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2008年 11月 28日

重ねかさねて

書いた文章が600件になった。

では、祝い酒。

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1986年、ワルシャワ、チェコ、ウイーン、ハンガリーと遊びまわったときにハンガリーの空港で買ったパーリンカ。

果物の入ったブランディーをパーリンカというらしい。
これは、洋ナシが入っているが、プルーンの入ったのも併せて買ったのだが、待合室で割ってしまった。

ミナミで、よく通ったバーに、ポワール・ウイリアムスというブランディーが置いてあった。それも、瓶の中にウイリアムスという種類の洋ナシが入っていて、香りの移ったブランディーを楽しむといった趣向だった。
このナシは、すでに香りを出しきっているので、食べられたものではない、ということだった。

受粉させて、瓶の中で実を育てて、大きくなったら切り離して、瓶にブランディーを詰める。

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そういえば、何かの本に、実を箸でつついて砕いてさんざんだった、とあった。
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by coppoumon | 2008-11-28 22:27 | Comments(2)
2008年 11月 25日

コート

もう、17年も前、父の葬儀の後で私を生まれてすぐのころから知っているという方が、声をかけてくださった。

あなたが5歳の頃ね、冬に白いコートを着て、私のほうを見て立っていたことを、良く覚えていますよ。

私もその方をよく知っている。その後もあれこれと声をかけていただいたが、私は白いコートを着ていたのだろうか。
煉瓦色のツイードのヘリンボーンのコートは覚えがある。
杉屋という、郷里の町では一番賑やかだった店で買ったものだ、とも聞いていた。
しかし、三歳上の従兄も着ていたので、おそろいだったのか、お下がりだったのか。

中学3年になって、父は私を連れて福岡から来ていた服屋にコートを見つくろわせたことがあり、私は、白に少し黒が混じったざっくりとしたツイードのハーフコートを気に入ったのだが、もうちょっと丈が長いのを、と、父が許さなかった。

私は、大層不満だった。

その顛末は、結局、東京に住む父の姉が東京で選んだものが届くわけだが、高校生の間は、そのコートを着て、愛着がないまま結局処分してしまった。

やはり白いコートは、私のどこかに記憶があったのだろうか。

コートは21歳の時に誂えた。
生地は「深喜毛織」という名だった。
薄いベージュのカシミヤだったが、良く見ると細かいヘリンボーンの柄が浮かび、服屋は、裏地にイタリアンシルクを半裏で、とりつけて仕上げた。
ハンドステッチも一日数センチという手間だったらしい。

一生物ですよ、といわれたが、愛用しすぎて15年で、くたびれた。

2枚目は通りすがりに見た、ベージュより苦みのある色で、生地は華奢だった。ヴィキューナが、何割か入っているという。それで、コシが違うのだろうかと思った。

またもや、一生物ですよ、といわれたが、今度は着る機会がぐっと減ったので、このままだと一生吊るしたままで、長持ちするかも知れない。

高校に入学する前にあの、ツイードのコートを買っていてくれたら、ここまでコートにこだわっただろうか。

もうひとつ、伏線がある。

末っ子であった父が16歳になったとき、長兄が、末っ子にコートを作るようにと、次男に渡した壱拾円を、次男三男四男で、六円飲んでしまい、四円のコートを仕立てた、というエピソードを父から聞いていた。
昭和一〇年のことだそうで、父はそれを長い間恨めしそうに兄弟たちに訴えていた。

そうだ、コートは良いものを作っておこう。
それは、コート一枚くらいで三〇年、ぐたぐた言い続けた父に当てつけてやりたかったのかもしれないし、ほしいと思ったものを買ってもらえなかったことに対する自分への穴埋めだったのかも知れない。

そんなことより、いま、ツイードのハーフコートがほしい。
どこにでも着て出かけられて、汚れても構わない、ハンドウォーマーがついているやつ。
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by coppoumon | 2008-11-25 23:03 | Comments(4)
2008年 11月 23日

コップレストランのメニュから

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習ったのは、ヌーヴェル・キュジーヌ以前の生クリームをたっぷり使ったような料理ばかりだったが、だんだん、軽いものに嗜好が変化していく。

お客さまに来ていただいて、出すものも和洋折衷になり、だんだんと和食へ移行中である。

生牡蠣を、レモンだけ絞って食べたい。

これじゃ、料理とはいえないが、生牡蠣はもうすでに、敬遠中。

牡蠣を丹念に洗って、しょうがの薄切りと、山椒の実で煮た。

器は賀善。


おはなちゃん、つくりんさいや、かんたんじゃけえ。

生姜を薄切りにする。

酒、みりん、濃口醤油を合わせ、煮立たせる。

生姜、洗った牡蠣を鍋の中に入れ、5分に立たせ、縮みかけたら火を止めザルのようなものに牡蠣と汁とを分けて、汁は少し煮詰めておく。

冷めてから両方を合わせておく。

盛り付けるときに、汁気を切る。

今回は、生姜と、山椒の実を使用。

牡蠣は2パック。真水で丁寧に振り洗いをして生臭みをとること。



これが、できるようになったら、応用がきくけん、まず、ここまで、やってみんさいや。
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by coppoumon | 2008-11-23 22:15 | 行った | Comments(2)
2008年 11月 22日

久々のコップレストラン

私に因しないことではあるが、大きな一つの問題を抱えていたことが、皆が胸をなでおろす結果になった。

私の身にもさまざまなハプニングを起こしてくれたが、いわれのないことで、エネルギーを奪われるのは、まったく不本意である。

が、他者の生きていこうとするエネルギーを、奪いながら生活する人のことを私は、内心、悪霊つきの範疇に入れている。

今年はもろもろのことが解決する年周りにも当たっていたのかもしれない。

というわけで、レストランを開店。


ブリュチーズ、自家製ピクルス、メルバトーストで一皿。

京野菜とベーコンのクリームシチュー

大根と柿の湯なます

牡蠣の山椒煮

鶏と栗の赤ワイン蒸し

新米のごはん、母からの千切りのたいたん。お漬け物。


ワインはブルゴーニュの赤。

他に、オールドパー、ペリエ。

ブロッコリーと、柿のサラダが一皿到来。
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by coppoumon | 2008-11-22 23:08 | メニュ | Comments(0)
2008年 11月 20日

亥の子

国許は城下町で育ったので、亥の子を知らなかった。

友人たちが故郷で教鞭をとるようになり、村々で異なった唄を歌って、子供たちが門つけに回る風習があることを教えてくれたのは、数年前のことだった。

歌詞も旋律も村によって違いがあるらしい。

ひと昔前までは、村がそれぞれに盆踊歌を持っていて、それを村の神社の境内で唄い踊って氏神へ奉納する習わしがあったことも、こちらに来て知った。

みんなでやぐらを組んで輪になって踊る盆踊りとは性格を異にしていたようだ。

亥の子は何なんだろう、歌詞もほとんど不祥だという。何かを言祝いでいることもある、という。
途切れないで続いて欲しいなあ、とおもいながら、追体験代わりに亥の子餅をたべた。

これは餅なので、日持ちがしない。肉桂の香りが高く、ゴマも香ばしい。中は粒あん。
鳴海餅の御製。
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by coppoumon | 2008-11-20 22:47 | 郷里 | Comments(2)
2008年 11月 16日

古い歌

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ソメイヨシノが色づいて葉を落としていく。
この時期の歌はやっぱり「枯れ葉」。

自分たちが残してきたさまざまな思い出が、道端の枯れ葉のように、シャベルで集められて、明日は炉で焼かれて、消えようとしている・・・・。

こういう歌詞で、人生を歌っている。


子供のころ、私の人生について、20歳までは波瀾万丈ですが、26歳くらいから安定します。
油絵を蒐集したり音楽を楽しんだり・・・

ということを、10歳のころに聞いて知っていた。

波瀾万丈といわれた時期を、ひたすらピアノの勉強で過ごしてきたことは、運が開けることとおなじであったと思う。
ピアノが弾けない時期もあったが、師事したピアノの先生は26年間で10人。
短いが、弾けなかった時期は、トランプの自分の手持ちの札を数えるようにして、過ごした。


一枚一枚の葉っぱが、自分の能力であったり、学んだ楽曲の記憶だったり、耳にした音楽だったり、たくさんの、さまざまな思い出のように思えて、おおきく、深呼吸をする。
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by coppoumon | 2008-11-16 20:46 | Comments(2)
2008年 11月 15日

枚方の菊

一昨日は満月だった。
夜に月明かりで外出することはないので、思いもつかなかったが、近くの鏡伝池まで散歩をすればよかった。
私の住まいから見る西側、淀川までは貴族の荘園で、別荘があり、鏡伝池で舟を浮かべて、池に写る月を楽しんだといわれていて、池に写る月を一目見ようと思いながら、毎年、忘れて過ぎていく。

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池は三分の一ほど埋められて、公園として整備されたので、残念と言えば残念だが、南側は古のままの堤防が残してあった。

この時期は菊花展が行われる。

100年近く続いた菊人形の歴史からか、菊の栽培、愛好者がおおいこの地区ならではの地元の人たちからのたくさんの種類の聴くの出品が展示されていた。
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フィルムカメラと携帯を持っていき、秋の何でもないひとときを楽しむ。
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by coppoumon | 2008-11-15 07:39 | Comments(2)
2008年 11月 06日

京極

祖母はひとりで時々京都にお昼ごはんをたべに出かけたらしい。
錦で鰻食べてきますねん。というのは聞いたことがある。

実際は錦ではなくて京極の「かね与」だったと、最近になってわかった。
京極には古い映画館があった。

八千代館といって、私が知る限り3本立ての成人指定映画を上映していて、去年11月に閉館したのだが、建物は残り、若者向けのジーンズショップになっていた。

初めて入った建物だが、中は、まだまだ映画館の名残がたくさんある。
外観は、アールデコ、中は良い時代のアメリカの匂いがする。
スクリーンも、こんなに小さかったのかと思うほどの大きさで、残っている、というより、壁が白く塗ったのが、そのままになっていた。

映画を見た後に食堂に入ったのだろうか・・と思わせるような食堂が、昔のまま残っている。

じゃあ、京極食堂はどうなっている?と聞かれて私は返事ができなかった。
そういう食堂、あるの??と逆に聞きたかったが、まず、探してみよう、と歩きはじめると、ある。

間口二間なのだろうか、二〇人も入れるかどうか。

安くておいしい。家で食べさせてもらえそうなものが、出てくるのは、何と言ってもうれしい。
常連さんばかりのようで、そうでもない。外で行列が出来ていたが、適当に吸い込まれて行った。
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by coppoumon | 2008-11-06 22:31 | 京都 | Comments(0)
2008年 11月 03日

りんごジャムと渋皮煮

紅玉が出回っている。

一つが250グラムほどの紅玉を8個買い、ジャムにした。
紅玉2キロに対して三温糖800グラム弱。シナモンたくさん。

レモンを使わなかった。ブランディーも入れなかった。
シンプルなリンゴとシナモンだけのジャム。

次回はレモンも入るだろう。その次はブランディーも加えるだろう。
それは、毎年やっていること。寒くなるとだんだん味を複雑にしていく。

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栗の渋皮煮も作った。
これはワイン煮である。

仕上げの段階まで来たら、ワイン、水半々に3カップで砂糖をくわえて30分ほど弱火で煮る。
冷めて数日置かないとおいしさがわからない。
先ほど味見していたら、良い。
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by coppoumon | 2008-11-03 21:38 | ジャム | Comments(2)
2008年 11月 02日

3週間待って

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表装が仕上がってきた。
こんなものなのかなあ、とおもいつつ、よく出来てきましたよ、という店の方の言葉を追う。
確かに、表装は悪くない。
桐の箱も意外と立派だった。

依頼した額縁屋さんは戦前からそこにあった。
なぜ、そんなことを知っているのかといえば、古い写真で、祇園祭の山車を写したものに、寺町通りのこの店が写っていたからだ。

寺町を山車や鉾が通ったらすごい迫力だっただろうなあ、とか、電車通りの架線を外さなくて良かったのだなあ、などと、自分自身が初めて見た祇園祭のことを思い出す。

山車が全部通り過ぎたら、四条河原町の安全地帯の所を早速電車のための電線を架けに、作業員が駆けずり回っていたのだ。
華やかな祭りと、現実の生活が一緒になる瞬間。
そんなものを面白そうに見ていたことを、このブログの自分の写真を見ながら思い出していた。
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by coppoumon | 2008-11-02 21:46 | Comments(2)