<   2016年 09月 ( 11 )   > この月の画像一覧


2016年 09月 30日

名古屋へ その2

早朝7時55分に家を出て、9時の新快速で米原へ。
近江牛の弁当を買いたかった。しかし広げる場所がこの先見つかるだろうか・・と、弱気で、パスした。
米原から大垣へは鈍行。

養老鉄道の見える場所に来た。
e0036151_11372398.jpg
養老鉄道は単線なのかもしれない。いつ動くともわからぬ車両が控えている。
乗ってみたい気持ちを引きずりながら、岐阜に向かうために快速に乗る。これが満員だった。で、あっけなく岐阜に着き、
ミサの終了時間にはまだ間があるので、教会を探す。

e0036151_11384527.jpg
このかわいらしい教会は戦前、大垣にあったのだそうだ。
空襲で、岐阜の教会が消失したため、大垣から移築して現在に至る、という。
移築できたのは、終戦当時、大垣に信徒の方がいなかったからだ、なのだそうで、戦時中のキリスト者への圧力を感じさせる話だ。

途中、サムソン・・という理髪店を発見した。

e0036151_11374638.jpg
床屋にサムソンと名づけたら、客は来ないだろう。

ラヴェルの「サムソンとデリラ」・・これも旧約聖書の話だが、怪力のサムソンの秘密はその長い頭髪にあった。
女スパイのデリラはその秘密を知り、サムソンの髪の毛を切ってしまう。サムソンの属していた国は滅びるのだが、何年待ったのだろう、目を潰され、牢獄につながれて髪の長さが戻ったサムソンが神殿の中央に導かれ、その後に起こる彼の最期は壮絶としか言いようが無い。

それでも、髪切りに行くの?

サムソンはデリラに自分の秘密を語った。

人はだれでも秘密を持っている。秘密を話すことは、相手に自分の自我を与えること、そのひとを尊重することとは、その人の秘密を暴かないこと。

秘密が大きいほど人は孤独なはず。よりによって、国運を背負った女スパイに喋ってしまったんだなあ・・・・・などと妄想しつつ歩く。


食事はキッチンねこいち・・という洋食屋だった。扉の両サイドに、白と黒い招き猫が置かれていた。

e0036151_11393117.jpg
味噌カツです。丁寧に作ってあり、おいしかった。
でも、ニンニクが忍ばせてるのじゃなかろうか、などとおもいつつ食べてしまい・・あとでなんとなく苦しんだ。

名古屋での演奏は立派だった。

e0036151_11395740.jpg
写真撮ってはいけないので、最期のクワイヤーが退場する場面、私たちも立ち去ろうとするところを携帯でとった。
クワイヤーで頑張った知人が顔を上気させて出てきた。

久々に会った。めでたしである。

[PR]

by coppoumon | 2016-09-30 11:53 | Comments(2)
2016年 09月 30日

名古屋へ その1

バッハアンサンブル名古屋・・という団体のコンサート、出演するので聴きに来ませんか・・という合唱の好きな知人からのお誘いで、出かけることにした。

その前日、京都に手土産を買いに出た。高島屋ではなくて、四条通を東に歩いて、甘泉堂へ。
e0036151_11204240.jpg
ついでに、宮田圓月堂で、葛きりを楽しむ。
e0036151_11205444.jpg
外が騒がしい日だなあ、と思ってはいたのだが、先ほど通ってきた道で歩行者5人が跳ねられる事故があった、と知る。
おお、若し、高島屋への道じゅんであれば、その時間、事故に遭遇したであろう。

一寸先は闇だなあ・・と、そうだ、お化けに会って行こう。
こんな日はお化けのいるお寺のほうが安全なのかもしれない。
e0036151_11215865.jpg
高台寺はお彼岸の頃まで、お化けがいる。百鬼夜行の巻物も数種類出るし、軸ものも丸山応挙だったりする。
もう、何度も行って見ているので、もっと怖そうな、毒キノコを探して歩いた。
e0036151_11223174.jpg
e0036151_11221821.jpg
寺は平和で良い。

e0036151_11224727.jpg
この庭はいまは喫茶店になってしまったが、本来塔頭だったのだろう。

[PR]

by coppoumon | 2016-09-30 11:33 | Comments(0)
2016年 09月 28日

ちょっとした異国 相国寺

若冲ブームらしい。

昨年はいろんなところで若冲の足跡をみた。

今年も相国寺・承天閣美術館に若冲を観に出たのであるが、大典と落款のある軸を拝見しつつ、若冲と交流のあった梅荘顕常の活躍した頃の相国寺を想像してみた。

灯籠や石造物が朝鮮文化を思わせる。大典は、輪番僧として2年間対馬に滞在している。
e0036151_20403765.jpg
e0036151_20411735.jpg
e0036151_20402184.jpg
蘇鉄の庭、というか、蘇鉄を植えるのは江戸中期より少し前で、これは宣教師のもたらしたもの、といわれている。
芭蕉・・バナナの木・・も、たくさん描かれており、実際に黄檗の寺の庭には植え込んであって、これまでにないどこかエキゾティックな趣味が喜ばれたのかもしれない。
蘇鉄はある程度大きくなると、成長を止めるのだそうで、大きくするために掘り起こして根を焼くのだと、教えられた。赤い実は毒を抜いて、飢饉のときには食べるのだとも。

芭蕉を植えた屋敷もあった。

今では、建てては壊し・・という繰り返し。

記憶をとどめておくためにも帰省したくない。
そんなことを思った。



[PR]

by coppoumon | 2016-09-28 22:53 | Comments(0)
2016年 09月 23日

頓着と執着

執着・・というのが無くなってきた。
えらいこっちゃ!なんぎですな、まだお若いのに。と私に執着する私がささやく。

e0036151_20391194.jpg
夏の暑さによる放置で、裏庭が無残なことになった。
庭以前に嫌いなものが3つある。

蚊、いら蛾、チャドクガである。

椿があるので、チャドクガの発生にはかなり気をつけているし、イラガを見つけるのはかんたんで、直ぐに退治をするが、それでも発生してくる。

蚊だけは、前の住まいの1年分を、庭に出るだけで一度にやられるのが、癪の種だ。

春先に草取りを、マメにやっていたことが嘘のように夏の雑草まで景色と化しているものの、ヤマトシジミが14頭ほど舞うのを見つつ、まあいいか・・とやりすごす。

e0036151_20392195.jpg
このデンドロビュームは1989年からそのあとの正月にかけて買った。生協の売れ残りで、350円だった・・とこのブログで書いたかもしれない。
花が済み次第植え替えをしてやろう、とおもい、水ゴケも買ってきた。

花が咲くのは春だったはず。秋の始まりともいえない、暑さが残るこの時期に、いまが盛りとばかりさくのは何なのだ?
もう、適当に増えないでほしいなあ、と身勝手なことを思う。
ローズマリーも、レモンタイムも増えすぎだが、手に負えないときは抜けば終わりだ。と、庭に出ると、ヤマトシジミが飛び交うのをたのしんでいる。

一事が万事で、どうでもよいことばかり。

執着していることはあるか・・・ある。

ピアノのテクニックを、ダウンさせないこと。
こればっかりは、さぼると、すぐに目減りをしはじめるので気をつけている。
さらっても、さらっても、上達しないのが現状。

ま、いいか。

あれ?

やっぱり、頓着していないのだろうか。
いや、もうひとつあった。

紀州雲龍という椿をさがそう、とおもっている。

[PR]

by coppoumon | 2016-09-23 20:57 | Comments(0)
2016年 09月 20日

三連休は粗餐です。

土曜日、栗の到来があったので、雑穀ご飯ではなくて、栗ご飯。

メインは、栗ご飯、となると、

かますの一夜干し。
筑前煮。
えのきの当座煮。
キャベツと薄揚げの味噌汁。味噌は宮崎の麦味噌。

e0036151_22052900.jpg
大きな栗だった。あわてて食べたので、写真が無い。

日曜は、出かけた。
帰宅すると、近所の後期高齢者の方から、赤飯の横流し・・失礼、到来があった。

メインは、赤飯。

となれば、

出汁巻き。写っていないが大根おろし。
ワケギと烏賊のからし酢味噌和え。京都ではおてっぱいという。
なめこ汁。小さな豆腐のさいの目を入れて、味噌は宮崎の麦味噌を漉した。
黒ビール。
e0036151_22055821.jpg
月見団子も頂きもの。
e0036151_22102685.jpg
月曜日は敬老の日。
去年は赤飯が届いた。校区、地区福祉協議会の二本立てのパトロンに拠るものであった。
今年は無い。はじめから無いほうがいい。まだ早いのでおます。

とりあえず、黒ビール。

汐鯖。大根おろしと酢だち添え。
マカロニサラダ。
えのき当座煮
雑穀ご飯と湯葉の味噌汁。


e0036151_22313519.jpg
これでいいのだ。
太らないでね・・というお医者さんの、言葉と、食欲が戦っている。
お客があればこれに湯豆腐くらいつけるだろう。


[PR]

by coppoumon | 2016-09-20 22:22 | 常の日の惣菜 | Comments(0)
2016年 09月 15日

9月15日の十五夜

晴れるのか・・と外にでて見上げると、オレンジ色がかった笠をかぶった月が出ている。
雲の流れが速いので、今夜煌々と輝くこともあるだろう。

9月15日に十五夜が来ることは滅多にないらしい。

思い出そうとするが、前回がいつだったのかまったく記憶に無い。
その頃はきっと、月さえ仰げないような暮らしであったのだろう。

自分が、一番良かった頃、輝いていた頃、という言い回しを聞いたことがある。いやな日本語だなあ、常に今が一番じゃないのか。

幸いにも災いにも、健やかなる時も病める時も、富にも貧しきにも・・

さらに、若いときも、老いてのちも・・とは聖書には書いていないが、今東光氏は、ヨイヨイになっても、ヨイヨイにはヨイヨイの人生がある。と記述されておられた。

体がかなり回復してきたこの夏ごろから、思いもかけないフラッシュバックが起こる。それは、ほとんど小学生の頃の出来事で、そのときはいやだったが、すっかり忘れていた事柄なもの・・・であるから、じっくりと嫌さ加減を味わって、風船を針で突くように、抹消してしまう。

メモリーがいっぱいになって、削除しないと、次の記憶が入らないのだろう。
ぞんざいにしか向かい合ったことの無い父と夢の中で懇ろに話をしていることがある。
先に召された高校生に、叱咤されることもある。

亡くなった人たちに口説かれて大丈夫だろうか。

6月、7月、8月、9月と近しい人たちの中で出産が重なった。

せめて、あと16年は生きていてくださいよ・・と言われると、そうか、この先16年かけて生きる基本を学ぶ人、16年かけて跡を消して、去っていく者とが、同じところにいるのだ、と実感する。


去年、「とらや」で月見団子を買った。
立派な団子、立派な値段。
漉し餡は黒砂糖の味がした。

なんでや・・上新粉に黒砂糖は下品じゃわい。わしゃすかん。

饅頭に添えられ、使う気にもなれなかったとらやの黒文字を見るまでは、すっかり忘れていたことだ。

今年は、近くの松月菓舗。餡はこちらのほうが美味しい。

e0036151_22481875.jpg

ススキの絵皿は三浦順一氏

茶碗は、柿の蔕。

e0036151_22491875.jpg
e0036151_22495291.jpg
抹茶は「城の寿」

e0036151_22502387.jpg
嬉しいにつけ、悲しいにつけ、この抹茶でお薄を点てるときの香りを、常に懐かしいとおもう。
しかし、耐えられないほどの悲しみも、持ちきれないほどの喜びもあったか・・といわれると、それはない。

めでたし。

[PR]

by coppoumon | 2016-09-15 23:02 | Comments(2)
2016年 09月 12日

秋の日のヴィオロンの音もなく

昨日、ヴォランティア団体であろう主催の美味しいもの紹介で、でてきたお茶碗はこれまでに手にしたもので、一番インパクトが強かった。

中を覗き込むと、リアス式海岸風で、船酔いしそうになった。と言うと大げさだが,茶溜まりが見えてくると、磯遊びを思い出す。
土は信楽のようで、ざらっとしていた。銘を「いそぎんちゃく」とする。
まあいいか。

お茶は家で普段使いしているものと、同じところのものだった。香りが良かった。

10時の休憩に、お薄を点てる。


e0036151_11562975.jpg
お菓子はありあわせの羊羹巻きである。名はない、と店主は無造作に答える。買うほうも、良い名前など思いつかない。

美味しいか?ときかれたら、悪くない・・というだろう。可もなく不可もなく。

お皿は、織部で松の葉で、と指定して見合いに焼いてもらった。
松葉は3~5本を呉須で、といい忘れていたら鉄絵で7本も描いてあった。お任せだから、それでいい。

今度、菓子を置いたときに、下を一列に横切っていく一隊のちいさな蟻たち・・・こういうお題で、作ってもらおうかなあ、などと、馬鹿なことを考えた。

こうもりが飛ぶ、カステーラを載せる皿がある。
中国の史話に疎いので、皿の絵の主題が何か、私には分からない。

e0036151_12093693.jpg



茶碗は各務周海氏作、天目茶碗。

[PR]

by coppoumon | 2016-09-12 12:16 | Comments(4)
2016年 09月 12日

秋の入り口

月に一度の五六市に合わせて、枚方市のおいしいものが紹介される。

このブログでも何度か鍵屋の記事をアップしているが、その鍵屋に立ち寄った。
メニュはきまっているので、食べたいものは、特に無かった。

お薄を頼んだ。多田製茶という宇治の山持ちの葉茶屋さんの抹茶がでてくる。
菓子は、古くからの名物、くらわんか焼き餅だった。

e0036151_11021113.jpg

そこに、「くらわんこ」というゆるキャラが登場。

e0036151_11022776.jpg

子どもたちもたくさんいたのだが、大人たちが大喜び。
それぞれ記念撮影をしたり、おばあさん連はハイタッチを繰り返したりで、かわいげのあろうはずのないおっちゃんまで、くらわんこと抱擁を繰り返しているのがほほえましい。

帰宅して、くらわんこのイメージが抜けず、「くらわんこを讃えて」というか「くらわんこ賛江」ハンバーグを作ってしまった。
ときどきハンバーグを作る。
ひき肉の良いのが手に入ることが分かったので、パン粉を作ってストックしているからだ。
たまねぎはみじん切りを生のまま、オレガノとナツメグを気分しだいの配分でいれる。
ソースはトマトのピュレがベースで、からしを溶いたり、ウスターがはいったり、でたらめである。
お惣菜なのだから、美味しければよい。

この日のメニュは、
ところてんのサラダ、トッピングはきゅうり、焼き豚。マスタードと三杯酢、すこし、マヨネーズ。
かぼちゃのいとこ煮。
ハンバーグ。パンの耳のせ。
アサリの味噌汁、麦ご飯。

e0036151_11023638.jpg
パンは、フランスで修行した、という宇治のボンヌ・ミッシュというパン屋さんのパリッと焼いた、中がもっちりした食パンの耳。

これをかるくトーストした。くらわんこの耳のイメージ。

外でハンバーグをたべることはまず無い。家で作ることもまず、無い・・と思っていたら、ブログ4回目の登場である。
家でつくると、美味しい。

冬になれば、このソースで小カブを煮込んだのを添えたりするだろうなあ。今回は、写っていないがうしろにかぼちゃがある。





[PR]

by coppoumon | 2016-09-12 11:17 | 常の日の惣菜 | Comments(0)
2016年 09月 09日

夏の間に弾いたもの

この記事はブログのファンのみ閲覧できます

[PR]

by coppoumon | 2016-09-09 21:28 | 音楽の勉強
2016年 09月 09日

夏が遠ざかっていく

7月31日に、蓮花寺へ行った。
心のリズムを整えに、そうして生体リズムを整えに、である。
早朝であったので、誰もいなかった。
コンデジでは写し難いのだが、朝の光の美しさ、すばらしさに、時間を忘れそうになる。

e0036151_20493434.jpg
e0036151_20501032.jpg
e0036151_20502882.jpg
10分ほどの間に金色から、深い緑へと光がうつろう。
観光客がすこしずつ来られたようだ。
先にお茶室へ入られた方があったので、しばらく遠慮していたのだが、お寺の方から、お茶室へどうぞ・・と案内を受けた。

e0036151_20564033.jpg
先客は関東の方らしかった。

私に気づかれて、さ、そろそろ退出しましょう・・と立ち上がられた。

また静けさが戻ってきた。

e0036151_20570178.jpg
百日紅が盛りだった。

このあと、村里の中を御蔭神社、八瀬と歩いた。
八瀬で見る楽しみのひとつは樅の大木である。大樹・・というのかな。
切り倒して、どれほどの幅広の板が取れるだろう、と不謹慎なことを考えてしまう。

樅の木目を好きである。子供の頃、掘りごたつの天板がモミの木だった。出来てきた時は真っ白で、染みなどつけないように、大切にしたものだった。
幅広の板であったから、大きな木だったに違いない。

八瀬とは何の関係も無いことを、思い出しながら、歩く。
そうして駅前で柴漬けを求めて帰る。

次に蓮華寺界隈を訪れるときは、秋雨の、すこしひんやりとした朝の時間に、御蔭神社の林の中で、きのこを見て楽しんでいるだろう、とおもう。

[PR]

by coppoumon | 2016-09-09 21:11 | Comments(0)