のんびりいこうよ

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2005年 11月 16日

落ち葉の季節

散るよ散るよ、木の葉が散るよ、という歌を知ったのが、葉っぱに関する歌の一番初めの記憶である。
この歌、後半が「シャボン玉」に類似していて、好きではない。
「シャボン玉」は「主我を愛す」という賛美歌のエコーのような曲で、明治期の、洋楽が浸透してくる過程でのこの曲も、歌詞が生まれた背景が分かると、歌いたくは、ならない。

葉っぱの歌で「紅葉」という題の、「秋の夕日に照る山紅葉」で始まる歌はやはり賛美歌の「いつくしみ深き」が、下敷きにある。
「紅葉」の歌詞をそのまま、「慈しみ深き」のメロディーに乗せてしまえるのも、如何に、原曲からうけたイメージが大きかったかを知らされる。

「紅葉」には限らないが、たとえば「冬景色」のように景色だけを歌った詩にメロディーを付けることを嫌がる作曲家は多い。
そのわけは、花鳥風月をいかに美しくうたっても、私は、こう、思う、という主張がないので、歌詞を聞きおえて、それがどうした、それで、そっから先はどないや、ゆうねん。という気分になってしまうというのである。

思想が無いと。

メロディーにのせて、何が訴えたいのか、メッセージが入っていない歌はつまらない、ということなのだ。
でも、聴きたくない歌もあるなあ・・・。

聴くと辛い歌もある。
二人の楽しかった若い日の思い出や夢が、ショベルでかき集められ、燃やされる落ち葉のように、一瞬にして燃え上がったかと思うと消え果て、未練までも北風が忘却の彼方へと運んでゆく・・・と歌われる「枯葉」。

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失われるものであれば、燃え尽きた方が、さっぱりしてよいと、思うのは未練や執着の無さなのだろうか。

それとも、負け惜しみか・・。

はたまた感性の出来の悪さか・・・。


時間を三年前に戻すと、こんな落ち葉が出てきた。
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# by coppoumon | 2005-11-16 08:47 | 考えた | Comments(3)
2005年 11月 10日

干し柿

e0036151_20563622.jpg干し柿を好きである。栗は買ってまで食べようと思わないが干し柿は買う。
福島や、山梨から年末になると大きな美味しそうな干し柿が出回るが、高価なので店もひとつずつばら売りをしている。
奈良からは、柚と干し柿を筒状にまいた筒柿や、棹物に仕立てたもの、中に白餡が詰めてあるものが、店に出るが、手間なのか高値だ。

今年は初めて、渋柿の皮をむいた。この秋は成りすぎて手が回らないくらい収獲があったというのだ。

「先端のところを、5ミリほど残すようにして、皮をむくんえ。そうせんと出来上がる頃に抜け落ちてしまうよって」
なるほど、そういうことだったのか。
「タコ糸でワッカ作って入れていくねん。後は、風通しの良いところに吊っとくだけ。朝日くらいなら当ててもかまへん」

こうして30個ほど渋柿をいただいたのである。

熱湯をくぐらせてベランダに吊るした。

もっと、貰ってきて干し柿ジャムをつくろうかなあ。
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# by coppoumon | 2005-11-10 21:16 | 作った | Comments(5)
2005年 11月 09日

11月、2度目の林檎ジャム

紅玉10個、レモン半分、シナモン少々。砂糖350グラム。
これだけの材料から3キロのジャムを作る。
500cc入る容器だと750グラムのジャムを入れることができる。

今回は4つの容器に分けて、まだ、冷めてはいなかったが、お向かいさんに一瓶差し上げたら、
柿4個林檎一個、大きなサツマイモ3個頂いた。

こんなにいただいたら、海老で鯛を釣ったようで詐欺みたいだ、と申し上げて、笑う。
携帯のレンズで覗くとなんだかお地蔵さんのおそなえのよう。

お向かいはシイタケ栽培農家。米や野菜も作ってお宅の横に無料販売所を置いておられて、いつも出した品数と、空き缶のなかの100円玉が合っている、とニコニコされている。
このお宅のおかげで、お米が不作だった時も全く困らなくて、済んだのだ。

e0036151_1019518.jpg今日は良い天気。
水曜日だから、掃除洗濯炊事の日。


頂いたサツマイモに人参を少し加えてポタージュを作った。



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ポタージュを差し上げると、今度は30個の渋柿がご到来。
柿が豊作で、とても手が回らないほど実がついたそうだ。
今年は、干し柿に初挑戦。
先端の5ミリほどを残して皮を剥き始めるのだそうだ。




e0036151_15355637.jpg冷めた林檎ジャム。蓋を取ると紅玉とレモンとシナモンのすごく良い香りが混ざりあっている。
シナモンが入ったので少しピンクが黒っぽくなる。
差し上げるのが惜しくなるけれど、ええい! 思い切って蹴飛ばしてしまおう!!
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# by coppoumon | 2005-11-09 10:20 | ジャム | Comments(6)
2005年 11月 06日

三条白川下ル

カメラ仲間が何度かおまんを持参してくれた。
その中の一つに「光秀饅頭」があり、大島に漉し餡が入っただけの饅頭で天辺に小さな明地家の焼印が押してあった。
「ご存じないですか、この和菓子屋の近くに明地光秀の首塚があるんです。
で、それに因んで光秀饅頭。いつも古川町商店街のあたりまで、ヌイを散歩に連れて出るんです。よく、饅頭も買うんです」

ヌイとは彼の飼っていた犬の名だ。

ヌイは近くの大学の寮に住んでた頃から飼われていた。私は写真を撮りに歩くコースの中で彼より以前に、この寮時代のヌイと面識があり、私の写真にも収まっていたが、いずれ飼い主に出会うことになるとは考えもしなかった。

面白い犬で、カメラを向けると寄ってきてそれなりに、ポーズを決める、レンズ馴れした犬だった。

そのことを彼に告げると、彼は数冊のヌイのアルバムを持参して遊びに来た。

時々は一緒に飲んだ。

別の、ある日、彼が来て一緒に写真を撮影に出た夜、バスを待ちながら、「こんなに冷え込むのなら、パッチ穿かなきゃもたないなあ。
しかし、いざって時にパッチ姿になるのもかっこ悪いしなあ・・」と言い出したので、いやあ、向うだって、手編みの毛糸のパンツを躊躇しているよ・・と声をかけようとして、彼の知性にそぐわないからと、思いとどまったことがあった。

ヌイが死んだそうである。

その直後から彼は姿を現さなくなり、電話にも出ることがなくなってしまった。

写真の仲間から、歩いているのを見た、とか、仕事をしていたなどと話に上がったこともあったが、近頃は、皆が知らない、という。


彼とヌイがよく散歩したであろう白川の、三条下ル界隈の景色を好きである。

焼きすぎのレンガを積んだ塀が10戸ほどのミニマムな住宅を並べて、柳とともに白川を独特の風景にしていた。

冬には、鴨が生息するのを、かもをもちかえらないでください と、立て看板が出た。

今はレンガ塀のおうちは2軒だけになり、ある私大の建物が出現して、以前の風景を知るものに、ため息をつかせる。
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# by coppoumon | 2005-11-06 07:02 | 京都 | Comments(4)
2005年 11月 05日

紅葉には早すぎる。

e0036151_2228893.jpg丁度一年ぶりに友人の嫁が友達を誘って京都に来たので、母と行く錦のいつものお店でお昼を食べた。

摩り下ろしたジャガイモのだんごのあんかけ。水菜と薄揚げのたいたん。ほうれん草と松茸、柚で割ったおしたじ。蒸した茄子の煮びたし。白ご飯と白味噌の味噌汁、薄揚げと豆腐。
デザートはジャガイモのムース。白玉だんご。


観光客の少ない道を選んで26528歩、歩く。
コースから離れると鹿ケ谷は静かな町で、時折、信じられないような豪邸や、実態を聞いた事もない宗教法人の本山めいたものに出くわす。写真は法然院。

安楽寺、法然院拝観後、タクシーで清水へ。
浪川菓舗というおまん屋の前で車を降りて、おまんを・・光琳菊、松茸、芋蒸し羊羹・・買う。

陶器屋さんまで歩き、懸念していた昨日来の絵皿は、友人の嫁に9枚中6枚で収まった。
私が残り3枚を買おうと思案していたら、すかさずお店の方が、私が買います、と言われたので、よほど良いものだったに違いない。

夕食は八坂の洋食店でビーフシチュー。もう、美味すぎて皆、寡黙。ひたすら食べる。

さて、翌日は昼食のみを記す。

は~。

食べ過ぎて何がなんだか分からない。

お寺で湯葉を食べることができたら、と考える暇もなく、美女達の主張するところは湯葉である。
娑婆で湯葉。
そういったお店に行った。

e0036151_2271543.jpg突き出し,口取り、胡麻豆腐、八寸、湯葉鍋、椀物、
栗の白蒸し、赤だし、豆乳ゼリー、半生菓子と紅茶。
まだ、何か抜けたかもしれない・・。

寡黙に、2時間ほどかけてひたすら口に運ぶ。
それにすごい庭。
燈籠の数だけで20本はあったと思うけれど、名石だらけ。
巨石だらけ・・あ、今の所有者が、大岩さんというのだ・・と思い出した。


e0036151_2271848.jpg今回は、出されたものが余りにも美味しくて、すぐに口に運んでしまい、写真に残すことなど、考えも及ばなかったことが、ちょっと残念。もう入らないところまで、食べてから、やっと我に返ったように口を利きだした。

美女と美食の会はこれでお開き。
美女達は錦を通って、手に持てるだけ買い物をしてご帰還遊ばされた。
良き哉。
ノルマというべきか、カルマだったのか、まず一丁上がり。
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# by coppoumon | 2005-11-05 22:27 | 京都 | Comments(5)
2005年 11月 03日

写し

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飛行機が着陸する寸前に見る島影は、なんだか、昔から見たことがある風景だなあ、何だったんだろう、という思いが掠めて過ぎり、すぐに、あの、お皿の絵なのだ、と気づいた。

郷里の焼き物は明治の間に途絶えてしまって、新しいものが手に入らない。元々お殿様の入用のものだけを焼き、江戸時代から売買はされなかったのでお手軽にあっちこっちと出回っていないのだ。

時代が下がって町人が日常の皿や茶碗類を焼くようになったのは江戸後期であるが、明治以前のものは流出したり、放棄してしまったりで、家々に伝わっていないことが多い。

昨年郷里の友人の嫁が京都に来て、この先少しずつ道具類を揃えなおすことを思い至ったようで、それというのも作家達の作ったものの中に、長崎の郷里の焼き物のエコーが感じられたからであるらしい。
それではと、李朝の作風を持つ若手の作家の作品から大きな鉢、向付け、大皿と、気に入ったものが見つかるまで時間をかけて選ぶことにした。
こういうことに時間を費やすのは至福なのだ。

皿だけは数種類を、頼んで焼いてもらうことにして、こちらから染付けの絵柄とサイズを提示することにした。

e0036151_18112020.jpgこのような
山水で、船と新月と言うお題で、作家の方のイメージで、描いていただけますか。上がりが何時になってもかまいません。窯の都合で結構です。食器として常使いをします。と言うことを申し出ておいた。
出来ました、と一昨日連絡があったので、早速飛んでいくと10枚、上がっていた。


e0036151_18155446.jpg写しである。
再現と言うことではクラシックの演奏家の作業と共通していて、自分の持ち味が、どれほど控えても表に出る仕事なのだ。
出来上がってきた皿は、私と5枚ずつ分けるのかと思っていたら、さて、この10枚を全部引き取ってしまおうか、6枚にしようか、と電話先で友人の嫁が迷っている。

絵も若々しくて好ましいが、高台の造りが繊細で、上がりも、とてもよいのだ。
早々に一枚持ち帰ってきたが10枚欲しいと言い出したら、供出しなくてはならないのだろうか。
あの嫁が、夜になると、一枚、二枚、三枚・・・・と数え始めたらどうしよう。
一枚足りない・・・・・・という言葉を聞くのは恐ろしい。
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# by coppoumon | 2005-11-03 18:21 | 郷里 | Comments(1)
2005年 11月 02日

11月の作業・林檎ジャム

今年、初めての林檎ジャム。
必ず紅玉で作る。紅玉は9月の終わりごろから出始めるはずなのに、近所では何故か3週間ほど遅く出回り、12月はじめに姿を消してしまう。
京都に行くと、出町柳の商店街には年末まで出ていて、ここで入手できなくなるとその年の林檎ジャムつくりをあきらめて、年の瀬を迎える。

e0036151_10335243.jpg材料は、写真のとおり。

林檎は4つ割りにして種を除きホーロー鍋にいれ、水をカップ2杯弱加えて、強火で蒸し煮して、形を崩し、ムラなく火が通ったら、コップ一杯ほど取り置いて、残りを40秒ほどミキサーにかける。

鍋に戻して、取り置いたものを加え、甘さを確かめて砂糖を林檎の三分の一ほど加える。中火で砂糖が溶けたら、レモンを絞って加える。

長年ミキサーにかけずに、裏ごしをしていたが、このほうが、食感が良い。
全量をミキサーにかけて滑らかにすると、口に入れたときの楽しみがないので、適当にアレンジをするのだ。
流動食は、もっと先で、お世話になることにして、現在は口当たりの不均等さを楽しむ。

次回は、シナモン入り。その次は、シナモンと、レモン入り。またその次はブランディーや、カルバドスも入って、作るごとにだんだんと、複雑な味にしていく過程も冬の面白さだと思う。

林檎の皮をむいて、ピュレをつくり、薔薇の花びらを砂糖煮にして薔薇のジャムを作るが、
家で薔薇を仕立てても、かなり薬をまくので、食用にするのは、あきらめてしまい、薔薇ジャムは作ったことがない。生姜のジャムも林檎のペクチンを利用する。
e0036151_10351521.jpg砂糖は三温糖を使うので、仕上がったジャムに透明感はない。
グラニュー糖だと、美しい半透明のピンクに仕上がるが、味はいまひとつである。

作業時間は後片付けも含めて40分。500ccの容器に2本取れる。
ジャムの味は冷めて4日位してから落ち着く。その4日間が、楽しいのだ。

チャツネの代用に、ポークチャップのソースのベースにも隠し味に加える。
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# by coppoumon | 2005-11-02 10:40 | ジャム | Comments(2)
2005年 10月 30日

三門

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大きな山門。
徳川家にかかると、こんなに大きな門を造ってしまうのだろうか、この上には何があるのだろう、きっとパラダイスがあるに違いない、と思っていたら、あるとき特別拝観で上がることができて内陣は案の定、極楽浄土。それより回廊の狭さと外の景色のよさに驚いた。
思わず、石川五右衛門の絶景かな、絶景かな。というセリフも腑に落ちたが、しばらくして、それは南禅寺だと気がついた。ここは知恩院。

この門を下りて遥か下のほうに新門がある。そこは門番が常駐するための屋敷がついていて江戸時代の雰囲気をそのまま残しているので好きである。
新門の前は骨董屋が軒を連ねる。
この東山あたりの骨董屋はとても難しいのかと敬遠していたが、昨年、ある種のややこしい男が京都案内を乞うために訪ねてきたので、彼をダシに屏風展に出かけた。
屏風展といえば聞こえが良いが、要するに即売会なのである。バブル崩壊後なので、どんなものでも、平気で出してくるのを、平然と見て歩いた。

茶碗や油絵より安い・・・。

連れのややこしい男がコレクション自慢を始める、その出鼻を挫くのにも、大いに役立った屏風展だった。

この門をでると、そういう、娑婆の空気を吸うことができるのだ。ここで、大きく深呼吸。
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# by coppoumon | 2005-10-30 21:07 | 京都 | Comments(2)
2005年 10月 28日

知恩院

初めて知恩院を訪れたのは20歳になるかならないかの頃である。
茨木の下宿屋にほんの暫く住んでいた頃で、京都に行って来ると隣部屋の阪大生に告げると、これ、使えよ、とキャノンの一眼レフを無造作に貸してくれた。

彼はその年、院に上がり勉強三昧で、ピアノ漬けで明け暮れた私に、時折、私の読む小説を解説してくれたり、大江健三郎を、読め、とか、トランプに付き合ってやろうか、とか気分転換にお互いの部屋を出入りし、勧められて、ヘンリー・ミラーの南回帰線や、北回帰線を読んだ。

彼に仕送りが来た時には寿司屋に連れて行ってくれて、そして、あっという間にQ大の助教授になって九州へ移り、訪ねると、おまえの方が稼ぎが良いだろう、飯おごれよ、と草が江から、ささやかなランチを食べに街なかに出た。

その彼のカメラで撮った、同じ場所の写真がある。偶然、今回も全く同じ場所を、知恩院で一番好きな場所として選んで撮影しているところを見ると、人というものは、変わらないものなのかもしれない。

この場所、この石畳は、どれほどの人が踏んで通っていったのだろう。
神様が、一つだけ願い事をかなえてくれるとしたら、この場所を通った人全部に逢って見たい、と、そう言ってみたい。・・・あんさん、そら無理やで。時間かかりまっせ。なんなら阿弥陀さんに頼みなはい・・・と返ってくるだろうか。
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そして、私と行き違いになった友人達や、20歳の私を見出せて、語り合うことが可能だったり、慈しみ合うことができるのだろうか。

写真中央上の石と、右中央の石には、なにやら字が刻まれているように見えて仕方がないのだが、実際に行って凝視したところで文字など気配もない。
しかし写真に撮ると、いくつもの文字が浮かんでくるようで、偶然なのだろうかと気分が落ち着かない。

昔の人が文字を踏みつけながら歩くことはしないだろう。
いずれにせよここは私にとって二十歳の頃の気持ちに返ることが出来る懐かしい不思議な場所なのだ。

                                         


追記

この知恩院の石段で友人が降りて来るのを待っていたときに、友人は私を撮っていたのだそうだ。
色褪せた写真が時間の経過を示しているが、この石段そのものは全く変わりなく人々を寺院へと招き入れる。

上の写真はアルパ10d、マクロスイーター50ミリ
下の写真は友人のキャノン
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# by coppoumon | 2005-10-28 23:31 | 京都 | Comments(5)
2005年 10月 27日

見返り

京都観光に何の知識もなかった10代の終わり、友人と京都行きを敢行したことがあった。
旧国鉄の京都駅で下りてからとにかく北へと歩いた。
途中東本願寺を見て六角堂までたどり着いて、なんとつまらないことをしているのだろうと気づいたが、どうやって引き返したかを覚えていない。

八坂神社を知ったのは学校を卒業してからのことであった。石段下から朱塗りの門を見たときは、京都なのだ、とつくづく、そう思った。
今でもこの東山一帯で遊ぶのを好きである。
今回の散策でもとりあえず八坂神社の総門の前に立った。そして今来たばかりの道を振り返って、その賑わいを撮ろうとして、驚いた。

すごく、美しく・・ない・・・。

しかし、その姿も好きである。目抜き通りの、一等地を良くぞここまで放置してくれたものだ。
何故景観論争が起きないのか、その不思議さが面白い。
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きれいと、そうでないものが対峙しあう、何時までも佇んでいたい場所のひとつである。

ビル群の屋上にはなにやら檻のような造作物が、学生運動が華やかだった頃に既に、こうやって存在していて、当時はバリケードに見えた。
アーケードの上に、バリケード。
しかも、ここに写っていないアーケードの下は京都の名品の数々が並ぶ老舗であったり、骨董屋、乾物店、飴屋、食事処、和菓子屋、華やかな土産物屋がひしめいているのだから、この混在ぶりはもっと面白い。
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# by coppoumon | 2005-10-27 23:58 | 京都 | Comments(0)