のんびりいこうよ

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2005年 11月 06日

三条白川下ル

カメラ仲間が何度かおまんを持参してくれた。
その中の一つに「光秀饅頭」があり、大島に漉し餡が入っただけの饅頭で天辺に小さな明地家の焼印が押してあった。
「ご存じないですか、この和菓子屋の近くに明地光秀の首塚があるんです。
で、それに因んで光秀饅頭。いつも古川町商店街のあたりまで、ヌイを散歩に連れて出るんです。よく、饅頭も買うんです」

ヌイとは彼の飼っていた犬の名だ。

ヌイは近くの大学の寮に住んでた頃から飼われていた。私は写真を撮りに歩くコースの中で彼より以前に、この寮時代のヌイと面識があり、私の写真にも収まっていたが、いずれ飼い主に出会うことになるとは考えもしなかった。

面白い犬で、カメラを向けると寄ってきてそれなりに、ポーズを決める、レンズ馴れした犬だった。

そのことを彼に告げると、彼は数冊のヌイのアルバムを持参して遊びに来た。

時々は一緒に飲んだ。

別の、ある日、彼が来て一緒に写真を撮影に出た夜、バスを待ちながら、「こんなに冷え込むのなら、パッチ穿かなきゃもたないなあ。
しかし、いざって時にパッチ姿になるのもかっこ悪いしなあ・・」と言い出したので、いやあ、向うだって、手編みの毛糸のパンツを躊躇しているよ・・と声をかけようとして、彼の知性にそぐわないからと、思いとどまったことがあった。

ヌイが死んだそうである。

その直後から彼は姿を現さなくなり、電話にも出ることがなくなってしまった。

写真の仲間から、歩いているのを見た、とか、仕事をしていたなどと話に上がったこともあったが、近頃は、皆が知らない、という。


彼とヌイがよく散歩したであろう白川の、三条下ル界隈の景色を好きである。

焼きすぎのレンガを積んだ塀が10戸ほどのミニマムな住宅を並べて、柳とともに白川を独特の風景にしていた。

冬には、鴨が生息するのを、かもをもちかえらないでください と、立て看板が出た。

今はレンガ塀のおうちは2軒だけになり、ある私大の建物が出現して、以前の風景を知るものに、ため息をつかせる。
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# by coppoumon | 2005-11-06 07:02 | 京都 | Comments(4)
2005年 11月 05日

紅葉には早すぎる。

e0036151_2228893.jpg丁度一年ぶりに友人の嫁が友達を誘って京都に来たので、母と行く錦のいつものお店でお昼を食べた。

摩り下ろしたジャガイモのだんごのあんかけ。水菜と薄揚げのたいたん。ほうれん草と松茸、柚で割ったおしたじ。蒸した茄子の煮びたし。白ご飯と白味噌の味噌汁、薄揚げと豆腐。
デザートはジャガイモのムース。白玉だんご。


観光客の少ない道を選んで26528歩、歩く。
コースから離れると鹿ケ谷は静かな町で、時折、信じられないような豪邸や、実態を聞いた事もない宗教法人の本山めいたものに出くわす。写真は法然院。

安楽寺、法然院拝観後、タクシーで清水へ。
浪川菓舗というおまん屋の前で車を降りて、おまんを・・光琳菊、松茸、芋蒸し羊羹・・買う。

陶器屋さんまで歩き、懸念していた昨日来の絵皿は、友人の嫁に9枚中6枚で収まった。
私が残り3枚を買おうと思案していたら、すかさずお店の方が、私が買います、と言われたので、よほど良いものだったに違いない。

夕食は八坂の洋食店でビーフシチュー。もう、美味すぎて皆、寡黙。ひたすら食べる。

さて、翌日は昼食のみを記す。

は~。

食べ過ぎて何がなんだか分からない。

お寺で湯葉を食べることができたら、と考える暇もなく、美女達の主張するところは湯葉である。
娑婆で湯葉。
そういったお店に行った。

e0036151_2271543.jpg突き出し,口取り、胡麻豆腐、八寸、湯葉鍋、椀物、
栗の白蒸し、赤だし、豆乳ゼリー、半生菓子と紅茶。
まだ、何か抜けたかもしれない・・。

寡黙に、2時間ほどかけてひたすら口に運ぶ。
それにすごい庭。
燈籠の数だけで20本はあったと思うけれど、名石だらけ。
巨石だらけ・・あ、今の所有者が、大岩さんというのだ・・と思い出した。


e0036151_2271848.jpg今回は、出されたものが余りにも美味しくて、すぐに口に運んでしまい、写真に残すことなど、考えも及ばなかったことが、ちょっと残念。もう入らないところまで、食べてから、やっと我に返ったように口を利きだした。

美女と美食の会はこれでお開き。
美女達は錦を通って、手に持てるだけ買い物をしてご帰還遊ばされた。
良き哉。
ノルマというべきか、カルマだったのか、まず一丁上がり。
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# by coppoumon | 2005-11-05 22:27 | 京都 | Comments(5)
2005年 11月 03日

写し

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飛行機が着陸する寸前に見る島影は、なんだか、昔から見たことがある風景だなあ、何だったんだろう、という思いが掠めて過ぎり、すぐに、あの、お皿の絵なのだ、と気づいた。

郷里の焼き物は明治の間に途絶えてしまって、新しいものが手に入らない。元々お殿様の入用のものだけを焼き、江戸時代から売買はされなかったのでお手軽にあっちこっちと出回っていないのだ。

時代が下がって町人が日常の皿や茶碗類を焼くようになったのは江戸後期であるが、明治以前のものは流出したり、放棄してしまったりで、家々に伝わっていないことが多い。

昨年郷里の友人の嫁が京都に来て、この先少しずつ道具類を揃えなおすことを思い至ったようで、それというのも作家達の作ったものの中に、長崎の郷里の焼き物のエコーが感じられたからであるらしい。
それではと、李朝の作風を持つ若手の作家の作品から大きな鉢、向付け、大皿と、気に入ったものが見つかるまで時間をかけて選ぶことにした。
こういうことに時間を費やすのは至福なのだ。

皿だけは数種類を、頼んで焼いてもらうことにして、こちらから染付けの絵柄とサイズを提示することにした。

e0036151_18112020.jpgこのような
山水で、船と新月と言うお題で、作家の方のイメージで、描いていただけますか。上がりが何時になってもかまいません。窯の都合で結構です。食器として常使いをします。と言うことを申し出ておいた。
出来ました、と一昨日連絡があったので、早速飛んでいくと10枚、上がっていた。


e0036151_18155446.jpg写しである。
再現と言うことではクラシックの演奏家の作業と共通していて、自分の持ち味が、どれほど控えても表に出る仕事なのだ。
出来上がってきた皿は、私と5枚ずつ分けるのかと思っていたら、さて、この10枚を全部引き取ってしまおうか、6枚にしようか、と電話先で友人の嫁が迷っている。

絵も若々しくて好ましいが、高台の造りが繊細で、上がりも、とてもよいのだ。
早々に一枚持ち帰ってきたが10枚欲しいと言い出したら、供出しなくてはならないのだろうか。
あの嫁が、夜になると、一枚、二枚、三枚・・・・と数え始めたらどうしよう。
一枚足りない・・・・・・という言葉を聞くのは恐ろしい。
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# by coppoumon | 2005-11-03 18:21 | 郷里 | Comments(1)
2005年 11月 02日

11月の作業・林檎ジャム

今年、初めての林檎ジャム。
必ず紅玉で作る。紅玉は9月の終わりごろから出始めるはずなのに、近所では何故か3週間ほど遅く出回り、12月はじめに姿を消してしまう。
京都に行くと、出町柳の商店街には年末まで出ていて、ここで入手できなくなるとその年の林檎ジャムつくりをあきらめて、年の瀬を迎える。

e0036151_10335243.jpg材料は、写真のとおり。

林檎は4つ割りにして種を除きホーロー鍋にいれ、水をカップ2杯弱加えて、強火で蒸し煮して、形を崩し、ムラなく火が通ったら、コップ一杯ほど取り置いて、残りを40秒ほどミキサーにかける。

鍋に戻して、取り置いたものを加え、甘さを確かめて砂糖を林檎の三分の一ほど加える。中火で砂糖が溶けたら、レモンを絞って加える。

長年ミキサーにかけずに、裏ごしをしていたが、このほうが、食感が良い。
全量をミキサーにかけて滑らかにすると、口に入れたときの楽しみがないので、適当にアレンジをするのだ。
流動食は、もっと先で、お世話になることにして、現在は口当たりの不均等さを楽しむ。

次回は、シナモン入り。その次は、シナモンと、レモン入り。またその次はブランディーや、カルバドスも入って、作るごとにだんだんと、複雑な味にしていく過程も冬の面白さだと思う。

林檎の皮をむいて、ピュレをつくり、薔薇の花びらを砂糖煮にして薔薇のジャムを作るが、
家で薔薇を仕立てても、かなり薬をまくので、食用にするのは、あきらめてしまい、薔薇ジャムは作ったことがない。生姜のジャムも林檎のペクチンを利用する。
e0036151_10351521.jpg砂糖は三温糖を使うので、仕上がったジャムに透明感はない。
グラニュー糖だと、美しい半透明のピンクに仕上がるが、味はいまひとつである。

作業時間は後片付けも含めて40分。500ccの容器に2本取れる。
ジャムの味は冷めて4日位してから落ち着く。その4日間が、楽しいのだ。

チャツネの代用に、ポークチャップのソースのベースにも隠し味に加える。
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# by coppoumon | 2005-11-02 10:40 | ジャム | Comments(2)
2005年 10月 30日

三門

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大きな山門。
徳川家にかかると、こんなに大きな門を造ってしまうのだろうか、この上には何があるのだろう、きっとパラダイスがあるに違いない、と思っていたら、あるとき特別拝観で上がることができて内陣は案の定、極楽浄土。それより回廊の狭さと外の景色のよさに驚いた。
思わず、石川五右衛門の絶景かな、絶景かな。というセリフも腑に落ちたが、しばらくして、それは南禅寺だと気がついた。ここは知恩院。

この門を下りて遥か下のほうに新門がある。そこは門番が常駐するための屋敷がついていて江戸時代の雰囲気をそのまま残しているので好きである。
新門の前は骨董屋が軒を連ねる。
この東山あたりの骨董屋はとても難しいのかと敬遠していたが、昨年、ある種のややこしい男が京都案内を乞うために訪ねてきたので、彼をダシに屏風展に出かけた。
屏風展といえば聞こえが良いが、要するに即売会なのである。バブル崩壊後なので、どんなものでも、平気で出してくるのを、平然と見て歩いた。

茶碗や油絵より安い・・・。

連れのややこしい男がコレクション自慢を始める、その出鼻を挫くのにも、大いに役立った屏風展だった。

この門をでると、そういう、娑婆の空気を吸うことができるのだ。ここで、大きく深呼吸。
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# by coppoumon | 2005-10-30 21:07 | 京都 | Comments(2)
2005年 10月 28日

知恩院

初めて知恩院を訪れたのは20歳になるかならないかの頃である。
茨木の下宿屋にほんの暫く住んでいた頃で、京都に行って来ると隣部屋の阪大生に告げると、これ、使えよ、とキャノンの一眼レフを無造作に貸してくれた。

彼はその年、院に上がり勉強三昧で、ピアノ漬けで明け暮れた私に、時折、私の読む小説を解説してくれたり、大江健三郎を、読め、とか、トランプに付き合ってやろうか、とか気分転換にお互いの部屋を出入りし、勧められて、ヘンリー・ミラーの南回帰線や、北回帰線を読んだ。

彼に仕送りが来た時には寿司屋に連れて行ってくれて、そして、あっという間にQ大の助教授になって九州へ移り、訪ねると、おまえの方が稼ぎが良いだろう、飯おごれよ、と草が江から、ささやかなランチを食べに街なかに出た。

その彼のカメラで撮った、同じ場所の写真がある。偶然、今回も全く同じ場所を、知恩院で一番好きな場所として選んで撮影しているところを見ると、人というものは、変わらないものなのかもしれない。

この場所、この石畳は、どれほどの人が踏んで通っていったのだろう。
神様が、一つだけ願い事をかなえてくれるとしたら、この場所を通った人全部に逢って見たい、と、そう言ってみたい。・・・あんさん、そら無理やで。時間かかりまっせ。なんなら阿弥陀さんに頼みなはい・・・と返ってくるだろうか。
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そして、私と行き違いになった友人達や、20歳の私を見出せて、語り合うことが可能だったり、慈しみ合うことができるのだろうか。

写真中央上の石と、右中央の石には、なにやら字が刻まれているように見えて仕方がないのだが、実際に行って凝視したところで文字など気配もない。
しかし写真に撮ると、いくつもの文字が浮かんでくるようで、偶然なのだろうかと気分が落ち着かない。

昔の人が文字を踏みつけながら歩くことはしないだろう。
いずれにせよここは私にとって二十歳の頃の気持ちに返ることが出来る懐かしい不思議な場所なのだ。

                                         


追記

この知恩院の石段で友人が降りて来るのを待っていたときに、友人は私を撮っていたのだそうだ。
色褪せた写真が時間の経過を示しているが、この石段そのものは全く変わりなく人々を寺院へと招き入れる。

上の写真はアルパ10d、マクロスイーター50ミリ
下の写真は友人のキャノン
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# by coppoumon | 2005-10-28 23:31 | 京都 | Comments(5)
2005年 10月 27日

見返り

京都観光に何の知識もなかった10代の終わり、友人と京都行きを敢行したことがあった。
旧国鉄の京都駅で下りてからとにかく北へと歩いた。
途中東本願寺を見て六角堂までたどり着いて、なんとつまらないことをしているのだろうと気づいたが、どうやって引き返したかを覚えていない。

八坂神社を知ったのは学校を卒業してからのことであった。石段下から朱塗りの門を見たときは、京都なのだ、とつくづく、そう思った。
今でもこの東山一帯で遊ぶのを好きである。
今回の散策でもとりあえず八坂神社の総門の前に立った。そして今来たばかりの道を振り返って、その賑わいを撮ろうとして、驚いた。

すごく、美しく・・ない・・・。

しかし、その姿も好きである。目抜き通りの、一等地を良くぞここまで放置してくれたものだ。
何故景観論争が起きないのか、その不思議さが面白い。
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きれいと、そうでないものが対峙しあう、何時までも佇んでいたい場所のひとつである。

ビル群の屋上にはなにやら檻のような造作物が、学生運動が華やかだった頃に既に、こうやって存在していて、当時はバリケードに見えた。
アーケードの上に、バリケード。
しかも、ここに写っていないアーケードの下は京都の名品の数々が並ぶ老舗であったり、骨董屋、乾物店、飴屋、食事処、和菓子屋、華やかな土産物屋がひしめいているのだから、この混在ぶりはもっと面白い。
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# by coppoumon | 2005-10-27 23:58 | 京都 | Comments(0)
2005年 10月 27日

紅葉見物

三年前は紅葉が見事で、その次の年は無残なほど当てが外れた。
昨年はどうだったかと言うと、悪かろうといわれながらも、まんざらではなかったのである。
この写真を撮ったのは、2004年11月23日。
本来、東京へ友人のオルガン演奏を聴きに行く予定であったが、この天気の良さには替え難く友人には不義理をすることにした。
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場所は真如堂である。
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良くないといわれながら、これほどの紅葉が見られるのなら素晴らしい。
この日の出来事は昨年の日記に書いたが、いずれ移植するか、書き直そうと思う。
失敗だったのは、良くないという言葉を信じて、コンタックスの小さなカメラしか持って行かなかったことである。
この日一緒に出かけた友人のKは、出来上がった写真を見て、こんなに描写力があるの、とカメラの感想を述べた。写真に就いては何にも言ってくれない。彼はプロだから私のようなど素人にはかなりの遠慮があるようだ。。
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こんな場所をKが見つけた。
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# by coppoumon | 2005-10-27 00:24 | 京都 | Comments(0)
2005年 10月 25日

色づく

ああそうなんですか。お気をつけて。
おっと、違った、夕刊をチラッと見てたら、紅葉の便りが今日から始まったことが載せてあるのだ。
思い込みは恐い。てっきり小学生のことかと思ってしまった。

京都、大覚寺。大阪、万博公園。兵庫、布引ハーブ園。etc

どんな色が好き? あ、これじゃあ、子どもの歌だ。今年はどんな色に染まるのだろう。
ここに、3年前の紅葉を出して見本帳の代わりにする。
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拝観料1000円也。毎日10万人の人が訪れる東山の某寺。今年も錦秋であることを。しかし、1000円払うんだから、お茶くらい出してよ、仏縁でしょう、というのは冗談。

春に奈良の長谷寺へ行ったとき、桜、レンギョウ、木蓮、コブシ、山吹、椿の最盛期であった。
全体を見渡そうと本部がある一番奥の建物に行くと、車寄せに、誕生仏と甘茶が用意してあり、
花供御の季節を喚起させられた。
庫裏の入り口には修行僧を受け入れているらしく、宅配でスーツケース類が積んであって、遊山に入った私に一瞬、信仰の場を意識させる。

この紅葉の寺は、毎年行っては見るけれど、だから、それがどうした、といものでもないのだろうが、そういった修行の場としての緊張感は無く穏やかに静かに存在していて、ぼったくってくれる。
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# by coppoumon | 2005-10-25 23:22 | 京都 | Comments(4)
2005年 10月 24日

酒饅頭

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酒饅頭は美味しい。

学生の頃、土曜日に登校する事があると、十三(じゅうそう)で電車を下りて、喜八州(きやす)の酒万十を20個買って学校に持っていった。
縦に一列食べるか、横一にするかが、当面の悩みだった。一口でほおばれるサイズだったから、そんな事を悩んだのだ。

淀屋橋の西、料亭つるやのワンブロック南に、高野屋という和菓子屋があった。そこには冬になると酒饅頭と蒸籠とセットになって、酒饅頭をお遣い物にできます、と店主がいつも宣伝し、お遣い物にするほど立派な饅頭だったがいまその店はない。

良く似た酒饅頭を見つけた。
大きさ、形、味までに、当時の大阪市内で暮らしておられた人たちが思い出されて、なんだか懐かしい。

郷里には京都の祇園小石のかわいい酒饅頭をお送りして、季節のご挨拶をする。
あれは、おいしゅうございます、と郷里から返事がある。
奈良漬は酔います、みりん漬は酔いませんなどと、おもしろいので、「酒あめ」をいれてお送りしたことがあったが、どうなっただろう。

ついに冬の気配がしてきた。食べるもののおいしい季節の到来だ。


八幡市 志ばん宗 酒饅頭   器は根来塗り椿皿
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# by coppoumon | 2005-10-24 21:38 | 和菓子 | Comments(4)