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2009年 06月 30日

想い付き

ある想い付いついた短い楽想をさらに発展させる。

作曲はこういう作業なのだけれど、ベッドに入って、いつもは4つ数える間に寝付いてしまうのを、寝返りを打ったら、おもしろい楽譜が頭のなかのウインドウに現れた。

初見でその楽譜を弾いて面白がっているのだが、楽譜を書いたのは自分自身なのである。
書いたものを弾くのは、初見とはいわないだろう。

次に、続きを書いている自分が現れる。

現代譜なので、指定されて縦によんでいる部分が、面白い。サイコロの目のような記譜を弾くのに手間取るのを、ばかばかしくなって、もう、寝よう、と頭の中のスイッチを切った。

しかし、なんだか、寝返りを打つたびにスイッチが入って、曲の冒頭の部分が楽譜になって現れる。
また、面白がって弾く。

一晩、スイッチが切れたり入ったり、なんという夢だろう。

ずっと前、室内楽で、聴いた事もない美しい音楽が夢の中で流れた。あ、楽譜に採ればよいのだ、とおもいつつ、寝ていてこれだけ作曲が出来るのだから、起きて頭がはっきりすれば、いつでも書ける、と思いながら、そういう夢を見ていたことも、しばらく忘れていた。

作曲科の友人などは、たまにそうやって大物を逃すらしい。

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写真は、夢とまったく関係のない、譜読み訓練のためのピアノ譜
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by coppoumon | 2009-06-30 08:51 | Comments(0)
2009年 06月 27日

今年の暑中見舞い

今日は建仁寺の両足院に出かけた。
両足院は非公開寺院ではあるが、半夏生が咲くほんの短い間、差しさわりのない限り公開して、お茶室で織部流の接待もある。

半夏生は夏至から数えて11日目の半夏生の日に咲くことからそう名づけられたともいうし、葉っぱが半分白くなるので半化粧と呼ばれたりもする。
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このお寺と対馬との関係は深く、両足院から13、14、15世と3人の和尚様が6回も対馬で朝鮮との交易の輪番僧を務めた。それは、対馬藩が国書を書き換えしないための見張りであった。

今年は、朝鮮通信士ゆかりの軸や屏風もあわせて展示されていたが、また改めてそのことは書きたい。

建仁寺に行く前に清水道の浪川菓舗に立ち寄る。

今年の、暑中見舞いをどうするか。
ここのところ毎年、和菓子を撮影しているのだが、暑中見舞いを出した先から、あまりにもおいしそうだと、クレームがつく。
なんぼ、絵に描いた餅やで・・・と申し出ても、いつか実物を送るようにといわれると、雪舟の書いたねずみのように、写真の外に転がり出てくれないかなあ、などとも思う。

今日は、ご主人は奥でずっと蕨餅を作る準備をしておられた。店に出てこられたら、葉書から飛び出す饅頭を作ってもらえないか、お願いできただろうに、こちらの魂胆を見抜かれたようで、惜しい。

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葉書にするとこういう感じだろうか。携帯で撮っているので生唾はでないだろうけど、フィルムカメラで撮ってみると、やはり魅力がある。

そうだ、一枚、昨年、今年のために用意した写真があったのだ。と探したらすぐに出てきた。
ただいまスキャナーが壊れていてここにアップできないが、建仁寺の庭。

早い話、石ころの写真だ。

聖書に、パンをほしがる子供に、石を与える親があろうか、という一節がある。
その言葉に閃きを受けて、去年の夏、シャッターを押し続けたのだった。

まさに天啓。

今年は、和菓子を望まれた方々には、石の写真を送る、というのはどうだろう。
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by coppoumon | 2009-06-27 21:27 | 京都 | Comments(4)
2009年 06月 24日

京都大学交響楽団185回定期演奏会

5時に仕事を終えて乗った快速急行でなんと、お弟子さんにあった。
会うはずのない電車の中での事に、ぽかん・・としていたが、演奏会に行くというと、付いてくるという。

チケットは完売のはず。
私は電話で予約をしておいたが、もう一枚のティケットは手に入らないかもしれない。
ま、いい。そのときは立ち見を交渉するまでのことだ。と、道中の話になった。

ホールに着くと当日券代わりの整理券を受け取り、行きつけの喫茶店で腹ごしらえをすることになった。
注文が上がるのを待っていると、なんとなんと、ティケットを余分に持っている方がママさんに、だれか要らないかなあ・・と話しているのですかさず譲っていただいた。

良い日だね。

演奏曲目は、エグモント序曲、ラフマニノフの2番コンチェルト。休憩があってヒンデミットの交響曲「画家マティス」

さすがプログラミングも上手い。

指揮は橘直貴、ピアノはイリーナ・メージュエヴァ

ベートーヴェンもごくオーソドックス。
ラフマニノフは出だしを堂々と和音を割って弾く。砂糖を蜂蜜で練ってチョコレートをかけたような甘い演奏をするのかと思ったら、意外と普通に弾いていた。
二楽章がしみじみと聞かせてよかった。

ヒンデミットは、ナマではじめて聴いた。
管楽器に聞かせどころがたくさんあって、フルートは出ずっぱり。
弦パートのややこしい対位法の書法もすっきりしたわかりやすい演奏だった。

曲も、ナチスをやっつけるつもりで書かれたのだから、わかりにくいと意味が半減してしまう。

毎回、面白いなあと思って聴く京大交響楽団だが今回も堪能した。

京都コンサートホールは幅の割りに奥行きが長すぎるのかもしれない。
いつも、響きがなんとなく物足りないように思う。

一箇所、大変良い座席があるとオケの友人はいう。

多分ホールの真ん中と思うが、それは、どこなのだろう。

写真は開演15分前。

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by coppoumon | 2009-06-24 00:13 | 聴いた | Comments(0)
2009年 06月 22日

鴨の大神

以前から、是非行っていらっしゃい、と言われていた神社に、土曜日の午前中、お弟子さんと出かけた。

場所は八瀬。

八瀬駅前に遊園地があったのに、立派な建物群に生まれ変わっていた。あのホテルのようなものは実は姨捨山だろうか・・などと、悪態をつきつつ御陰神社へ。

駅を降りたところにおばさんが柴漬け、蕗と昆布の佃煮、山菜ごはん、柴漬けの刻んだのをまぶしたおにぎり、わらびもち、柏餅、胡瓜、玉ねぎを売っている。
この辺りから、大原女が、京都市内にいろんなものを売りに出たのだなあ・・としばらく見とれていたが、とにかく神社に行ってくることにした。
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山の中に入ると手入れが行き届いていて、白いオーラが立ち込めているかのような思いにとらわれる。
木立越しに赤い鳥居が見えたので登ってみると歴史的風土保存地区と書いた碑が建っている。

鳥居をくぐって本殿の石垣の入り口で、同行していたお弟子さんが、この場所はすっごく、気持がよい、と立ち止まってしまった。

私は先に本殿のあるところに出た。
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曇り空であるのにも関わらず、空からまっすぐ光が下りてくるようで眩しい。
神々しい場所だね・・などと驚嘆して、朱色の柵の右側のしめ縄で囲われた白い石をみた。

聖書に山の上でイエスの衣とみ顔が真っ白に輝いて天から声がした・・・という箇所がよぎった。
真っ白な石が目を開けていられないくらい眩しかったのだ。
そんなにも強い光が射す場所なのだろうか。

葵祭りのときは、この神社から、下賀茂神社に祭列が出る。と聞いた。
京都のパワースポットは不思議だ。
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by coppoumon | 2009-06-22 22:06 | 京都 | Comments(0)
2009年 06月 22日

眺めていたい場所

私の京都案内・・・こういった類の本の表紙に出てくる写真にふさわしい場所のひとつはここではないかと思う。

ここではバーベキューが禁止になった。いまさら、とおもうが、こんな良い場所からバーベキューが臭っていたのだ。
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出町で待ち合わせる時間のほんの5分ほどの間にこの場所に立ってみた。

フィルムカメラを構えると五位鷺がいて、餌を狙うのを学生らしいひと組が目を凝らして見ていると、やにわに五位鷺が水面に頭を突っ込んだ。

私の横にカメラの愛好者らしい人が立ってやはりこの景色を撮影している。

ついでに携帯で撮ったのが、これ。

梅雨に入ったというのに雨の降らない土曜日の朝。川原敷きに人出はまだない。
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by coppoumon | 2009-06-22 06:50 | 京都 | Comments(0)
2009年 06月 19日

夏至近く

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まだ入道雲は見ていない。
4日ほど前の夕方、激しい雷雨で、お弟子さんのお宅の電話がダメになり、インターフォン、電話、ファックスと、新調しなければならなくなったと、雨の日の報告を聞く。
その日は大阪にいたので、全く知らないことだった。テレヴィでは京都南部に警報が出ていたという。

それにしても空梅雨の連続。

今日は部屋の中が30度になった。
西南を向いたダイニングの大きな窓全体がパネルヒーターかと思えるように放熱をしている感じがする。
昼食後、起きていられなくて、横になったら、汗でシャツが体にへばりついた。

この際、とばかり午前中ピアノに集中していた緊張が弛緩するまで横になる。

毎年6月はごろ寝の月のようだ。

今日、初めてピアノの部屋に冷房を入れた。
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by coppoumon | 2009-06-19 21:52 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(0)
2009年 06月 19日

大阪センチュリー交響楽団第142回定期演奏会

橋下府知事になってから、センチュリーの演奏会には必ず出かけている。
出かけているうちに、その巧さにますますはまってしまい、京フィルや大フィルを聞くのが後回しになってしまった。
交響楽団で働く友人たちもやがては定年になってそこを去るのだろうが、同級生たちが活躍していた時代の音を脳裏にしっかりと刻み込んでおきたい。

今回の定期は、グリーグのピアノコンチェルトを、アンナ・マリコヴァのピアノで。もうひとつはショスタコーヴィッチの11番。

ショスタコーヴィッチの10番、11番は私が生まれたあとくらいに、書かれ、ロシアの歴史的背景を背負った辛い曲という思いが若いころにはあった。

10番は何度かその名演に立ち会った。が11番をナマで聴くのは初めてだった。
演奏が終わった瞬間、演奏したメンバーたちの、充実感、安堵感といったものがステージの上にあった。

ロビーにティンパニーのYさんが出てきて、握手をした。最後のチューブラーベル、私は2階の前列から2番目で聴いていましたが、耳が痛いほどでした、と言うと、そうでしたか。それは意図がよく伝わってよかったです。
とんでもなく大きな音になるので、客席の移動までお願いしたんですよ。などと話しをした。

第一楽章の冒頭の悲しみ、ロシア正教のレクイエムの響き、最後は人の業が成す末の世に対する警鐘。

グリーグのピアノはなんとも、チャーミングな響きだった。ピアノが入るとどうしても専門的に聴いてしまうのであるが、楽しかった。良い勉強になった。
アンコールにチャイコフスキーの「銀の精」を超絶技巧に改編したものが弾かれた。
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by coppoumon | 2009-06-19 16:38 | 聴いた | Comments(0)
2009年 06月 15日

歌い手

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森サカエという歌手について、認識はない・・と思っていた。
が、声を聞いて、「煙草屋の娘」というコミカルな歌を佐川満男・・当時は佐川ミツオだっただろうか・・とデュエットしていたことを思い出した。

向う横町の煙草屋の、かわいい看板娘・・・・・と歌う、あの曲である。
同じころ「日曜はだめよ」という歌を日本語で歌っていた。

最近、現役で味のある巧みな歌をうたうのをyotubeのなかで発見した。
あれから50年近くずっと歌ってこられたのだ。とはいえ、まだ70歳にはなっておられないとおもう。

20代になったばかりで、コロンビアの看板娘だったのだろうか。
コロンビア全国歌謡コンクールなどというものがあったとは知らなかったが、そういえば2代目コロンビアローズを選出するのに、そういったコンクールの出身者だとか、聞いた様な気がする。

カプリングされている、看板息子の井上ひろしは、まだほかにコンクール課題曲を歌っているので、若手のお手本になるような歌手だったのかもしれない。

井上ひろしについては改めて書くとして、いま、森サカエが歌った20曲のスタンダードナンバーのCDを探している。
ちょうど、製造中止になったところで、入手しそびれてしまったのだ。
残念。
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by coppoumon | 2009-06-15 22:59 | Comments(0)
2009年 06月 09日

冬じまい

冬支度という言葉があるのだから、冬じまいという言葉もあるのだろうか。
今年は、最低気温が連続して18度になってくれない。

朝顔の種を播きたいのに去年から、発芽させるタイミングが変だ。去年も3回種を播き直した。

一昨年は6月には朝顔が咲き始めていた。
これからでも播いてみようと思いつつ、真夏に日陰が欲しいときに間に合うようにと、朝顔の苗を4本、ゴーヤの苗を6本買った。
ゴーヤのほうが、よく茂って影を作ってくれるそうだ。

我が家には朝顔の名花、「もってこいエリザベス」という、赤い大輪があり、絶やさないようにしていたが、ことしは自信がない。
ゴーヤに「ぶら下がってエリザベス」と名付けたが、何を楽しませてくれるだろう。

「もってこいエリザベス」は、あさ、9時になっても蕾を広げないことがあった。美しい花なのに咲く気があるのか、ないのか。
ゴーヤを植えて、ツルが伸びていく様を見ていたら、これもまた、支柱代わりのネットにしがみつく気があるのかないのか、生きていく本能はないのだろうかと、可笑しくなる。

この夏はグリーンのカーテンが出現することを楽しみにしておこう。あわよくばゴーヤの収穫にも与ろう。

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ホットカーペットをはがした。
6月にもなろうというのに最低気温14度の日があったりして、なんとなく名残惜しかったが、思いきることにした。
その後、ぞうきんがけをしたが、床をぞうきんがけしたのはどうも、今年初めてではないだろうか。

掃除機に「舐めるようにきれいになります」と書いてあったので信じていたのだが、掃除機のあとをぞうきんがけすると、ぞうきんが真っ黒になった。
信じられないが掃除機に舐められていたってことだ。

これから暑い夏の間、こまめにぞうきんがけをするであろう、と、今は思う。
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by coppoumon | 2009-06-09 21:37 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(0)
2009年 06月 01日

大阪センチュリー141回定期

12月以降、風邪の流行や花粉症、仕事の都合で、4回ほど演奏会に行けなかった。
ティケットは、行ける、という知人や友人に差し上げたりしたが、名演もあったようで惜しい。

今回は新型インフルエンザ終焉か、というタイミングで少し空席が目立った。

曲目は芥川也寸志の弦楽のための三楽章「トリプティーク」、モーツアルトのヴァイオリンコンチェルト第三番、休憩をはさんでストラヴィンスキー。バレー音楽「妖精のくちづけ」よりディヴェルティメント。

指揮者のロッセン・ゲルゴフは全部、暗譜で振った。それがどう、ってことではないだろうが、聞いている側には芥川の作品は綿密で繊細、ヴァイオリンコンチェルトでは、楽譜見たほうがよかったようにも思うし、ストラヴィンスキーは素晴らしかった。

ヴァイオリンコンチェルトは、学校に入ってすぐの試験で第一楽章を伴奏したことがあって、違う妄想をしながら聴いてしまったが、というのは、指揮者がいなければすっと、合うのではないか、とか、あの時の私の伴奏下手で悪かったなあ・・・とか。響きそのものを楽しむギャラントスタイルは楽しいし、ヴァイオリンソロの、ライナー・ホーネックの巧さ、美しい音、音楽性に感嘆していたら、アンコールがあり、指揮者なしで、ハイドンの一番コンチェルトの第2楽章を指揮者なしでセンチュリーと合わせた。
これが、宝石のような演奏だった。

ストラヴィンスキーの音楽は、面白い。
今回の曲は、初めて聴く。響きの上で、チェロがクラリネットと絡むところが秀逸だったが、終わってみるとティンパニーは、ベートーヴェン時代の延長としか思えないくらいオーソドックス。

オケで働く友人夫妻と、そのあと入ったおでん屋で、やはり同じような感想を持っていたことを確認して、今日、来なかった(空席があったので)人たちには気の毒したね、などと、話した。

おでん屋については、また書きたい。
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by coppoumon | 2009-06-01 07:18 | 聴いた | Comments(0)