のんびりいこうよ

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2005年 09月 10日

9月の作業、第二回。プルーンのジャム

カンテナックの74年のワインを三分の二ほどデキャンタに開けて飲んだ。残りは澱があるので、密閉栓をして冷蔵庫へ入れておいたが味は少し変わってしまっている。
これを早く使いきりたかったので、ジャムを作るために台風の前日に、プルーンを1,6キロ買った。
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一晩放置して、早朝左手の親指と人差し指で潰し始めたところで気がついた。
熟していない・・。
しかし、作業を続行。砂糖を400グラム、ブランディーをロックグラス半分ほど懸けまわして水分が上がってくるのを待つ。

水分も十分に上がって、煮詰めてみたが、どうも気乗りしないまま、また一晩放置。舐めると味は悪くない。

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また次の晩、ワインを加えて煮詰めた。
カンテナックの良い香りがプルーンに勝って部屋中に広がる。味見すると、ワインが上等すぎて
ちょっと不満。しかし四日後に味が安定することを期待して、そのまま鍋を放置して寝ることにした。

朝起きてすぐに味見。複雑な味で良い。とても良いのだ。
あれ?しまった、このワインは30年まえの年代物ワインだったのだ。
気分も複雑だ。


作り方。

プルーン1,6キロに対して三温糖400グラム
ブランディー少々、赤ワイン230ccくらい(なくても良い)

完熟するようにお日さんにあてる。
片手で潰れるほどに熟したものを皮付きのまま潰す。
砂糖を上からふわっとかけて、水分が上がるのを待つ。


火にかけて、こまめにあくを取る。
種も、良い香りが出るのでそのまま煮る。

見極めて火を止める。

750グラムが壜に3本取れた。
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# by coppoumon | 2005-09-10 21:36 | ジャム | Comments(2)
2005年 09月 09日

重陽

9月9日、重陽の節句の日。

日本では菊の節句で、料理屋は菊酒に始まる菊尽くしの膳を出す。
和菓子屋は着せ綿の菊の和菓子を拵える。

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上鴨神社で、この日は烏相撲が奉納される。
一度是非、見に行きたいと思いながら、全く機会がめぐって来ないのだ。

子供達が四股を踏む代わりに、「カ~ァ、カ~ァ」と鳴いてからすのしぐさをすると言う。
烏相撲を見る楽しみは、未だに叶わない夢の一つである。


八幡市・志ばん宗(じばんそう) 銘・小菊
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# by coppoumon | 2005-09-09 21:08 | 和菓子 | Comments(4)
2005年 09月 08日

小休止、画像を整理中

e0036151_9303191.jpg青空が戻ってきた。
台風で家に閉じ込められた時のために、写真のネガの整理や、プルーンのジャム作りを予定していたのが、なんということなく台風は過ぎてしまった。
仕事の後で、もうひとつ編曲の仕事を片付けて、ジャムを作って、ネガに目を通して、昨夜は夜更かし。

こんなにすがすがしい朝が来るのなら、早く寝るべきだったか。

e0036151_9335278.jpgこれは昨日の夕方。
この後、夕焼けが美しかったというが、仕事中で見ることは出来なかった。

茨木シリーズをしつこく書き上げたので日記をバックしてくださると書き足し分がでてきます。。
学生が、社会人と見分けがついた時代。
街中が活気に溢れ、大阪万博の玄関口としての準備が始まる直前に住んでいた街です。
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# by coppoumon | 2005-09-08 09:45 | Comments(2)
2005年 09月 06日

進路

e0036151_2341778.jpg大型の強い台風14号がのろのろと北上している関係で、今朝はニュースに緊張感がある。
まだ警報が出ないので中学生達が登校していく後姿を見ていて、帰りにずぶぬれになると気の毒なようであり、私も、今日は外出する予定があり、帰宅は10時半で、夜半から暴風雨と聞くと気が重い。
こんな日は一日家に閉じこもり、ヴェランダ越しに、強い風が吹いて遠くの立ち木が大きく揺れるのや、大粒の雨が世の中を洗うのを見ていたい。

e0036151_2355865.jpg暗雲立ち込めてぎょっとしていると、ますます、雲行きがややこしくなってくる。
本当にこんな空模様の中を出かけなくてはいけないのだろうかと考えながらニュースを見ていると、微妙に台風の進路が西側に寄り始めている。
郷里も、8月末から大雨の連続で、「大概、降りましたでございます。一時間200ミリの集中豪雨で、水が浸かった所もございます。もう、雨は嫌でございます」と連絡があり私は、和三盆、はっか、抹茶,柚、黒糖、紫蘇、レモン、にっき、梅、胡麻と10種類の京飴と、梅の入ったべっこうあめ、皮を鮎の形に作って和三盆と生姜糖をいれたお干菓子を送って大雨の、お見舞いにした。

e0036151_2363226.jpg今朝までの強い風で銀杏がたくさん落ちた。
銀杏が実っていたことすら忘れてしまっていた、この夏の暑さだった。
炙ってはぜたのを塩をつけて食べるとおいしい銀杏。
しかし、何しろ臭い。指も痒くなってしまうし、やっかいもの扱いにして、食べる一瞬だけありがたいとおもう。
台風のおかげで、実を落とす手間が省けたというものだ。

台風の行方は未だ定まらない。明日の朝が、関西に、最も接近するという。
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# by coppoumon | 2005-09-06 23:37 | Comments(2)
2005年 09月 05日

茨木で・ 町並み

上阪して間もなく、住んだ茨木で初めて同じ歳の友人ができた。
バイト先で知り合った体大生。
松本の出身で四分の三サイズの頃まで才能教育のヴァイオリンに通っていて、フルサイズに変えるときに止めてしまったと言っていた。
いつも一張羅のツイードの渋いジャケットを着て、きくと「ああ、これ?オヤジのお下がり。時計も質屋に入れれるように、と持たせてくれた」と屈託無く笑った。
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この食堂の前にパチンコ屋があって、偶然にこの道で出会うと、パチンコに勝ったからと、この食堂でおやつ代わりにカレーをおごってくれたことがあった。
店の名を紅清とは記憶していたが、べにせと読むとは知らなかった。ひょっとすると、VENICEで言葉遊びをしているのだろうか。

その後、彼は二回生になる前に、「冬休み前から考えていたんだけど身長167センチではセッターなんか無理なんだ、3月で学校を辞めて東京に出るよ」と去り、共通の友人がいなかったこと、こちらもその後6回引越しをしたことから、消息が途絶えてしまった。

ある日、初めて見る「岩手日報」に彼と同じ名が載っているので食い入るように読むと、アイスホッケーの指導者だった。何かの表彰の写真だ。
更にがっちりとした体格になってはいるがシルエットから彼に違いない。

折りがあれば彼に会おうと思う。

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(上の写真は2002年10月撮影。この建物は茨木神社近くにあったが、現存せず。アルパカメラ、レンズはマクロスイーターF1,9 50ミリ)
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# by coppoumon | 2005-09-05 20:05 | 摂津、茨木、高槻 | Comments(0)
2005年 09月 05日

茨木で・ 閉館しました

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茨木には二軒、映画館があった。
一つは虎谷書店近くの茨木神社前にあった松竹系のものが配給される小さな映画館で、そこは入り口というか、切符売場だけは京大の西部講堂をおもわせ、通りから少し入り組んだ町なかの場末といった感じがしたが、もうすでに場所を特定することができない。

現存する茨木東映は、茨木神社裏にあり、ひっそりとしたたたずまいであった。ここも散歩に通りがかったことはあるが入場したことはなかった。

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この道は東映映画が提供し続けた、映画文化へのプロムナード。
ところが残念なことに8月31日を以って、建物老朽化のために閉館します。と張り紙がしてあり全く人の気配がないのだ。
入り口から覗いてみると三歩も進めばホールへのドアであり、建物左右の非常出口の向うには奥行きの浅さを隣家の壁が示している。
60人くらい入れるのかなあ。
茨木には珍しい、モダン建築だった。
最後の映画は成人指定の三本立てだったようだが、映画館の袖壁には少年コナンのポスターが貼られていた。
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# by coppoumon | 2005-09-05 13:03 | 摂津、茨木、高槻 | Comments(2)
2005年 09月 05日

茨木で・ 心斎橋通り

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虎谷書店は明治期の堂々とした立派な木造建築で、広い道路の無かった茨木の旧市街の一つの目印になった建物であった。
店は東南の角に面しており、現在この看板は南北を通る幅2,5メートル足らずの、路地のような通路のような通りに面して掲げてあったので、私の立つ位置が、「心斎橋通り」であるらしいことが推測できた。

この「心斎橋」は歴史的に古くから市場のような性格を持っていたのかもしれない。
初めて見た頃は食堂、お茶、紳士服、寿司屋、お好み焼きやが、これこそ二間幅くらいの店ばかりひしめいて、後になってできたであろう交差する大きな商店街への抜け道でもあった。

この橋を、心斎橋というのだろうか。それとも、今ではほとんど人気の無いこの通りの賑わいを、大阪の心斎橋になぞらえたのだろうか。
橋は90センチほどの長さの石を二つ組んで欄干にしてあり、花頭風に刳り形がデザインされていて、近くの梅林寺への参道の名残なのだろうかともおもうが、よそ者の悲しさで経緯を全く分からずじまいで、「心斎橋」は、関西人の冗談なのだろうと、理解してきた。

虎谷書店の南向かいには、私が茨木に来てすぐに、道路拡張のために立ち退いた「やぶそば」という浮世絵から抜け出たような江戸時代からの老舗があったので、このあたりの賑わいは一入であったのかも知れない。

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虎谷から北へ心斎橋通りを歩くいて梅林寺にでる。
ここで来た道を振り返って見ると、右側の広い空き地に、木造の商家がニチイの看板を上げていたことを思い出した。
砂利道で青空天井。今は色つきの石畳ふうになって、逆に場違いな感じがする。

ここに、紙屋があった。紙屋といっても、クリネックスティッシュが上陸してくる以前の話で、身体を拭う場所によって、様々に使われる紙の種類があり、この店では火が出るとどうなるんだろうと思うくらいにそれらが積み上げてあったのだ。

ピンク色した「桜紙」、「吉野和良(やわら)紙」、「御簾紙」、「京花紙」、「浅草紙」・・・もう記憶には紙がない。

ちりがみのことは「京花紙」であり、そういえば、アパートのトイレには反古紙を漉き入れたグレーに近い色の固めのざらざらした紙が大量に積んであったことを思うと、ここは、町中のアパート御用達しの浅草紙屋さんだったのかもしれない。

浅草紙。この呼称、大好きである。穿った見方かも知れないが、紙でありながら、色が黒くて
感触が、まるで海苔のようだ、というところから命名されたのだろうか。
紙漉き職人のユーモア。ノリの良い話だ。

今も心斎橋通りなのだろうかとアーケードを見上げると、なんと、頭上には片言のおフランス語が。

PASSAGE SHINSAIBASI  

パサージュなんですか。 今はパリになっちゃった。このノリも買っちゃおうっと。
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# by coppoumon | 2005-09-05 09:47 | 摂津、茨木、高槻 | Comments(2)
2005年 09月 04日

茨木で・ 東から西へ

e0036151_2328465.jpg赤い京阪バスで枚方から阪急茨木へ出ることにした。枚方大橋を高槻方面に渡り、以前は堤防の上を鷺打橋へ走る、そのときの大阪方面から六甲山まで見渡せる景色のよさがこの路線の楽しみであったのに、何の変哲も無い道路を竹之内町へとバスは客を運ぶ。
乗客は6名。
竹之内町で乗務員が交代を告げ、帽子を取って乗客に挨拶をすると、6人の客も合わせるように会釈した。
三割ほどは辛うじて記憶のある道路を走り、茨木へと入っていく。

38年前に茨木に住んだ。数えてみると、一年十一ヶ月住んでいる。
しかし町並み以外、何が大きく変わったのだろうと良く見ると、道路なのだ。
ここは、皆砂利道だった。アスファルト舗装なんて、ほんの一部だけだったのだ。田んぼを埋めて立てられた俄かごしらえのアパート群。そのアパートすら部屋を確保することが難しい時代だった。それが今、人影がほとんど無いというのも驚異だった。

同じ場所に同じように変わらずにある看板、茨木東映。映画館の前を通りがかったことはあるが入ったことは無い。

見覚えのある家の前で、「ジュン池内」と言う歌手を思い出した。ラテンナンバーが得意で、自作の曲をキャンペーンに来て、私たちの組んでいたバンドが伴奏をした。
「男と女」「一目ぼれ小唄」・・確かコロンビアからドーナッツ盤を出していて、ここの家の人が後援会をしていたのだ。

・・何もいわずに昔のように、どうせこの世は男と女・・好きさ・・おまえの瞳をじっとみてると・・

・・どうにもならない恋だってあるさ、どうせこの世は男と女、男と女・・

茨木出身の、ジュン池内の声がよみがえってくる。


e0036151_23284285.jpg本町は、どうやら、この町の本来のメインストリートだったようだ。
江戸時代の造作そのままの家が甍を並べ、それは、富田林の寺内町の造りと共通していた。
黒壁、虫籠窓、鬼瓦。
南側を十分に高さを取って二階建てに造り北側は一階の高さまで屋根を流す。しかも屋根は急傾斜である。
普請の際にはお向かい、両隣との話し合いが無くては、なしえないような収まりのよさが、建物のそこここにあった。

残念なことに、相当数、更地になってしまっている。

この道標の手前が宮元町で、お琴の先生のお宅があり、三弦の専門店や邦楽指南のかんばんをあちこちで見るのもこの街の特長だ。

道しるべの手前、生田流の琴の先生のお宅の隣はおまんやになっていた。
自分のところで餡を焚き、もちをつき、作ったものを小分けして並べている。
大きな声のおっちゃんが、こわもてで、いらっしゃいと叫んだ。

e0036151_23291780.jpg梅林寺は、大きなお寺でしゃちほこが本堂の屋根を飾る。
山門は南向きで、日当たりの良い明るい感じのお寺である。
塗り塀は門の横だけですぐに石垣の上にレンガをイギリス積みにして石垣のカーブにあわせて、れんがを自在に切り、積み上げ、瓦がのせてある。

私はこのレンガの赤と、茨木では珍しい石垣と、細い水路の流れに、長崎を連想した。
当時の郵政省に勤務して二つ草鞋を履いていたバンドマスターの、ギャラのピンはねの、アコギさ。
それを知っても、欲しいだけくれてやれ、という私の負け惜しみのような居直りと鼻っ柱の強さと、人恋しさと、勉強の楽しさを追っかけていた19歳前後の思い出が、ここにはある。
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# by coppoumon | 2005-09-04 00:02 | 摂津、茨木、高槻 | Comments(0)
2005年 09月 03日

茨木で 、おまんを探す。

茨木市を歩いた。
行動パターンの優先順序にしたがって、おまんやを探し、求めることにした。

茨木童子の饅頭を作るお店が阪急通り商店街の奥にあったのだが店の佇まいはそのままに、売店舗の看板が出ていた。
阪急茨木駅で茨木童子の饅頭を買うことが出来るというから、どこかに引っ越されたのだろう。
どんなお饅頭なのだろう、オニのような形相で、中から血よりも真っ赤なあんこが出てくるとでも言うのだろうか。ハエが止まらずに、蚊が止まれば本物だ。

茨木童子は地元の民話で、16ヶ月胎内にいたために、生まれた時には歯が生えそろい、すぐによちよち歩きを始め、にっこり笑い返したその眼光で母を殺し、父に捨てられ,拾われた床屋に育てられ、店を手伝い始めると、客の顔をかみそりで傷つけて、舐めるのがクセになって、ある夜、近所の小川で自分の顔が鬼の相になっていることに気づき、驚いて、丹波の山奥に帰った・・こんな話です。良い事なしの人生・・。
その後、大江山で酒呑童子の舎弟になったというけれど、後日談はもっと哀れ。

宮元町から本町通りに出る手前におまんやがあった。
入り口に、赤飯、山菜おこわ、丸もち、水羊羹、色々なおまんがならべてあり、いがぐりのようなおっちゃんが、「いらっしゃい!!」と大きな声を上げた。
そのおっちゃんに、紅を刷いたような桜餅、買おうかな、止めとこうかな。

粒餡をくりきんとんで包んだ「栗時雨」一個120円。
器は清水焼の森岡嘉祥作、花三島八角皿
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こなし餡に紅色の羊羹地をまいて栗を載せた「べにばな」一個120円
器は三浦順一作、女郎花色絵皿
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栗羊羹。一個70円。
包みを開けて写真を撮ろうとするとCalcite・方解石の形をしていて長方体ではない。
おっちゃんの遊び心なのだろうか。賽の目崩れ・・こんな命名では売れないかな、やっぱり。
器は森岡嘉祥氏、三島銘々皿
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栗が一個入っただけの錦玉。70円。キンギョクはいろんなものが入って、丸い巾着にしてあるものとおもったら、ここでは棹物に作っている。
器は清水焼・賀善窯 染付け高台寺
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# by coppoumon | 2005-09-03 22:47 | 美味しかった | Comments(3)
2005年 09月 02日

9月の作業・無花果のジャム

e0036151_21215765.jpg9月に入った。いきなり最低気温が19度1分という日があるかと思うと今日のように34度を超えることもある。
見事な上弦の月が私の住む山の上に掛かった。夢に月で葱を植えるような・・という表現があったが、あの月に縄をかけて首が吊れたら・・と、友人Z氏に告げると、一笑に付された。
度台、私の月に寄せるファンタジーとはそんなところなのだと思う。

今年は桃を良く見かける。黄桃も探さなくても売っている。見事な成りだ。

さて、秋の作業は、無花果のジャムづくりから始めた。

24個の無花果を買い求め、とがった軸を落とし、適当に指で裂く。それも、お尻のほうから裂いていると、イチジク○○腸を連想したり、カッパが深みに人を引きずり込んで腹を裂く話を連想してしまうが、お構いなし作業は続く。

無花果はすでにジャムのようなものだから、砂糖を足す必要は無いように思うが、、無花果の三分の一量ほどの砂糖を上からまぶし、残り物のボルドーの赤を入れて火にかける。

アクを丹念にすくい、焦げないように絶えずかき混ぜ、適当に火を止める。このとき甘みを確認する。

全体量の三分の二をミキサーにかける。それも30秒ほどでよい。
残りはそのまま繊維を残しておいて、鍋に戻し、再び加熱する。好みでシナモンパウダーをたっぷり振り込む。

焦げないようにかき混ぜながら、とろみを見極めて火を止める。

これだけである。ボルドーの赤の色がそのまま残る。白ワインで作ると琥珀色に仕上がって
ゼリーのようである。

冷蔵庫で四日ほどおくと味が落ち着くが、それまで毎日、味の変化を見るのは楽しい。

24個から、750g のジャムが三つ取れた。
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# by coppoumon | 2005-09-02 21:46 | ジャム | Comments(2)