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2017年 06月 12日

長崎紀行 大浦 グラバー邸、天主堂

旅の終わりの日である。

グラバー邸は8時開園。
さまざまな洋館を見てあるく。
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9時をまっわって、修学旅行生たちの姿も見え始めた。
京都や大阪と違い、隣国周辺の国の人たちをあまり、目にしなかった。

坂を下りると大浦天主堂に出る。

国宝の大浦天主堂を撮る・といっても内部は撮影できない。

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旧羅典神学校はキリシタン資料室になり、ド・ロ神父、コルベ神父などのゆかりのものが展示してあった。
遠藤周作の著作を通してイメージを膨らませることができた、コルベ神父、ゼノ神父、コルベ神父たちの時代と、かれらの働きをおもった。
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おおうらてんしゅどう・・すでにラテンの名が含まれていたことに、ここにいたって気づく。

そのあと、一番すばらしい場所、といえる地点を探す。

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ここは、神も仏もあるのだ。

納得しつつ、わたしは遠くにヴォーリズの反映、というかヴォーゲルが設計した活水の建物群を望んだ。
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# by coppoumon | 2017-06-12 21:40 | 行った | Comments(0)
2017年 06月 11日

長崎紀行 吉宗

外海の帰り道、軍艦島の見えるところまで案内をしていただいた。
昼食の、ド・ロ様そ~めんに、ド・ロ神父の魂が生きて語りかけてくることを、感動を持って体験した。


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道中、私と同じ苗字をもつ人たちの地域を通ったとき、墓地の家紋を発見した時も感動してしまった。
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気づくと一日で100キロ以上の走行だという。

夜は、旅の計画であった茶碗蒸の「吉宗・よっそう」へ出かけた。
私の希望は卓袱のミニコースであったが、、長崎に着いて以来、ご馳走攻めであったので、突き出しが色々と、蒸寿司、茶碗蒸のセットに変更。
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食後に中華街を歩いて、友人たちの演奏する某所へ。

天才ギタリストの友人の演奏に聞き惚れて、ホテルに戻った。

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# by coppoumon | 2017-06-11 21:30 | 行った | Comments(0)
2017年 06月 10日

長崎紀行 外海のド・ロ神父様 ペンテコステの日に 

日曜日、昼食をどこにしようということになり、友人夫妻がド・ロ様そうめんの話を聞かせてくれた。
それで、是非、ということで、外海(そとめ)に連れて行って頂いた。
車で、市内から1時間ほどのところだった。

道の駅の眼下に遠藤周作文学館があった。
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映画になった「沈黙」の舞台だが、ロケは行われていないのだそうだ。

食事をすませて、ド・ロ様ゆかりの出津教会へ。
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途中で、出津救助院の建物を見ながら通過し、また引き返してきた。
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おや?ここは、北フランスか??と思わせられるロケーション。

この2階は祈りの部屋でもあった。
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そこで、ハーモニュームを弾かせていただいたのだが、写真をまったく撮っていない。

帰りに、ホウスト(ミサで神父さまが用いるご聖体のパン)を頂いた。

その見事な美しさは、あとでこのブログでアップしたい。

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# by coppoumon | 2017-06-10 22:55 | 行った | Comments(0)
2017年 06月 09日

長崎紀行 出島・立山

出島は朝8時開門。
8時の開門は観光客には有り難い。

6時半に食事を始めて、7時半に出かける用意をする。
開門まで近くを散策すると、丁度具合よく門が開く。

大変な時間と費用がかかることを承知で出島を完全に修復する計画があると言う。

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見所は多いが、修復されたばかりの壁紙を中心にここにアップする。
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京唐紙とは違う面白さがある。

ホテルにもどり休憩して、立山に出かけた。長崎奉行所が再現された、長崎歴史博物館である。

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撮影禁止の場所がない。

おびただしい展示物の中で、特に焼き物を丁寧に見た。
以下は対州焼といわれた対馬ゆかりのもの。
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綴じ目の絵御本秋草文茶碗。
ガラス越しなので本当の色を拾えないが、友人はこの茶碗と同じ手のものを持っている、と言ってた。
この博物館の茶碗は目跡があるが、うちのにはないのだ。一番上に置かれて焼かれたからだ。と。

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対馬藩長崎藩邸の写真があった。
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中央左側の部分だそうだ。

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# by coppoumon | 2017-06-09 16:41 | 行った | Comments(4)
2017年 06月 07日

長崎紀行 稲佐山

大村の資料館で目的を達して階段を下りてきたところに、ジャストタイミングで友人夫妻が到着していた。
念願かなって、やっと会うことができた。

すぐに長崎市内へ移動。ご挨拶に伺い、竹原冬青先生のお軸を拝見。
併せて、友人やお母上から、いろいろと軸にまつわるエピソードを伺い、驚く。
書家が筆を執るその念力は山をも動かすのだろうか。

ホテルは出島の近くに。
出来るなら、対馬藩邸ゆかりの場所にホテルは無いものか、と思ったが、翌日、藩邸は十八銀行が建っている場所だと判った。

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日没にあわせて稲佐山へ。
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つい、どこかしら対馬に似た風景を探してしまう。
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暗くなり始めると、風景が輝きを増す。
レストランの一等席で食事をすることが出来た。
メニュはもちろんトルコライス。
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バターピラフの上にドミグラスのかかったポークカツ、カツのしたにはバミセリが隠れている。

このあと、山を降りて、天才ギタリストに会う。

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# by coppoumon | 2017-06-07 21:35 | 行った | Comments(0)
2017年 06月 07日

長崎紀行 番外編

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# by coppoumon | 2017-06-07 21:08
2017年 06月 07日

長崎紀行 大村からはじまる

6月初めか7月初めか、九州に行くとしたら、入梅まえが良いだろう、ということで6月3日から旅行に出た。

初日は関西から移動日ということになるが、飛行機が降りる先は大村。

楠本正隆邸、大村市立資料館のキリシタン資料を見学したのち長崎へ移動。という予定を立てて実行。

楠本正隆邸は明治初頭の武家屋敷。

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17畳の座敷に荒木十畝の武者絵の軸がかかっていた。十畝は大村の出身。生家跡があるというが、尋ねる時間を惜しんで、この屋敷の隅々を拝見。

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座敷からみた庭は池の保水が難しいようである。

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台所や風呂周りなどは簡素である。
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奥座敷からみた庭は、借景になっているが、わかりにくい。

外に出て建物周りを拝見。
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対馬の武家屋敷とは違う剛直さがある。

対馬の屋敷は京都風であり、門などの外構えはいかめしく江戸風でもある。

外に出て資料館まで歩く。なるほど、城下町だと思ったのは、まず、見通せないこと。
屋敷は瓦解されてしまい、ところどころ、石垣が武家屋敷だった面影をしのばせる。

長崎街道、とあった。

この下の写真はミス。削除できない。

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# by coppoumon | 2017-06-07 14:15 | Comments(2)
2017年 06月 02日

嵐が去った翌日は八瀬に行く

6月1日の夜半、竜巻警報がでた。
雷が光り、空は火事のようにあかく映えて不気味。龍の天井画を思っていると、ヒョウが降り突風が吹いた。

翌朝、裏庭に回ると、隣地の椋の2,5メートルほどの枝が10メートルほど吹き飛ばされていた。

八瀬に行く約束をしていた。
あいては元女子大生・・10ヶ月の女の子を連れている。

比叡山を仰いだ。

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ちょっと散策。大きな道をちょっとそれると、歩いてみたくなる脇道が現れる。
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出町橋のほとりに古い柳。
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出町柳の名にふさわしい。

振り返ると、比叡山と向かい合わせに座って本を読んでいた学生が、ハンプティ・ダンプティのようなアラフォーにすり変わっている。
そして、大きく口を開けて、耳のついたサンドイッチをほおばっていた。
まだ、10時やでえ、すごい食欲やなあ・・・と感心するも、さきほどSIZUYA(ビフカツサンドがとくにおいしい)のまえをとおって、菓子パンのいくつかを試食したくなったのを、ぐっと我慢した、自分の胃袋を、頼もしいと思った。

お腹がすいたのを我慢して、念力が抜けたのかな。

八瀬について、マドンナ柴漬けの店を訪ねたら、なんとまあ、休みだった。
自宅にも、行ってみたのだが、お留守だった。

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# by coppoumon | 2017-06-02 23:33 | Comments(0)
2017年 06月 02日

5月に弾いたもの

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# by coppoumon | 2017-06-02 23:00 | 音楽の勉強
2017年 06月 02日

5月が終わる

2017年の5月は、これまでになく暑かった。
12月のアドヴェントから数えると、1年の半分が過ぎてしまった。冬から半分過ぎたのだから、夏か・・というと、そうだ。
やはり暑いのだ。

外に出ないで、室内でごそごそ。

気になっていた真田紐を新調するのに茶碗を出した。
猫掻きの、古い茶碗。
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現代作家の猫掻きも久々に出して並べてみた。
清水の、三代目森岡嘉祥さんの手になるもの。
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古いほうは、恐れ多くて・・といいつつ時々出す。

嘉祥さんのほうは、なかなか出すことをしない。
19歳で父上を亡くされた嘉祥さんの声を時々、おもいだす。

「19のときに、父が死んでしまいまして、わたしはここから同志社に通っておりました、まだ学生だったものですから、どうしよう、このさき、どうしたものだろうと、おもいましたね」

そうして、逡巡するまもなく、家元があちこちから手を差し伸べてくれて、家業を続けることが出来たのだ・・ともおっしゃった。

パイプオルガンが大好きだと、おっしゃった。きっと、学校で、生の音に触れられたに違いないと思う。

私にとっても、一期一会の方であった。




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# by coppoumon | 2017-06-02 22:51 | Comments(0)