のんびりいこうよ

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2005年 08月 08日

盛夏

「関西に来て、意外だったことは、戦争や原爆についての関心が、思ったより低いってことです。
これだけ京都に知識人がいて、全くよそ事のように記念日が過ぎていくなんて」

私の数百年も前から一族の住む、江田島の西隣の大島からやって来てk大のドクターに在籍するKAZUが、不意に話を始めた。

「大島は山口県なんですけれど、広島に原爆が落ちた時、すぐに島の人たちは援護に出たので、そのときの広島のことは、語り継がれてて、戦争にも関心が高いのです」

父たちの一族は、隣国で終戦を聞き、先に帰国した兄弟から広島の惨状を聞いた。少なくとも75年間は、草木は生えないだろう・・・。

それで、父たちは長崎の離島に止まることにした。雇っていた網子さんたちとも縁が深かったからであるし、何しろ良い漁場であったからだ。

私はそこで育ったので、広島よりは、長崎での惨状を聞かされたり、当時の岩波写真文庫や絵葉書で生々しい荒廃ぶりを見ている。



現在の住まいのすぐご近所に長崎の永井隆博士のご長女が住まわれており、6年あまり前に私の近しい人とその方の母上は同僚だったことを告げ、内輪の記念誌を差し上げた。
召されたお母様の記述があったからである。
近しい人も5人の子どもを失った。

今日思いもかけず、長崎からカステーラが届いた。送り主は、そのご近所の方からだった。
明日の原爆忌のために、すでに長崎へ行っておられるのだ。

文明堂・・・・長崎の人間が一番食べたいカステーラ。貰って嬉しいカステーラ。

ずっと前、聞いた事のない歌を歌い始めた。
そしてこれは原爆で5歳で死んだ末っ子が、歌いよった歌よ・・
といって机に突っ伏してしまわれた・・。
あのことは50年経った今でも悲しい・・と。
私は、この話を、近しい人から幾度か聞かされた。

カステーラは9日の原爆忌が終わるまで開けないでおこう。

明日はお昼も、断食は出来ないけれど、量を半分だけにしよう。
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昨日は幸い、ミサのオルガン当番だったので、最後に平和の賛歌を弾いて、祈りに代えた。

キリストの平和が私たちの心の隅ずみにまで、いきわたりますように。という詞がついている。
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# by coppoumon | 2005-08-08 22:21 | 郷里 | Comments(7)
2005年 08月 04日

湖北土産・その2

昨年は氷魚の佃煮があったが今年は見あたらない。そういえばもろこも、いさざもない。
氷魚は、鮎の稚魚で、お正月ごろに網にかかる。小さいのでクセが全く無いのだ。
これまでは、川魚屋の前で、何をどれほど買おうかと、迷うほどの種類と量だったはずだ。

先ほど渡ってきた鵜川にも遡上する鮎の群れを見かけなかった。
ここに至って、外来魚の被害をモロに被っているのだ、と身を以って理解する。


「茄子の唐辛子漬け」 製造元 畑伝統食を考える会

元祖 トウガラシ漬け 畑漬け 奥はたそだち  高島市 畑35

あれっ、今は、町ではなくて、高島市なんだ、畑も地名なんだ。 


帰宅して茄子の唐辛子漬けを袋から出した。平べったく押された形は、まるでカラスミだ。
ひと口、切って口に入れると目玉が出そうになった。辛い!酸っぱい!
酸っぱさを除くと、まるっきり辛子めんたいの辛さである。
これは、辛子めんたいを食べないお寺さん、喜ぶだろうなあ、と感心した。

で、たくさん食べるためには、きゅうりの薄切りを塩もみしてさっと酢洗いしたものを添えて、
和えながら食べればよい、と、思いついた。
お寺さん、麦般若も欲しいだろうなあ、などと、ついつい、馬鹿なことをかんがえてしまう。

翌日、母に草鞋を買って来たことを電話で告げた「要らんよ、ああ、要らん、要らん」・・でも毎年喜んでたやんか・・・「ええわ、甘いもん要らんねん」・・・えっ??・・・「なんや、草鞋かいな、和菓子や、おもうて。おおきに、要るよ、ありがとう。ダイニングで履くわ」
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通じないものである。
このさい六文銭も渡しておこうかな。
この分では、一文足しておいたほうが確実かなあ。
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# by coppoumon | 2005-08-04 20:52 | 美味しかった | Comments(0)
2005年 08月 02日

湖北土産

母方の祖父のところで戦前戦後と働いておられたご夫妻は、近江の高島町のご出身で、
律儀な方たちで、盆暮れ、彼岸は必ず墓掃除に帰ってこられ、何かとお土産物を頂いた。
法事で帰省されたときは、必ず料理を届けてくださり、中に私がいつも楽しみにしていたものがあった。
それは、丁子麩ときゅうりの辛子酢味噌和えで、母が何度チャレンジしても届かない美味しさだったがある年から、立派な折り詰めが届くようになった。
お身内が段々高齢化してきて、たくさんの人数分、料理を作ることが出来にくくなったことから、仕出しを頼むようになったというのである。


琵琶湖に行くとそんなことを思い出す。
琵琶湖のキャンプ場は志賀町で、北側に小さな川があり橋を渡ると高島町である。
今年は、町に探検に出ることにして、あのご夫妻が買ってきてくださった土産物を探した。

丁稚羊羹。
子持ち鮎。
萩乃露の奈良漬。


お二人とも召されて十年以上経つが、見覚えのあるパッケージは何一つ変わらない。
それらを探し当てて自分への土産にした。e0036151_9143773.jpg
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# by coppoumon | 2005-08-02 09:15 | 美味しかった | Comments(0)
2005年 08月 01日

寄生

毎夏、北小松にキャンプに行く。
戦前に7つのキャビンと本館を建てた、その建物を利用させていただくので、日にちは、持ち主の御意のままに指定がある。
何でも、割り当ては、係を選出して阿弥陀くじなのだそうだ。
今年は7月30日から8月1日まで。私は31日限りの参加となった。
見上げるような松の林の中に点在するかわいい煙突と赤瓦の建物群を通り過ぎるとプライベートビーチの琵琶湖であり、その向うに沖島、近江八幡を望むことが出来る。

比叡連山の険しい山々がすぐに湖に迫る裾野に棚田があって、そこにトンボをさがしにでたり
近所の農家が作物や特産品を持ち寄るお店に出かけたりできるのだ。

今年は敷地内の大松が二本枯れていた。その前の年にはたくさんの枯れた松を切り、代りの松が植えられた。
今年も更に松をたくさん植え込んであった。

私が見たかった赤い花の咲く松の木は健在であった。なぜ、マツノキに赤い花が咲くのか不思議だったが、友人が「これね、寄生植物なんだって」と説明してくれた。松の木から養分をとって
花を咲かせているんだよ。

非日常的な遊びの、こんな敷地のここにも、たかりの縮図があったのか。e0036151_8173989.jpg
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# by coppoumon | 2005-08-01 08:19 | 行った | Comments(4)
2005年 07月 30日

なるほど、茄子の親戚だ。

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知人が、イタリアに旅行した時にトマトの種を買ってきて自宅の菜園に蒔いた。
めでたくも収獲の運びとなりおすそ分けにあずかった。

「日本のトマトは順番に赤くなりましょう、それがあちらのトマトは一斉に実がなり始めたと思うと、一度に全部、あかくなってしまいましたのよ。だから湯剥きして保存したり、干したり、ピュレにしたり、いたしますのね。
どうぞ、お持ち下さいましな」

なるほど、缶詰のホールトマトの写真で見たのと同じだ。
紫蘇の葉まで頂戴した。

薄切りにしたきゅうりを塩もみして、このトマトは薄く輪切りにして、少量のマヨネーズでつないで
トーストしたパンに挟んで、野菜トーストにした。今朝はこれと、熱いミルクで朝食。

このトマトにサーディンをのせて、カナッペにして、夜は頂いたおいしい泡盛を呑もうかなあ。
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# by coppoumon | 2005-07-30 13:36 | Comments(6)
2005年 07月 27日

日々のなかで

長らく楽しんだインフォシークが閉まることになった。
せっかく馴染んだブログ。

パソコンがまだ高嶺の花だったから、集まる方たちも善男善女。
ここには性善説が生きていた。

ブログの引越しを決めよう。
インフォシークの日記も一杯になってしまったのだ。
消してしまってもいいけれど、消すには惜しいものもある。

実生活でも、そういえばこれまで新居を決めるのも夏だった。
努力してここ、エキサイトで居心地のいい場所を作るとしよう。

というわけで、ここが新居。
新しい畳は無いけれど、罫線がうれしい。
なんせ、横縞大好きなんだ。  え? オチ??  言わないよ。

ヨコシマな人がたくさん来るだろうって、来られる方は皆さん、似たもの同士だよ。
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# by coppoumon | 2005-07-27 15:20 | Comments(6)