<   2009年 08月 ( 14 )   > この月の画像一覧


2009年 08月 31日

蔵屋敷跡・郷里

この記事はブログのファンのみ閲覧できます

[PR]

by coppoumon | 2009-08-31 09:27 | 大阪
2009年 08月 28日

9月の作業はイチジクから

近郊農家のイチジクが出回るようになった。
なんとなく早いぞ。

9月になるイチジクでジャムを作ろうと思ったが、ワインで煮ることにした。

ワインをミネラルウォーターで割り、シナモンスティックを縦半分に割って砂糖を加えてイチジクを煮る。冷めたら冷蔵庫に移す。

これだけのこと。

e0036151_9455869.jpg


シナモンスティックをスパッと割ろうとしたら砕けてしまった。
白ワインで作ればまったく違ったイメージになる。

冷蔵庫にジャムのストックがない。
生協の中を、何かないかと探したらブルーベリーがあったので1キロ買った。
これをジャムにしよう。

今夜寝る前に砂糖を振りかけておき、明日の朝煮詰める。
ただ、それだけの作業なので、ブルーベリージャムを作るのは手間がかからないが、煮詰めるのに時間がかかる。
ブランディーも入れよう。

1キロのブルーベリーから600グラムくらい、パイレックスの容器に1つ分のジャムが出来る。
[PR]

by coppoumon | 2009-08-28 22:22 | メニュ | Comments(4)
2009年 08月 26日

旧暦7月7日

秋の気配が濃くなって、最高気温28度、最低気温21度。

今日は朝から曇りだった。夕方は通り雨があるかもしれないと予報では出ていた。
こおろぎや鈴虫を聞きながらも今日は七夕である。

へ? 誰もそんなこと言わないよ。

秋草に露が降りて、牽牛と織姫の間にカササギ橋が架かるのを見ているうちに夜が更けてしまった・・

なんか、こんな和歌が、なかっただろうか。近頃とんと、わかんない。

七夕の夕飯は質素だった。

新物の秋刀魚をテフロンのフライパンで焼き、カボスと醤油で作ったポン酢をかけて、大根おろしを添えたもの。

伏見唐辛子と川海老のたいたん。

南禅寺服部の厚揚げ、舞茸、刻み茗荷のおみおつけ。

白ご飯・瀬田蜆の佃煮。新ショウガ。

あとから、生協のアロエ入りヨーグルト。


こんな、秋も迫った七夕の夕飯のメニューとは、どんなものだろう。
秋刀魚の代わりに、芋茎の煮物がメインなのかもしれないなあ。

e0036151_19524268.jpg

写真の和菓子は御名「織姫」 御製は大阪宗右衛門町の某。
この時期こんな姿だと、御名みの虫と言いそうになるので、お店の名は憚った。
[PR]

by coppoumon | 2009-08-26 19:55 | メニュ | Comments(0)
2009年 08月 26日

湖畔の建物

これは、携帯レンズで撮ったものだけれど、この程度には取れるので、ずっと携帯を重宝している。

今年もキャンプに出かけた。年に一度、毎年通って10年以上なじんだこの建物は、最近傷んだ部分の改修が行われた。
が、これまでも絶えずどこか手が入って建物の保存に力を入れている。

夏の学舎ということで、特別な材料も手の込んだ細工もないが、目に付くところすべて簡素で美しいと思う。

今回初めて勝手口に回ってみた。
勝手口を入るとそこは200×120ほどのステップフロアになっていて、更にドアを開けて、網戸を開けないと台所には入れない。
入ると左側にドアがあり開けると畳1枚分より一回り大きな収納庫になっていて、壁にはブリキが貼ってあった。
写真は勝手口を入ったところ。
e0036151_10192330.jpg


外回りのめったに目を留めないいわゆる、裏側の部分を撮ってみた。
小さな出っ張った部分は本来祭壇があったようだ。祭壇の手前を引き出すとチャンセルが現れるようになっていた。
祭壇前の部屋は小さな子供たちの食堂にもなったようで、ハッチがあったり台所と共有する引き出しが並んでいたりする。
そして、湖側にはポーチがつけられていて、ヴォーリズの思いつきはかなり濃い。
e0036151_10195429.jpg

管理棟の西南角の部屋は早くから床が張り替えてあった。窓枠は昨年取り替えられたようだ。
風が通り抜けて、西日が差し込んで、一番痛みやすい部分なのかもしれない。
e0036151_10201851.jpg

建物の裏に当たる部分もさりげなく美しい。

ヴォーリズを紹介する本の中に出てきたことのないこの建物が、いつまでもここにあれば良いなあ、とおもう。
[PR]

by coppoumon | 2009-08-26 10:30 | ヴォーリズ | Comments(4)
2009年 08月 23日

北小松

今年も恒例のキャンプに出かけた。

場所は北小松。1937年に建てられた夏の学舎。ヴォーリズの設計。
そのことは次回に書くとして、この場所は急な山すそが湖に落ちる様や、対岸の近江八幡の山々がちょうど対馬を連想させて好きな場所である。

松林の中でミサが執り行われ、そのあと食事。

帰るまでに、近郊農家の売店に出かけた。

琵琶湖の蜆の佃煮。
川海老の佃煮。
丁稚羊羹。
蓬餅。
鮒寿司あられ。
紅しょうが。
地元の味噌。
直径7センチの新たまねぎ9個いり。

と、ここまで書いて、いさざや、もろこ、鮎を買い忘れたことに気づく。
また、来年の楽しみにすれば良い。
e0036151_7365616.jpg


山側は静かだが、湖側は艇庫があって、水上バイクでにぎわう場所だ。
しかも、「大便するな」と赤字で大きく書かれた看板がいくつもあって、
「ん??」と、思ったものだが、撤去してしまったようで、探してみるが見当たらない。

残念と言うべきか、安堵すべきか。
[PR]

by coppoumon | 2009-08-23 19:59 | Comments(0)
2009年 08月 19日

いつものように八千代市の梨が送られてきた。
9月のはじめと思っていたら、8月の末に届くようになって、今年はさらに1週間早い。

大きな梨で500グラム近くもある。
私は2回に分けて食べるが、母は3回、4回に分けて食べる。

大阪に李朝宮廷料理の店があった。入った事はないが、品の良い店構えで竜宮城はこういう感じだろうか、とおもった。
私の知らない朝鮮の美意識だったのかもしれない。

宮廷風梨の剥き方、というのは知っている。
食後に梨を食べるのは、毒消しの意味がある、と聞いた。

青磁の皿に丁寧に円形に盛られたその梨は、6ミリほどの厚さに、櫛形に揃えられていた。

まねてみると、平生、丸のままを縦に8等分して、種を取って楊枝をさして出てくるのと違って、
歯ざわり、みずみずしさ、あるかなしかの甘味、香りを楽しむのには、こうあるべきだ、と思わせるような食感を楽しめた。

八千代の梨を剥きながら、6ミリ厚さに揃えてつまみながら、ぺティを動かす。
剥くか食べるかにすれば良いものを、それが制止出来ないのは、美味さゆえのことだろうと思う。
りんごではそんな行儀の悪いことはしない。


子供のころ、町の突き当りを更に山の中に入っていった、小さな滝がある、砥石渕という場所でよく遊んだ。流れは穏やかで滝つぼもなく危なげのない場所だった。
そこへ下りる時に梨の木があった。

ヤマナシ言うとばい。
ちいさかろうばってん、実はそれ以上大きくならんと。
食べて食べれんこともなかとばって、がじがじでおいしいことはなかとよ。
梨の原種たいね。

水遊びに付き合ってくれる、高校の生物の先生だったおじさんが、気の毒そうに私に言う。

この時期、あの場所に行って、あの梨の実を採ってきて、ワインで煮てみたい。
ブランディーで漬けてみたい。
時々そういうことを思い出す。
[PR]

by coppoumon | 2009-08-19 21:30 | Comments(0)
2009年 08月 16日

夏風邪

木曜日の夜、母宅を出るときに傘があまり役に立たないほどの雨だった。
駅に着くまでにシャツがぬれて、電車の中は冷房が効いていて、帰り着いてシャワーを浴びた。
土曜日の午後になってノドが痛くなり、鼻水が出始めて風邪だと気づいた。

新型のインフルエンザを疑ったが、それほどの熱もなく、嘔吐もなく、食欲があるので、ひたすら暖かいお茶を飲み、卵せんべいを食べて、取って置きの「かすまき」を解凍した。

かすまきの皮は、カステーラより上等に焼く。
それが、この、今回送っていただいたものは、皮の風味が違っている。と、ひっくり返して小さな字を読んでいたら蜂蜜が加わっていることがわかった。

そういえばニホンミツバチの蜜を使って焼き上げたカステーラというのがあるのだそうだ。
そこまで、いじらなくても充分おいしいのになあ、とおもう。

体温が低いので、ただ、ひたすら体を温めて、37度7分まで熱がでて、6度5分に下がった。
さて、このあと素直に下がってくれるのか。

福岡の知人が、夏風邪で、はじめのどが痛くて、鼻汁がでて、熱が37度8分まででて、そのあと、鼻水と咳です。と、知らせてくれた。

咳か。

今のところ咳の気配はない。

咳は体力を消耗するから苦手だ。


かすまきを食べつくしたら、今度は前山餅饅頭店のかんころもちと、唐灰汁チマキに黄な粉をたくさんかけて食べよう。と、ささやかな闘病を楽しむ。

で、これから、ヨーグルトにピオーネのコンフィチュールをかけてたべてから寝る事にしよう。
[PR]

by coppoumon | 2009-08-16 20:48 | Comments(0)
2009年 08月 15日

被昇天のマリアの日

c’est bon!

こういう題で書き始めようとおもったが、今日はお盆である。
京都の六道参りに行って、お迎えの鐘をつけば良いのかもしれないが、ずっと仏壇のない暮らしで、
馴染みがない。
珍皇寺にいくと、閻魔様が睥睨していて、本堂に地獄曼荼羅が架かって、施餓鬼のためにお坊さんたちが10人以上もならんで筆をもつ姿は、京都だなあ、と感動しそうになる。

地獄の閻魔様は休日のはずだが、ここでは娑婆に出て生身の人間を相手にしておられるお姿が、拝見できる。
お像の前の、サツマイモや素麺やハスの花のお供えがほほえましい。



地獄の釜の開いている間に、閻魔ではなく、友人の神父の動向を拝見しようとカソリックの教区報を探していたら、訃報が出ていて、なんとまあ、友人は、帰天していた。

上智の英文科を出て、日本中が一番よかった時期に商社マンをやめて、関町の神学校へ行き神父に叙階されたが、私には彼の、商社マンだった頃からの娑婆っ気ばかりが匂ったし、もちろん彼も神父として私に接することはなかった。

彼の書いた本で、・・・罪とは、神様に対する「勘違い」なのです・・・と言うくだりがあって、深く伺いたいことがいくつかあったが、もう、間に合わない。

訃報に載せられた彼の写真は、娑婆に出てきて「あ、びっくりした」というような表情をしていた。
帰天というからには、もともと、神父様になるために、天から使わされていた、と言う理解をしたい。

堕天使と言う言葉があるので、彼には、堕悪魔という戒名をつけたいけれど、まじめな神父様方は、死者を鞭打つな、とおたしなめになるだろうか。

いやはや、悪魔は、あくまでジョークなんですよ。

合掌。



今朝は5時におき、乳香を焚いた。
マリアに抱かれたおさなごイエスは錫杖がわりの、小さなハスのつぼみを握ってこちらを凝視している。
[PR]

by coppoumon | 2009-08-15 07:49 | Comments(0)
2009年 08月 14日

どう咲きゃいいのさこの私

3年続けて朝顔を植え続けた。
1年目は何も考えなかった。朝顔は手がかからないので苗を勝ってきて水だけやれば育って24本から5000個ほど咲いたのだった。

2年目は種を蒔いたが、5月に気温が低く発芽しなかったので3度蒔きなおした。そうして2000個ほどしか咲かなかった。

3年目はゴーヤにした。しかし、プランターを3つ朝顔に回して6本苗を買って植えた。それが、巨大輪の花ばかりで、ぎょっとするような大きさだ。

ゴーヤの間から朝顔の芽が2本出ている。
葉の形から、これは私がゼツリンと名づけた、個性のきつい小さめの花が幾つも咲いてくれるヤツだ、とおもい間引かなかった。

で、咲いたのだが、まったく違う色。
e0036151_733283.jpg

朝顔はどんな色で咲いても、夕方には色素の関係で赤くなる、ときいていたが、青いはずの花が朝からいきなり赤く咲くのかと、びっくりした。
e0036151_75979.jpg

びっくりしてから3時間後の朝8時半ごろ見てみると、青になっている。

信号じゃあるまいし。

色が移っていくのを見たかったなあ・・と思う気もするが、それも不気味。

古い流行歌で、「夢は夜ひらく」というのがあった。
これはいろんな歌詞がついているのだと知ったのは最近。

「圭子の夢は夜ひらく」

赤く咲くのはケシの花
白く咲くのはユリの花
どう咲きゃ良いのさ この私
夢は夜ひらく


シーゲル梶原、アナウンサーの梶原茂はこう、歌った。

red in bioom are the poppy
white in bloom are the lily
i don’t know how i can’t bloom?
dreams bloom in the night

ちあきなおみは西沢爽の詩で歌っていた。

髪を染めても ただうつろ
爪を染めても ただうつろ
夜の鏡に 涙ぐむ
夢は夜ひらく

どの歌詞も、一段目と二段目が韻を踏んでいるのが、ミソだなあ、と感心する。
[PR]

by coppoumon | 2009-08-14 07:32 | ああ、びっくり | Comments(0)
2009年 08月 12日

真夏の休み

音楽に関する資料は自分一人がアンテナを張ってもそろえることは難しい。

仕事部屋には50年間貯めつづけたピアノの楽譜があり、手に入れるととにかく弾いてみて、本棚に押し込んできた。

オルガンの楽譜は奏楽に使うものを主にそろえていたが、古くなったものを処分してしまったあとは、音楽学の進歩に勉強がついていかなかったもので、楽譜は少ない。
ピアノから比べると従事する人口がすくないので、楽譜も入手が難しかったり、廃番だったりで、手に入れようのないものもある。

今日、友人が資料をたくさん送ってくれた。

e0036151_20371276.jpg


ハルモニウムとピアノの二重奏によるワーグナーの編曲版。

大型の楽譜で、戦前のものを、友人がヨーロッパに行ったときに手に入れたのだそうだ。

ヨーロッパの楽譜は、大型だった。
1970年代に入った頃からだんだん小さくなったように思う。

日本の楽譜は紙の質がすごく良いが、大きくても菊倍版。

ヨーロッパの楽譜はそれほど紙質が良いとは思えない。

ニューヨークの楽譜は、菊倍版がほとんどだが、ナポレオン法典の印刷で使われたものと同じクリーム色をした紙で、ベートーヴェンのソナタや、バッハの作品が印刷されていた。
それも、今は光沢のない、白い紙。


友人の送ってくれた本の中にコラールの本があった。
カレル大学の総長だったヤン・フスの銅像の写真が載っていて、26年前にカレル橋を渡って総督府に登って行ったことを思い出した。
教皇によって異端者とされて火あぶりになったスフ。
支持したスフ派が歌ったメロディはスメタナの「わが祖国」のなかで聞くことが出来るが、今の賛美歌からは軍隊色をもったのもは外されている。


さて、今日が、美しいプラハから日本に帰り着いた日だった。
私たちが乗ったその一年後、同じ便が惨事を引き起こして、驚愕した。

今日は、そんな日。
[PR]

by coppoumon | 2009-08-12 20:51 | Comments(0)