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2016年 01月 31日

一月晦日 2016

伊勢物語にある、芥川を散策した。
公孫樹の大木はかなり枝を切られて、鞍馬祭りの松明のような形に整えられていたが、秋の終わりには、どれほどの存在感があっただろう。今は冬の青空をバックに、逆に清清しい。

その後、京都に出て、京薩摩の焼き物を見学していて、桜を見たくなり桃山で下車。
桜は咲いているかもしれないという、読みはあたった。

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満開になるのはいつだろう。あと、10日ほどか。
2月6日は初午。
それなら、稲荷寿司でも求めに出て、再びここへきてみよう、と、窓越しに眺めることのできる喫茶店に入った。

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ケーキ皿とカップは、ウェジウッドだった。ケーキもパンも焼いているようだ。
ホームメイド感のつよい、イチジクのケーキを、買ってくればよかった・・といまだに、頭の中でちらちらと、しているが、一枚板のテーブルで楽しむことができるその小さな喫茶店は、自分のエネルギーを整えてくれるような、そういう思いがした。
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by coppoumon | 2016-01-31 23:49 | 京都 | Comments(0)
2016年 01月 25日

節分前の寒波

1月24日になって、寒波がやってきた。
外に出ると、冷たさで耳が痛くなる。

毛糸の帽子をかぶり、ダウンジャケットのフードをかぶる。
おへそには懐炉、ベルトの下に滑り込ませる。

そうやって所要に出て、京都高島屋で無塩パンを買うついでに、和菓子屋をのぞいた。

ある。

二度とは買わないかもしれない、薯預饅頭。

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御名は「鬼のパンツ」

御製は俵屋吉富。虎屋ちゃいまんねん。

黒文字は不要。
指先で取り上げて、大きく股裂きにして、食べてやった。

鬼よりむごい所業かもしれないが、美味しかったのは、いうまでもない。
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by coppoumon | 2016-01-25 21:27 | 和菓子 | Comments(4)
2016年 01月 22日

冬の日に

2016年になって、というか、この冬は、なかなか冬日が訪れない。
と思っていたら、来るものは来た。寒波なのだそうだ。

今日は何の日・・とおもいつつ、何だろう・・あ、母の召された日で、3年前のその日のお昼前、斎場にいたのだった。

帰りは、もともと、関西外大の敷地であった場所から、川沿いに牧師さんと歩いて駅に出たのだ。大学は移転して、学生たちの姿を見ることはない。
川は、穂谷川という名だった。きれいに清掃されているのか、もともとそうなのか、広くてごみの見当たらない、水のきれいな川だった。

よりによって、寒い朝で、などと思い出す目の前には、紅白の和菓子。
しかも金粉まで乗っかったのを、うっとりと食べおえて、お香を焚いた。

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このブログを書きかけた翌日、朝から雪が舞った。

母の遺した家は、午前中、ストーヴをいれて、午後からは消しておいても、大体17度くらいを保っている。
5時になるとまたストーヴを入れる。

雪はいつの間にか止み、あともない。

「雪の曙」という銘の茶碗を出した。対馬のお茶碗である。
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お菓子は丹波の黒豆きんつば。
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音も何もなく、静かである。紅わびすけが咲いた。
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by coppoumon | 2016-01-22 21:25 | Comments(2)
2016年 01月 16日

碾茶(てんちゃ)

碾などという字は、宇治に通うようになるまで、縁がなかった。「碾き臼」から由来したことはわかるが、それがどうした、という類の字であった。

お茶碗の手入れをするのに、お湯をくぐらすだけではなくて、点ててやる必要がある、といわれ、また、そう感じて、順番に点てていくことにして、どのくらいの期間が過ぎただろう。

うちは表だというが、本来は表でもないそうで、挨拶などは、ドラえもんのようにグーをつくって、膝の横に添えて、礼をしていたようだ。何が何だか、もう、お茶をやる人などいないので、判らない。

住まいの近所に、宇治の山持ちがいて、宇治に茶畑を持っており、いちばんよい畑の新茶を予約していたことがあった。
そうすると、そこで、さまざまなことを教えてもらえた。

その縁で、抹茶はそこのものを常遣いしている。

濃茶は城の壽、薄茶は大極。城の壽でお薄を点てることもあるので、必ず両方揃っているわけではない。

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春先には花見ついでに京都フェア(買い物のことをそう名づけている)で、柳桜園の「小櫻」を求める。
店の近くまで出かけることがあれば、「初昔」を求める。



2年前、手術が2日続いて、ヘモグロビンの数値が下がった。

今が底だとおもうけど、輸血せずにがんばれる?

主治医はそう、わたしに問いかけてきた。輸血はリスクが大きいから、したくないのだけどね。

それで、退院後もパセリか抹茶をその日の気分で摂った。

いまでは、そういうこともなつかしい。
で、いまでは、お菓子がてんこもりになることがある。

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桜餅、イチゴ大福ともに、大阪十三の、永楽堂寿浩。
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by coppoumon | 2016-01-16 18:20 | Comments(0)
2016年 01月 16日

葉茶

常遣いしているお茶は伊勢の畑中製茶の雁がねほうじ茶である。
たまに途切れることがあると番茶の出番になる。

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番茶は岡山県の真庭市の五向園のもの。
味わいや、後口が、なんとなく薬草のような、徳島の、上勝の番茶に良く似ている。

2月になり、花粉症が始まると紫蘇入り健康番茶に変わる。

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5月には新茶。宇治の三ツ星の茶畑の三星園。お遣い物にもする。

その後は伊勢茶であったり、九州のお茶であったりする。

郷里から干物が届くと、真庭の番茶を楽しむ。
お茶漬けには、紫蘇入り番茶もよい。

近頃、玉露を置かなくなり、碾茶に変わった。
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by coppoumon | 2016-01-16 17:53 | 常の日の惣菜 | Comments(0)
2016年 01月 13日

鍵屋・大広間にて

2013年7月14日に大豪雨があった。
翌日、淀川の水位が上昇したために、埋め立てられた枚方に、本来のいわれとなった、平潟が出現したそうである。
私は見物には出なかった。

鍵屋には水運華やかな時代の鍵屋が描かれた軸や浮世絵がいくつもある。

後に料亭として建てられた大広間に入り、見回すと 大きな絵が掛かっていた。

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布袋さんと、3人の唐子。

唐子踊りは、方々に伝わっているとは、聞いている。

この筆者はだれなのだろう。朝鮮通信史は淀川を御座船で通過していったのだが、筆者は唐子を見る機会があったのだろうか。

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丁寧に描かれた絵である。

窓の外を見た。

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このような甍の流れを見ることが出来る場所は、滅多とない。
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by coppoumon | 2016-01-13 22:33 | 大阪 | Comments(2)
2016年 01月 11日

京の冬の旅 2016冬

京都は時々、おおっ・・というものに出会う。

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この写真は、建仁寺ちかくのえべっさん詣での、賑わいである。とても歩けたものではない。

建仁寺開山堂が公開になった。

5年近く前に、開山堂の楼門が解体修理をしている間、階上に置かれた十六羅漢像が建仁寺方丈に移されてすぐに近くでみることができたが、楼門の完成と共に元の場所に安置された。
今回、開山堂の客殿におろされて、再び間近で見ることが出来た。

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開山堂は撮影禁止で、庭の対に植えられた菩提樹も撮ることは出来なかったのが残念だけど、禅寺にふさわしい、質素な庭であった。

客殿が、妙心寺塔頭寺院から明治10年に移築されたものだと説明があったが、みごとな建物、絵の数々を拝観した。

写真は、入り口の、外腰掛の待合。

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その筋のお達しなのか、にらみ口に達する消火栓は、何とかならなかったのだろうか。
苔と御影石の敷石だけの簡素化された庭に、あたかも闖入したような赤い金属の箱は残念。
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by coppoumon | 2016-01-11 22:47 | 京都 | Comments(0)
2016年 01月 11日

鍵屋

三連休の一日目はお茶の先生宅。
二日目は、くらわんか舟の、鍵屋。
三日目は自宅で雑用。

三日目は、京都で50回目「京の冬の旅」を巡る予定であったが、二日目の鍵屋、五六市を昼前に見て、午後から、京阪電車に乗った。

鍵屋である。

江戸時代、枚方宿の栄えた、名残の建物で、持ち主が市に寄贈されたので、いつでも立ち寄ることが出来る。
この日は、五六市という「市」が立つ日で、250件ほどの出店でにぎわっていた。

鍵屋の台所。
東側から日が差し込んでいて、ここに食材をおいてあれば、もっと絵になるのだろう、などと想像する。

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鍵屋の江戸時代の玄関口である。籠が3種類展示してあった。

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部屋の一部。

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さてと、昼前だったが、大広間で食事をすることにした。
メニュは2年前の秋と同じもの。
毎日食べても飽きないのではないかとおもうくらい、普段のものである。

ごんぼ汁。押し寿し。うどん。

どれも小ぶりで、江戸時代の伊万里の器で出てくる。いつもその器で食事が出来るのは、なんとなくうれしい。
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武士に出した食事はこちら。
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ちょっと差がある。

そとに出て、しばらく歩くと、ボランティアスタッフが、ごんぼ汁を売っている。
ごぼう、薄揚げ、鶏肉、おから・・・

めしくらわんか、酒くらわんか・・と売られたごんぼ汁。たまに、たべたくなる。
一杯、100円なのだそうだ。
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by coppoumon | 2016-01-11 14:07 | Comments(2)
2016年 01月 09日

濃茶

お茶の先生宅へ伺った。

3人でうかがったので、3人の立礼のしつらえがしてあり、私が混じることで申し訳なくも無礼講である。
ひとりの友人は、お宅に伺うのは初めて、ということだった。


先生は、むさくるしいところでございます・・とご挨拶をなさった。

ひえ~~、うちは、狭くて、古くて、物が散乱して、ほこりまみれで、息苦しくて、なんとご挨拶をすればよいのだろう・・と思考が路頭に迷う思いだった。

せめて、オルガン周りの楽譜だけでも整理しなければ、と反省もした。

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花びら餅・・・きちんと漢字を出したいのだが、また今度。

金粉の入ったお濃茶を3人分見当で練ってくださった。
金箔を貼った、楽茶碗であった。
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そのあと、お薄を二服。

最後のお茶碗は昭山さんの赤膚焼。
このお茶碗の絵付けのデリケートさに、しばらく見とれた。
特に、人物の中に描かれた目の美しさ。

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水指は我が家の古曽部焼が出してあった。引越しのときに、いろいろな方に、それぞれを貰っていただいた、そのときのもので、白梅が描かれているものであったが、別物のように、そこに当を得て存在していた。

私から離れたからこそ、こうやって時宜を得ている水指。
うちだと、ごみ入れにしていたかもしれないのだから。
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by coppoumon | 2016-01-09 21:56 | Comments(0)
2016年 01月 07日

七草

生協で、以前、壬生菜いりの粥というのを買い求めて食べてみたことがある。
もちろん、レトルトではあるが、悪くはなかった。

七草は食べたことがあるか・・・あるかもしれない。
学生の頃、母が刻んでいたのを覚えているからだ。

売れ行きがはかばかしくなかったのか、それ以来食卓にはあがらない。
私は小豆粥のほうを、好むようである。たぶん、香りにつられるのだろう。

粥にべっ甲餡をかけたのも好きである。

なめこを手に入れた。

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ちょっと多すぎるので、半分以上をお向かいに引き受けてもらった。

今夜のメニュは、

白謙のかまぼこ、(本来、大羽いわしのみりん干しのはずだった)
ほうれん草のおひたし、
焼き豆腐、繊切り白菜、なめこの味噌のおつゆ。
大麦いり雑穀ごはん、
千枚漬け

時代劇にでも出てきそうな夕飯だった。

伏見の安本茶舗のほうじ茶が無くなった。
今日から、真庭市の上番茶をたのしむ。


もし、ここで急なお客さまであればさらに、おろしダイコンを添えた、三つ葉をきざんだ出し巻きでもつくるだろう。
葡萄豆もまだすこし残っている。
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by coppoumon | 2016-01-07 23:37 | 常の日の惣菜 | Comments(4)