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2008年 09月 30日

ぶんぶんぶん

フランスの子供の歌に「はちがとぶ」というのがある。

ぶんぶんぶん・はちがとぶ・おいけのまわりに・のばらがさいたよ。ぶんぶんぶん・はちがとぶ

これが、誰の訳なのか、原語ではどうなっているのか、楽譜を見たことはないが、小さな子どもたちは、皆歌える。

私はこどものころ、ニホンミツバチのいる地域に住んでいて、ハチに刺されたという話を聞いたことがなかった。

ウイーンでは、ハエがいなかった。そのかわり、というのだろうか、ミツバチがやってきてカフェのテーブルの端でひとやすみしているのを、よく見かけた。

ある時、母がほした布団のカバーの中にアシナガバチが入り込んでいて、それに刺されてから、蜂を忌わしく思うようになったが、それは、アシナガバチのことである。

こんな張り紙を見つけた。

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クマバチは大きいから、いかにも凶暴だと思われるのだろうか。
性質は穏やかで、こちらから悪いことをしない限り、刺されることはない。

私が驚いたのは、リムスキー・コルザコフの「熊蜂の飛行」をオルガンの足鍵盤で弾く人が居たことである。

そうとう、足首が柔らかくないと、弾けそうにない。

弾く気もないけれど。
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by coppoumon | 2008-09-30 22:16 | ああ、びっくり | Comments(2)
2008年 09月 27日

藩主の足取り

重望公は最後の藩主になるのだろうか。
若いころの、髷を結い、刀をさした普段着の写真を拝見したことはあるが、それはもうひとつ先代の父君の写真だったかも知れない。

重望公は慶応3年・1867年生まれ、大正12年1923年没。

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明治40年、現在の町田市にある香山園を訪れて、書いた絵。
40歳になった彼の作品である。

香山客舎というのは、瑞光殿で、明治39年に建て替えられたばかりだった。

今年で101年目の秋が、まためぐってこようとしている。

私には重望公と菱田春草が、どこかでダブる。

活躍した時期が同じころで、同じ表装の軸を見たことがあるのだ。

春草の「帰漁」という絵も晩秋を題材に雁が飛んでいた。

重望公の絵には、心を開放させるものがある。

しかし、春草の絵は、暗いのに、どこかしら懐かしさを感じた。

だから、それがどうした、というものではないのだけれど。
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by coppoumon | 2008-09-27 11:53 | 絵いろいろ | Comments(0)
2008年 09月 24日

ヴォーリズ建築の栄華

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京都の四条大橋西詰めにある東華采館の建物の東寄りに、新しい看板が出ていた。
それは古いものをそのまま大事に残して使っている、というメッセージなのだろう。
エレヴェーターや、個室、禁煙、喫煙室にも及んで説明があった。
ヴォーりズファンの皆様がた、ぜひお越しください。と。そこまで、書いてほしいなあ、とおもったのは私だけだろうか。

ここには、当初からの、家具、それも、ヤマハに注文して作られた家具がたくさん残っている。
西側にある、裏口、というのか、従業員専用の通用口の階段を上がった時に感じる鴨川の見晴らしの良さ、清潔さ、事務室の窓口のもつ暖かなたたずまい。
正面サファードのゴージャスさもよいが、裏口も良い。

一階フロアが80坪ほどの建物ではなかろうかと思う。



大阪にも一階フロアが79坪の建物がある。
こちらは教会。

ネットサーフィンしていると、熱心な建築物のファンの方が、立派なホームページを持っておられて、ヴォーリズの建物を、滋賀、神戸、京都、大阪と網羅しておられた。
そのホームページに、この教会の内部を拝見したい旨、牧師に申し入れたられたことに対して、「意図がようわからん」と追い払われたらしいことが書いてあった。

教会は、誰でも礼拝堂でお祈りができるように、ドアを開けてあるのだから、入って黙想でもしている間に礼拝堂を見渡してくるべく、入れ知恵をしてさし上げたかった。

この手の尊大な輩は「宗教」という文字をことのほか好むので、「眷族がカソリックで」と、からかってもよかったのではないか。

しかし、まあ、横柄な牧師もいたものだ。

その牧師は転勤したけれど、転勤直前、生垣を5メートルほど失火で焼いてしまった。と、街の人が教えてくれた。
焚き火中に、火から離れたのだそうだ。
しかし、まあ、とここでも書きたいが、建物がやけどしなかったのはヴォーリズファンにとって、幸いだった。



先年、松本に出かけたとき、午後3時になった。

イエス様が十字架にかかられた時間だ。
たまたま教会があって、ドアが開いていた。誰一人気配のない礼拝堂だった。
私は、そこで、黙想し、献金函と書いてある箱の中に、なにがしかを献げて、礼拝堂を後にした。



ドアの開いた礼拝堂に入りたいという人をわざわざ拒む教会、いや、牧師。 


いや、牧師はクリスチャンにとって魂の父なんですよ、というと、だましのちちちゃいまんのか、と街の人は手厳しいが、妙に納得がいくので、こちらも切り返せないのが、口惜しい。

いやいや、
神様に借りばかり作っていないで、神様がこちらに貸しをつくるチャンスを下さっている時は、
ありがたく受けなきゃ。
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by coppoumon | 2008-09-24 22:29 | ヴォーリズ | Comments(2)
2008年 09月 23日

按手式

川口キリスト教会は、時々ヴォーリズの設計と紹介されていたいたが、実際はそうではない。
しかし、私が知る40年前には、祭壇のステンドグラスの下のパネルが、近江兄弟社の病院の礼拝堂と、同じデザインだったので、終戦後、焼夷弾で屋根が焼けおちて修復される間に、係わりがあったのかもしれない。

また、今度の阪神大震災の後の修復では、ヴォーリズ設計事務所の監修があったと聞くが、募金はしたものの、詳しくは知らない。
煉瓦の色合わせでの苦労、地盤を沈下させないための大工事については、仄聞した。

この礼拝堂で、久々に主教按手式が行われた。
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40年ぶりのことだという。

立派な式だった。

オルガンさえ、上手ければ。

はじめにファンファーレが鳴った。大丈夫かな・・と思っていたら

主教着座のときには威風堂々が奏された。

パロディか、コミカルな出しものじゃなくて、厳粛な式なので、参ってしまった。

なぜ、20世紀初頭の英国の軍隊マーチをここで弾く必然性があったのだろう。

音楽理解が違うと、目の不自由な人に色彩を教えるくらいの努力なしでは、こちらの意見は理解してもらえない。

ここのオルガンはストップが15。
ドイツ製だが、ストップの表記はフランス語。
表記をフランス語にしても、おフランスの音は出ない。

オーベルタンの倍ほどの値の張った、オルガンである。

大阪駅でバスを降りたら、ここの一番手のオーガニストと目があったようだ。
瞬間、さりげなく目を外して、横を向いてしまわれたので、その人だと、気づいた。
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by coppoumon | 2008-09-23 10:39 | ヴォーリズ | Comments(5)
2008年 09月 19日

いづれの御時にか

源氏物語が書かれて1000年になるというので、京都のあちこちで源氏に因む催しが考えられている。

京都の人は、先の戦の時に、というのは、日露戦争ではなくて、応仁の乱のことであり、あとの戦争というのは、蛤御門の変のことだと、教えられた。

応仁の乱では、一切が無に帰したというのだ。文化までもが、である。
そうして、源氏物語の中にのみ、王朝文化が残った、というのだ。

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四条の某デパートに王朝時代の染と色重ねが、再現してあった。
この写真の裏には、源氏にちなんだイメージの菓子を、虎屋が創作して展示してあった。

竿物、打ち菓子、蒸し菓子、練りきり。

いくつかは、即売していたようだが売り切れの札のかかっていたものもあった。

若紫は、スズメを入れるかごをイメージした大きな薯豫饅頭で、篭目をつけて、若松が描かれていた。
二人の女の子や、侍女は見当たらず、菓子を食べる側に、雀を逃がしてしまった主人公になれ、ということなのだろうか。

今日は、手土産を買いに出たのだった。
希望は甘いものより辛い物、ということであったので、源氏のお菓子はパスすることにした。
しかし・・自分の分を買えばよかった、と残念に思う。
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by coppoumon | 2008-09-19 23:36 | 京都 | Comments(2)
2008年 09月 16日

となりの公園

この夏は、散歩に出なかった。

暑すぎて、ヴェランダの朝顔を枯れさせないように水の世話だけで精一杯だった。
今日公園に行くと、暑さで参った感じはどこにもなく、確実に秋が来ていた。
地面に根を張る植物は強いなあ。プランターの朝顔に気の毒になる。

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マテバシイが実をたくさんつけている。
これは食用になるのだけれど、誰も、見向きもしない。

散歩から帰ってくると、友人がマンションの下まで降りて来いと携帯で呼び出し、パンを手渡してくれた。

抹茶の生地を練りこんだパン。
なかに小豆が入っていて、裂いて食べていると、コロンと小豆が出てくるさまは、なんだかゴキブリのさなぎを見つけたようで、ぎょっとするが、そんなはずはないので、口に出しては言わない。

柏屋貞光という東大路の和菓子屋の、音羽山という菓子は、あずきを半分に割ったものが芯にはいっている。

あのデリケートさを私は好きだ。

で、このパンはどうなのか・・というと、指で裂かないで、食いちぎったらよいのだ、と結論付けた。
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by coppoumon | 2008-09-16 23:14 | 読んだ | Comments(0)