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2005年 11月 03日

写し

e0036151_1758478.jpg

飛行機が着陸する寸前に見る島影は、なんだか、昔から見たことがある風景だなあ、何だったんだろう、という思いが掠めて過ぎり、すぐに、あの、お皿の絵なのだ、と気づいた。

郷里の焼き物は明治の間に途絶えてしまって、新しいものが手に入らない。元々お殿様の入用のものだけを焼き、江戸時代から売買はされなかったのでお手軽にあっちこっちと出回っていないのだ。

時代が下がって町人が日常の皿や茶碗類を焼くようになったのは江戸後期であるが、明治以前のものは流出したり、放棄してしまったりで、家々に伝わっていないことが多い。

昨年郷里の友人の嫁が京都に来て、この先少しずつ道具類を揃えなおすことを思い至ったようで、それというのも作家達の作ったものの中に、長崎の郷里の焼き物のエコーが感じられたからであるらしい。
それではと、李朝の作風を持つ若手の作家の作品から大きな鉢、向付け、大皿と、気に入ったものが見つかるまで時間をかけて選ぶことにした。
こういうことに時間を費やすのは至福なのだ。

皿だけは数種類を、頼んで焼いてもらうことにして、こちらから染付けの絵柄とサイズを提示することにした。

e0036151_18112020.jpgこのような
山水で、船と新月と言うお題で、作家の方のイメージで、描いていただけますか。上がりが何時になってもかまいません。窯の都合で結構です。食器として常使いをします。と言うことを申し出ておいた。
出来ました、と一昨日連絡があったので、早速飛んでいくと10枚、上がっていた。


e0036151_18155446.jpg写しである。
再現と言うことではクラシックの演奏家の作業と共通していて、自分の持ち味が、どれほど控えても表に出る仕事なのだ。
出来上がってきた皿は、私と5枚ずつ分けるのかと思っていたら、さて、この10枚を全部引き取ってしまおうか、6枚にしようか、と電話先で友人の嫁が迷っている。

絵も若々しくて好ましいが、高台の造りが繊細で、上がりも、とてもよいのだ。
早々に一枚持ち帰ってきたが10枚欲しいと言い出したら、供出しなくてはならないのだろうか。
あの嫁が、夜になると、一枚、二枚、三枚・・・・と数え始めたらどうしよう。
一枚足りない・・・・・・という言葉を聞くのは恐ろしい。

by coppoumon | 2005-11-03 18:21 | 郷里 | Comments(1)
Commented by ykzanshou at 2005-11-07 08:48 x
文写真を読む度に優雅さと静寂さの中で時が流れる‥‥。穏やかな気持ちになります。
今日は小春日和の立冬です。


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