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2005年 08月 15日

近況

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8月15日はお盆。何故かマリア様の昇天された日である。どこで、何歳で召されたか、全く分からないが、そのまま天に昇られたので、遺骨はないということになっている。
そういえば、我が家のマリア様にも骨はない。ひっくり返すと、脳みそのところまで空っぽだ。


・・・・・最近、幼馴染の少しというべきか、年上の女の人と二人だけで暮らしています。彼女は物静かで、ほとんど食事らしいものも摂らずに一日を終えます。
何かお願いしても、ほとんど無視されますが、しっかり留守番をしてくれるので、安心して家を空けることが出来ます。と同時に逆に外泊を絶対しないようになりました。
彼女のおかげで私の心は常に安定して、穏やかです。・・・・・(写真上)


40年も前、高校2年生の夏を、広島のイトコのうちで過ごしていたが、
今日は、教会で盆踊りじゃけ、行ってきんさいや。と勧められた。

どうして、盆踊り?

神父様が日本にこられて盆踊りに夢中になられて、やぐらを組んで、教会でなさりたいとおっしゃるので、毎年、やるんよ。
なんでじゃ、言うとる人もおるんよ、しかし、みんな被昇天のマリア様の祝日じゃゆうて、喜んで踊っとるんよね。

炭坑節でいいの?

マリア様のことを、江戸時代はお月様ゆうたんじゃけん、気にせんのんよ。

高校を出てすぐ、私は大阪府下のI市に移った。
カソリック教会の前を通りかかると、なんと、ここでも盆踊り。

マリア様の日ですよね、と問いかけると、そうなんです。毎年こうして納涼をかねて集まって
盆踊りもやるのです。

いまでも、どこかでマリア様に納涼会をお奉げしているところがあれば、うちのマリア様と
外出しようかなあ。

今日は、乳香を差し上げた。
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# by coppoumon | 2005-08-15 10:53 | ああ、びっくり | Comments(4)
2005年 08月 12日

伏兵

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あるとき、何故、ヘビイチゴなのかという話題になっていたら、ある日のA新聞に「食べられないことは無いが、ほとんど食べる部分がないので、そんなイチゴはヘビにでも食わせろ、ということであったらしい」と掲載された。
名づけとはそんなものだろうなあ。
別の友人は、食べたことがあるといい、別の知人は焼酎につける、という。


京都府立植物園の日本の庭に、たくさんのヘビイチゴを見た。こんなにも美しく。

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この日は、植物園のお隣のコンサートホールでマチネーのオルガンコンサートがあった。

この大オルガンのよさを存分に引き出して、お耳にかけよう、とマイクで挨拶して弾き始めたブクステフーデや、バッハは、不安定で、パイプも鳴りきらず、テンポも悪く、リズム感の欠如に、煩わされた。

後半は、ステージに演奏台を出しての演奏で、プログラムノートには、「この大曲の、尊大な序奏」などと書いてあり、おいおい、そんなもん、聞かさんとけや、と笑ってしまったが、もう、二度と聞くことが無いであろうゆえに、東京から、福岡のホテルマンになった、顔見知りの、この「大先生」の音を、我慢を重ねて最後まで聞いたのだ。

「演奏がご不満なら、入場料を倍にしてお返しします保険」を演奏者はかけておくべきだよ。


疲弊して出てきたこの植物園でみつけた、ヘビイチゴ。
世にこのような美しいものがあろうか、と日陰の紅をいっそう赤くする。

ところが、演奏にエネルギーを抜かれたのか、このヘビイチゴの画像を携帯電話のカメラに収めたが最後、紛失してしまったのである。

遠くに離れて住むオルガンの友人にこの演奏の報告とその後の経緯を話すと、「がはは! 大先生の演奏って、得てして、そんなものよ!!」と返って来た。

それにしてもお気の毒様。 ヘビいちごの写真入の携帯はかえってこない。
カメラはアルパ10d レンズはマクロスイーター50ミリ、f,1,9
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# by coppoumon | 2005-08-12 09:09 | 聴いた | Comments(6)
2005年 08月 12日

暑中見舞い

7月初めに所用で帰省した。まだ梅雨が空けきらぬ頃で、濃霧で飛行機の着陸が危ぶまれていた。私は第2便であったか、第1便は濃霧で降りる事が出来ず引き返していたのだ。
私の乗った便も飛行場上空の天気によっては引き返すと、アナウンスがあり、機内は満席であったが、1便の客が乗り合わせているなどとはそのときは知らなかった。

無事に着陸でき、友人に迎えに来てもらって早速、挨拶回りをかねて町なかの撮影に出かけた。傘をささなくてはならないほどには、雨も降らず、明るいうちに、子ども時代の遊び場をたずねた。
咲いていたのは突然変異ともいわれるオウゴンオニユリ。ムカゴから増やす。
場所はもと、筆頭家老の屋敷跡の庭。ヤシカエレクトロ35で撮影。

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このカメラは、オーヴァー・ホール直後の初仕事である。もちろんレンズはヤシノン。


ところで、暑中見舞いの葉書をラボにお願いしておいたら、向うの不手際で仕上がりが違うものが来て、やり直しとなった。
次に出来てきた写真は、黄色い花が、突然赤く化けてただのオニユリ。
泣きたい気分だが・・・もう立秋が過ぎてお盆に入ってしまった。
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# by coppoumon | 2005-08-12 00:43 | 郷里 | Comments(4)
2005年 08月 09日

swiss made

8月6日大阪に、スイス人のピアノの演奏会を聞きに出た。

一世代というのは正確には30年であるが、将に一世代違う若い人の演奏を積極的に聴いていこうと、ある少年チェリストの演奏を聴いてから、考えを改めたのだ。

今回は、ヨハネス・フェルメールも描けなかったほどの美少女。
金と美しいピンクのドレスにピンクのリボン、金髪。
もう、ピアノなんか弾かなくていいから、そこにじっとしててください。と、いいたいほどの美しさだった。

プログラムはグリーグのソナタ、シューベルトのヒュッテンブレンナー変奏曲、ショパンのプレリュード全曲。

予感は当たった。

グリーグの弾き始めから、集中できなかったのか、弾きこぼしが目立った。それは演奏を通じて
いつまでも繰り返されたので、そのうちこちらが諦めて、馴れてしまった。

上手いところではうまかった。ショパンに移ると大きく音楽を損なうミスがいくつもあったので、弾き込みが足りなかったのだろうか、いや、ステージの前方の子供達の雑音が気になったのだろうか。
・・・・・・スイス仕込みのピアニスト。


高校生の頃、時計を許された。今と違って国産でも月収の2か月分ほどの価格であったから大切にするように、いわれた。

当時スイスの時計は絶対的な存在で、一日に10秒狂うか狂わないかの正確さで、聖子ちゃんに似た発音の国産時計は、30秒の誤差は優秀とされて市場にあった。

私の時計は紛失せず40年近く手許にあるが鶴屋八幡の和菓子の広告とともに、文芸春秋に広告を載せていたこの時計は、スイス製ながら、とんでもない時計だった。
狂ってる。
毎年、T島屋に分解掃除に出し、修理に出しても、10年ほどは原因が分からなかった。
私は、この時計がとてつもなく不正確さゆえに大好きだった。
いや、不正確というのは正鵠ではない。正確に一時間に20分、一日480分進むのだから。

時計修理の職人が減少していると聞くようになって、あるとき飛び込んだ店のオジサンは、その時計を開けて「3500円いただけますか」と言った。
後日受け取りにいくと、「テンプの軸受けのルビーが割れていました、約束ですから」と3500円だけを受け取った。
e0036151_21363867.jpgこんなもんだよな、世の中。
この時計の身持ちの悪さ。 お前には貢がされたよ。
修理に出し続けた金額の馬鹿馬鹿しさに笑いがこみ上げる。
スイスメイドだよ。
ステージの上の美少女を眺めながら、そんなことを、思い出していた。
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# by coppoumon | 2005-08-09 21:37 | Comments(6)
2005年 08月 08日

盛夏

「関西に来て、意外だったことは、戦争や原爆についての関心が、思ったより低いってことです。
これだけ京都に知識人がいて、全くよそ事のように記念日が過ぎていくなんて」

私の数百年も前から一族の住む、江田島の西隣の大島からやって来てk大のドクターに在籍するKAZUが、不意に話を始めた。

「大島は山口県なんですけれど、広島に原爆が落ちた時、すぐに島の人たちは援護に出たので、そのときの広島のことは、語り継がれてて、戦争にも関心が高いのです」

父たちの一族は、隣国で終戦を聞き、先に帰国した兄弟から広島の惨状を聞いた。少なくとも75年間は、草木は生えないだろう・・・。

それで、父たちは長崎の離島に止まることにした。雇っていた網子さんたちとも縁が深かったからであるし、何しろ良い漁場であったからだ。

私はそこで育ったので、広島よりは、長崎での惨状を聞かされたり、当時の岩波写真文庫や絵葉書で生々しい荒廃ぶりを見ている。



現在の住まいのすぐご近所に長崎の永井隆博士のご長女が住まわれており、6年あまり前に私の近しい人とその方の母上は同僚だったことを告げ、内輪の記念誌を差し上げた。
召されたお母様の記述があったからである。
近しい人も5人の子どもを失った。

今日思いもかけず、長崎からカステーラが届いた。送り主は、そのご近所の方からだった。
明日の原爆忌のために、すでに長崎へ行っておられるのだ。

文明堂・・・・長崎の人間が一番食べたいカステーラ。貰って嬉しいカステーラ。

ずっと前、聞いた事のない歌を歌い始めた。
そしてこれは原爆で5歳で死んだ末っ子が、歌いよった歌よ・・
といって机に突っ伏してしまわれた・・。
あのことは50年経った今でも悲しい・・と。
私は、この話を、近しい人から幾度か聞かされた。

カステーラは9日の原爆忌が終わるまで開けないでおこう。

明日はお昼も、断食は出来ないけれど、量を半分だけにしよう。
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昨日は幸い、ミサのオルガン当番だったので、最後に平和の賛歌を弾いて、祈りに代えた。

キリストの平和が私たちの心の隅ずみにまで、いきわたりますように。という詞がついている。
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# by coppoumon | 2005-08-08 22:21 | 郷里 | Comments(7)
2005年 08月 04日

湖北土産・その2

昨年は氷魚の佃煮があったが今年は見あたらない。そういえばもろこも、いさざもない。
氷魚は、鮎の稚魚で、お正月ごろに網にかかる。小さいのでクセが全く無いのだ。
これまでは、川魚屋の前で、何をどれほど買おうかと、迷うほどの種類と量だったはずだ。

先ほど渡ってきた鵜川にも遡上する鮎の群れを見かけなかった。
ここに至って、外来魚の被害をモロに被っているのだ、と身を以って理解する。


「茄子の唐辛子漬け」 製造元 畑伝統食を考える会

元祖 トウガラシ漬け 畑漬け 奥はたそだち  高島市 畑35

あれっ、今は、町ではなくて、高島市なんだ、畑も地名なんだ。 


帰宅して茄子の唐辛子漬けを袋から出した。平べったく押された形は、まるでカラスミだ。
ひと口、切って口に入れると目玉が出そうになった。辛い!酸っぱい!
酸っぱさを除くと、まるっきり辛子めんたいの辛さである。
これは、辛子めんたいを食べないお寺さん、喜ぶだろうなあ、と感心した。

で、たくさん食べるためには、きゅうりの薄切りを塩もみしてさっと酢洗いしたものを添えて、
和えながら食べればよい、と、思いついた。
お寺さん、麦般若も欲しいだろうなあ、などと、ついつい、馬鹿なことをかんがえてしまう。

翌日、母に草鞋を買って来たことを電話で告げた「要らんよ、ああ、要らん、要らん」・・でも毎年喜んでたやんか・・・「ええわ、甘いもん要らんねん」・・・えっ??・・・「なんや、草鞋かいな、和菓子や、おもうて。おおきに、要るよ、ありがとう。ダイニングで履くわ」
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通じないものである。
このさい六文銭も渡しておこうかな。
この分では、一文足しておいたほうが確実かなあ。
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# by coppoumon | 2005-08-04 20:52 | 美味しかった | Comments(0)
2005年 08月 02日

湖北土産

母方の祖父のところで戦前戦後と働いておられたご夫妻は、近江の高島町のご出身で、
律儀な方たちで、盆暮れ、彼岸は必ず墓掃除に帰ってこられ、何かとお土産物を頂いた。
法事で帰省されたときは、必ず料理を届けてくださり、中に私がいつも楽しみにしていたものがあった。
それは、丁子麩ときゅうりの辛子酢味噌和えで、母が何度チャレンジしても届かない美味しさだったがある年から、立派な折り詰めが届くようになった。
お身内が段々高齢化してきて、たくさんの人数分、料理を作ることが出来にくくなったことから、仕出しを頼むようになったというのである。


琵琶湖に行くとそんなことを思い出す。
琵琶湖のキャンプ場は志賀町で、北側に小さな川があり橋を渡ると高島町である。
今年は、町に探検に出ることにして、あのご夫妻が買ってきてくださった土産物を探した。

丁稚羊羹。
子持ち鮎。
萩乃露の奈良漬。


お二人とも召されて十年以上経つが、見覚えのあるパッケージは何一つ変わらない。
それらを探し当てて自分への土産にした。e0036151_9143773.jpg
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# by coppoumon | 2005-08-02 09:15 | 美味しかった | Comments(0)
2005年 08月 01日

寄生

毎夏、北小松にキャンプに行く。
戦前に7つのキャビンと本館を建てた、その建物を利用させていただくので、日にちは、持ち主の御意のままに指定がある。
何でも、割り当ては、係を選出して阿弥陀くじなのだそうだ。
今年は7月30日から8月1日まで。私は31日限りの参加となった。
見上げるような松の林の中に点在するかわいい煙突と赤瓦の建物群を通り過ぎるとプライベートビーチの琵琶湖であり、その向うに沖島、近江八幡を望むことが出来る。

比叡連山の険しい山々がすぐに湖に迫る裾野に棚田があって、そこにトンボをさがしにでたり
近所の農家が作物や特産品を持ち寄るお店に出かけたりできるのだ。

今年は敷地内の大松が二本枯れていた。その前の年にはたくさんの枯れた松を切り、代りの松が植えられた。
今年も更に松をたくさん植え込んであった。

私が見たかった赤い花の咲く松の木は健在であった。なぜ、マツノキに赤い花が咲くのか不思議だったが、友人が「これね、寄生植物なんだって」と説明してくれた。松の木から養分をとって
花を咲かせているんだよ。

非日常的な遊びの、こんな敷地のここにも、たかりの縮図があったのか。e0036151_8173989.jpg
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# by coppoumon | 2005-08-01 08:19 | 行った | Comments(4)
2005年 07月 30日

なるほど、茄子の親戚だ。

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知人が、イタリアに旅行した時にトマトの種を買ってきて自宅の菜園に蒔いた。
めでたくも収獲の運びとなりおすそ分けにあずかった。

「日本のトマトは順番に赤くなりましょう、それがあちらのトマトは一斉に実がなり始めたと思うと、一度に全部、あかくなってしまいましたのよ。だから湯剥きして保存したり、干したり、ピュレにしたり、いたしますのね。
どうぞ、お持ち下さいましな」

なるほど、缶詰のホールトマトの写真で見たのと同じだ。
紫蘇の葉まで頂戴した。

薄切りにしたきゅうりを塩もみして、このトマトは薄く輪切りにして、少量のマヨネーズでつないで
トーストしたパンに挟んで、野菜トーストにした。今朝はこれと、熱いミルクで朝食。

このトマトにサーディンをのせて、カナッペにして、夜は頂いたおいしい泡盛を呑もうかなあ。
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# by coppoumon | 2005-07-30 13:36 | Comments(6)
2005年 07月 27日

日々のなかで

長らく楽しんだインフォシークが閉まることになった。
せっかく馴染んだブログ。

パソコンがまだ高嶺の花だったから、集まる方たちも善男善女。
ここには性善説が生きていた。

ブログの引越しを決めよう。
インフォシークの日記も一杯になってしまったのだ。
消してしまってもいいけれど、消すには惜しいものもある。

実生活でも、そういえばこれまで新居を決めるのも夏だった。
努力してここ、エキサイトで居心地のいい場所を作るとしよう。

というわけで、ここが新居。
新しい畳は無いけれど、罫線がうれしい。
なんせ、横縞大好きなんだ。  え? オチ??  言わないよ。

ヨコシマな人がたくさん来るだろうって、来られる方は皆さん、似たもの同士だよ。
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# by coppoumon | 2005-07-27 15:20 | Comments(6)