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2007年 11月 28日

やり替え

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ひとところに住んで、30年になる。
ほとんどのものが我が家では30年経過しているのだ。

基本的に、楽器と、楽譜と、オーディオと、テーブルとベッドがあればよいと思っていた。
楽器で手狭になるから、ソファは置けない。それで大きなダイニングテーブルを買った。
2度、削れますよ、と言うことだったので、20年目に塗りに出そうと思いつつ、30年経ってしまった。
心得のない人がテーブルの上で食器を引っ張ってくれるので、傷だらけであるが、木目がなんとも経年変化で、宜しくなったので、毎日が楽しかったのだ。

そろそろ、塗りに出すべきか。出せばあと30年後にまた塗り替えだろうか。
この30年で私も幕を閉じるだろうに。

ピアノも1971年製の音大納付金より高かったヤツが、大修理もせずにそのまま使っている。
オーヴァー・ホールを考えたこともあったが、とことんこのままで行きましょうと、調律に来ていただくたびに言われて、そうなのかなあ、と思ったが、そうなのだ、これはこのままのほうが良いのだ、と、最近、思うようになった。

しかし、1986年には、もう一台買い足すことになってしまった。古いほうを酷使したくないからである。

冷蔵庫は2代目、洗濯機は3代目、エアコンは2代目。ベッドは3代目、掃除機3代目。
椅子の張替え4回目。

目下の悩みはテーブルの塗り替え。漆器の修理。
なぜ、悩むか。
それは自分の寿命が見えてきたからかもしれない。

では、早く出せば良いのに、とも思うが、今、それなりに良い状態なのである。
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by coppoumon | 2007-11-28 21:49 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(5)
2007年 11月 22日

風邪

11月になって風邪をもらった。
熱があってもオルガン当番を代わってもらうわけにも行かず、無理をしたら、また違う風邪まで引き込んでしまい、収束しそうで、微熱がいつまでも残る後切れの悪い風邪になってしまった。

食欲が出てきてほっとした頃の昼食である。
冷蔵庫にあるもので、賞味期限つきのハム、卵。

卵はパルメザンをたっぷり振り込んだチーズオムレツ。
きゅうりは塩で揉んで、穀物酢で洗った。蓮根は常備しているピクルスの一つ。
何もつけないトースト一枚。
番茶。

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by coppoumon | 2007-11-22 23:34 | 作った | Comments(2)
2007年 11月 21日

木枯らし一号

木枯らし一号のことを、木枯らし一番、と言うので笑われる。
春一番が吹くように、木枯らしを待ち望んでいるものだから、つい、一番と、言ってしまう。

11月中旬になると、祖父の代から付き合いがある造り味噌屋が、正月用の白味噌を仕込む。
毎年、その年の天候に任せて仕上がりの味が、似て異なるので楽しみの一つだ。

11月中旬はまだ暖かいことが多く、麹が順調に発酵して、2週間たったころ、木枯らしが吹き、どっと、冷え込んで、発酵も止まり上等の白味噌が仕上がる。

12月初めに吹く木枯らし。お正月の美味しい白味噌に結びついているのだ。
暖かい日が続きすぎると、白味噌は発酵を続ける。
それでも12月10日ごろには木枯らしが吹くので、発酵が行き過ぎた甘みの勝った味噌を、2割ほど普通の味噌を足して味を調える。

今年は11月中旬に木枯らし一号がやってきた。

白味噌は、どう、仕上がるのだろう。

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by coppoumon | 2007-11-21 21:04 | Comments(4)
2007年 11月 16日

通学路

高校が町の一番北のどん詰まりにあったので、時間があるときは紆余曲折しながら登下校をやった。
何処をどう通っても、このような家と石垣の連続だった。
10数歳上の従兄妹達は、高校の前から、弁当箱を川に浮かべてのんびり競争しながら家まで帰ってきていた。
さすがに私たちの時代はそういうことはしなかった。高校生の数も倍ほど増えていたし、忙しかったようにもおもう。
しかし、高校生が川に下りて自分の弁当箱を追っかけているなんて、今考えてもほほえましい。
終戦間もない頃の平和をおもう。

私たちは、笹竹を長さ1メートルくらいにして、それを刀に見立てて、チャンバラごっこをしてあそんだ。

少なくも1958年くらいまでは。

そうして、GHQから、野蛮だから止めるようにと達しがあって、止んだ。
ロケーションが充分であっただけに、このチャンバラごっこの禁止は残念だった。

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by coppoumon | 2007-11-16 23:41 | Comments(1)
2007年 11月 11日

日の当たるところと、影と

今日はおミサの中で、子供祝福式があった。子供祝福式というのは七五三のこと。

私は微熱の中で、オルガンを勤めていると、聖体拝領の途中で雹が降り始めた。
オルガンのパイプに挑むような強い叩きつける音だ。

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実は、今日、自死した古い知人の葬儀が大阪で執り行われているのだ、と思うと厳粛な気持ちになった。

新聞には、中堅太夫、竹本○太夫59歳。と本名とが記載された。私は本名しか知らなかったのだ。
36年ぶりに目にする彼の名。

彼に会ったのは、彼が石橋の、人間国宝の竹本越路太夫宅に住み込んで修行をしていた時代だ。
その後、私が演奏しているところに2回、地下鉄梅田駅を出たとこで、すれ違って声をかけられた時と、4回くらいしか記憶がない。

一度年賀状を頂いたが、それを見て恐れをなした。
なんと、文楽の太夫になろうという人の筆跡だけあって、見たことのないような、達筆家だったのだ。
中学卒業と同時に住み込んでいるということだったので、見込まれた部分が大きかったのだろう。
東北の出身だといった、弟がいると。

ピアニッシモでささやくように控えめに、感情を出さずに喋る彼を、私には文楽の世界がはなかなかイメージが出来ないままだった。

件の年賀状から、3度、私は引越しをしてそれっきりになっていた。




人間国宝に口伝を賜ったら、死んではいけない。さらに伝えなくては。

公演の途中での、アクシデントだと。

舞台人は舞台に穴を空けない。

じゃあ、死神に取り付かれたのだろうか。  しかし、それは、ある。

私の日常で、誕生と死とが一緒に進んだ日。今日は彼の魂の平安を祈ってオルガンを終えた。
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by coppoumon | 2007-11-11 23:24 | 考えた | Comments(0)
2007年 11月 07日

栗の渋皮煮

今年も栗の渋皮煮を作った。

下処理をして、栗700グラム、三温糖400グラム、赤ワインを1本丸ごと使うのだが飲み残しがあったので、それを入れて足らない分だけ水を足した。

40分煮て、さまして、浸透圧で栗に甘みを含ませる。

冷蔵庫に入れて一日半おいたところで味見。

なんだか、ワインの風味が足りないようにも思う。水を入れた分だけ水っぽく仕上がったと思うのは気のせいだろうか。

栗は甘くて美味しい。

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by coppoumon | 2007-11-07 22:23 | メニュ | Comments(2)
2007年 11月 03日

正面橋

友人と狩野永徳展を京都国立博物館に鑑賞にでた帰り道、友人と別れて正面橋を渡って見ることにした。
狩野永徳はザビエルが上洛したころに生まれ、禁教令の前に50年足らずの生涯を終えている。
正面橋を東山の方に渡り切った南側には「道楽」という料理屋がありこれも秀吉の時代にはあったといわれる。
こうやって、頭の中を16世紀後半に切り替えて正面橋を見た。

ここでは宗門改めの踏み絵が行われており、役人の強い勧めにも、どうしても踏めなかった母子が捕らえられるエピソードがのこっているが、27人のキリシタンの殉教があった場所でもある。

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ここが白木の十字架が27本並び、火あぶりにするための処刑場となった場所だという。

詳しくは、イエズス会日本報告集の1619年度年報にある。

狩野永徳の生きた時代の、もう一つの出来事を忘れない。
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by coppoumon | 2007-11-03 22:05 | 京都 | Comments(0)