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2009年 11月 29日

瑠璃光院

瑠璃光院は知らなかった。
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そのはずで、個人の所有邸宅や料亭を経て、寺院になった建物である。
建てた棟梁は中村外二。
欄間にかかった額や、掛け軸に驚きながらこれがお寺かと思ってしまった。
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お座敷や、茶室、釜風呂に目を見張る。庭もすばらしい。
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二階の広間から鈴なりに人が庭を見ている。
その二階の床の間には大きな鉄斎の富士の絵がかかっていた。
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一階のお座敷ではお茶のもてなしがあって、この日は30組限定であった。
お菓子は若菜屋の栗きんとん。30組というのは、お菓子の数のことだね、と同行した生徒さんと話す。
こちらは室町時代の仏画阿弥陀三尊来迎図が床の間にさりげなく掛かっている。
いつもは博物館に預けられているもので、写真撮影禁止とか、何の指示もないが、さすがに携帯カメラでさえ向けることを遠慮した。
おもしろいことにこれだけの名画ぞろいなのにほとんどの人が外の景色にしか興味を示さない。

一階の廊下は畳敷き。お庭もお茶を頂きながら庭や軸を拝見。そのあと、茶室をまわって仏間をとおり、外に出た。

再訪して、ゆっくり建物の造作も見てみたいなあ、とおもう。
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by coppoumon | 2009-11-29 18:26 | 京都 | Comments(2)
2009年 11月 28日

清水坂

東大路から清水道に上ることはめったにない。
裏側の二年坂や産寧坂のほうが道草が出来るし、八坂の搭の横を上れば清水焼の作家の嘉祥さんのところに出ることが出来るからだ。
その、三代目嘉祥さんが亡くなられて、100日以上が過ぎた。72歳であられた。

バッハが、とりわけオルガン曲がお好きで、オーディオにも詳しく、信楽の家に更にオーディオルームの良いのを作りますから・・といっておられたが、完成されたのだろうか。

19歳で二代目の父上をなくされて、否応なく三代目を継いだこと、年端も行かぬ修行の身を、さまざまなかたがたに応援していただいたこと等を穏やかにお話してくださったことが思い出される。

韓国に行きますとね、軒下までたくさん茶碗が積んであるのです。見る目がないので、私に選り分けてほしいというので、これは5000円、これは8000円、これなら10000円と3種類にわけましてね。

そうこうしている内に、戦時中、日本人の奥様から頂いたものだけれど、買ってもらえないかと、持ってこられたのが名碗でして、私は旅行の身で、これだけしか持ち合わせないけれどと、全部はたいて買ったことがありましたよ・・勉強に資すべきものですからね。

・・・・・・お話を伺えたこととその時間は、至福だった。

嘉祥さんの作品は2点、釉裏紅の鯉図の鉢を、指導に招聘された景徳鎮で焼かれて、持ち帰られたものと、古伊万里写しの絵皿を求めたが、鉢は、友人の帰国、コンクール入賞、結婚と、重なったお祝いに差し上げて、見事な嫁が、蟹の殻入れにしたり、スパゲッティが入ったりしているというのを聞いて、驚愕と後悔で、しばらく頭を抱えたことであった。

そのことは嘉祥さんにはどうしても言えなかった。

古伊万里の写しは、絵付けで、独特のにじみを出す技法をやっと再現できた、と、ニコニコと笑っておられた。
やってみると簡単なことでしたが、試行錯誤する間、どれほど手間と時間がかかったかわかりません。それは、窯出しまでの楽しみでもあります。
とおっしゃった。

細部のデリカシー、筆の運びの巧さを、時々出して眺め、5分もしないうちに箱にしまう。出すたびに、何かの発見をする。

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今年からは、あのおおらかな楽しそうな賀状をいただけないのがさびしい。



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この蟹の向こう付けも嘉祥さんだが、時代が下がる。
手の込んだ高台の中に、小指の爪先ほどのところに、嘉祥謹製と筆で書かれているが、書体が違うので、先代か、先々代のものだと、おもう。

嘉祥さんは、父が急になくなったものですから、父や、祖父の作品がどこでどのようになっているのがまったくわからないのが、心残りです。と言っておられた。

早々にお見せするべきだったなあ、と悔やまれる。   合掌
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by coppoumon | 2009-11-28 16:54 | 京都 | Comments(0)
2009年 11月 22日

日曜日の約束

日曜日をさらに楽しく過ごすために。

やはり、それは京都を徘徊すること。

仏の顔も三度。三顧の礼。私は三度閻魔様に足を運んだ。

三度目は、寄り道というか、道草をした。
銭湯の角を曲がった町屋の路地があやしい。

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住まう、というのはこういうものだろうか、というほど路地の長屋は整然としていた。
路地の奥にはなにかお店があるようだ。

日曜日だけのパン屋。

入っていくと普通の家だ。毎日、日替わりで、何かのお店がはいっていたり、ギャラリーとして使われたりしている長屋。

8坪ほどのスペースだった。
ここにパンが並んでいる。
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3種類買って帰った。

ひとつは卵白を泡立てたものにクリームを入れたもの。
もうひとつは、オレンジピールをたくさん刻み込んだ大きなリング状のパン。
丸い大きなトマトパン。

トマトパンはタバスコが忍ばせてあった。

美味い。
日曜日にしか買いに出かけられないので、私こそ日曜日だけの客、なのだが、また出かけてみたいとおもう。
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by coppoumon | 2009-11-22 20:28 | 京都 | Comments(4)
2009年 11月 19日

前山餅饅頭店

長崎から味便りを頂いた。

中華、洋食、海の幸、ジャガイモからにんじんまで美味しいものが揃いすぎている長崎暮しから、京都に来て、乾物や根菜を楽しむ生活へと味覚の転換を余儀なくされると、たまにテーブルに乗る長崎の食べもので、諦めていた感覚が、つかの間の正気にもどる。

筒井茅乃さんがお元気でお住まいだった頃、二人で「青海苔の香りを嗅いでも、雲丹の磯の匂いでも、それが長崎のものだとわかると、血が騒ぎますね」などと、おすそ分けの玄関先で長崎の食べ物自慢をよくした。

筒井さんは、兄などはカステラの箱に手を入れて、ちぎるように食べていましたよ・・などとおっしゃる。
実は、私も、それをやっていました。切って食べるなんて、そんな美味しくない食べ方はできません・・と私がいうので、また大笑いになった。

前山餅饅頭店のものは、添加剤や保存料が使われていないので、お店に行かないと口にすることは難しいと諦めていたが、豆大福が、目の前に現れた。
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筒井さん、御許に召されて、いま上から丁度ご覧になっていたとしたら、さぞ悔しいだろうなあ、と思いつつ、お供えをすることもせず、大急ぎでひとつ口に入れた。
さらっとした漉し餡のみごとさ。

ああ。
美味しい。

漉し餡がいかに、美味しいか。
そうして、手間のかかるものであるか、ということを、京大の理学部だった男が、あるとき化学式を3つ書いて、その変化を説明してくれた。
漉し餡でさまざまな実験をしたのであれば、ノートをもらっておけば良かった。

前山餅饅頭店の大福は、黒大豆のそれだと思い込んでいたが、赤豌豆の大福。

ひとつ食べると、もうひとつと手が出てしまう羽二重の皮と餡のマッチング。手ごろな大きさ。

京都には、たくさん豆大福を作る店があるので、それだけで食べ歩きが出来そうだが、洗練さでは、あの行列ができる某大福を凌ぐ。

そうだ。
これも、あるとき、その、同志社の近くの行列のできる店が夕方、シャッターを下ろし始める頃、チラッと店の中が見えた。8個ほどの思い思いのマグカップにコーヒーが入れられて、従業員のかたたちがコーヒーブレイクをしようとしていて、こちらまで、ほのぼのとした思いになったことを、突然思い出した。

前山餅饅頭店でも店の終わりにコーヒーブレイクをするのだろうか。
いや、ほとんど午前中に売り切れるというから、すぐにお昼ご飯になるかもしれない。
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by coppoumon | 2009-11-19 23:03 | 美味しかった | Comments(4)
2009年 11月 18日

紅葉

八瀬は、まだ紅葉には早かったが、美しいところだ。

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川沿いを少し山に入っていくと、そこは神様が降臨されたという御蔭山で、お社がある。
清冽な、強い印象をもつ場所で、まっすぐに降り注ぐ光が、逆に天に向かって柱のように立ち上っている感じを受ける。
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朝日、影させば、起き出る鳥の・・という歌のように、蔭は、光のことなのだ。


神社に上る前に、参詣されたご家族が鳥居を出てこられた。
この道はどこに続くのですか・・と尋ねると、「三宅八幡の駅です。しかし、すぐに民家ばかりの道になってしまいますよ」と答えが返ってきた。
ははあ、この道を馬で下鴨神社まで祭礼が列をなしたのか・・と、近年、交通事情から車列に変わった行列を思った。

同じことが、イタリアのローマ郊外の平原、カンパーニャ地方の羊飼いたちがローマに入って行き、マリアと幼子イエスの前や、路上で彼らの持つシャルマイを吹き鳴らした。それが、つい、40年前から車の往来で、不可能になった・・・・という有様と、だぶる。
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神社のほうは葵祭りの前夜に行われる神事が、真夜中の秘儀で、誰にも公開されない、ということになっているのだそうだ。

ミサもまた、秘蹟として、つい数十年前まで信徒以外は与ることが出来なかった。公開もされなかった。

唯一の神、最高の格、王の中の王、といわれる神。

御蔭はみ光、神様の祝福。そんなことを考えながら歩く。

そのあと、瑠璃光院を訪問。ここでは瑠璃の光なのか・・と。

瑠璃光院のことは次回に書くとして、駅前でおにぎりや柴漬けを売るおばちゃんの食堂で、お昼を頂いた。

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私は、にしんそばと、ゴマ豆腐。柴漬けを細かく切って混ぜたおにぎり。
おにぎりは、先におなかに飛び込んだために、写真を撮れなかった。
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by coppoumon | 2009-11-18 22:09 | 京都 | Comments(0)
2009年 11月 15日

ピクルス

運気というものは、あるのだろうか。

あるとすれば、10月は、イマイチ。
死語になったのか、初めからそういう事態は存在しないのか天中殺という言葉があった。
三隣亡・・これもどこまで根拠があるのやら。

10月と11月は苦手である。
じわじわと寒くなるから。インフルエンザが流行るから。夕暮れが早いから。

10月と、11月は嬉しい。
午後からダイニングに射してくる日差しが心の中に落ち着きを与えてくれるから。

ということで、外出を控えて、家の中の雑用をこなす。

ピクルスを作った。これは、クリスマスのプレゼント用に紅白にした。

にんじんと、シャンピニオン。中にフェンネル、黒胡椒、ピンクの胡椒、ローリエも入れた。
自分の分を作らなかったので味見が出来ないのがざんねん。

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by coppoumon | 2009-11-15 22:23 | メニュ | Comments(0)
2009年 11月 14日

深まる秋

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カクレミノの実が色づき始めた。
カクレミノは好きな木のひとつで、葉っぱのどれかが、蓑に似た形をしている。
何枚に一枚の割合なんだろうとおもうが、誰も知らない。
実はちょうどブルーベリーのように濃い赤紫になり、その頃には、紅葉もたけなわとなる。

日が短くなってきた。
夕暮れが迫る頃、山の端の朱鷺色と、空の紺青がさらに色を増して、浮世絵のように美しい。
一番星見つけた・・・近頃の子供はそういうことはしなそうだ。


休日は家にいて、雑用をしながらお茶を入れる。
お茶請けは、珍しく母の家の近くのお菓子である。

置く霜、実りの秋、紅葉山。

恐れながら御名がつけられていた。

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by coppoumon | 2009-11-14 22:37 | Comments(0)
2009年 11月 12日

146回 大阪センチュリー交響楽団定期演奏会

隣に座っておられる方は、2ヶ月前に、私が座っていた座席におられた方だ。
と、お互いが顔をあわせて挨拶をし、なんとなく話が始まった。

今回はシュテファン・サンデルリンク指揮で、ベートーヴェンのヴァイオリンコンチェルトを四方恭子さんのソロで聴き、休憩のあとは7番シンフォニー。

ヴァイオリンコンチェルトのソリストになった四方さんは客員コンマスで顔なじみだったが、肩肘張った演奏と程遠い、なんとも聴かせる、上手い演奏だった。
この方、性格もすごく良いとはお聞きしていたが、演奏はすばらしい、としか言いようがない。

第二楽章で、管楽器がそれぞれヴァイオリンに絡んでいくところなど、私は大好きな箇所なのだが、第一楽章から終楽章まで、うっとりと聞き惚れた。アンコールにバッハを弾かれたが、楽団の方の熱心な拍手が、演奏の出来のすばらしさを物語っている。

7番は、35年ほど前、大フィルで、朝比奈さんの指揮で聴いてから、ほかの誰を聴いたのか思い出せない。聴いていないかもしれない。
一番初めの出が、大変難しくて、さて・・と身構えたら、見事に揃って出た。
次々と同じ音型がくりだすが、すべて、見事に揃っていた。

これも初めから終楽章まで目を見張る思いで聴いた。

35年前の音がぶっ飛んでしまった。

ノリノリの、興が乗ったらこんなことまでやってしまうんだ、というような快い演奏だった。

良い日だった。
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by coppoumon | 2009-11-12 23:32 | 聴いた | Comments(0)
2009年 11月 10日

静子先生

レッスンの日が、雨だった、という記憶がほとんどない。
たまには雨が降ったのだろう。
お玄関にタオルが重ねてあって、足元に、お使いください、と書いてあったから。

先生のレッスンは超満員だ、と言っておられたが、たまに私の後の人がお休みになったりしたら、いろんな話をしてくださった。

・・・・・私は、運命論者なのね。何か、こう、と決まっているものがあるように思うのです。

子供のころに、私はグリーンのドレスを来て、ピアニストとしてステージに立っている自分の姿を見たのです。
ああ、自分はピアニストになるのだ、と子供のころから知っていました。

結婚式のとき、学生たちが、ローエングリンを歌ってくれましたが、そのとき、5年だなあ、となんとなく思ったの。
私の霊感は当たるのだけれど、それも、後になって合点がいった、やっぱりそうだったという、そういうものみたいです。
それで、私が結婚式のオルガンを弾くと、なぜか5年で、ご主人が亡くなってしまわれるのね。初めはぐうぜんだろうとおもったのだけど、必ずそうなるので、結婚行進曲は弾かないことにしました。

葬送行進曲も、そういうことがあってね。演奏会でショパンのソナタの2番を弾くと、必ず親戚が死ぬのね。
それも、何度かそういうことがあったので、クロイツアーにレッスンを受けているときにも、この曲だけは絶対弾かないと、いいました。

・・・・・クロイツアーも、レッスンで展覧会の絵の中の「キエフの大門」のところで、「私は、キエフで酷い迫害を受けたのだ」とおっしゃって、絶対弾こうとなさらなかった。ほんとうに、かわいそうでなりませんでした。


あるとき、いつものようにレッスンの前に「よろしくお願いします」とご挨拶をしたら、「私、とても出来の悪いお弟子さんが、ほんとうに上手にチャイコフスキーのピアノコンチェルトを弾いている夢をみました」と可笑しそうにおっしゃった。

2楽章の途中が、すごく、あわせるのが(オケと)難しいでしょう。タラタラッ・タラタラッ・というとこね。あれは理屈ではなくて、音楽性なのです。無い人には、何を言っても合わない。それに三楽章の最後の4ページ、何の意味もないのにユニゾンで、走らないといけないのね・・・
私は、クロイツアーからここはバラライカだ、とか、ロシア民謡だとか習いました。

あのあと、チャイコフスキーをやりましょう、とおっしゃったけれど、

あれって、出来の悪いお弟子さんって、まさか・・私なのでしょうか。

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大きな版画は静子先生のアップライトの上に飾ってあったもので、先生から頂いたものだ。

初めてこの「プラハの城」を拝見したとき、「まっすぐ定規でも当てたのかと思うような線ばかりですね。長いことかかったのか、建築中にゴシックだったのがオスマントルコの影響を受けたりしてるのね」
とおっしゃった。

1984年にこの絵の場所に立ったので、そのときのことは、また、何かの折に書きたい。
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by coppoumon | 2009-11-10 21:27 | 静子先生 | Comments(0)
2009年 11月 08日

ご開帳

京都で好きな場所。
ひとつは八瀬。
ひとつは六波羅。

11月はホンの1週間ほど、非公開寺院が公開されたり、文化財が拝観できたりする。
展示されたものの中に、キリスト教文化の匂いを探訪するのも好きなことのひとつだ。

11月になって再び出かけた六波羅の六道珍皇寺。
八坂通りに面して四脚門があり、建仁寺の搭中だった頃の雰囲気が残っていて、門からまっすぐのアプローチで、簡単な玄関があり、上った部屋の欄間に「黙雷」の落款のある大きな書がかけてあった。
漢詩や、達磨絵の軸がたまに出回るが、壱岐の麦焼酎に黙雷というのがあるので、地元でも有名な方なのだろう。禅僧の一徹さを、焼酎作りの一徹さあやかったのかもしれない。

竹田黙雷は壱岐・香椎村の出身で、7歳で仏門に入り、久留米から京都に来たお坊さんだ。幕末の生まれだから対馬には直接かかわりがあったかどうかはわからないが、両足院のご住職を勤められた。

熊野観心十界図、参詣曼荼羅、八坂神社曼荼羅など、ほかにもお軸が、5本拝見できた。
軸に描かれた曼荼羅の上部には左に白い星、右に赤い星が、描かれ、これで、月と太陽をあらわしている。

庭は、小野篂が、朝は朝廷に仕事に行き、夕方からは冥府の閻魔様のもとで、やってきた人間の弁護をしたり、知恵袋になったりした、という、冥府に行くときに下りた井戸がある。

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井戸の手前にはキリシタン灯篭と、箱舟の形をした手水鉢。
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きょうは、閻魔様も戸板を取り払って、ご開帳。
閻魔様の前の鏡には、生前の行いが全部映し出されて、嘘をついたらどえらいことになりまっせ・・というあの、鏡がおいてある。

何が写っているのかな・・とのぞいてみると、向かいに止めてあった車だった。

ここは時空の扉で、時空の交差点だと、友人が教えてくれた。アルクトゥルスだと。
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by coppoumon | 2009-11-08 21:58 | 京都 | Comments(0)