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2013年 06月 30日

梅 2013

6月中旬の台風4号の予報を信じて梅を収穫した。
ちょっと早いかなあ・・とおもったが、落ちてしまうよりは食べたい・・

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家に持ち込むと梅の良い香りが部屋中に漂い始めた。
翌日は少し色づき始めた。

梅干にしなさい・・と近所の鹿児島おごじょが、漬け方を伝授してくれた。
何ば言うちょっとか、おるには、ほなごて、ようわからんでごわす・・・と嘆きたくなるほど一度聞いただけではよくわからなかったので、ネットで調べて、漬け込んだ翌日にお向いの方がこっそり我が家を覗いてくれて、
生協の漬け方を説明してくれた。

・・まあ、ピクルスを作ることが出来るのだから、理屈では大丈夫だと思います。と結論を出す。

しかし、らっきょうを漬けたときも、好結果に、何故私がこんなことができたのか、とおもったが、梅でも、なぜ?と会心の笑が浮かぶだろうか。

駅には、なぜ私が京大に、とか、なぜ私が東大になどと広告が出ている・・私も、なぜ私に宝くじが(当たらないのか・・買わないからだが・・・)こんな意味の無いフレーズが言ってみたくなった。あ、関係ないなあ。

梅は、これで良いのか半信半疑。

残ったものはジャムにした。通し番号は「F」
ところが、梅のジャムは木で完熟させなかったので、何となく意地の悪い味に仕上がった。

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今回は台風情報を鵜呑みにしたので、信じる者は(足もとを)掬われる。という結果だったような気がする。

梅は、浸透圧だけで、水分を出して紫蘇と仲良くしてくれるのかあ。
鴨肉も、油を引かないでも、フライパンにかけておくと、我が身の脂で、こんがり焼けて、九条ねぎと仲良くしてくれる。
塩だけで食べるシンプルな食べ物はいいなあ、と思う。
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by coppoumon | 2013-06-30 18:21 | ジャム | Comments(5)
2013年 06月 28日

第193回 京大交響楽団定期演奏会

梅雨のこの時期、恒例の京大交響楽団定期演奏会を聴きに行った。

年によっては雷鳴く中を、または土砂降りの中を、地下鉄入口からホールまで歩く。
ホールまでの秘密の地下通路というのはないのかなあと、立派な建物のまえで濡れてしまう腹立たしさ。

昨日は、何のアクシデントもなく順調にたどり着き、音楽を堪能し、食事をして帰宅した。

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今回の座席は15列24 

響きの良さそうな場所を目星をつけて予約しておいたら、案の定、満足のいく席だった。
もう一列後ろがよさそうだが、多分そこは招待席になるのかもしれない。

プログラムは東欧のものばかりで、これも面白かった。

シベリウス 交響詩 フィランディア

グリーグ ペールギュント

ニールセン 2番交響曲 4つの気質


ペールギュントは そとばこまちの川下太洋氏が、プログラムによれば、脚本を書かれて語りで参加。

見ると、プログラムの表紙はソルヴェイグが住み続けた山の中の小さな小屋の絵で、内心、おっ、と驚く。
粋なことをするなあ。
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オケは相変わらず上手い。どのフレーズも丁寧に弾きこんであって、よく歌い、よくひびき、良く鳴る。

ペールギュントはなんどか聴いているが、今回のものほど面白く感じたことはなかった。
語りにも惹きつけられた。
そうして、オーボエがピカイチだった。

指揮は新田ユリ氏。

ニールセンはナマで聴くのは2度目。
80年前後に大フィルで聞いたのだと思う。

至福だった。
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by coppoumon | 2013-06-28 11:28 | 京都 | Comments(0)
2013年 06月 26日

どら焼き

どら焼きが好きか・・と言われると、嫌いではないが好きでもない・・と答える。
素直ではないなあ、好きだけど。

ただ、どこのどら焼きが好き、というこだわりがないだけ。

そのうちに、地縁のあった方に小さな手土産にしようと、招堤(しょうだい・ただし、地元の人はしょだいと発音する)の和菓子屋さんで見たどら焼きを、そう思った。
JISマークのついたカスタネットのような形のどら焼き。

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地元にふさわしい名付けだ。

他に招提を思わせるようなお菓子がありますか?と訊ねると、日置(ひおき)という名で、ございます。

あの、天神さん(日置天神社)ですね。

古いお社だ。
ま、とにかく、招提太鼓と名付けられたどら焼きの味を見てみたい。といくつか求めた。

翌日、大阪でどら焼きを頂いた。

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十三の花月堂のどら焼き。
全国菓子大博覧会において内閣総理大臣賞を受賞しました。というどら焼きだ。
刻んだ栗、うすい求肥が餡と一緒に挟んであり、これは美味。

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どら焼きは駄菓子の範疇であり、上菓子ではない。だから紙箱にしか入れない、ということをこのブログでどこかに書いた。
袋から取り出した形が、如何にも駄菓子で、微笑ましい。

さて、 立て続けに頑張って招提太鼓も食べてみた。

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餡の味が濃い。
皮と餡のバランスが大変良い。

しかし、10時のオヤツに二つもどら焼きを食べたら堪えるなあ。
12時までにお腹がすいてくれるだろうか・・

家に職人さんがこられたときは、正確に10時と3時にお八つを出した。

子どもの頃、庭の手入れの日には10時にも3時にもあんぱん、クリームパン、ジャムパンをお盆いっぱいに載せて、大きなヤカンにお茶を入れてあった。

このブログの長沢ハイツに引っ越して、建具を入れた時、10時にはバイカルのアップルパイを出して、3時には鍋焼きうどんをお八つがわりにした。

いまの住まいでは、職人さんに出入りしてもらうような、お八つを出すような仕事を依頼することがあるだろうか。

知人の御宅では、「いまは菓子パン違いますねん、コーヒーとケーキお出ししますねん」とお八つで時代の流れをふりかえる。

未だに10時と3時のおやつの時間を守るのは、案外、子供の頃からの習慣だったところに根拠があるのかもしれない。
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by coppoumon | 2013-06-26 21:44 | 大阪 | Comments(4)
2013年 06月 25日

非公開寺院 建仁寺塔頭大統院

5月の連休に訪ねた大統院の記事がアップされていないことに気づいた。

さっそく、門前の雨落としから。私は、雨の日のこういう遊びが好きである。

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方丈前の庭園は3年前、2010年より、庭匠北山安夫氏によって作庭されたもの。
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茶室前の南向きの庭。
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これは、いわゆる旦那の間から北側の庭を見たもの。
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この日の大統院はお客さんがまばらで、ガイドの方も手持ち無沙汰だった。
驚いたのは古清水、仁清や、奥田頴川、二代目高橋道八、光琳そのほか著名な人たちの作品が所狭しと展示されていたこと。


嬉しかったのは、黙雷和尚の隷書がかけられていたこと。

「松無古今色」 「家和百事成」


建仁寺は廃仏毀釈でかなりの境内の中の土地を失った。
塀ひとつ隔てて娑婆である。
もし、領地を失わなかったら、見事なまでの東山の借景であったろう。

振り向けばこんな借景もある。パンツのオンパレード。
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廃仏毀釈がなければこのようなシチュエーションは出現しなかっただろう。

黙雷和尚様、色無し・・と、もうされますか。
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by coppoumon | 2013-06-25 22:56 | 京都 | Comments(0)
2013年 06月 24日

多重奏

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都会の黄昏。
昭和演歌のレコードジャケットにありそうなj十三の街角。

この道の手前に、私の生徒さんの住むマンションがあり、NTTのオフィスがある。

いくらか知った人のいるところで、こういう非日常的な通りを歩くことはないが、なんとなく昭和の匂いのする街角を好きである。

一癖も二癖もある歌手たちが持ち曲にしている、口説かれて転落の詩集を綴る唄や、港町のマリアたちの嘆き歌など、これこそ歌のような人生や、裏町の似合う佇まいは、京都では神社仏閣と隣り合わせているところがおおい。

そんなところは崇高な気持ちも、ドロドロとした感情も、財布の中身さえも、みんな吐き出させてしまうパワースポットかもしれない。

どんな風俗も受け入れる、すべての文化が主張する街も、ブロックをひとつ外れると、北野高校。
さすがに文教地区で、和菓子屋のケースの中には吉向焼が飾られている。

吉向は十三に窯があったのだ。

たくさんの金融機関。
飲み屋街。
賑やかな商店街。
一歩踏み込むと江戸時代の村の名残を感じる街。

パワースポットだと思えば、どこにも出かけなくてもこの街だけで生きていけそう。

歩くと、経文が口をついて出そうになる。

「色即是空 空即是色 受想行識亦復如是(しきそくぜくう・くうそくぜしき・じゅ~そうぎょうしきやくぶにょぜ)」

実際には海に近い明るい普通の街である。
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by coppoumon | 2013-06-24 21:56 | Comments(8)
2013年 06月 21日

桔梗

母方の祖母の家の紋所は桔梗だと聞いたことがあった。
何となく抹香くさいイメージがあって、それは、たぶん祖母、お仏壇とイメージがつながるからだろう。
西側の育ちの私には、お仏壇が、汚物檀または汚物団と聞こえて、仕方がない。
で、仏壇、祖母、桔梗紋ということで、桔梗を植えるなどとは思いもつかなかった。
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それが、天得院という寺で桔梗の庭を拝観してから、お寺に出かけなくても、家で手軽に楽しもう、と、桔梗を植えることにしたのだった。
台風の強い雨に桔梗が咲いている。

ここは松島、磯馴の松よ、
松の根方に桔梗が咲いた(松島音頭)

雨にぬれて咲いても、こういう賑やかな歌が頭の中で流れてくる。

今日は夏至。土砂降りの中を菊が咲き始めた。

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種を明かすと、菊は夏菊で、7月咲という品種。
菊は日照時間が短くなってから咲く。それが、日照時間が一番長い日に咲く、というので面白いから植えてみたのだ。
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by coppoumon | 2013-06-21 21:22 | 住まう | Comments(2)
2013年 06月 15日

あすの天気

母方の祖父と寝起きして、ともに過ごしたのは、5歳の頃の100日ほどに過ぎない。

寝る前には必ず手をついておやすみなさい、と挨拶をすることになっていた。
おやすみなさい、というと、祖父が座卓の向こうから色々と声をかけてきた。

その、祖父を夕飯前の散歩に家の近くの大きなため池へ誘って、飽きることなくイトトンボを手で採ってリリースしてという繰り返しを楽しんだ。
もう、帰ろう、という頃に、運動靴や小さな下駄をつま先で蹴り上げて、あ~した、天気にな~れ、と天気占いを楽しんだ。祖父が67歳の頃だ。

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祖父の家の北側には田んぼが広がり、京阪電車の向こうに国道、堤防、ポンポン山を臨んだ。
国道まで出ると、比叡山が見えた。

この写真の時間を「夜の帷」というのだろうか。
残されたわずかな田んぼに水が張られ、一匹だけ蛙が鳴いている。

住宅が野放図に建ち込んでしまったが、時にこうして60年近くも前と変わらない景色に出会うことがある。

古い記憶と関係なく、否応なしに、祖父の年に近づいていく。
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by coppoumon | 2013-06-15 22:44 | 大阪 | Comments(2)
2013年 06月 13日

梅雨のズル休み

梅雨入り宣言をしてから、雨らしい雨が降らないこの年の梅雨。
こういう現象を中休みではなくて、ズル休みというのだそうだ。

久々に天満橋の南詰めに立った。

左側の船着場は江戸時代から栄えここにも藩邸があった。
写真では右から二番目の高い建物が立っている場所が、最後の藩邸である。
木津にも下屋敷があったというが、私の手元には詳しい資料がないので、場所が特定できない。

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空の雲を見て、紫陽花を連想した。

もっとも、花ではなくて、和菓子で、金団でつくる「紫陽花」の色によく似ている。

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写真は鍵屋良房御製、「紫陽花」、「水牡丹」、「濡れ燕」。

ところで、天満橋で携帯レンズのシャッターを押し終えた瞬間に友人に声をかけられた。
振り向いて友人の顔を見て、がっしりとした端正なお武家さんのような姿の向こうに見える景色に内心驚いた。

何が見えた、というのではない。

蔵造りの店構えの「翁」という和菓子屋の屋根が取り除かれて、シートがかかっていたのだ。
シャッターも降りている。
戦前、この近くに住んだ人が、翁の主人が自転車に菓子の見本を入れた「もろぶた」を積んで、注文を取りに来た、という話を聞いていたし、何度かここで和菓子を求めたことがあった。
それも、20年ほど前のこと。

一瞬、一抹の寂しさが過ぎったが、友人の顔を見たとたん、「さ、飲も、飲も」モードにあたまが切り替わってしまった。
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by coppoumon | 2013-06-13 23:29 | 大阪 | Comments(2)
2013年 06月 13日

梅雨の時期の和菓子

郷里では、黒いものを大っぴらに食べなかった。
ヒジキご飯のようなまぜご飯は、白米に黒いものが混ざっている、というので、人前には出さなかったのだそうだ。
黒い餅も食べなかった。
餅は白いもの、黒い餅は武家の食物ではないという城下町のこだわりなのか。

田舎の方では胡麻餡の牡丹餅を作ることを私は先年まで知らなかったし、「かすまき」というカステラより上等の生地に黒と白の餡をそれぞれに巻いたものも、赤餡、白餡と店の人はいう。

京都で黒い菓子を見たのは「烏羽玉・うばたま」で、それも中は芋餡だった。

黒砂糖しか扱えなかった店の創意だろうと、感じ入ってしまったが、古渓忌でも出されるので、悪いものではないのだろう。

大和大路のある和菓子屋で「濡れ燕」という菓子を見つけた。

粒餡を黒砂糖の錦玉で包んだもの。

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さて、ひじきご飯は、未だに食べたことはない。
サザエか、カシワとごぼうが入った炊き込みご飯が、「色ご飯」だったからだ。

関西に住んで、精進の「色ご飯」のおいしさを知った。

簡単な食事と色ご飯のあとに、こういう、濡れ燕のような菓子で御薄があれば、至れり尽くせりだなあと考える。
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by coppoumon | 2013-06-13 08:41 | 和菓子 | Comments(0)
2013年 06月 12日

ラディッシュ 2013

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5月に入ってからラディッシュの種を蒔いた。
2週おきに畑を3等分して蒔く。

5月初頭は気温が低く、発芽も遅かったし成長も良くない。
2度目に蒔いた種と同じくらいの発育で、それはまあ、それで良いのだが、3度目の種蒔きのあと、
今度はいくら待っても発芽してくれないので、それで、4度目を蒔いた。

もしや、鳥が来て食べたということもるのだろうか。

5度目を蒔いた。

蒔き終えて全体を見渡すと、蒔いたばかりの種が、小さくひょこひょこと踊るように、あちこちで移動している。

んんん。

小さなアリが犯人だった。
自分の6倍位以上の大きさの種を担いでいる。
こちらも慌てて指で押さえつけて土をかぶせるが、手遅れかもしれない。

結果的に発芽が部分的にしか見られなかったので、アリの勝ちのようで6度目を蒔いた。

初夏の朝食にはラディッシュ。
こちらも意地である。

畑にたっぷり水をやり竹串を地面に軽く差し、そこにラディッシュの小さな種を置いて竹串を引き抜くと、
入れ代わりに種が竹串の作った穴に転がり込んでいく。

100回ほど地面に串をさした。

うまくいきますように。

次にラディッシュの種を蒔くのは9月である。
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by coppoumon | 2013-06-12 13:44 | Comments(2)