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2012年 09月 30日

蹉跌日 その2  もう一人の伊織君

私と同じ誕生日の知人の、父上の訃報だった。

私は20年前に父が鬼籍入りして、その数年前に知人は母上を送られていた。
今年は私の母が先に亡くなり、知人は父が召された。

親は、私のためにもう、十分、というところまで生きていてくれた。
知人の父上も大往生だったという。

毎年恒例の御名「芋名月」を求めるために立ち寄った笹谷伊織で、知人の父上が鍵善の「園の賑わい」という干菓子をお好みであることをふと思った。
それだけのことなのだが、その時はもう、天に召されつつあられたようだった。

通夜は、満月の夜。
あいにくの台風だからどうなるのだろう・・と気をもんだが、夕方から天気が回復して、月明かりが薄雲を通して見られるほどになり、ついには月が姿を現し始めた。

私は月見団子をお供えしてしばらく黙祷していたが、あれ? と月見団子のお皿を回転させてみた。

お父上からすれば、玄孫にあたる男の子が生まれたとき、「伊織」と命名され、知人と笹谷伊織が頭に浮かびましたよ、いや、私もそうなんです。とやりとりをした。

伊織君を画像でしか拝見していないが月見団子が伊織君そっくりなのである。

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四世代の長として、医師として、趣味人として、この世の勤めを果たされたお姿に敬意を表し、故人の魂の平安をお祈りした。
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by coppoumon | 2012-09-30 23:51 | Comments(2)
2012年 09月 30日

蹉跌日 きょうは土曜日。

土曜日の午前中、所用で茨木に行った。

途中でsandwichを買っていく約束だったのに、違うルートのバスに乗ってしまい、いつもとは違うパン屋でsandwichを買った。なんということだ。

しかし、パンが美味しいだけあって、上等。

・・・ところがクリームチーズとチキンのベーグルに、かすかなニンニクが入っていたのに反応。胃が変。こんなことでも、アクシデント。

15時前には茨木駅から高槻へ戻り笹谷伊織の芋名月を買うことは忘れない。店には芋名月は1個だけ。

ん?・・・あの。芋名月欲しいのですが、横向いてますよ。

あら??? これ、ひとつだけなんです。これはころんと、横をむいてしまって変形していますし、売り物にはなりません。

・・・・そこを、なんとか。それで、構いませんから是非・・と、アクシデントついでに月見団子を買った。

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今度は高槻からバスに乗り枚方へ。

私は京阪バスが好きである。 赤と白のボディは、赤血球と白血球のようで、街中を巡回している様が、生き活きとしていて、良い。

ウイーンのバスも赤と白だった。ウイーンのバスは赤いスカートに白いブラウスといった感じで、京阪バスいじょうに、鮮やか。

さて、枚方で、電車を待っていると、

・・・・・葛葉行き準急は車両故障のため当駅で運転を打ち切ります。あしからずご了承ください。
アクシデント4つ目。

電車は遅れが出ているようで、乗るはずの電車は打ち切りとなり、次の各駅停車に乗って、降りた。

降りたら、踏切があかずの踏切になり、10分ちかく待たされた。
上りの特急が行き、急行が行き、下りの急行が来て、下りの各停が来て、上がりの各停が来て、やっと踏切が上がった。

すでに5つ目か。

帰宅は17時。今日はどないなってんねん・・・

パソコンを開けたら、訃報が入っていた。 今日は、そういう日だったようである。
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by coppoumon | 2012-09-30 23:23 | Comments(2)
2012年 09月 28日

椿もち

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椿もちを見ると冬になるんだなあと思う。

なぜだろう。
寒椿や、酷寒のヤブツバキの冬芽を見てきたからかもしれない。

良く通って求めた椿もちが、あるとき、店頭から消えた。


良質な椿の葉が手に入らしまへんね。
椿なしでもええさかい、作ってくれ言わはる人もおりますねんけど、
香りがしいしまへんのどすわ。

道明寺に包まれたこし餡。
道明寺の中にわずかに肉桂が含まれる。

椿もちは、香りを食べる。

その時は残念だなあと思ったが、今なら家で椿の葉を切って載せますよって、葉っぱ無しでも作ってください、と私も言うだろうと、そんなことを考えた。

家の「太神楽」は15個ほどのツボミがついている。今年は50個ほど花が咲いたのに、お礼肥えをやっていなかったのが悪かったのかな。
ちょっと申し訳なかったかもしれない。

写真は祇園饅頭の椿餅。
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by coppoumon | 2012-09-28 23:28 | Comments(4)
2012年 09月 28日

9月末の水曜日のメニュ

健啖は忙しくてピアノがさらえない、という。私は忙しいときは優先してピアノをさらう。
もっとも寸暇を惜しんで何かをしようというガキではなかったから、言い争ってもむだだよ・・と私の心の中の天使が囁く。

天使にがき扱いされてるんだ。

水曜日のメニュという題ではあるが、木曜日に実施。

火曜日に、大分のブリをおろしていた。天然ものですよって、今日ならお造りをどうぞ、と魚屋のおにいちゃんはいうが、半身を求め、切り身にして貰った。

柚庵にするものと、ラップに包んで冷凍するものに分けておく。連続してブリが続くだろうなあ。

朝から大阪に出た健啖が戻ってくる頃、近所の方がチラシ寿司をつくったよ、と持ってきてくださった。
ちらし寿司の手間の丁寧さに頭が下がる思いで、そこに健啖がもどり、すごい、すごい、と言っている。

味も、心斎橋の福寿司のようなすし飯の味がして、さすがに大阪のおばちゃんの力だなあ、と感激した。

試合に出ていない健啖に合わせて、今日のメニュは、頭に根菜。ブリでご飯、とお汁。

まず、

チラシ寿司を小皿に。

すこし小さめな玉ねぎをバターで焦げ目がつくまで焼いて、人参、サツマイモを一口大にしたものも加えて、蒸し焼きにしたものをたっぷり3~4人分。

ブリの柚庵、切り身はおおぶり、大葉を添えて、一口はそのまま、二口目からスダチをかけて。

新米に、餅あわ、押し麦、青豆の入った雑穀米。味噌汁は、キャベツと、薄揚げ、対馬の粉カジメ、味噌は大分の分金銅の合わせ味噌。

高槻製のウリの粕漬け。

智覧茶。巨峰。

玉ねぎは和歌山の吉岡農園の特別栽培・・・・というのを高槻で目に止まると求めておく。これは美味しいが、なければ淡路産のもの、それもなければこだわらない。

洋人参も、金時にんじんが出回れば、それに変えていく。

この夏は、徳島の友人がスダチを2度送ってくれたので、半田素麺を求めてせっせと食べた。
そうめんの季節がおわり、きのこや根菜を食べる季節になってきた。


もし、今日、健啖に試合があった・・としたら、


マッシュルームと玉ねぎを刻んだ卵3個を使ったオムレツ。鳥きもをソテして載せたパリジェンヌ風。パセリ散らし。ソースはトマトピュレにレモングラスを足したトマトソース。

玉ねぎ、人参、サツマイモ、ベーコン、三度豆の蒸し焼き。

ブリの焼いたん。

ご飯、実だくさんの味噌汁。

果物。

と、量もカロリーも恐怖の食事になる。
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by coppoumon | 2012-09-28 12:03 | Comments(0)
2012年 09月 27日

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水曜日は休日。
雑用に追われるので休日とばかりも言えないのだが、ゆっくりお茶を楽しむ時間を作る。

今日のお菓子は御名があり「桂の月」。桂月はキリシタン時代、マリア様を指した。

このお菓子は約束事があるのだろうか。
生地はほんのり生姜が効いて、中はこし餡。

残月という名で売っている店もある。やはりこし餡で、生地は生姜が忍ばせてある。

桂鮎も生姜の香る生地を鮎の形にして求肥をはさむのがオーソドックス。これも若鮎と名付ける店もある。

御製は西ノ京、桂の「笹屋春信」

伊織の暖簾分けのお店なのだろうと思う。

笹谷伊織、今のところ芋名月を食べ損ねているが、お月見はしばらく続くので、伊織ファンとしては是が非でも買って、取って置きの抹茶で味わいたい・・というのが今しばらくの楽しみ。


写真の湯呑は、吉川水城作、萩鉄絵。
お茶をいれたときに、好きである。
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by coppoumon | 2012-09-27 01:08 | 和菓子 | Comments(0)
2012年 09月 27日

弁当2種

京都に来たのだからと、気になる店を覗いてみる。
何が気になるのか・・自分でもわからないが、気になりだしたら、なくなってしまう店、逆に繁盛する店。

自分の好きな店が消えた・・ということはまだない・・・と思うのだがどうだろう。
で、好きな店というのはあるのか・・・・あまりない。どこか我慢している。

フランス語で京都にgoutezという店があった。それはお食べ・・とかおあがりやす・・・という意味になるのだけれどグーテはおやつという意味合いの方が正しい。

そこは、おフランス料理の店で、メニュが普段は家ではしないものもあって、逆に客が入るかなあ・・といつも気になっていたが一度、入って見たいと思っていた。
にもかかわらず、なんとなく入る気になれず、今日、前を通ってみると・・喫茶店になっていて、カレーやハンバーグを出す店に変わっていた。


この竹籠弁当は「萩の家」。駅弁も出しているので、馴染みがある。
このお弁当は頂きもの。
夜食に消えた。

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夜だというのに、やはり弁当を食べた。
松花堂を洋食にしたらこうなるのか・・と、いつも思う。

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美味しかった。
食事を終えて、薄暗くなった京都の街を徘徊しつつ帰るのだから、このくらい食べておかないとお腹が持たないだろうと、おもう。

プレーンオムレツの固さは、ちょっと不満・・・・などと書いてしまったのでお店の名前は出さない。
洋食なので、卵に牛乳を加えて、バターもちょっとだけ入れて焼いて欲しい・・というのは、お前の勝手だろ、と言われたらそれまでなので、店の名は出さない。
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by coppoumon | 2012-09-27 00:46 | 京都 | Comments(0)
2012年 09月 24日

北白川で

北白川の教会に友人夫妻が招かれて、ご主人は講演、奥様はコンサートという一日があった。

このブログは、居心地の良いところ、いつまでも佇んでいたい場所などをテーマにしているのだが、本当に居心地の良い教会で、心地よい音楽を楽しんだ。

オルガンはガルニエ。

ガルニエのオルガンは本国フランスより日本の方がたくさん見られると言われている。

私が知っているのは神戸松陰、池袋のケチの付いたオルガン、神戸六甲の教会、今回のポジティフの4台どれも皆、タイプが違いすぎる。

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ところで、この楽器、良く鳴る。そして音が美しい。

友人の演奏は、うっとりと聴いた。

ところでオルガンの元の持ち主の方は、なんと、私の住む街の駅前で耳鼻咽喉科の先生をなさっておられて、我が家からは2キロのところ。

友人夫妻の住む白河は福島県。
しかも、私が40年も前に下宿していた部屋の向かいに住んでいた人が、福島の出身だと聞いていたのだが、
その彼と夫妻の住まいの間がどうやら2キロほどらしい。

私は200円貸したので私より年長の彼の名前を覚えていた。
もちろん、赤い100円札が2枚返ってきたことは記しておく。

そこは鍼灸院らしい。

いつか、客で、訪問して・・いや、しないほうがよいかもしれない。お灸って、なんとなく嫌だもんなあ。
私とわかったら、どんな目に遭わされることか・・・白河は行かない方が良いかな。
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by coppoumon | 2012-09-24 23:00 | 京都 | Comments(2)
2012年 09月 24日

栗と鳥のワイン蒸し

フランス製のクリの水煮の瓶詰めを買おうと、食料品屋を探すが、見当たらない。ところが同様のものが明治屋で真空パックになって、瓶詰め二つ分の分量で売っていた。

栗の水煮なら作って、冷凍して置けばよいのだ・・と年に数度作ることがある。

鳥モモは一人1枚として、4にんで4枚。
栗は一人あたり4~5個。
にんにくを一片使うが、私はパス。
エシャロットを1個微塵に切るが、これもないので、白ネギで代用。
玉ねぎ大1つ。
ローリエ、オールスパイス、塩、胡椒。
仕上げにあさつきを刻んで散らす。

ワインは白、ということだったが、赤でもやる。カップ1杯では少し多いので、一口か二口ほど飲む。


玉ねぎは薄切り、エシャロットはみじん切り。

まず、玉ねぎとエシャロットを、サラダオイルにバターを足した中で色づくまで炒める。これを端っこに追いやり、鳥肉を皮の方から、両面色よく焼いて、栗、ワイン、ロリエを入れて20分蒸し焼きにする。
本来なら蒸し焼きはオーヴンでやる。

仕上げに塩コショウ、オールスパイスを振って味を整える。

これだけのこと。オールスパイス少々では足らりないように思う。


おはなちゃん、やりんさいや。耐熱容器に移してオーヴンで、焼いたんじゃけんど、引っ越してオーヴンはないけんね。
仕上げにオーヴントースターに入れて、それも、あんまり入れとくと、こげるけん、気いつけんさいや。

以前、メールで作り方を送ったような気もするんじゃけんど?
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by coppoumon | 2012-09-24 22:16 | 作った | Comments(0)
2012年 09月 21日

水曜日のメニュと染付け南蛮人絵図

健啖君の食事は木曜日に実施。

夏の終わりの夕飯は、家の冷蔵庫にあるもの。

食事の約束はなかったようにも思うが、何となく襲来されそうで、長崎の天然ぶりを柚庵につけておいたのが間に合った。
うなぎは、一人で蒲焼分と、う巻きになるはずだったが、二人で分けるにはちょっと物足りないかもしれない。
茄子は畑からもぎたて。


ということで、


豚のミートボールの餡かけ、蛇腹きゅうり。

焼きナス4本分。

ブリの柚庵焼き。

鰻のひつまぶし風。

ご飯は餅粟が少し混ぜてある。

椎茸と玉ねぎの味噌汁、新生姜のぬか漬け。

ひつまぶし風というのは、櫃がないからで、茶筅の横に春慶塗りの建水があったので、これなら充分に雰囲気作りに役立ったかもしれない。
ただし、建水は食器じゃないからご飯をいれるのには気がひけるが、健啖一人分のうな丼なりを入れるのに好都合な形であり、色も良い。

ひつまぶし用の頃合の鉢を出すことにした。

江戸後期から明治初期の伊万里。

「南蛮人絵図」

早い話が、聖餅を持って、キリシタンの人を探し訪ねている図である。

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お茶会の最後にお道具拝見でこれを出されたら、キリシタンの人たちは狂喜しただろうなあ。

いずれバテレンたちがやって来てお彌撒が挙げるられます・・・こんなメッセージの絵がであれば、大歓迎だったであろう・・と思う。

お鉢が回ってくる・・とはそういう意味ではないのだけれど。
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by coppoumon | 2012-09-21 14:54 | 常の日の惣菜 | Comments(4)
2012年 09月 21日

丸福

10代の終わりから事あるごとに通った丸福。
法善寺横丁を下がった、というより千日前といったほうが判りやすい丸福の店の近くで、戦前、母方の祖父は、商売をしていた。丸福はまだ無かったのだそうだ。

鴻池はんに、地面を借りてな、間口6間あってん。幔幕と暖簾はまだ取ってありまっしぇ。

戦争で局面が悪くなると感じた祖父は千日前から緑橋に引越しをして、友人の世話で京阪沿線に1000坪ほどの畑を探し出し、いずれ、畑の隣に疎開をしたのだそうだ。

先だって、祖父の畑だった場所の一部が売りに出て、祖父が作った境界の溝が目で確かめられるようになった。

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私は幼稚園の年長になる春から夏にかけて、大阪へ来て、この地で祖父と暮らした100日ほどの記憶がある。
土地は道路になり、畑のままだったり、家が建っていたりと、その後は切り売りされていったようだったが、よく見ると、祖父の代に作られた溝はそっくり残っていて、夕方ポンポン山を見ながら、下駄で天気占いをやったことなどが生々しく懐かしい。

子供の頃の母は、外出というと月に一度、祖母に連れられてぼんさん(丁稚見習い)たちと「いづもや」ヘうなぎを食べに行き、千日堂の境内で冷やしあめを楽しんでいると、祖父がしょんべんたんご(法善寺の正弁丹吾亭)から戻ってくる、という日常があったのだそうだ。

戦争中じゃなかったの?

そう。大阪では空襲にも遭ったこともあるけど、でも、なんとなくのんびりしていたで。


丸福の近くまで出かけることがあると、母たちのそういう暮らしをたまに思うことがあった。


丸福は最近、梅田にも、高槻にも店を出すようになった。

当初は抵抗があったが、ミナミに出かけなくなった今は、高槻で手軽に丸福のコーヒーを楽しんでいる。

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by coppoumon | 2012-09-21 09:23 | 大阪 | Comments(2)