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2006年 01月 11日

永井静子先生

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湯川・朝永生誕100年という記事を見ながら、私のピアノの師の永井静子先生も1906年生まれだったことを思い出した。

子供の頃から、教えていただいたピアノの先生は、学校をでられたばかりの男の先生で、その後2年半足らず毎に先生を変わっていったが、大学の恩師には13年間師事した。しかもその間に師に指名されて、私からすれば先輩に当たる若い優秀な男の先生の所にも通ったがやはり2年3ヶ月であった。

13年師事した先生だけが女の先生で、しかも、一番豪快な先生だった。
伺った頃は還暦のお祝いを済まされたばかりだったが、どんな曲も暗譜で弾かれ、英語、フランス語、ドイツ語に通じておられて40歳以上歳の違う私を、対等に、丁寧に指導してくださり、私は当時の楽譜を見るとその13年のレッスンを隅ずみまで思い出す。

最晩年、私がお尋ねして、音楽のお話をしましょう、と申し上げると、「私には、それしかありません」と嬉しそうにしておられた。

いま、お昼にNHKラジオ第一放送を聴いている。開局80周年記念の番組を放送しているからだ。

関西唯一のピアニストといわれた師は、大阪のNHK、つまりJOBKが試験放送をはじめた第一声に、NHKのスタジオに行ってピアノの演奏をしている。

先生からは、「ある日、プール学院から帰ってきたら、自宅にNHKの方が来ておられて、大阪でも放送が始まる事になったので、放送の一番初めに、ピアノを弾いてほしい、ということでした。
昭和2年3月31日、丁度春になるので、グリーグの「春に」を弾いたのが、JOBKの第一声です」と直接伺った。

ここにある、JOBKのスタジオの写真の、5年ほど前である。

ナチを逃れて滞日していたクロイツアーにご挨拶の演奏をしたとたん、クロイツアーが、こういう弟子を持つことが、私の憧れだった、ドイツでもこういう人にはお目にかかれなかった。と言ったと聞いているが、こうやって、今の私よりうんと若い先生の姿を拝見するのは不思議な気がする。

ヴァイオリニストは貴志康一氏
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# by coppoumon | 2006-01-11 00:03 | 静子先生 | Comments(4)
2006年 01月 09日

居場所

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元旦の計をいまさらではあるが、考えなくてはならない。
年末から性質の悪い風邪に悩まされ続けて、やっと、平熱に近いところまでこぎつけた。

早く、この一年にさらう曲を決めて練習にかかりたい。
しかし、このピアノも35年目。音の出方が好きでこればかり弾くのでかなり消耗し、弦も疲労して、オーヴァーホールしたいのだが、調律の方は「これは私の大事な娘です」といって、オーヴァーホールをさせてくれない。
よほど世界的な名器でも買わない限り、買い換える必要もない、というので、引き下がって、もう一台、象牙を張ったピアノを作ってもらったが、やはり、このピアノが好きである。

何故こんなに執着するのでしょうか?と調律師の方に笑いながら尋ねた。

それはですね、フレームがふくらみを持っているのです、ですから、音の広がり方が普通のピアノと違うのですとの答えだった。
フレームを成型して冷却する時に、一つ一つ微妙な個体差がでます。それをボディに組んで、このピアノは、ラインに乗せないで一つづつ組み込んで作ったようで、弦にしても高音域まで太目の弦が張ってあるんです。太目を張ると、鳴りにくいはずなんですが、断弦のことを考えたのかもしれません。
一番良い選択肢を取ったとは思うのですが、何故そうしたかは製作した人にしか分かりません。
考えられる限りの良い方法で作ったものは、ヘタにいじらない方が良いのです。

オーヴァーホールして、良くなった例がないのですよ、とことん磨り減ってもうだめだ、という時が来たら申し上げます、と調律の方はおっしゃる。


そうだ、昔、リサイタルをやりなさいといわれて下見にいった時のMホールにあったベヒシュタイン、ホールの方は、(ピアノが)帰ってきたばかりなんです、と弾かせて下さったが、何とも国産のメーカーの音になっていた。






とにかく、平熱になるのを待たなければ。


カメラはキャノンA-1 FD50mm f1,2
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# by coppoumon | 2006-01-09 13:27 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(2)
2006年 01月 08日

雪、降れ

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今日から授業が始まった。張り切ってレッスンを受けてくれる分、こちらもやたらと声を出して、最後には、お腹がペコペコだ。

学校には今年もひまわりが元気に咲いている。
あと、2週間くらい、このひまわりを見ることが出来るかな。
もし、雪さえ降り積もらなければ、ひまわりはまだまだ咲き続けて、小正月をすぎても黄色の花を楽しませてくれるだろう。

ずっと以前、某新聞の芸術欄で、非常に卓越した日本舞踊に就いての評論が出た。
しかし、

・・・・・いただけないのが、バックの書割で、ひまわりが咲いているのに、はらはらと雪が散り、その中を、あでやかに舞うに至っては、田舎芝居の相を呈した・・・・・

と、いうような、文面であった。

芸術欄は面白い。この方は、確かに、この舞台をご覧になったのだ。
舞台ばかりご覧になる方は、日常を見ないようで、面白いと思った。

まだ、驚いたことがある。
関西の古手の大フィルが演奏曲目を変更したのにもかかわらず、批評には、演奏していない曲のことがまことしやかに書かれた。

こちらの方が、よほど田舎芝居、いや、田舎芝居以下ではないか、と、喝采を送った。
音楽に批評は要らないという、好例だ。

ひまわりを見ると、つい、この二つのエピソードを思い出してしまう。
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# by coppoumon | 2006-01-08 10:05 | Comments(2)
2006年 01月 06日

かしら~ひだり!

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四条河原町から錦市場へ通り抜けて来る途中での、恐らく真夏の西日しか差し込んでこないのではないかと思えるこの通りは、周囲の喧騒とはお構いなく、人が通らない。
人気のない昼間も良いが、ポーキーズ、回廊、白バラ、50/50(ハーフアンドハーフと読ませるのだと思う)、中川、ソワーレ、と掲げられた看板に、灯りのともる夕暮れが、素敵な場所なのだ。店名だけでは、何の店なのか分からないので、つい、立ち止まってしまう。
ん?何か足らない。
いつの間にか、しか肉や、ジビエを食べさせてくれていたフランス料理店もその入り口が見当たらなくなっていた。途端に、その店の名前が出てこなくなってしまった。

そして、あろうことか学生の頃からずっと変わることのなかったこの場所の雰囲気が、昨年夏、一番目立っていたジーンズショップが美容院になって改装されたために、70年代の匂いが消えてしまっていのだ。

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ワンブロック北側の裏寺町へ向かう通りは、私の、何もかも好きな場所である。

半分乗り捨てられた自転車、おっちゃん、おばちゃん、おにいちゃん、公園にたむろしている高校生たち、天下一品ラーメン。
成人映画専門の八千代館。
なぜかこんなところで、葉茶屋さん。ここに写っていない映画館と共存共栄してきたであろう食堂たち。

時間があれば一日中、ここでシャッターを切っていたい。

八千代館、閉鎖されるそうである。
新京極通りから出てきた人が皆、映画館の看板を一瞥しては、反対側に目をそらす、それがなんだか儀式のようで、面白い。


カメラはアルパ10d レンズは上が、マクロスイター50mm、下はキノプティック100mm
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# by coppoumon | 2006-01-06 11:50 | 京都 | Comments(3)
2006年 01月 05日

犬も歩けば

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錦市場に通じるこの通りを、私は京都らしいと感じる。
何故なのだろう。
ここは裏寺町から京極を、つまり東から西を見ているのだ。
裏町というのに少しもうらぶれた風情がなくて、とにかく人が楽しそうに流れていく。
道幅が狭いので車が入ってくることもない。ぼんやりのんびり歩ける場所なのだ。

犬も歩けば、ではないがどこを歩いてどの店に入ってもおなか一杯美味しい食べ物にありつけるのが、わたしが、この場所を好きな理由なのだろうかと、思い返す。

成人映画専門の八千代館の手前を北に取ると、迷路風の路地に似合わない大げさな擬洋館の何やらそれらしいホテルが数軒あり、どんづまりには泌尿器科の小さな医院があって、至れり尽くせりだと、感心したのは20歳の頃。

どこぞやに炙り餅があって、二軒の餅屋が競争で客を引く。
同様に、お好み焼き「喜の屋」の繁盛ぶりに路地の向かいに「味の屋」が出来て、喜の字が匕(あいくち)の字に化けたりしなかったのかなあ、などと勝手に無責任な想像をしながら歩く街角の探索を面白いと、その頃からいろんな路地を彷徨いはじめたのだった。


カメラはコンタックスT-2
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# by coppoumon | 2006-01-05 14:12 | 京都 | Comments(0)
2006年 01月 03日

花は梅

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前の年の正月は12月に入ると隣の公園の梅の蕾が膨らみ始め、お正月までに開花した枝がたくさん出来(しゅったい)して、見つかったら正月の箸置きや、あしらいに切られたりしないだろうかと、すこし心配だった。

今年は、なかなか蕾も膨らまず、2ミリほどの蕾を寒風に晒し続けているが開花時期の判断がつかない。

御所の中に小さな花を無数につける紅梅がある。結実は見たことが無い、というより見に行ったことが無いのだが、大粒の実を付けたら、意外性があっておもしろいだろうなあ、と想像したり、何ら普通の梅と変わりがなかったりするのかもしれないなあ、と思ったりする。

実をいくつか拾ってきて、家で芽が出ないか試してみたくなる。

美しい梅だが、こうやってパソコンを通すと蕾一つずつが拾えてなくて、後ろのボケ具合とのコントラストが伝わらなくて、難しい。

梅は一つ枝を決めるのに半日、上手に撮れるまで20年と。プロのカメラマンが言われていた。
それにしても、難しすぎる。
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# by coppoumon | 2006-01-03 12:34 | 京都 | Comments(0)
2006年 01月 01日

年賀

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謹んで新年のお祝いを申し上げます。
本年も相変わりませず宜しくお願い申し上げます。

2006年1月1日         コップ謹白





この狛犬は、「徒然草」第52段にある、「仁和寺の法師、年寄るまでに、石清水を拝まざりければ」と出かけて拝んだ、石清水八幡宮のふもとの高良神社の狛犬である。
神社は度重なる戦火で焼けて、現在はささやかな拝殿と本殿があるのみだがこの狛犬は三メートルほどの高さまで石の台座を組み上げて鎮座している。
台座には数十人もの勧進元の人たちの名がきざまれているが、年代や由来は見出せなかった。
しかし、文章にするのなら、きちんと人数くらい数えて帰ってくるべきだったかなあ。


レンズはキノプティック100mm
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# by coppoumon | 2006-01-01 00:14 | 京都 | Comments(7)
2005年 12月 31日

年の瀬

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クリスマスの後、生徒さんに風邪もらったようで、新年の準備というほどのこともせず、のんびりと年末を過ごそうとしたら、親のテンションがやけにハイである。

御節はしない、食べたいものを食べる正月を過ごしたいと叫喚しているのを、この世の名残ぜよ、と腹の中でせせらわらってお付き合いをすることにした。
私の体調が今ひとつなので、錦市場へは行かないことにしたら、出し巻きを焼くように命令があり、金時人参を梅干を入れてグラッセしたり、こんにゃくを煮付けたりして欲しいことを遠まわしに言ってよこす。

20年前に私が母に黒豆の炊き方を伝授したことがあった。それまで煮豆を炊いたことが無かったのだそうだ。
今年は、母が出し巻きを作れないことがわかった。そのくせ、好物だということも。
え?・・と聞きなおすと、私は典型的な二号さんタイプで、毎月お手当てを頂いて、消費するのが得意なの、掃除も料理も皆、好かん・・何がといって、こんな面倒なものは無い・・と。

年越しそばは私が作ることになりそうだ・・こんな年の瀬になるなんて。

明日は元旦。

花は近所の花屋のお姉さんが活けにきてくだっさった。

花器は木村盛伸作

カメラはコンタックスT-2
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# by coppoumon | 2005-12-31 15:38 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(2)
2005年 12月 28日

美味しいもの(その四)

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干し柿を作りなさいと、作り方と一緒に渋柿を二箇所から頂いて、半信半疑で作ってみた。
早朝の僅かな朝日で白く粉をふいたものや、何故か黒ずんだものもあるが、出来たのは干し柿だった。

口にすると、うまい。

家のものも、友人も、ほめてくれて、渋柿を下さったお宅に報告をした。

「うちも、つくって、孫に干し柿たべるえ? ときいたら、見るなり、汚いからいらん。いうのんえ。腹が立って、せっかく作ったのに、もう来年はつくらへんわ、言うて孫を叱ってん」

おたがいに飛んだ災難ですね。

「まだ、採ったらあるえ、ぎょうさん、なったんやさかい」

いえ、この冬、充分な量、食べるだけ作りましたから。

しかし、もう、30個ほどで、干し柿は食べ尽くして、終わってしまいそうだ。
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# by coppoumon | 2005-12-28 08:38 | 作った | Comments(2)
2005年 12月 25日

クリスマスがやって来て

e0036151_22312426.jpg今年は25日の朝のミサに、オルガン当番が回ってきた。
30人ほどのコーラスがついて、聞いてるほうは良いが、演奏する側は連日寒さの中を練習に通い、寒中水泳の気分で、冷え切った黒檀の鍵盤をまさぐるのだから心臓まで凍りそうである。
おまけに演奏中、風箱からパイプに冷たい空気が降りて来る。

バルバストルの「クリスマスがやって来て」を弾き始めた瞬間、22日に亡くなられた辻宏さんを思い出してしまった。
葬儀は26日。たくさんのオルガン弾きたちが集まってもらえるように配慮があったのだろう。私はこの曲で、辻宏さんとのお別れにした。

さて、クリスマスというので我が家でパーティーをやった。客様は3人のところ、前日に一人増えて4人。

メニュは以下のとおり。

生ハム。 フォアグラのパテ、メルバトースト。

水烏賊、オレンジ、水菜、セロリ、玉葱のサラダ。柑橘のドレッシング。

生鱈と生牡蠣のクリーム煮、クリスマスなので、人参、芽キャベツ、マッシュルーム、で、赤、緑、白をあしらった。舞茸も添える。

あわびと、雲丹の炊き込みご飯、三つ葉。
自然薯、柿、軸三つ葉の白味噌胡桃あえ。
五島列島の話題が出たので、赤だしを長崎味噌に変更して、あおさと、焼き麩の味噌汁。

お酒はドンペリ、1995年。
以前に、ピンク色のドンペリを飲んだことがあるが、95年は初めて。
しっかりしていて、コクがあって、うますぎる。
5人であっという間に一本空にする。
もう一本あるが、それは次回のお楽しみにとっておくことになった。
e0036151_22321891.jpgグラスはドンペリに敬意を表して、モーゼル・グラスのフリュート形のシャンパングラス。
無鉛のクリスタルグラスの輝きは、水晶のように透明で、無鉛ガラス唯一といわれる輝きがある。
金の部分は瑪瑙でこすって仕上げるという。

乾杯は、もちろんグラスを少し、持ち上げるだけである.



e0036151_22331593.jpg食後に、「咲元」という琉球泡盛をお出しした。
これがまた上等で、うまい。
予定を一時間オーヴァーして、4時に始まった酒盛りは8時にお開き。
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# by coppoumon | 2005-12-25 22:36 | メニュ | Comments(2)