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2010年 01月 31日

烏賊と大根

冬の京都は根菜がおいしい。
京人参、蕪、大根、ごぼう、レンコン。丸くて大きな聖護院大根、淀大根、聖護院蕪。

烏賊と大根をたくおはなちゃんのために、コップレストランのメニュより。

しかし・・烏賊を買う習慣が無くて、冷凍庫の水烏賊(コウイカ)は座布団くらいの大きいのが3枚カチカチに凍って、足もついているが、すぐには使えない。
烏賊とおもって、トリモモ肉を用意した。

まず、見事な大根を1本使うなら、水1,8リットルくらいに昆布、手の大きさくらいのもの3枚を前の晩からつけておき、そこに鰹節を片手につかめるだけつかんで鍋に入れ、中火に掛ける。
沸騰したらアクを引き弱火で10分煮て、漉す。
目分量に自信が無い日は、出しの量がわかるようなメジャーのついた大きなカップに出汁を入れておく。

大きな大根1本に烏賊は足を2,3杯。

私は、今回大根半分。大根4切れ、もも肉適当。

用意した出汁は0・9リットル

使った出汁は約360ミリリットル、みりんと醤油半々にしたもの30cc強。

大根を一寸の分厚さに切り落としていく。これをそろえるのがけっこう難しい。
皮をくるっと、分厚く剥き、面取り。

烏賊はウデがあれば落とし、一口大に切り分け、ぬめりを取って、さっと、湯通ししておく。

鍋に出汁を入れて、火にかけ、烏賊のげそと大根を入れて初めは強火、沸騰してきたらアクをすくって弱火にして大根に染みこませる。

途中、何度かアクをすくい、あわてないで、じっくりと炊く。水や出汁が充分に大根の組織に入り込み、なんとなく、膨らんでくる。

みりんと醤油を加える、出汁との割合は12対1くらい。
初めは薄い味にして、弱火でことこと炊くうちに大根に調味料がまわり、まろやかになる。

徐々に大根が染まり、透き通った感じになると、竹串を刺してすーっと無抵抗に下まで通ったら煮あがっている。

ここで味を見る。おつゆに足りないものがあれば少しくわえて 最後の味付けをする。
今回は醤油をティースプーンに軽く一杯足した。

さらに煮てべっ甲いろに染まって出来上がり。

溶き辛子をたっぷり添える。粉山椒。京七味を振って食べるのも良い。


初めから醤油をくわえると、塩分が大根の水分を浸透圧で外に引き出そうとしてやせてしまうので、美味しくなくなる。


鳥もも肉も、烏賊も、中途半端に火を入れないで、気長に20分くらい炊くと柔らかくなる。
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写真は粉山椒を振った。

器は京都清水、賀善窯


さて、おはなちゃん、
やってみんさいや。
大根は種類によって何分炊けとは、いいにくいけんど、下煮は15分炊いたら良いけんね。
分厚さを3センチ強に揃えるんがうらめしいんよね。
大根の皮は初め薄く途中は厚めに剥いてまた薄く。
剥き終えた皮が新月のようになったら、優秀じゃけ、やってみんさい。

出汁は余るけんね。ワカメを一杯入れたおみおつけにしんさいや。

私は、ちびちゃんたちと、ちょっと、ティータイム。
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by coppoumon | 2010-01-31 16:48 | メニュ | Comments(14)
2010年 01月 31日

古びてくる輪島のお椀

大阪心斎橋筋と周防町の交差する角が、新宿中村屋だった。
20歳になって初めて、中村屋の2階にあるレストランでチキンカリーをご馳走になった。
カレー粉を買って帰りたまねぎとたっぷりのバター(本当はギー・山羊の油)を使ってカリーにもはまった。
ボルシチもたべた。

その北隣が銀座和光。
20歳では、和光で買い物はちょっと無理。渋すぎるのだ。
その北隣がワルツ堂というレコード屋さんだった。

和光の向かいに丸山という器屋があって、友人で、ギターで弾き語りをする遊び人が、バイトをしていた。
友人が、顔と、歌以外は垢抜けしていたのは、こういうところで働いていたからなのだろうか。

別の友人は心斎橋の北側にあったコロネット商会に勤務していた。
会社に遊びにおいで。。。というので、出入りしているうちにそこではお洒落を習った。

そういうことを思い出したのはアルペンラックスの、アルペン・・という会社、アルプス電気の横にコロネットの友人が住んでいたからである。
もう、40年近く前のことだから書いても差し支えないかなあ。

話は、早くに店を閉じた器の丸山。

常使いに、と輪島塗のお椀を買った。
大きさ、丈夫さ、使い勝手のよさを店の息子だったか、息子の従兄弟だったかが、勧めてくれたのだ。

毎日、手荒く使っていますよと。

母は漆器を嫌がった。面倒だという。
婚礼がある、というと近所のおばちゃん総出で、前々日までに出して、使う前はぬるま湯を張って、使い終わったらまたぬるま湯で洗って、紅絹で磨いて・・・そんな辛気臭いことやってられんわ・・と経験を語り始めるのだ。

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いきなり熱湯などを注ぐので25年使った頃から、雑に使った報いが来た。
5客中いくつかが変色し、漆が剥げ始めたり、酔ったお客がレンジに入れたり。

修理に出すべきか。修理代も相当なので、新しいのを買うほうが良いのか。
漆器屋を何年も、何軒も見たが、同じようなものはない。しかも、家にあるものは悪くないようで、捨てるには惜しい。
考えは、止まったまま。

ぐずぐずしていたら修理工房がなくなってしまうのではないか・・と気を揉んだら、大阪で漆器修理を専門にしています、という人と出合った。

また、これで修理が遅れてしまうのだろうなあ。と自分のぐずな性格を、眺めている。
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by coppoumon | 2010-01-31 11:50 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(0)
2010年 01月 28日

オーディオ

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オーディオが調子が悪くなった。
以前、パワーアンプが片チャンネル音が出なくなって、製造元から来てもらうと、抵抗のひとつが駄目になっていた。左右2つの抵抗を取り替えてくれ、抵抗が一個100円、出張費、技術料がこれこれで・・小一万。
その後もう一度不具合が出来て、調整をした。

今回はコントロールアンプだろうと思うが、しゃべっているうちにタンが喉に絡まって、咳払いをすれば、元に戻る・・これとそっくりの現象が右チャンネルに。
咳払いの変わりに、ヴォリュームを一杯に大きくする。
しばらくすると、また同じことが起こる・・この繰り返しだったこと。
左右のスピーカーからでる音色が微妙に違うこと。

もう、だましだまし、使うことは無理だと判断した。

修理に出す間、何も無いのはさびしいので、やって来たのがアルペン・ラックスマンのアンプ。
2台あったテープデッキは以前取り外したので、今回配線はシンプルだ。

病人のプリアンプをとりだしてスピーカーの上に乗せてみた。
姿、形、たたずまい。名機だなあとおもう。

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by coppoumon | 2010-01-28 22:20 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(6)
2010年 01月 27日

京都巡り

日本酒を郷里に送るように親に言われた。

伏見の酒は「女酒」であり、対して灘の酒は「男酒」といわれる、と、ものの本にあった。
私は日本酒を利き酒できるほどでもないし、薀蓄もないが、初めて出会った伏見の酒は「琥珀光」だった。
芳醇さはあるが、まろやかな酒では決してない。

振袖、日の出盛り、都鶴、黄桜、月の桂、玉の光・・・こういった酒を好んでよく飲んだ・・・とぼんやり考えていたら、七条、とアナウンスがあって、慌てて特急を降りた。
伏見に出かけるはずだったのだ。
まあよい。デパートに行けば良いのだから。

電車を乗り換え、五条で降りて、宮川町から松原通りへでて、「のと正」のいさざ、あゆ、小鮒の佃煮を見る。氷魚はなかった。
ちりめん山椒と、シジミの佃煮を求め、珍皇寺へ急いだ。
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夕日が珍皇寺の境内をかろうじて照らしている。
迎え鐘を引いて閻魔様にご挨拶。
相変らず、目を見開き、口をカッと開いて営業用の形相をしておられるが、なんとなく緩んでいるように見える。
世の中はさかさまだもんなあ・・顔ばかり笑って、作り声で外側ばっかり繕う人の多いこと・・と閻魔様の声が聞こえてきそうだ。
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本堂になっている薬師堂に夕日が差していたが淡い朱鷺色が消え始めた。
江戸時代そのままに南面する障子にはガラス戸を入れていないが。分厚い和紙が張られている。

名が示すように薬湯の振る舞いなどもあったであろうこのお堂の前は開放的で拒絶されるものが何もないことに改めて気づく。

東大路からバスに乗り、四条高島屋の近くまで来ると、闇がせまる気配がしていた。

冬至からおもうと、80分ほど日暮れが遅くなった立春前の、京都。
四条大橋から南側の団栗橋をみる。
あの橋を東に渡ると建仁寺。
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by coppoumon | 2010-01-27 23:36 | 京都 | Comments(4)
2010年 01月 24日

久しぶりに、こんな看板を

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私は、高槻の住人ではないが、関西へ来て、何かとかかわりのある街で、40年前からの街のたたずまいや、商店街の盛衰、商店の入れ替わり、松坂屋、西武と、いろんな思い出や、妄想の「タネ」を持っている。

しかし・・「まいど・おいど」とは。

こんな店は知らなかったなあ。

ずっと以前、食べ物屋を始めたいという知人に、それじゃ、店の名を「たべて屋」にして、その横で「飲んで屋」という居酒屋をやれば良い、と話したことがあった。
そこで、小銭を掴んだら、そのとなりに「また来て屋」というワンショットバーでも作ったらよい・・そんな話だった。


大阪ミナミに一階がバーで、二階がレストラン、という店がある。
飲んでレストランの空席待ちをすればよい。最近、両方、満杯なのだそうだ。

「まいど・おいど」だが、今日は休みだった。残念。
開いていたら入ったか? それも微妙だなあ。

おいど・・宮中の言葉だ。

丁寧に、「お」「み」をつけて、「おみおいど」。「御御おいど」なのだろうか。

同じく、おみおつけを・・・「御御御つけ」だとおもっていたら、これは違った。

おみ、つまりお味噌のおつけ。おつけとは、汁のことなのだそうだ。

みそしるのこと。「お」をつけると「おみそしる」。

おいどは、ケツのこと。「お」をつけても「おけつ」。

お味噌の「おつけ」と「おけつ」は、同格なのか・・・と、妄想中。
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by coppoumon | 2010-01-24 22:46 | ああ、びっくり | Comments(0)
2010年 01月 23日

故障中

毎日通電してやれば良いのだが、音が出せる時間は自分の練習が優先してしまうのでオーディオを聞いて楽しむようなことはめったに無い。
聴くとなれば必要に迫られて聴く音楽がほとんどなのだ。

偶然にも私と同じアンプを使ってた友人も早くに駄目にしてしまったという。
原因は使わなかったから。
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今回はどうもトーンコントロールアンプに原因がありそうだ。
購入以来初めてのトラブル。
しかし・・関西のお客様は東京の本社で承ります、といわれてもなあと、思案中。

ガリガリ言うのはヴォリュームだろうと思っていたが、そうではないのかもしれない。
大音量もでるのでパワーアンプではないのだろう。

私にはその程度しかわからない。代わりのアンプを急遽手に入れることにして、修理に出そう。

少し詳しい友人は、「いま手入れしておけば、あなたの寿命より長いですよ」

・・はいはいそうですか。

「もし、処分するのであれば、ください」

・・手許におきます。いつまでも。
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by coppoumon | 2010-01-23 22:11 | Comments(0)
2010年 01月 20日

休日

勉強ばかりしていた、5歳上の古い知り合いから、「退職しました、近況お知らせください・・」と葉書が来たのには参ってしまった。
おっちゃん、ですます、は止めて~~や。
それではおっちゃんの性格の悪さがわからへんやん・・と、口答えしたくなる、一抹の寂しさをおもった。
嫌なやつだったのに。

彼が教養部のある六本松にいた頃、研究室に電話をした。

「しぇんしぇえ。
しぇんしぇえの授業は出たこつのなかとですが、単位のほしかっです。
どげんか、ならんっでしょか」

晴天の霹靂だったのか、彼は絶句していた。
ややあって、困惑した声で「とにかく、部屋に来なさい・・・」

セクハラとアカハラだけはしない、そして、学生に面倒見の良い先生に化けていたのだ。

「へっへっへっ。引っかかったか。ご飯食べにいこうよ」と私が福岡に来ていることを伝え、街へでて、安い食事を終えると「あのさ、お前のほうが稼ぎ良いんだろ。じゃ、お前が払えよ」と、切り替えされた。
しゃあない、10代の頃、高級な握り鮨振舞われたから、否!と言えないではないか。

そんなことを思い出した。
天神で卓袱(しっぽく)を食べさせる店が閉じてしまい、おっちゃんを連れて行ってやることができなかった。

卓袱は手間がかかるので、採算が合わないというのだ。博多の卓袱は長崎のものとは少し違うといわれていたが私には区別がつかない。
初めに鯨のいろいろな部位を出してくれたのが強烈に残っている。
最後は紅白の白玉のはいった汁粉だった。


長崎の友人が東玻肉をはさんだパオズを送ってくれた。

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トーロンポー・東玻肉は、蘇軾が考案したためにその名がついたと、言われている。

私が知る調理方法は、初めにおからと水で4時間ほど下煮して取り出し、ショウガと酒、みりん、醤油で1時間炊き、冷めたら30分ほど、さらに炊いて、一晩置く。

パオズに東玻肉を挟むのはだれが考え出したのだろう。京都の京極食堂ではこの三枚肉をどんぶりにしたものがメニュに載っていた。

私はチンゲンツアイの湯がいたものと一緒に食べるのが好きだ。

何の束縛も無い休日だった今日のお昼、このパオズを楽しんだ。
溶き芥子や、酢に少しだけ溶き芥子を落としたものをつけて。

「福」の字の焼印が押してある。

福を食べることは、まさしく「福」 

チンゲンツアイがないので、林檎でサラダを作った。

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by coppoumon | 2010-01-20 15:26 | 美味しかった | Comments(4)
2010年 01月 18日

北山でシャツを

コンサートの帰り、5時を回った頃から、宵闇がせまる。
月が出ていないことを思えば、旧暦の12月に入ったのかもしれない。
6時でこうまで暗いと、新年を待ち望んだ気持ちが旧暦に沿って、わかるような気がする。

突然旧暦などを思い出すのも、京都に住んでわかることがあるから、なのかもしれない。

闇の中には美しい店が並んで、華美ではない電飾も好ましいし、光と闇のバランスも冬であることをますます強調している。

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パン屋は店の名を Briant. 手芸店は la droguerie.

はて? droguerie は薬屋さんのこと。

droguet であれば、綾織のこと。
drogue は、ドラッグなのだが、よいよいの素ではなくて、化学染料とか粗悪品を指す。
くだらない人間のこともそう言う。

手芸店が「薬屋」という屋号でも良いではないか。

伏見には油長という酒屋がある。
京都なのだ、と解釈しておこう。

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石畳を歩く、パン屋の、その名もビストロブランジェリー・ブリアンの、横の横の、その横に、烏賊の皮がかぶさったホテルがあって、また暗闇があって、となりに、その粋なシャツ屋はあった。
片仮名でシャツと書かれた看板が、日本人向けの免税店なのだろうかと、危うく勘違いしそうになるところだった。

私はシャツを好きだ。
とりあえず着もしないのに、衝動買いをしてしまうくらい好きで、この手の店には凱旋将軍さながらに飛び込むのだが、ぐっと心が痛んだ。

20代の頃からシャツは心斎橋のトイシンで選んでいた。
そのうち、神戸に行って、スキャッティ・オークを贔屓にした。
トア・ロードのその店は、震災後、がんばって再開したが、どうにも続かず、従業員たちも散らばっていった。

京都にスキャッティ・オークを扱う店を一箇所知っているが、神戸で散々選んだあの時代はもうこないのだ、という想いで、淡々とブレーキをかける。

シャツを作ります、5割増しで、パジャマもできます・・・こういうシャツ屋さんを見かけなくなった。
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by coppoumon | 2010-01-18 23:56 | 京都 | Comments(0)
2010年 01月 17日

大阪センチュリー交響楽団・京都特別演奏会

気温が低すぎて、外出を控えたくなる日曜日。
去年の公演の日も寒かった。友人に誘われて演奏後に葱焼きを食べに行ったが、今年は友人が所用で先に帰ったので、私は、久々に北山大橋近くの喫茶店を訪ねた。

コンサートは、ブラームスのピアノコンチェルト第一番、ソリストは、小菅優。
ベートーヴェンのシンフォニー第3番「英雄」
アンコールにモーツアルトのメヌエットが演奏された。

さて、ブラームスは小菅優さん、本人初演だったそうだが、女の人でもあの曲をこなすのかなあ・・と驚き。
指揮者の小泉 和裕さんのほうが、たどたどしかった。

最初にフォルティッシモでオケが鳴り始めたとき、いつものシンフォニーホールのようには響かないことや、もっと、カサカサな音に聞こえることに面食らったが、ここのホールは、一箇所よく響く場所がある・・と大フィルの友人が言っていた場所が、前から14、15列目にありそうだ、と発見。
私が座ったのは2階L48番ちょうどホールの真ん中。思ったよりわるくない。

英雄は、一楽章の展開部に入ったところから自分が感動していることに気づく。
三楽章のピチカートもきれいに揃っていて見事。ホルンも見事。終楽章も見事。

小泉さんの持つデリカシーな部分が今回、理解できた。

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ホールを出たときはすこしずつ暗くなり始めていて、比叡山がわずかに形を残していた。
今日1月17日は、15年前阪神大震災があった日。

その時、このホールは出来上がったばかりで、中でパイプオルガンの組み立ての最中だった。
地震の朝、飛んできたオルガンビルダーのkさんが、オルガンの無事な姿に泣かんばかりに、喜んでいたという。

震災の後のある日、私は北山通りを西に歩いたいかにも喫茶店らしい喫茶店で、コーヒーを飲んでいた。
ドアは二重。床はチーク材、カウンターも20センチほどの分厚さのチークの一枚もの。建築金具は真鍮。

椅子は布張り。古材を使った柱に、漆喰の壁。

ロイヤルコペンハーゲンのカップ類。バカラの花瓶。

デュアルのレコードプレーヤー、ラックスのアンプ、スピーカーはJBL。

今日、久々にその店を訪ねた。10数年前のままのたたずまい。バカラには赤いバラ。
髭を蓄えた私より若いマスターも健在。

コーヒーの値段も全く上っていないような気がする。
他所の倍はするのだが知る限り京都では最も味が良い。

時間の流れは近頃なんだか加速中。
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by coppoumon | 2010-01-17 22:49 | 京都 | Comments(0)
2010年 01月 16日

番茶

漢方の見方では、緑茶は体を冷やすため、焙じ茶は体を温めるためにある、という。

そうだったのか。言われてみれば冬に玉露はほしくない。
雁が音も最近ご無沙汰で、熱湯でほうじ茶、ほうじ番茶をいれる。
焙じ番茶も、店によりそれぞれで、煮出せと書いてあるものもあるし、煮出すなと書いたものもあるので、
煮出さない葉茶屋のものを探す。

柳桜園、井六園、一保堂と、それぞれに味が違うが、私は順番に楽しむことにしている。そうしているうちに冬が終わるのだ。
余談だが茶粥には井六園のものが一番向いているように思う。

先日、白川を歩いたので、祇園饅頭の工場の横を通りかかり、出来立てを買って帰った。

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御名があったっけ。確か、祇園団子といった。

上新粉で蒸したお菓子だが、新粉というのは、真粉。つまり、米の粉のことだ。

白いのは白砂糖。黒っぽいのは、黒砂糖ではなくて、肉桂が半端なく入っている。


六郷渡れば川崎の 萬年屋
鶴と亀との、米饅頭

こういう歌があるが、米饅頭というのは、何だろう、と子供のころ淡く期待したものだった。
新粉細工の犬や狐があったので、同じように鶴や亀があったのだろうか。

江戸期の「御前菓子秘伝抄」の現代版を探したが米饅頭は見当たらなかった。

本の中に鯨餅、というのがあった。上新粉で竿物をつくり、漉し餡と上新粉で皮をつくって、皮鯨に仕上げてある。
京都で、皮鯨羊羹は見たことがある。
生麩で皮鯨に仕立てたものも錦に行けば手に入るが、鯨餅は、実際には知らない。

餅菓子と番茶。
私はこの取り合わせを好きだ。


器は、根来塗り椿皿
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by coppoumon | 2010-01-16 22:22 | 美味しかった | Comments(2)