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2007年 07月 31日

深泥池は蜻蛉の夏

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夏は深泥池の畔ですごす。
ちょっと怪しげな場所らしい。
友人達は、止めとけよ、と、気味悪がる。
なんでやねん、昭和の初めから天然記念物やで。と私が言うと、色々聞くやろ?と。問い返してくる。

最近建物が建ちこみだして、そんな趣はもうないのだ。私には生きている人間の方が余程怖い。
この間も腹に据えかねて、やられた通りにやり返してやったら、逆恨みを買ってしまった。
半分しか仕返ししてへんのやで。

こういうことを私が言うので、友人は呆れていた。

家の近所の洞ヶ峠、昔は不気味だった。タクシーに乗せたら消えたとか、様々な話があったのに、いま洞ヶ峠にいくと、にぎやかな開けた場所になって、峠の茶屋で列を作って牡丹餅を買ってゆく。
深泥池の比ではない。

なぜ、深泥池か。
底なし沼だから。いや、そうではなくて、この時期たくさんの蜻蛉がくるのだ。
こんなに種類がいたのかと思うくらいに飛来して、卵を産んでいく。
母方の祖父と、夕方になると、ため池にイトトンボを取りに行った5歳の頃。
そこから、いろんな記憶が戻ってきて、祖父と出会ったような気分になる。
ああ、そういう意味でもこの池は怖いのかなあ。
向こう岸から祖父が手招きをしだしたら大変だ。

実際には友人達と、泉仙の弁当に舌鼓を打ちながら蜻蛉を見ているだけなので、何と言うことはないのだ。
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by coppoumon | 2007-07-31 23:47 | 京都 | Comments(2)
2007年 07月 28日

桃ジャム

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用事で京都に出たので、最後に錦市場を通った。
母にモロミ味噌と血合い抜きの削りカツオを買って、大丸でポールボキューズのゴマの入った食パンを買った。

途中、桃を見てしまった。買わずにはおられない、愛さずにいられない美しくあまい香りの桃。
4個買って持ち歩いたら重い。

二日ほど部屋で芳香剤の代わりをしてくれていたが、ついに今夜ジャムに変身した。

作り方は、簡単。

桃4個の皮を向き種を出して実を潰して砂糖を200グラムほどかけておく。
適当に放置して、ブランディーを入れ、火を入れる。
あくを取りながら煮詰め、程よいところで裏ごしをするが、ミキサーにかけても良い。

お玉に一杯分くらいは裏ごししないでかたまりを残しておく方が、流動食みたいにならないから私は好きだ。これも好き好き。自分でも全部裏ごしすることもある。

裏ごしが済んだら鍋に戻して、シナモンパウダーを好きなだけ入れて煮詰める。
鍋を、焦がさないように絶えずかき混ぜて底に一文字を書けるようになったら出来上がり。
熱いうちに消毒した瓶に入れる。

冷まして、冷蔵庫に入れて4日目くらいで味が落ち着く。
三温糖とシナモンの加減でスコッチキャラメルの色に仕上がる。



おはなちゃん、ひまならやりんさいや。
全部ミキサーにかけて少ししつこく煮詰めんさい。
もう、この美味しさはたまらんのじゃけぇ。
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by coppoumon | 2007-07-28 22:52 | ジャム | Comments(4)
2007年 07月 26日

流れて

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梅雨の明けない京都の街は意外と心地よい。
一晩中、人の絶えることのない木屋町も橋の上に立つと喧騒とまったく別の顔がある。

数十年、何も変わる事のなかった高瀬川。

この後立ち寄った喫茶店「クンパルシータ」には張り紙があった。

・・・都合によりしばらく休業いたします・・・

82歳になる女主人を案じ、店が開いていないことに少し淋しさを覚える。
錦のうどんや「山茂登」のあとは、きれいに取り壊されていた。
間口二間ほどのところなのに、建て替えて、ビルにでもなるのだろうか。

おやつ代わりにたべた海老天の卵とじ丼。京都にしてはすこし濃い目の味で、錦で働く人たちのためにある饂飩屋なのだ、とそのとき認識を改めた。
せっかく改めても、もうないものはないのだ。

高瀬川の傍の音楽喫茶ミューズも、焼肉屋になってしまっていた。それもちょっと悲しい。
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by coppoumon | 2007-07-26 20:27 | Comments(4)
2007年 07月 25日

夏越

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昨日は快晴だった。
京都の祇園祭は花笠行列が出ているはずだったが、残念なことに仕事で行列を見に行くことは出来なかった。
今日はお旅所の神輿が900メートル東の、八坂神社に帰遷しただろうか。
このあと神輿洗いの儀があって、31日に夏越の払いを以って、祇園祭は終る。

あのコンコンチキを好きである。あれは、八坂神社の神様に捧げる最上の音楽なのだそうだ。
どうりで、ほかでは一切聞くことが出来ないのだ、と納得した。

夏越だ。

氷室から氷を出して三角に切り、蜜をかけて賞味する。

下々もそれに倣ってういろうで三角を形作り小豆をかけて夏越をするのだ。

この外郎は、三色。

下から、黒糖、白砂糖、抹茶。
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by coppoumon | 2007-07-25 22:58 | Comments(2)
2007年 07月 24日

梅雨明け

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昨夜下弦の月が出ていた。
月を見るのは久しぶりだ。星も出ているようだ。
ということは明日は、梅雨明けだろうか、夏休みに入らなければ梅雨が明けない。
去年もそうだった。

今年は朝顔を26本植えた。
すでに30輪ほど咲いた。
朝顔は朝のうちに開いて、昼間に閉じてしまい。翌日また新しい花をつける。
去年は18本から4700ちかく咲いたので、今年はいくつ咲かせることが出来るだろうか。

ここに住んで30年近くたって、こういう楽しみ方を今頃知った。
思えばヴェランダの裏は長い間空き地で、カエルが鳴いて夜眠れないほどだった。
隣の荒れた公園はちょっとした森になってきた。

さて、いつまでここに住むのだろう・・・時々、そういうことを考える。
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by coppoumon | 2007-07-24 06:38 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(4)
2007年 07月 20日

ひまわり

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駅前の住宅街を外れると畑と田んぼ、国鉄の工場、京大の試験農場。古い町並み。

田んぼの中に、サンスターと明治製菓の工場があり、夜、京都から茨木に帰る途中の阪急からも平行して走る旧国鉄の線路の向こうの暗闇に長い間、そこだけがひときわ明るいネオンが眺められて、もうすぐ家にたどり着くのだ、と妙に懐かしかった風景。

のどかな田園だった町の様子が激変した高槻。
それでも時々以前の面影ををとどめている場所に出会う。

ここは八丁畷。
ひと頃は荒れ放題だった松並木が手入れされている。

東海道本線の向こうは西国街道で、江戸時代に八丁畷から高槻の城下に入った名残の道も高架になって全く風情は無い。

線路脇にはひまわりがたくさん咲いていたが、このところ日照が少なくて、北向きに咲いている花が見られる。
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by coppoumon | 2007-07-20 08:46 | Comments(4)
2007年 07月 19日

西条を出て

台風が来るというのを一泊して、翌日11時52分の岡山行きに乗った。
旧国鉄時代の列車だ。
4両編成の最後尾の車両に乗ったら客は4割ほど。 クハ115という車両だ。分かる人にしかわからない記号。

入るとすぐにフナ寿司のような饐えた匂いがわずかに感じられた。
ああ、これが国鉄の匂いなのだ、と車両を見回すとS56年製幡生工場と記してある。

黒いスーツ姿の学生が乗り合わせて私の向かい側に座った。
ああ、良かった。静かだ。
列車は集落沿いに、もしくは川沿いに走って、山深い村々を過ぎていく。
赤い瓦の二階屋、いつの頃からか改修されないままの駅舎を眺めては妄想に入る。

本郷駅を過ぎてしばらくして、不似合いな建物が見えてきた。ホテル・コケット。
ああ、そうですか。洒落た名前だ。

雨足はそれほどでもなく、車内が大変静かで心地よい。向かい側の学生は居眠りを始めた。
空腹に気づく。三原で降りるつもりだったから水も持っていない。

しまった、列車に乗るのは山登りと同じだ、という教訓を今頃思い出した。
しかし、この静かさと景色のよさ。

岡山まで行ってしまおう。と、110分ほどの自己解放の時間を楽しんだ。

岡山駅は、台風の影響で新幹線が遅れて混雑していて、乗ったのぞみはほとんど空席。
その空間を独り占めするかのように、オバサンらのにぎやかな声が聞こえ、話の中身がいやおうなしに入ってくる辛い時間になってしまった。
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by coppoumon | 2007-07-19 21:23 | Comments(0)
2007年 07月 19日

当たらない日

巡行のある17日は仕事だった。
18日、どうしても京都に出る必要があって河原町四条に出てお旅所の前を通った。
これからの祇園祭の予定は24日、花笠行列、27日お旅所のお神輿が八坂神宮にご帰還。
神輿洗いの儀式があって、
31日夏越の払いで、ひと月に亘った祇園祭が終る。

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月ヶ瀬は今日は定休日なので、クンパルシータに行くと、都合でしばらく休業します、と張り紙がしてある。82歳の女主人の筆跡だ。

あきらめて錦へ。

錦市場は水曜日を定休日にしているところが多い。もちろん半分以上開いて入るのだが、湯葉、生麩、豆腐の近為。鶏卵屋。惣菜の坂本。塩干屋・・・こちらがどこで何と決めている店は皆目店を閉じていて、途中で引き返して三条に上がる。

なんと、目的の時計の修理屋も定休日。

おやつ代わりに、中国の方がやっている食堂で、海老しゅーまいと中華丼を食べた。
和菓子の亀屋良永も休み。
しょうがないから、気の進まない某月○屋へ回ると、臨時休業。

祇園祭がある間は店を休みまへん、という声を、よくきいたんだけどなあ。
いや、稼ぎ疲れということもある。
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by coppoumon | 2007-07-19 08:52 | 京都 | Comments(0)
2007年 07月 16日

朝顔初咲き

祇園の宵山にふさわしく天候は荒れ放題で、何度か出かけようとしたものの、強い雨になり、躊躇っているとまた止み、出ようとすると降り、夕方5時過ぎになって太陽が顔を出し始めた。
この時間に京都にいないと思うような写真は取れない。
がっかりしながらも、ヴェランダに出ると、今朝咲いていた朝顔がまだ萎まずに花を広げている。
今朝は濃い紫だったが、夕方には色褪せてしまうものらしい。

西条の松尾神社には紫陽花が咲いていて、雨に濡れて美しかった。やはり紫陽花と雨は出会いのようだ。

朝顔はどうだろう。夕方の朝顔に雨粒がたまっているのは場違いなのかも知れない。
朝のうちにさっさと自家受粉をおえて、花を閉じて毒のある種をこさえにかかる朝顔。
今日は雨のおかげで、なかなか花を閉じることが出来ないが、見ていると臨終直前のしたたかないじわるばあさんに思えてきた。

関 鑑子氏が歌った「雨に咲く花」のなかに「雨に打たれて咲いている花が私の恋かしら」という一節があって、隣の映画館からよく聞こえてきた。
その頃は、歌っていたのは井上ひろしという20歳そこそこのお兄ちゃんだった。

微妙に音程が取れていなくて、子供ながらに聴いていていやだなあ、と思っていたが、最近また、その声を聴いた。
彼は「雨に打たれて泣いている」と歌っている。「窓に涙の」の部分も「空に涙の」と詩が変わっている。当時は作詞家がまだ生きていたはずだから了解を取ったのだろう。
若いうちに彼はなくなっているそうで、じゃあ、白鳥の歌だったのだ、としみじみと緩やかなテンポの彼の歌を聴きなおした。

若い人生が、甘い声で悲しい恋の歌をうたって終った。

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by coppoumon | 2007-07-16 17:19 | Comments(0)
2007年 07月 14日

広島

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卒業証書に広島県と書いてあるので、妙な気になるが、そういえば江田島には一族が住んでいるのだ。
西条に行くために在来線の広島駅のホームに立っていたら、向こう側の、広、呉行きと書いた旧国鉄時代のクリーム色の列車が動き始め、一瞬、乗り遅れたような気分になった。

やはり懐かしさがあるのだろう。

県警の人が交通取締りをやっていて、ひょっとして親戚ではなかろうかと顔を覗き込んでしまった。
従兄弟は制服がよく似合った。

西条は初めて訪れたが、父は、日本の敗戦直後、東京の国分寺村の父の姉の家からのんびり国分寺を巡る旅をしたようで、吉備にも西条にも立ち寄っている。

終戦直後の吉備の国分寺は、何にも無くて、荒廃していたと、本人から聞いたことがあった。
対馬でも、住んだ家の4軒先は国分寺だった。
それで、私も国分寺と聞くと何かしら懐かしい思いを抱く。

この広島から門司、下関、唐津、平戸、対馬、韓国の三千浦と、祖父の代は家の船が行き来をしたという。

父は、船に乗らなかった。
なぜ?と問うと、酔うから、と答えた。

対馬での父の船の記憶がある。
船体が黄色か山吹色だった。操舵室の天井が赤だった。それ以外は何にも思い出せない。
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by coppoumon | 2007-07-14 23:44 | Comments(4)