<   2007年 09月 ( 13 )   > この月の画像一覧


2007年 09月 29日

あすは演奏会

ヘルマンハープという2オクターヴの音域の小さなハープが9台と、リコーダーがアンサンブルをすることになって、パイプオルガンがあるのだから、加わってもらおう、ということだったらしく、私に話があったらしい。
いきさつの詳しいことは知らない。

一度、二人の方がおいでになって、実際のハープを見せていただいて、グノーのアヴェ・マリアと、アメージング・グレイスに伴奏をつけることになった。

それと、最後に皆でうたう「千の風」

実際には一度もあわせることも無く、明日が本番。本番前の2時間足らずでオルガンの音決めをしてゲネプロ。

これでは淋しすぎるので、プログラム前に、モーツアルトの「機械仕掛けのオルガンのためのアンダンテ」を弾くことにした。

初めは規則正しく、きっちり弾く。
そのうちフレーズからフレーズに移るところをぎこちなく弾く。いかにも機械のトラブルが始まったかのように。
最後はだんだん人間の演奏らしく弾く。

こういうことをして、遊んで誰が何人くらい、そういうしゃれが分かるかなあ。

晩年のモーツアルトは貧窮して、いろんな仕事を引き受けたという。この曲もその一つ。
弾いたからなんと言うことはない。
穏やかな典雅な印象しかない曲だが、時計に組み込むためにはこういった表情が必要だったのだろう。

たしかに、毎日陰影の濃い音楽が時計から流れるという、そういう毎日は想像したくない。
[PR]

by coppoumon | 2007-09-29 18:07 | Comments(2)
2007年 09月 27日

再会

大きな楽しみの日は、なにかアクシデントがある。
定刻どおり伊丹から羽田へ立った飛行機が、羽田の上空に来ているのになかなか降りようとしないのだ。

右手に鹿島灘が見えたり、ディズニーシーが見えたりして、予定より20分遅れて着陸を始めた。

飛行時間は45分。予定は12時05分着。実際に着陸したのは12時25分。

待ち合わせは13時。
12時25分のモノレールに乗り12時59分に有楽町につくであろうことは伝えてあったが、偶然
12時35分のモノレールに滑り込むことが出来て、13時15分過ぎには丸の内の某ホール地下へ。

待っていたのは小学生の時に父上の転勤で対馬を去ったA君、幼稚園から一緒だったのに高校を長崎市内に選んだB君。

A君とB君は同じ高校だったが、面識はなく、去年同窓会でテーブルが同じになり偶然私の話しが出てからの付き合いだ、とB君から連絡があり驚いた。

A君のお父さんは「正義」というお名前だった。大学に通学しているとき、同姓同名のお家の前を通っていたので、一度長崎の方ですか?とお聞きしたら元はそうだとおっしゃったが、友人の父上ではなかった。

A君はその後京都の大学に来て、相国寺の隣に住んでいたという。

B君は東京の大学に行った。
そこまでは知っていたが、大阪に親類があって、京都には友人がいてよく遊びにきていたのだそうだ。

手土産は「イノダ・コーヒー」の豆。

当時、学生には高級で、通り過ぎるだけの店だったが、3人とも何度か入った事があるという話になった。


A君が写真を撮る、というのでB君と並んだ。私の右肩に彼の左腕が来るその身長差も、立つ位置も中学生のときのそのままだ。

A君のお父さんが私たちを並ばせて何度か写真を撮ってくれたことがあった。
A君は、そのときのお父さんの倍近い年齢になってしまった。

あ、私もだ。
[PR]

by coppoumon | 2007-09-27 07:03 | Comments(2)
2007年 09月 26日

石川町その3

横須賀にパイプオルガンのレッスンに通っている頃、早起きして鎌倉、横浜を徘徊した。
石川町からフェリス女学院、山手聖公会、山下公園に回ったり、桜木町から中華街を石川町へ歩いたり。

石川町のJRの駅はこじんまりしてきれいだ。

今回はオルガンの友人がリサイタルをするので、東京に出た。
リサイタルは9月20日。
翌21日にあざみ野から、金沢八景、石川町と一日を費やして渋谷のホテルに出た。

1985年8月19日午後7時6分、井上ひろしが心筋梗塞で召された時間だ。
ということは、20日お通夜、21日葬儀。

少し古い町並みが残っている石川町。
彼が住んだのは4丁目だと聞いていたが石川町は坂の多い長崎の町に似ている。
目の前の中村川は高速道路が海への視界をさえぎっているがすぐそこは中華街だ。

私は彼の住んだ石川町の駅前の細い通りを三丁目から四丁目へと歩き、二丁目から一丁目と歩き、帰ってきた。22年前に彼の葬儀があった日だ。なんということ。

享年46歳。

ん??

ということは1939年生まれということなのか。
では、デビューは17歳では無くて、19歳だったのだ。



なるほど、10代ではとても歌えない大人の歌をうたう彼の歌唱力に納得をし、疑問を解いた。                                     合掌
e0036151_1545339.jpg

[PR]

by coppoumon | 2007-09-26 08:15 | Comments(0)
2007年 09月 25日

石川町その2

井上ひろしの音源のバックを聞いていると、当時流行った、バンドの組み方、つまり、スリーリズム(ピアノ、ドラムス、ベース)にサックス、トランペット、ギター、ストリングス、ハモンドオルガン、と、だいたい8人くらいのバンドをバックに歌っている。

モノラル録音である。
78回転のSPレコードも売られていた時代の、ワンテイク録音。

歌手たちはレコードの宣伝のためにキャバレーを回った。彼もまたどの歌手もそうであるように連日全国のキャバレーを衣装と譜面を持って歌いに回っていたという。

私はバンドを組んでいたときに、山下敬二郎、青山ミチが破格のギャラで歌うバックを務めたことがある。
駆け出しの斎条史郎が「夜の銀狐」や、藤圭子が「新宿ブルース」の譜面を持ち込んで歌わせてくれといっているよ、と係りの人が交渉に来たこともあった時代、森進一や青江美奈がもてはやされ始めた頃の話だ。

花村菊江、菅原都都子、春日八郎、名前もしらない宝塚出身のジャズ歌手、芸大出のポピュラー歌手・・・・いろんな人の伴奏もやってみた。

その頃井上ひろしは病気で療養中で、元気になってからは友人と鮨屋の店を持ったらしい、とバンド仲間で話をしていたが、バンドはほんの1年ほどで解散したのでその後の流行歌の歌手についての情報は全く知らない。

「雨に咲く花」で復活し、ゆくゆくは料理屋を持つために調理師の免許をとる勉強をしている頃に亡くなった、という事情を後で知った。
[PR]

by coppoumon | 2007-09-25 00:27 | Comments(0)
2007年 09月 24日

石川町その1

家の前が映画館だったおかげで、いろんな映画や音楽を見聞きした。
映画音楽は、後年調べてみると、松井八郎氏によるものをほとんど聞いている。

上映された映画とは関係なく、夕方から流れていた流行歌、映画主題歌の類は、メロディと歌詞を覚えているものが多くて、記憶にある限りの楽譜を見たり、モノによってはレコードを入手して正確な題名の確認をしている。

ナンセンスな歌や、中村八大や、ひばりちゃんが、記憶には多いと信じ込んでいたら、意外と井上ひろしの歌も多かった。
母に、どんな人?とたずねると、垢抜けしていた歌の上手い人、と返ってくる。


関鑑子の「雨に咲く花」をリカヴァーしていたことは知っていたが、他は音源を聞いて、これも、あれも、そうだったのか、と、今回、再認識した。

ロカビリー歌手として17歳でデビュー。
山下敬二郎の後、井上ひろしとドリフターズ・・へえ、そうだったのか。
大橋節夫のハワイアンバンドをバックに山のロザリアを歌っていたのはこの人だったんだ。

確かに他の人たちと違って、都会を感じる衣装、影の無い、丁寧な歌い方、正確なリズム感。

CDや、1961年発売の25センチLPを聞きながら、10代でこんなに歌えるものか、と音大に入った頃の同級生達の歌唱力を思い出して、比べると、ちょっと不思議におもった。


e0036151_21471744.jpg

[PR]

by coppoumon | 2007-09-24 07:40 | Comments(0)
2007年 09月 23日

2007年の東京日記 大橋会館にて

今年はもう、東京に行く予定はないだろうと思う。

今回は渋谷にホテルを取った。ホテルといっても旧態依然のビジネスホテルで、心持狭く、清潔で、寝て起きて、外出して、帰ってくるとまた寝て、こういう、寝るだけのためのホテルである。
手広くチェーン店を持つ西立インのほうが、ほとんど値段が変わらないのに居住性が抜群に良いだろうと思う。

池尻大橋を東口に出て、すずらん灯のいかにも町内の駅前商店街を抜けてしまうのだろうかと、不安になるところで、ホテルの玄関が現れた。
手前は銭湯だった。日曜日は朝8時から、今週はペパーミント湯です、なんて書いてある。
ホテルは長細く、コンクリートで作った大きな列車のようだった。
リピーターの多いホテルと紹介があった。
ほとんど満室のようで、会社の研修にでも使っているのかサラリーマンばかりだ。

朝食は600円。
さわら、鮭の焼いたもの。甘い厚焼き卵、焼いたハム、ソーセージ、コールスロー・サラダ、マカロニサラダ、ポテトサラダ、千切り大根の酢の物、塩昆布、梅干、焼き海苔、納豆、味噌汁、ご飯、ロールパン。
牛乳、コーヒー、煎茶。
それらを自分で選んでテーブルに運ぶ。

2泊したが、2日目は微妙に献立が変わっていた。自宅で食べるのと味付けがほとんど変わらないのがありがたい。

気取った料理はないが、おいしい。



じゃ、気取ったらどうなるんだろう。

コーヒーをいかがですか、といわれたら、薄めのモーニングティーを頼む。
シュリンプの入ったスクランブルエッグを、こんがり焼いた薄めのトーストパンの上に乗せてもらって、カリカリのベーコンを一枚だけ添えてもらう。
サラダはチコリとアボガドで。フレンチドレッシングにはすこし蜂蜜をいれて。
後で、カフェオーレをたっぷりと。

翌日は薄めのコーヒー。
貝柱をソテーしてもらってグレープフルーツの薄切りを添えてもらう。
卵は6分ボイルしてもらった半熟も良いとこのドロドロ。
ライ麦パンを半分と、ロールパンを一個。バタもジャムもつけない。
トマトのマリネを前の晩からお願いしておく。
ヤギのチーズがあれば一口。そして、2杯目は濃い目のコーヒー。

気取ったらぼったくられそう。
いや、家で自分で作ったほうが、卵のやわらかさが好きに出来る。コーヒーも好きなものが飲めるので、こういう料理は家でやる。

たまには朝からこういう食事をしたいと、妄想してみただけ。
[PR]

by coppoumon | 2007-09-23 22:02 | メニュ | Comments(0)
2007年 09月 16日

お礼もうしあげます

2005年7月27日にインフォからエキサイトに引越しをしてまいりまして、今日、のべ15000人のご訪問者をお迎えするようです。

どなたがご訪問くださるのか全く分かりませんが、季節の菊の花を載せて感謝の意を表わさせていただきます。

今年は5月に対馬でコンサートをやってみて、次は9月30日に高槻でヘルマンハープとパイプオルガンを合わせるコンサートがまもなくで、クリスマスは、インフルエンザと重なるだろうという予測から何にも計画を立てていませんが、来年は、オルガン弾き50年のコンサートをオルガンの仲間内だけで、相当な楽器を使って、出来たらよいなあ、と考えています。
ピアノもじっくり弾き込みたいです。

今はまだ蒸し暑さで閉口していますが、すぐに冬はやってくるでしょう。
まもなくクリスマスの譜読みにかかります。

正月が開けてエピファニーから、四旬節の始まるまでの間のきらめくような期間をなにか、難曲に挑戦してみたいです。

涼しくなったらカメラと三脚を持って歩きに出かけてきます。
e0036151_2327989.jpg

[PR]

by coppoumon | 2007-09-16 23:27 | Comments(2)
2007年 09月 15日

失楽園

明日の日曜日の「ミサ」は聖書の中の、アダムが楽園を出る様子が読まれる。

3年に一度のことなので、前もって準備しておかないと間に合わないバッハの「アダムの罪によりて滅び」を弾く。

右手で、500年以上前のコラールのメロディと、喜びの足踏みならぬ、楽園を出ていくアダムの足音を弾き、左手は長々とうねる蛇の不気味なメロディを弾く。足鍵盤は、アダムの落胆ぶりが不安定なメロディで,結局4つのメロディを同時に弾くことになる。
しかも初めから終わりまでどの声部も歌いっぱなしときている。

曲が仕上がりかけた頃、ブクステフーデで弾いた、という友人とその話になり、家の楽譜棚を探したら、今では資料としてしか見ない楽譜の中にそれがあった。
ザッヒャウの作曲したものの中にも同じ題の曲があるが、ザッヒャウはヘンデルの先生だけあって、なかなか一筋縄ではいかない。

結局、一番弾きにくいバッハのそれを弾くことにした。
今なら、よそ見しながら弾けるが、一晩経ったらどうだろう。気温と湿度で、オルガンの状態が変わることもあって、弾き始めてみないと、どうなるか分からない。
もう一曲、ブクステフーデで、「人よ、清らかに生きよ」を準備している。

e0036151_2304258.jpg

[PR]

by coppoumon | 2007-09-15 23:01 | Comments(0)
2007年 09月 12日

9月2週目の水曜日

水曜日は料理の日。

昨夜、母の家に寄ると、60グラムくらいの小さなハンバーグを5個作っていてくれた。

今日はこれを使う。


ハンバーグのトマトソース煮   まいたけソテーと一緒に暖めたハンバーグをトマトソースで 軽く煮る。付け合せは人参グラッセと粉吹きいも。

ゴマ豆腐・田楽味噌

トマトときゅうりのサラダ、スダチのドレッシング

なめこ汁

結局、料理らしいことはしていない。付けあわせを作っただけ。


味噌は近所の、NPOの団体が立ち上げた、この地の大豆を使って、この地の水をつかって、ここで製造したもの、という有り難い味噌を使っている。
[PR]

by coppoumon | 2007-09-12 19:43 | メニュ | Comments(0)
2007年 09月 09日

重陽

今年の夏は、去年より暑かった。

何か秋の気配が、あるだろうか、とおもう。

虫の音。そうだ、確かに虫の声は早朝4時ごろ音で独特の世界を演出している。

今日は重陽だ。上鴨神社では子供達の烏相撲が奉納されただろう。
一度行ってみたいと思いながら、なかなかチャンスがめぐってこないのか、私が迂闊なのか思い立ってから30年経過してしまった。

やはり、旧暦でないと重陽はピンと来ない。

秋が深くなってくると菊の花に霜よけの真綿を着せる。
9月9日の朝、露を含んだ真綿で体を清め無病息災を祈る。

こういう行事だが、旧暦でやると、冷え込み始めた朝に、今年も風邪などひきませんように、という思いはあるかもしれない。

e0036151_13264669.jpg

[PR]

by coppoumon | 2007-09-09 13:27 | Comments(2)