かるように只者じゃない。

そうなのだ、この建物を設計したのはヴォーリズ。しかもどうやら、便所らしい。
庭仕事をするときのために、というのだろうか、大きな屋敷には外から使用できるトイレが必ず設置してあるのを図面でいくつも見た。

郷里の友人の屋敷も裏庭になぜか、ぽつんと便所があった。
三箇所もトイレがある家という話が良く出た。庭の手入れも毎日のように必要だったのだろう。
その家も今はない。

ぎりぎり、朽ちてしまうまで、存在してほしい建物。とおもいつつ、もう30年以上経ってしまった。

便所に頑張れ!は変だなあ。
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by coppoumon | 2007-06-20 22:20 | ヴォーリズ | Comments(0)
2007年 06月 18日

誰?

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古く、色褪せた軸の落款。三つのうち、どれかが本名だという。
ここには載せていないが、文字の始まるところに扶桑暁という判がある。
これは引首印というのだそうだ。ますます日本を意識したイメージが広がっていく。


白字が本名のはずなら、「我与我周旋久」・・・・我は、我と周旋すること久しい、と「世説新語・品藻」の警句で名を名乗ることができるだろうか。

私は、私との付き合いが長いから、君より少し上だ・・ということにしておこうか・・こんなエピソードを含んだ我与我周旋久。

朱印が雅号だと、ご指摘があった。 「 心吏 壹 杯中 」 と陽刻された中に雅号が・・・あまりにも、遊びすぎ。

書は袁枚の春日雑詩 袁枚は1716~1797

ここまでで思考は停止中・・・
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by coppoumon | 2007-06-18 23:08 | Comments(0)
2007年 06月 18日

赤い実

隣の公園にヤマモモの木が6本ある。一本は自生で大木。
他は30数年前公園整備のときに植えたのだそうだ。
ヤマモモは隔年ごとに実をつける。
隣の公園のものは、一度実をつけたら、次はいつだろうと、予測はできない。
隔年ではないのだ。
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昨日夕方、ご近所の散歩友達の「クロ」を拝借して公園で遊んでいると一番若いヤマモモの木がびっしり実をつけて落ち始めていた。
蚊がいなかったので「クロ」を返してから、色づいたヤマモモの実を採ってきた。
小指の第一関節の半分ほどの小さな実。

北新地の某所で親指に近い大きさのヤマモモが出たことがあった。
美味しいのにあたると、びっくりするくらい美味しいですが、外れると、えげつのう、不味いんですわ・・と、ママが勧める。
ほな、出さんといてや・・。
そんな会話であった。

先々週は友人宅でグミを食べた。何十年ぶりのグミだろう。
公園のヤマモモはあわてずに熟すのを待とう。

赤い実は、クリスマスを思う。

先週、新参の教会オルガニストが、こともあろうに「ことりも飛び去る冬のさなか」というフランスのクリスマスの曲を、ミサの中で弾いた。何でやねん・・とおもって半ば呆れていたら、今週、そのお師匠さん格の、老婦人が、パッヘルベルのマニュフィカートをアーティキュレーションもなく、のっぺらぼうに弾いた。 やっぱり、今はクリスマスなのだ。

地動説を擲ったくらいだもの、父の日がクリスマスになったって、恐れることはないか・・
私は、一瞬、オルガニストであることを、放念してしまった。
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by coppoumon | 2007-06-18 08:12 | Comments(0)
2007年 06月 15日

6月の作業

例年になったイチジクのジャム作り

今の時期に出回るイチジクは、一本の枝に一つしか実がならないので、大きくて立派だが、高価。

ママレードを食べつくして、何か材料をさがすと、プラムはまだだし、かんきつ類は甘夏がある位。
思い切ってイチジクを買って、赤ワインで煮ようとおもったが、ジャムにした。


イチジク750グラム
三温糖270グラム
ブランディ・シナモンパウダー

ブランディや、シナモンはなくてもよいが、あると、美味しい。ヴァニラで作る人もある。

イチジクは横に3つに輪切り。砂糖をまぶしてブランディーを掛けて放置すると忘れた頃に水が上がっている。

シナモンを入れて手すきの時間に、強火でアクを取りながら煮詰める。

それだけの作業である。

もともとジャムのような、イチジク。
我が家ではプラムが出回るまでのつかの間の朝食の楽しみ。


写真は、また今度。

おはなちゃん、安い無花果があったらつくりんさいよ。これは、一等、簡単じゃけえ。
高価だったら、ワインでコンポートにしんさいや。
無花果のコンポートおぼえちょるね。
忘れちょったら、また書くけんね。
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by coppoumon | 2007-06-15 19:50 | ジャム | Comments(0)
2007年 06月 12日

梅雨の来ぬ間に

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先日来、京都市内に出かけたいと、思いつつ行けない日が続く。

ピアノの練習と、食事と、夕方までには帰宅したいのと、天候の見極めと、必ずどれか一つが足枷になって家をでることができない。

行ってみたい場所、お店というのはたくさんあって、積極的に回ればよいものを、たとえば、食事に入る店にしても、決めたらそこにばかり通ってしまうし、お寺といえば必ず清水でゴールをするようにルートを持っていってしまう私自身のクセに気づく。

それで、入りそこなったというより、30年の間に消えてしまった店が増えつづけ、ここに来たかったのだ、と、無くなった店の前に立って、何かなしの追善供養の気分に浸る自分をみる。

あかん、あかん、あきまへん。

今度こそ、盛京亭に行ってこよう。
盛京亭の手前までは、行った。
手前に果物屋があって、果物屋が果物をメインにした喫茶店をオープンした日に通りかかって、新しいもの好きな私たち一行は、そこで、フルーツサンドを食べてしまったのだ。

そんな、学生の頃。
白木の無垢材の喫茶店。
今は、果物屋は無くなって、喫茶店だけがある。

それにしても、6月は昼寝ばかりがしていたい。
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by coppoumon | 2007-06-12 06:41 | 京都 | Comments(0)