2006年 06月 07日
大学が雑多な街中にあった。というより、元は田んぼの中にあったのだそうだ。 お決まりの牛小屋があって、そこを通らねば学校にはたどり着けない。 その頃「赤いレインコートを着用して、傘を持って牛小屋の前を通ってはいけません」という張り紙が構内に掲示してあったそうだ。 私は駅から学校までの最短の道しか知らなかったが、その最後の曲がり角で左手にある工務店を、食い入るように見つめていた。 梅野工務店 珍しい苗字なのだ。梅野さんは、17世紀に福岡の鐘が崎から移って来てお殿様じきじきの入り浜権を持っていた一族と聞いていた。 かなり前、テレヴィで鐘が崎の漁師町が放映されていて、お地蔵さんの前に深さ70センチほどの籠が置かれていた。 「てぼ」といった。 ああ、対馬でも「てぼ」というよ。と家人たちと言い合った。 梅野さんたちがたくさん住んでいるその地域に子供の頃遊びに行ったことがある。 舟たまりのなかで、父が伝馬船を漕いでみせた。 「友達が漕いだら、くるくる回るだけで、前に進まなかった」というと、父は、「ああ、それは、こうやる」とおどけて漕いで見せた。 この親といたら、楽しい舟も、板子一枚下は地獄だ、と私は早々に岸に上がった。 曲(まがり)という集落でのたったそれだけの思い出だ。 そのとき神社の前は海だったが、今では広場になっていた。 この五重塔は子どもの頃から変わらない。 今見てもやはり、屋根の反りがエキゾティックだ。 舟だまりの近くに住んでいた友人が、「流鏑馬、知っとるか。こん、おにぎり山の反対側たい。人が住んどると。今度、連れて行ってやろうばい」と言った。 それから25年も経過して、あの約束覚えてるかと聞くと、ああ、良く遊んだもんなあ。と返事があった。 彼は覚えていたのだ。
by coppoumon
| 2006-06-07 22:59
| 郷里
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