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2011年 02月 27日

パソコンが

コップランド穴ざ~わーるどに遊びに来られる皆様。

パソコンが、修理に出ますので、しばらく更新が出来ません。

簡単な修理だそうですが、パソコンが返ってきましたら、どうぞこれまでのように
お付き合いください。
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by coppoumon | 2011-02-27 09:56 | Comments(4)
2011年 02月 24日

水曜日のメニュ

水曜日のメニュが、私の都合で、今週は金曜日のお昼。

この時期に鰤を懐かしい、と思う。
先週は若狭の天然物のツバスがあったので、2枚に下ろした、骨の無いほうを買い求め柚庵にして、母と楽しんだ。
3枚に下ろしてアラを大根と焚いたのも、こちらでは普段に食べれない。
食べれないといえば、鰤の内臓を酒と醤油で煮たのも大好きだが、望むべくも無い。

牛スジを柔らかく煮て、鰤の代用にして、大根と焚くことにした。

大根を輪切りで4切れ。
皮をむいて、面取りをして、昆布を敷いたナベに2カップの水を入れて暫く煮る。
牛スジの掃除をして加え、醤油、40ミリリットル、みりん40ミリリットルを目分量で入れる。

30分くらい弱火で煮て、串を差してスッとはいったら、ほぼ出来上がり。
良いにおいが部屋の中に満ちて、どんなに美味しいだろう、とおもうが、まだ、味は薄めなので、少し醤油を加える。

牛スジでなくても、烏賊のげそでもよい。


さてと、

メニュは、

林檎とセロリのサラダ・・を出し忘れた。

人参のポタージュ。

チキンカツ。 付け合せは芽キャベツを蒸し煮にしてバターでころがしたもの、三度豆のソテをたっぷり。

牛スジ大根。

雑穀ご飯、壬生菜のひね漬。



おやつに、鳴門金時の細いものを輪切りにして面取りして砂糖を少し加えて煮て取り出し、
煮汁をカラメル状になるまで煮詰めたものと、再び混ぜた。
これは、何と言うのだろう。

大学芋のようで、もっと上等のおやつになる。






チキンカツのソースはトマトピュレとレモングラスで作るが、こがしバタをじゃっとかけて食べてみたいのを我慢している。

カツは、コートレット、フライパンに浅くオリヴオイルをいれて、焼く。

友人が甘夏を送る、と言ってきた。
サラダに甘夏を加えてもよいし、甘夏でドレッシングをつくってもよい、とおもうが、昼ごはんだからで来るだけ簡単に済ませたい。
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by coppoumon | 2011-02-24 22:36 | 常の日の惣菜 | Comments(0)
2011年 02月 23日

歩けば棒に当たる

建仁寺界隈を歩く。
いつもこのあたりばかりを歩いている。

歩きなれていること。
車がめったに通らないこと、静かなこと。
昔から風景がほとんど変わらないこと。

東大路で和菓子を買い松原通の坂をくだって、建仁寺のほうに曲がると薬師堂だった六道珍皇寺がまでの間大きな空き地がある。

資源ごみというのか、廃品回収ゴミがだしてあり、そのゴミの知的さに驚いた。

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ああ、びっくり。
もしも出しにきた人と出くわしていたら、買った饅頭とこのゴミを交換してもらったかもしれない。
凄いもの捨てるんだなあ、さすが京都だ・・と感心した。

建仁寺は朝鮮通信史たちの、何かしらの面影が残っている場所。
正伝永源院で、旧永源庵の扁額を拝見。両足院同様に、朝鮮通信史によって書かれた文字という。

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by coppoumon | 2011-02-23 14:31 | 京都 | Comments(4)
2011年 02月 20日

年々歳々

杵屋。

長唄でも聞こえてきそうだが、お三味線のお師匠さんの御宅ではない。
東若菜町の和菓子屋さんだ。

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去年の冬から何度か通ったがいつも休みになっていて、店を閉じられたことを知った。
シャッターのまえにはためく紺色の暖簾が、未だに出来上がったお饅頭のぬくもりを伝えているようで切ないが、この先は記憶の中の味覚でしかない。

2月16日。
ある神父が天に帰られた日に近いこの日に、北白川カトリック教会のお御堂に入れていただき暫く瞑想した。
出掛けに、マリア祝詞が新しくなったことを知らせる印刷物が張り出してあり、禁教の時代から伝わった祈りの言葉が刷新されたことを知った。

若菜町の近くにあった四国の出身者たちのための学生寮も廃寮が決まって1年。建物はまだ残ってはいるが、人影の無い建物は悲しげ。


御蔭道りを東大路に出てバスに乗り清水道で下車。

松原通りを下がって「のと正」で「いさざ」と「えび豆」を求めた。

珍しく、隣の松壽軒に上菓子があった。

予約しておかないと無いはずの上菓子を求めて帰り、お茶を楽しみながら今日一日に見聞きしたことを、回想する。

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茶碗は立鶴筒茶碗、菓子の御製は松壽軒、御名は「下萌」

土が割れて、スギナでも顔を出すかのような風情だが、口に含むと白餡を包む皮はほろほろと、溶けてなんとも上品。
白餡にする豆を見せてくださった。稀少なものなのだそうだ。
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by coppoumon | 2011-02-20 21:58 | Comments(2)
2011年 02月 18日

冬山

京都は市内が晴れていても山に入ると天候が変わるので、いつもは気が進まないのだが、
冬将軍が席を外したような日があって、八瀬を歩きに出かけた。

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叡山電車は日差しが入ってぽかぽか。
先頭の右側座席に老婦人が座って、どこか不自由なのだろうか、不器用そうに何かをとり出そうとするがなかなか思うように行かないのが見て取れる。
10分ほど経過して、小銭を落としたのを周りの人がそれを拾い集めて差し上げている。切符まで落としている。
で、下車するのかと思ったらそうではなくて、結局終点の八瀬まで座っていた。

駅を降りるとぽかぽか陽気。
雪など降り積もったのだろうか・・とおもえるほどの日差しを、橋を渡りかけると、私を追い抜いていく人がある。

先ほどの婦人だ。
あ?
私よりよほど足早にしっかりと歩いているではないか。

かなりの早さだ。
私も彼女のスピードを追った。
追い抜きざまに横目で顔をみたら、やはりあの不器用そうなどこかひ弱そうに座っていた婦人だ。
なんじゃ、
あれは、見掛け倒しか。

小銭ばら撒いて皆に拾わせて、座席から離れようとしなかったのは、彼女の密かなお楽しみだったのだろうか。

やがて、もと呉服店で、そののち鉄道の寮になって、いまは空き家になった屋敷の手前を山に入っていった。
老婦人と思しきは、山中で、パッと、尻尾が生えたりするのかなあ・・と可笑しい。

そのあと誰にも会わなかった。
山道は御蔭神社へ続く。

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神社の屋根には雪が残っていたが、相変らず光がまっすぐに降り注いでまばゆいくらいだ。
イエスが山に登ったとき御顔が真っ白に輝いて、神の声がした・・という、ご変容の日も、だいたい今の季節だが、その出来事を彷彿とさせるほど「光」だ。

到着は14時丁度。

今回も来た道を引き返したが、次回は古くから存在する三宅の旧村のなかを通って蓮華寺のほうへ行ってみようと、そんなことを考えた。
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by coppoumon | 2011-02-18 21:45 | Comments(0)
2011年 02月 16日

誕生日

25年前、コンピュターといわれている箱に100円入れると、「あなたの人生のバイオリズム」をお知らせします、といったものが暫く淀屋橋のビルのデパートが入ったコーナーに置かれていた。

それによると、どうも、48歳頃から危うく、だんだん右肩下がりとなり、降り切って今度は上がり始め72歳頃また頂点となる。そのあともあるが、今は書かないでおく。

記憶では曲線は今年の誕生日が人生のなべ底だった。

信じるほどのことも無い、とはおもったが、過ぎてきた人生がその波長どうりだったので、これは、何か根拠があるに違いない、と、なべ底でも困らないように周到に用意をした。

そのつもりだったが、昨年は、妹、私、母と順に入院をすることになり、母が、年末に「今年は皆、入院したなあ。あんたが一番軽くて良かった」というに及んで、100円で見たバイオリズムを思いださざるを得なかった。

その誕生日は、天気予報では、朝方晴れていてもお昼頃大荒れ、吹雪、突風、雷に注意・・・・こういうことをラジオで言っている。
部屋の中は明るく、家の中にいる限りどんな天候であっても何の心配も無い。

オルガンの音出しに出かける予定はあったが、まあいい、明日早朝タクシーで行って音だしと確認をしよう、と部屋でピアノをさらい、夕方からオルガンをさらった。

ひと時弱い雨が降り、ただそれだけのことで、荒れ模様という予報は見事に外れた。

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ピアノの練習を終えて一息つき、甘いものを食べて、暫くぼんやりとして頭の中から音を追い出す。

どこからも電話さえ、かかってこなかった、静かな誕生日だった。


茶碗は對州絵御本茶碗、お菓子は十三永楽堂寿浩御製「早蕨」
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by coppoumon | 2011-02-16 21:11 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(0)
2011年 02月 16日

商店街

知り合いが時計の修理先を探していると言うので、私が時計の修理をしてもらっているところがあるから、と預かることにして、行ってみると休日。
時計は機械時計ときいていたが、見る限りクオーツで、電池交換だけで済むのではないか、と思った。

商店街は、古くから三店舗、時計を扱う店があるので、もう一つの店に入って尋ねると、電池を交換、パッキンも交換。

その、聖子ちゃんの名前によく似た時計について、ていねいな説明をしてくれた。

これは、高価な時計で、側は18金です。薄くてお洒落な時計ですから、夏はご使用をされないことですね。
支払いは1500円だった。


私の死蔵している時計について尋ねてみた。


電池交換をお願いしたら、湿気が入り、針の夜光塗料が変色していますので、こうなるとスイスのメーカーに送る必要があります。予算をこれこれ・・・・と言われました。
素人考えでは電池を換えれば動くと思うのですが、そういうものなのですか。

・・・針の色が気になるというのなら、針を交換しなくてはなりません。夜光塗料には微量の放射能が含まれていたものですから、こちらであけることができないのです。
メーカーに送るとは、そういう事情です。
電池交換なら簡単です。しかし、完全防水ではなくなるので、それを了承してくださるなら電池交換で済む話です。

ああ、そうなんですか。

勧められたイスに座って聞く話は、ちょうど医者と話をしているようで居心地が良い。


子供のころ、やはり聖子ちゃん腕時計に防水シリーズが出た頃、一度開けると防水では無くなる、という話を大人たちがしていた。閉める技術が無いから・・と。

防水時計・・・同級生の家が銭湯だったのでよく通った。
時々時計をしたままお湯につかる人がいて、防水とはいえ、風呂の湯につけることはないだろう、と子供心に思ったものだが、スイスメイドで普段普通に使っていて湿気のはいる完全防水時計、というのは笑い話でしかないのではないか。

時計に興味を持ったのはいつだろう。

中学生の時、社会の先生の雑談で、
「本を読んでいましたら、時計を7本持っていて毎日取り替えてたのしむ、というくだりがありました。
うらやましい話です。
時計は無理なので、せめて靴を七足そろえて、毎日取り替えることができたらなあ。
それも難しいので、せめて、西陣織のネクタイを七本そろえたいなあ、と思い、今日は西陣織のネクタイをしています」

私は、その先生のうらやましがった頃に流通していた時計を想像してみるのがいまでも好きである。


帰省したとき、私の時計をみて、ばば様が、じじにその時計を見せてごらんと言った。

じじ様は若い頃時計のコレクターだったのよ。

えっ?しらんかった。そん時計は、どうしたと??

コレクションに飽きてしまい、部下達に全部あげたから、何にも無いよ。

いったい、何本持っていたのか、聞いておけばよかった・・いや、聞いたのだ。
なんだかばかばかしくなって、私は物を持たないでおこう・・とだんだん、そう考えるようになった。
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by coppoumon | 2011-02-16 11:00 | Comments(0)
2011年 02月 15日

今年初めてのママレード

2月14日のヴァレンタインデーは午後から雪が降り始めた。

子供達と、雪に因む歌を、わんさと降りてくる雪を見ながら歌った。



白い白い雪が 町を塗り替えるよ

冬の精はおどる ふゆのペンキ屋さん

木枯らしにのり やってくる

白い白い雪で 子供達は遊ぶ

冬の精はうたう 冬のペンキ屋さん


水分を含んだ少し重い雪が降り続けてるなか、まっすぐな大通りを、1,2キロほど歩いた。
右手に傘を持って、時々左手で傘の内側から布を叩くとバサッと雪が落ちる。

歩きながらこんなことして遊ぶのは初めてだなあ、と思った。
雪が降るところで育っていないので雪は珍しい。

歩く途中で文旦を買った。
雪と文旦は頭の中の取り合わせには無い。


夜、一仕事終えてからママレードを作ることにした。
外は静か。

柑橘、2,4キロ、上白糖1キロ。

8時30分から始めて、瓶詰めが終わったのは12時半。

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出来は上々。
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by coppoumon | 2011-02-15 09:16 | ジャム | Comments(0)
2011年 02月 15日

水曜日のメニュの日曜日

今週は日曜日に水曜日のメニュで食事を作った。

私はマカロニが好きで、小さい子供達に、マカロニの穴が開いてるのは、スパゲッティを作ったからですよ。と教えている。みんな納得してくれるが、年長になると、疑わしそうに私を見る。

今回は、穴の開いていないマカロニ。

オレッキエッテ・ORECCHETTEという、くぼみのあるマカロニを15分ゆがき、スライスした舞茸、マッシュルームをバタでいためたものとあわせる。

ゆがいたばかりの熱々を、パルメザンチーズを下ろしてたっぷりかけてたべる。

そこで、健啖君からクレームがついた。

チーズが臭い・・・・

臭いとは・・・ナッツのような香りさえして、めっちゃ美味しいのだ。イタリアのチーズのどこが悪いねん。よりによって臭いとは。

今回、彼は、そこで食欲が減退したようだ。

そのあと、京人参と、肉厚のシイタケと、母が作ったハンバーグを一緒にトマトソースにドミグラスを少し加えてでローズマリーもつまんで入れて煮込んだ煮込みハンバーグ。

そのあと、すぐにご飯とワカメのお味噌汁、白菜と赤かぶらのお漬物で、食事を終えた。


そうだったのか、臭いチーズはあかんのや。

ほな、ゴルゴンゾーラのサンドイッチとか、ブルーチーズとポテトのサラダとか、どんなリアクションがあるか試してみよう。
ただ、心配なのは、チーズにハマって、毎回要請されることだ。やはり止めておくほうが賢明か。
美味しいものは一人で食べろというのは、なんとなく判る気がする。




今回は、

マカロニ、舞茸、シャンピニオンのバターソテと、臭いパルメザンチーズ。

京人参、シイタケ、ハンバーグの煮込み。

レタス、大根、ピメント、玉ねぎ、貝割れのサラダ。

白ご飯、ワカメの味噌汁、白菜と赤かぶらの漬物。
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by coppoumon | 2011-02-15 00:46 | 常の日の惣菜 | Comments(0)
2011年 02月 12日

松のある風景

寝室から外を見ると宅地がひな壇になって一番上が空き地だった。そこに学校が建ち、松が200メートルにわたって植えられた。
私の部屋からは成長した松のスクリーンが出現するはずだった。
だった、というより、立派に成長して見事にスクリーンを作ってくれる頃、毎年数本ずつ松くい虫にやられて半分以上が消えた。

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そろそろ松の高さが3階建てのコンクリートの箱のような校舎を視界から消してくれるはずだった。
残った松が、ところどころ抜けながら、今のところ元気に育っている。40年生くらいなのだろう、とおもう。
若い松ならこうやって数えると何年生か判るよ、と父が言っていたが、10年生くらいの苗を植えて、それから30年経ったので40年生だろうと、思うわけで、父の数え方をしたわけではない。

松は、今がいちばん見ごろなのか、松の友、松琴、松濤、老松、松重、松風、瑞松、と、みなこの時期の季節の言葉である。

昨日は珍しく積雪があった。
雪でなければ、八瀬の松林を冬山の散策にでる約束をしていた。

八瀬の松は赤松なので、逞しく老いる、老松と言うイメージというより、能舞台の松を連想する。

松を見に行けなかったので、家の中で松を楽しんだ。

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ピアノの練習のあとで、気分転換のお茶。 

お茶碗には「松を看に行くことを奨める」とかいてある。
夕日がリビングを真っ赤に照らし始めたので、携帯で撮影しようと手に取ると呼び出し音が鳴った。
話をするうちに、太陽はどんどん遠ざかり、40秒ほどですっかり消えた。

今日も4時間ほどピアノの前に座っていた。

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罪びとの涙もしるく、薄冥の雲間に凍り、日輪は遠ざかり行く・・・・・・・原口統三

今日は寒松がぴったりの一日。



和菓子は、十三、永楽堂壽浩製「福寿草」
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by coppoumon | 2011-02-12 09:43 | Comments(0)