のんびりいこうよ

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2006年 02月 10日

梅がさいた


いつもと比べて、6週間ほど遅く、やっとのことで、隣の公園の梅が三つだけ花をつけた。

朝の光は、春を示唆しているけれど、風があるので、鳥も鳴かないや・・・と思っていたら今朝はやく、何か鳴いた。

ヒヨだ。

なんや、こいつら元気やなあ。ヒヨばっかりが鳴くんか。

また畑荒らしに行くんやなあ。賢いからなあ。ブロッコリー台無しやろなあ。

ついでに、烏まで鳴き始めた。カーテン越しに日差しは明るい。

さっと、カーテンを開けると、お向かいの屋根は霜が下りたように真っ白だった。

外は零下二度。
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# by coppoumon | 2006-02-10 19:42 | Comments(5)
2006年 02月 08日

ひるめし

学生の頃京都に行こう、と誘い合って、間違えずにいけるところといえば、三十三間堂くらいなものだった。
ガイドブックはあったが、一つ一つの名所をモノクロの写真入りで、由来だとか、拝観時間だとかは書いてあった。それを読めば、行かなくても行った気分になってしまうような、ただ、それだけの本であった。
それだけの本、といってしまうと申し訳ないが、それでも飽かず眺め、複雑な面白い動きをする京都の路面電車の路線図を、覚えようと努力したものだ。
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三十三間堂を見て、国立京都博物館を見ると、充分京都を堪能した気になったが、いつも困るのは、食事をするところがない事で、仕方なく、お茶と、弁当を作ってもらって、博物館の西側の休憩所で食べた。
あるときは大学の友人とばったり出会って、弁当を3人で分けて食べたりもしたから、やはり食事をするところがなかったのだと思う。

あんた、どこにも(お昼を)食べるところがないの?と母がたずねる。

・・・うーん、なんだか、地元の人しか行かないような、うどん屋のようなところはあった。ちらしずしとか、お稲荷とか、サンプルが出てた。

あらら、そういう店は、必ず美味しいから入ってみたらよかったのに。しかし、あんたらの趣味とは言えんやろな。若い子は入らんやろ。

・・・喫茶店で、カレーとか、ナポリタンはいらんしな。

1970年頃の写真が出てきた。
七条京阪を東山に向かって坂道を歩く時にいつも見ていた建物がやがて取り壊されるのではないか、と、そんな予感がして撮りに行った時のものだ。
三階建ては工場、その左となりは市場だった。

お昼時、うどんやしか、探し当てられなかった頃の懐かしい写真。
カメラは、メモ代わりに使っていたミノルタ。
二度も落下させて、大破してしまったので、もう手許にない。

二度目の落下は東京での事だった。
そのまま、ヨドバシカメラに行き、コンタックスのT-2を衝動買いした。
すると、もう、使いようのないほど壊れたカメラを3000円で下取りしてくれたのだった。
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# by coppoumon | 2006-02-08 22:03 | Comments(2)
2006年 02月 05日

白椿

我が家のすぐ近くで、12月から侘助が咲き始め、いったん咲き終えたと思うと一月になってまた小さな蕾を抱えている。

白い小さな椿。

連想するのは、もちろん和菓子である。

かって、淀川を船が上り下りしていた頃、主要な船着場のある宿場町には
有名な和菓子屋がその名残を見せて、いまでも伏見、伏見稲荷、宇治に店を構えており、
どの店も同じものが売られているのかと思っていたら、そうではなく、宇治でみた和三盆羊羹などは、ほかで見た事がなかった。

どのように違うかをここでレポートしてみても面白そうだ。でも、今は、しない。
このお店には「椿寿庭」という椿をデザインした和菓子部門があった。

打ち菓子も白い椿。
カルカンではなくて、自然薯の軽羹、つまり重羹を拵えて羊羹を真ん中にサンドイッチにしたような、棹菓子。
白餡の薯預饅頭。餡のなかに栗が混ぜてあった。

春先には「こなし」で椿の花弁を紅白にした菓子を並べていて、これは高価だった。

あるとき、この部門が一斉に姿を消してしまった。
樟葉には二階以上が寮になっっているこの老舗のビルがあり、一階では上菓子や細工菓子を作り、茶房があってよく通ったものだが、同じ頃に消滅した。

侘助を見ると、いつもこの店と、薯預のお菓子を思う。


茨木市の下音羽の民家から昭和の初めに発見され、寄贈された「マリア十五玄義図」の修復が終わって所有者の京大博物館で展示が行われている。
この図の中央のマリアの左手にかかれた花はバラではなくて白い椿だ。

こんなところにも白い椿があったのだ。


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# by coppoumon | 2006-02-05 23:20 | Comments(2)
2006年 02月 04日

キノプティック

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所用で高槻に行く。
日差しはあるものの、たまに雪が舞い風は冷たい。
出掛けに、カメラを持って出ようか、と一瞬迷ったが、親のための買い物をたくさん頼まれていて
諦めた。

大阪でキノプティックの100ミリのレンズが2本並べて、売りに出ていた。
誰が買うのだろう。

2本は、微妙に値段に差がある。

先年、キノプティックの150ミリのレンズがやはり2本、別のカメラ屋で、売りに出ていた。
デッドストックでどちらも未使用で、これはデザインが少しずつ異なっていた。
木箱つきで、中に高級ブランディーでも入っていそうな雰囲気だった。

売れた、と聞いた。
買った人がいたことは驚き。



プロテクター代わりに入れているUVフィルターを、今回やっとの思いで、取り外してみたら、中が汚いのにびっくりした。

あわてて、汚れを拭いパチンと、フィルターをはめ込んだら、またフィルターが外れなくなってしまった。

今度フィルターが外れてくれる日は何時なんだろう。卵が立つという、春分の日にでも外れてほしいなあ。


↓ こんなにも汚れがついていたので、記念撮影。
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カメラはアルパ10d 、マクロスイター50mm f1,9
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# by coppoumon | 2006-02-04 21:37 | Comments(2)
2006年 02月 02日

なます

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85個の渋柿が40日ほどで無くなってしまいそうだ。
残りはわずかにあと六個。

教わった通りに、おっかなびっくり作ってみた。
分かった事は、干したのを取り入れる時期を見極める事で、表面が固く仕上がるか、柔らかく仕上がるかの分かれ目になるらしい、ということだ。

食べてみて、こんなにも美味しいのか、としみじみ思う。
あんぽ柿のように、ぽってりと柔らかく甘い干し柿もすきだが、今回出来上がったような少しかみ締めるような柿も良い。

柿なますは、大根、京人参、干し柿で三色。更に、柚と軸三つ葉を加えて五色なますにもしてみた。


お花ちゃんのために大根なますの作り方を書いておきます。

大根、京人参はマッチの軸ほどに切る。

水一リットルに塩30グラムを溶かしてその中に繊切りの大根、人参を15分ほどつけておく。
取り出して、出来るだけ硬くしぼる。

あわせ酢 (酢40ccに対して昆布だし120cc)に入れる。

作業は、これだけ。少し日持ちがするので、作り置きがあれば便利。



お花ちゃん、やってみんさい。おいしいけんね。
ほ~よね。
カツラ剥きが出来んでも薄切りにして刻んだら味は変わらんのじゃけん。



干し柿、柚、昆布、軸三つ葉をさっと熱湯をかけたもの。

いずれかが入ると、それなりに楽しめる。

カメラはアルパ10d、 レンズはマクロスイター50mm、f1,9
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# by coppoumon | 2006-02-02 21:53 | 作った | Comments(8)
2006年 02月 02日

年越し

節分が近づいた。
幼稚園に行くか行かないかの頃から可愛がって頂いたお宅が数軒あり、それぞれに季節のご挨拶をする。

母と京都に行った折に、四条河原町の永楽屋で和菓子と佃煮を組み合わせてお送りしたお家からは、今届いた、こちらでは探そうにも手に入らないものばかりで、とすぐに電話をくださった。

もう一軒、昨年夏にお会いしたときに酸茎をお約束したところには、酸茎、じんとらの京七味、京飴二種、宇治の煎茶を、お入れして発送した旨、電話をした。
「まっ、うれしい。何か、ほしい物を、おっしゃって。
今なら、なにかしら。何もほしいものがないなんて、それは私たちのいう言葉よ」・・・・また、是も非もなくおねだりに伺います。
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もう一軒は少し病勝ちなご夫妻で、お会いすると一体、三百年ほど前からの付き合いではないかと思いたくなるほど丁寧にもてなしをしてくださる。
今回お送りしたのは嗜好品以外に、厄除け善哉、聖護院かぶら、天然物の日高昆布、京飴、
聖護院大根の切干、琵琶湖の鮎の飴煮。

島の中では、不自由はないけれども、手に入るものが限られていて、あなたが送ってくださるものが、本当に楽しみなので、ございます。

私だって、子どものころ、寄っていかれませんか?と声をかけてくださって、いろんな美味しい物を頂戴した。

船で片道8時間かけて行き来した博多との間を、バタークリームのケーキなど、どうやって手配したのだろう。もう、50年も前のことなのにその日のことは昨日の続きのように覚えている。

長じて高校2年のある昼休み、こっそり学校を抜けて浜に出ると私を呼ぶ声がする。父の友人のお宅があったのだ。

昼休みですか。今ね、かまぼこば、蒸しよるとです。ちょっと寄って食べて行かれんですか。


楽園だったのだな、と最近思う。

お届けするところがあるおかげで、私は、随分京都通になり始めたとも思う。嬉しい。



レンズはマクロスイター50mm f1,9
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# by coppoumon | 2006-02-02 00:27 | 郷里 | Comments(2)
2006年 01月 31日

なんで、こんな看板が(その三)

30年も前の話なら時効だろうか。生きていたら、ごめんよ。
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この立て札を見ると、野菊の墓を思い出す。それはこの立て札の向うのお宅が伊藤さんだからかもしれない。

CRABの墓? お墓作るほどたくさんいたのかなあ。

30年ほど前、ある電気鉄道株式会社に勤めていた、そうして、今も働いているかもしれないオトコマエのkenちゃんという男が情けない顔で尋ねてきた。
電気鉄道株式会社では勤務の関係で宿直があり、そのときにすごいものを貰ってしまい、困り果てて、来てしまったと言う。

いつもは姫君と別れられない、別れたくないという定番の話なのに、そのときは様子が違った。

おやおや、親指の爪どうしで圧迫してご覧。プチっと言うのはそれは卵だよ。なんだか子持ち昆布みたいだね。いま、友人に聞いたら医者に行って全部そられるってさ。それだけは嫌ってか。

今ね、小学一年生の虫オタクの子どもに聞いたら、卵は呼吸してるから、殺虫剤を撒かれると死んでしまうんだって。これから犬の蚤取り粉を買ってきてやるよ・・・。

ざっと、こういう話なのだ。

しかし何故こんなところにこういう立て札があるのだろう。
え? お店の青空駐車場だったのか。

でも、Crab って Crab louse のことでしょう。 お店の名前にしちゃったの? ・・・・・・・・毛じらみ。


レンズはキノプティク100mm f2,0
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# by coppoumon | 2006-01-31 23:22 | ああ、びっくり | Comments(4)
2006年 01月 30日

ホテル・さざんか

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ご近所に、野草の愛好家がおられて、お宅に花が絶えたことがなく、楽しませてくれる。
ご夫妻どちらかにお会いすると、野草のいろんなことを教えてくださるので、咲く花を時々写真に撮っては差し上げる。
撮影の拙さは頓着されず、あ、うちの花ですね、と相好を崩されるのだ。
数日前、金魚葉侘助の花が咲いていないかと探したが、まだ早いようで、開いたばかりの山茶花を撮った。
垣根は絶えず風が吹いている場所で、なかなか花が静止してくれない。

「山茶花・さざんか」

なぜか、私は旧文部省が中学一年生用の教材に指定した二部合唱の曲ではなくて、大川栄策の「さざんかの宿」を思い出してしまうのだ。

私は演歌を好きではない。すごく貧乏臭い歌だなあと、絶えず思う。
それゆえ、時に思いつきもしない結果に思考が行ってしまい抱腹しそうになる。

例えば「みちのくひとり旅」

この曲は、かのテニス界のプリンス・シューゾー様が、こんな好きな唄はほかにない、と申された歌だ。
たとえ冷たく別れても、俺には、おまえが最後の女~~と北島門下のお兄ちゃんが歌う。

メロディーもしつこい。

たとえ、どんなに冷たくわかれても、たとえ、どんなに恨んでいても、たとえ、どんなに灯りがほしくても、たとえ、どんなに流れていても・・・・・・・俺には最後の女。

歌詞もこんなにしつこい。

これは、ここまでしつこいのなら「俺には、おまえが最初の女~~~~~」のほうが受けるんじゃないか。

酒を呑まない飲み仲間のかおるちゃんが言う。いいのよ、そんなに真面目に考えなくって。演歌なんて、こう、あらまほし、といってるだけなんだから。
ストレートな願望であって現実味はないのよお、驚くこたないわよ、センセ。



話を元に戻して大川栄策氏、彼のご尊顔の中央のあぐらをかいたような丸いものから山茶花の実を連想するのだろうか。

そうではない。

いや、そうかもしれない。

大川栄策の歌った「さざんかの宿」を英訳して歌ったアナウンサー梶原茂の歌が、大川栄策に負けぬほどハートがあって見事な情感を歌い上げていた。

SAZANKA HOTEL という題だった。



カメラはアルパ10d、 レンズはキノプティック100mm f2,0
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# by coppoumon | 2006-01-30 22:05 | Comments(4)
2006年 01月 29日

豪華

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趣味、おまんの食べ歩き。どこかのプロフィールに書いた。
おまんとは、市場の中の饅頭屋で売られているような一つ80円から100円ほどの、普段におやつに食べるような饅頭のことである。
和菓子は、茶道で遣う主菓子で、どのように区別するのかといえば、店先に、餅、赤飯を置いているのがおまんやであり、和菓子屋は餅をつかないのだそうだ。

関東の方におまんの食べ歩きというと、驚いた顔をされた。なんでやねん。あんな美味しいもん。

年末に福岡から好物の和菓子が送られてきた。御名は「鶴の巣籠もり」 お祝い事に特別に作られるので、店頭には並ばない。
時々、余分に作ったものが店先に出ていることがあれば、幸いというべき。
紅白のマシュマロの中に、白の漉し餡が多めに入っている。それを鶏卵素麺で巻いて囲んで鶴の巣に見立ててあり、こんな豪華なお菓子はちょっと他所で見る事が出来ない。

ポルトガル伝来という鶏卵素麺は、博多と、大阪の鶴屋八幡にあり、この二ヶ所だけでしか作られていないと、鶴屋八幡に勤務する友人は、以前、自慢をしていた。
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正月の間中、微熱を出していた私は、温めた牛乳を飲むときのお供に、この鶴の巣籠もりを頂いた。

もう一回、美味しいお茶で、食べたい・・・。

あ、k子姉ちゃん、すぐには送ってくれなくていいです。 また哀れと思し召したら送って。

おやおや、ブログが私信になっちゃったよ。


レンズはマクロスイター50mm f1,9
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# by coppoumon | 2006-01-29 21:36 | 和菓子 | Comments(4)
2006年 01月 28日

あたろうか、あたろうよ

研修に「たきび」を取り上げる。

ピアノの不得手な先生方には大変弾きにくい曲で、必ず冬の時期に歌われるので、頑張ってマスターしたい曲だからである。

歌の中でしか見られなくなった焚き火であるが、この歌のモデルになったお宅をモノクロの写真で、昔、見た事があったなあと思っていたら、なんと幸いに現存していて、ZANSHYOU氏が昨年暮れに写真を撮りに行ってくださり、垣根の曲がり角の写真を頂戴した。このお屋敷の方とは同級生でいらっしゃるそうだ。

この歌が生まれたのは、実は戦時中なのである。国が戦争色一辺倒になって、子供達のうたう歌に心を痛めた作詞家と作曲家が、子どものために書いた精一杯の音楽の一つが「たきび」だった。
しかし、時局はますます悪くなる。

ぼうや なかずに ねんねしな とうさん 強い兵隊さん ~「軍国子守唄」
めざす陣地へ ついたなら ほし草あげよう 水飲まそう ~子供向け軍歌「お馬と兵隊さん」
軍馬になって 行く日には オーラ 皆でバンザイ してやるぞ ~「めんこい仔馬」
大きい杉は何になる 兵隊さんを運ぶ船 傷痍の兵士の寝るおうち ~「お山の杉の子」
お国のために 尽くされた 兵隊さんの おかげです ~「兵隊さんよありがとう」

音楽には必ず歴史的な背景が付属していて、その事の理解無しに音楽は成立しない事を言い続けたい。
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写真は http://www.geocities.jp/ykzanshyou/ より頂きました。ありがとうございます。
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# by coppoumon | 2006-01-28 22:09 | Comments(2)