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2009年 03月 31日

石清水八幡宮

花の便りがとどく。

隣りの公園もソメイヨシノがちらほらと花をつけ始めた日曜日。カメラを持って花を追うことにした。

公園ではムクドリが餌をついばんでいるが、ツグミを見かけない。強剪定が原因だろうか、やはり、こちらのツグミも冬鳥なのだろうか。などと、考えながらツグミを探すがわからない。
そういえば、平生まったく鳴かないのに、この時期のツグミは鳴く。

鳴かないから、ツグミっていうんだよ。

ソメイヨシノを追いながら男山の反対側へ降りてしまった。
ま、いい。
八幡市駅まで行って、男山を眺めた。

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お参りに来て、高良神社を参拝してここで引き返したのが、仁和寺の法師。

私はお参りではないから、鳥居の前の「走り餅」に入って、一服。

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桜餅を食べ始めて、あわてて、携帯を取り出したので、桜餅が一口かじられている。

「走り餅」は東海道の逢坂の関にあった茶店だが、東海道の衰退とともに、明治期、ここに移ってきたと聞いてた。

八幡の名物のひとつ。
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by coppoumon | 2009-03-31 22:06 | 京都 | Comments(2)
2009年 03月 29日

またまた、ママレード

30年あまりママレードをつくっていくうちに、近頃は作業の簡略化が始まった。

いや、進化かも。

おいしくたべられたら、それが一番なのだ。レシピはいらないし自分流に試行するのも楽しみ。


さて、タンカンが友人から送られてきた。今回は見事な粒ぞろいで、しかも、歳の数ほどある。

近所におすす分けしても、まだ多すぎて食べきれないのと、木から落ちで打撲傷を負ったグレープフルーツが5つあったのでタンカン10個を足して2キロの分量をママレードにした。

タンカンもグレープフルーツも種が少ない。

まず、実を横に二つ割りして、今度は縦に二つに割り4つに分ける。
実と皮を分け、皮を薄く刻んで水を張ったボールの中に落としていく。

刻み終えたら、力任せに揉み洗いをして、鍋に入れ、沸騰させて、皮が半ば透明になるまで煮て、こぼす。
もう一度、水を代えて煮こぼす。

その間に実の天地のスジのような固い部分を取り除き、実に対して横になるように厚さ1センチくらいの薄さにスライスする。

スライスしたら三温糖をかけまわしておく。

この作業を終えるころに2度目の煮こぼしが終わる。

実と皮を鍋に入れ、三温糖をかけたボールに適宜水を入れ砂糖を洗い、鍋に入れる。

ひたひたかなあ、と思うくらいの水を足して(そのほうが作業がやりやすい)あくを引き、煮詰める。
煮詰めるのに25分くらいかかった。煮詰めながら、目についた種は放り出す。

タンカンが甘いので、砂糖は700グラム使った。柑橘に対して三割五分。

ほろ苦さ、甘さ、香り、共に上々。

写真は、携帯で実物以上に大きく写ってしまい、ちょっと、行儀が悪いが、左端はかじりかけではない。

パンは、ポール・ボキューズのペイザン。

丸い大きな、ちょっと酸っぱめの、噛むとなんとなく甘みを感じるパンを、4分の1に切り分けてスライスしたものを軽くトースト。



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おはなちゃん、これまでと違う作り方でいかにも手抜き風。やってみんさいや。うまいんよ、これが。

材料はグレープフルーツでなくても、文旦、たんかん、レモン。あればブランディ。タンカンがなければ清美オレンジでも。

ママレードの香りや、甘みを引き立てるんには、甘味のない美味しくなさそうなパンを買いんさいよ。
美味しいパンは、それだけでおいしいから、自家製のママレードを塗っても微妙さはわからんのんよ。

そんなおいしいパンは、おフォーションのイチゴジャムが似合うちょるけんね。
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by coppoumon | 2009-03-29 22:35 | ジャム | Comments(2)
2009年 03月 27日

求めるもの

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京都の、某大学の博物館には、1930年代の家具、調度品がさりげなく置かれて、そこにある目録などは商品だったり、備品だったりするのを入れてある。

アンモナイトにさわりなさい!!

こういった注意書きがあったりして、楽しいところだ。

そこに、ヤマハの古いオルガンがあった。
ストップの数が10個で、右手に16フィートのチェロという音栓の入った珍しい楽器で、係りの人に声をかけると音を出すことができた。

半年に一度くらいは行くので今回もこの古いオルガンを触るのが楽しみだったが、あらら、なんと、フルオルガンスエルから連結棒が外れてぶら下がっている。

何度も演奏想定外のめちゃくちゃな取扱いをしたのだろう。

楽器は壊れやすいものでもあるが、正しく取り扱えば壊れるはずのないもの。

最近は皆、どこかがずれているのだろうか。

我が家でも、ピアノのお稽古に来る子供にレッスン室から見えないところに置いてあるオルガンの黒鍵部分・・しかし白黒が逆にこしらえてあるので白鍵なのだが・・・を割られたり、オルガンケースに鉛筆で絵を描かれたりした。
遊園地の遊具並みの扱いだ。

我々ピアノ教師はサーヴィスの一環として楽器を生徒に提供し、教えることもサーヴィスと解釈されているのだろうか。

子供のころ、先生ご自慢の大事なピアノを触らせていただける、という我々の世代が有した非日常の楽しみや幸福感は今の子にはないのかもしれない。
個性のない均一な音のするピアノばかりで、自慢できるような楽器もなかなかお目にはかかれなくなってきた。
ひどい造りの楽器も増えたから、ピアノも大切にしてもらえなくなったのかもしれない。



これも、京都の某大学の、創立者の記念館にある悪妻とも、天使とも言われた婦人が残したオルガン。
大修理をして音を楽しめるようになり、修理した人の意見が通って、弾ける人は、オルガンを弾いてください、それがオルガンのためですから、と触らせて貰える。

こういうところが増えてほしいなあと願う。
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by coppoumon | 2009-03-27 22:44 | Comments(2)
2009年 03月 24日

サクラ


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草餅を食べながら、このよもぎの餅を好きだなあといつも思う。
草餅の中の餡はこしあん。
こしあんの牡丹餅はふくよかだが、草餅にこしあんが入るとヨモギの風味が立つ。
蓬大福にもこしあんが良い。

鶯の鳴いているのを聞いた。
いつもヴェランダを締め切っているので気づかなかったのだ。ちょっと惜しいことをしたなあ。

スギ花粉の関係でヴェランダを長時間明け放つことがなくなった今の住まい。

隣りの公園は30余年して初めて強剪定がされて、鳥の姿が少なくなった。
それでもツグミがいて、セグロセキレイもつがいでやってきては椋の木肌を舐めるようにえさ探しをしている。

スズメに混じってメジロも声が聞こえるし、ツバメも見た。

荒くれた冬芽だったソメイヨシノの小枝に色が付き始めた。
この時期のソメイヨシノを好きである。

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by coppoumon | 2009-03-24 09:54 | Comments(2)
2009年 03月 22日

まんじゅしゃげ

ごんしゃんごんしゃん・・・と白秋は歌った。

山田耕筰全集というCDの中に、白秋の歌曲が入っている。
番外編というべきだろうか、美空ひばりが歌ったものが、その山田耕筰作品集には含まれていて、当時ひばり16歳。

レコーディングの準備のために耕筰のもとに通ったとある。

ここで、美空ひばりを書くと、ひばりを好きか?とたずねられる。
いや、そうじゃない。正直、むしろ、嫌悪感さえ感じることの方がおおい。

その、ある種の嫌悪感のことを、美空ひばり的嫌悪感といった人がいた。
そのままズバリではないか。
最近、ひばりちゃんが、大津美子の持ち歌の「ここに幸あり」をつつましやかに歌うのを聴きほれた。

時として、巧いなあ、と思わせるひばりちゃん。
彼女の歌う耕筰の、松島音頭などは、大好きである。

山田耕筰の・・彼はもともと声楽出身だった・・・先生である三浦環の松島音頭もよいが、
ひばりちゃんは互角に歌い上げる。

三浦環に乞われて伴奏を務めた、永井静子先生は、三浦環のことを「天才です」と言っておられたが、ひばりちゃんも、大天才なのかもしれない。

まんじゅしゃげの話だった。

郷里で、近しい人たちに、盛り花を教えに来ておられたおばあさんが、ある時、マンジュシャゲを持っ来て、床の間に活けてくださった。

まさか、と思って皆で目を丸くしたものだが、「こうやって、活けてみますと、とても、よいものでござりましょう」とおっしゃった。

おはぎの季節になると、あの赤い色と、床の間の様子が目に浮かぶのだが、枚方公園の東海道五六宿近くの饅頭屋のおはぎを買って、春が来て、夏が過ぎて、やがてお決まりのように咲く赤い花。
突然、まんじゅしゃげの盛り花を思い出した。
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by coppoumon | 2009-03-22 22:29 | 美味しかった | Comments(0)
2009年 03月 16日

3月半ば

早いもので、近所を歩くと、きぶし、じんちょうげ、緋寒桜が花を付けている。

この時期を昔のキリシタンたちは、お悲しみの時、と称していた。
四旬節のことである。

四十日四十夜イエスが断食されて祈られたという四旬節。

ロザリオを繰りながら、さんたまりあ様におらしょを36遍、さんじゅあん様におらしょを36遍などと、唱える日課表のような暦がある。

この時期はイエスの困難をしのび、「行」として、おらしょの間に鞭縄で自分の体を打ったという。

蓮の台に乗った、うちのマリヤ様は、蓮の花の蕾ではなくて、珍しいことにこの鞭縄を持っている。

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イースターまでの間、我が家で御開帳。
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by coppoumon | 2009-03-16 22:16 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(0)
2009年 03月 15日

包む

大御所、堀口大学が、古賀政男の作詞をほめた。

そういう古い話で、私もまだ子供だったので、ディテールは思いだせない。

詞は恋の歌、「影をしたいて」。

良い詞だ、と堀口大学はほめる。

ただ、どちらでもよいようなものだけれど、「つつめば燃ゆる」の「ば」を「つつめど燃ゆる」としたほうが良いのではないかと、お勧めをしたら、古賀政男は一考して、いったんは包むのだけれど、とても包みおおせないほどに燃え上がりそうになる想いなのです。と答えていた。

私は、そうだなあ、大恋愛なんだものなあ。うまくいく恋なんてありゃしない。と訳知り顔で納得をした。


ずいぶん経って、ブラームスを弾くようになって、「包めど燃ゆる」と、いう、ひそかな思いや悲しみを、彼の音楽を通して知ることになる。

堀口大学は最晩年まで、流動し変化する日本語のなかで、その時々に最も美しいもの、真実なものを追究しておられた。

「ば」

「ど」

流行歌というのか、今では抒情歌というのか、「森の小道を静かにゆけば~~~」という歌詞があって、ばああああと、歌うばかりに品がないなあ・・と子供心に思ったものだ。
が、コブシを利かせた、ど演歌の真骨頂ならそれでもよいとおもう。

東風吹かば~~

これは、少しも変に思わない。
あ、発声が違うんだ。

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by coppoumon | 2009-03-15 19:30 | 考えた | Comments(0)
2009年 03月 15日

葬送

30年来の知人が召され、通夜、葬送の一連の演奏を引き受けた。

結婚式や葬送式の演奏は、他の教会、同じキリスト教でも他の宗派、他宗教に対しての矜持ゆえに、みっともないことはできない。

演奏会同様、偶発的なミスが起こることはあっても、準備や技術不足からボロボロになるような演奏は強く戒められる。

知人はクラシックの熱狂的な大ファンで、結婚前のデイトは演奏会場、名曲喫茶といった、対話のいらないところばかりで、と奥さまは苦笑いをされておられた。

それで、通夜の献花の時に、ピアノでショパンのプレリュードからホ短調、ロ短調、ハ短調を弾き、次にベートーヴェンのピアノソナタの31番変イ長調の第三楽章を弾いた。

プレリュードのホ短調、ロ短調はショパン自身の葬儀の際にオルガンで弾かれた。私の楽譜棚にリストがパイプオルガン用に編曲したものがあったが、教会には小さなアップライトピアノがあるので、敢えて、オリジナルを弾くことにして、次のベートーベンのソナタとの間には、ハ短調のプレリュードをはさむことにした。

200人くらいの方が来られ、入り口のドアを閉めることができない状態で、外の冷えた空気が入ってくる。
予報では大荒れになるはずの天気も、傘がいらないことは幸いだった。



後で、ブラームスがお好きだったと伺った。渋い。

包んでも、包んでもあふれ出る想い・・というのを主人が好きで。と奥さまはおっしゃる。

包む。

これについては、また書いてみたいと思う。
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by coppoumon | 2009-03-15 19:07 | 考えた | Comments(0)
2009年 03月 07日

住んでみたかったところ

この頃、ない物ねだりが続く。

学生のころ、どういう環境のもとにわが身を置きたかったか。
そこで、踏み外してしまったことなどを散策しながらぼんやりと考える。

2階建て以上に高い建物のない、京都の田中の北側を白川に向いて歩いていると、杵屋というおまん屋がある。
店先に立つ私の姿を認めて、おばあさんが、よっこらせ、と奥の部屋から出てきて、よっこらせ、とおまんを包んでくれた。
おいもさん、三色団子、桜餅、鶯餅。皆、絶品だった。
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その隣は矢久羅という食堂。
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少し歩くと銭湯があり蕎麦屋がある。


数十年もずっと変わらずに、こういった店や、家主のいないアパートがたくさん並んで学生がうんと住んでいた。
アパートはワンルームマンションに建て替わってしまっているのかなあ、と思うと、やはりまだまだ、年季の入ったアパートが建物の奥に健在であることを、発見してうれしく、住んだこともないのに懐かしく思う。

籠りきって勉強だけをしたいという思いが一番強かった頃、実際にはほとんど毎日ステージに出ていたことを思い出す。

自分の思いとは全く逆の方向で展開していく人生。

それはそれで面白かった。
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by coppoumon | 2009-03-07 21:11 | 京都 | Comments(0)