2006年 06月 22日
雨の歌といってもブラームスのチェロソナタではない。 身近に聞いたり歌ったりした雨に因む様々な歌のなかで、「ぱらぱら落ちる 雨よ 雨よ ぱらぱらぱらと なぜ落ちる 乾いた土を 柔らかにして きれいな花を 咲かすため(こどもさんびか)」という歌を、私は子供の頃から一等嫌いだった。 現実味がなさすぎる、と。 雨で漁にも出れず、仕事のない人だってたくさん職安の前に居たではないか・・と、思う身に、こういう歌が馬鹿馬鹿しく思えたのである。ほんの小学校低学年の頃の話である。 わが家の隣は映画館だった。 聴きたくはない、また、聴かせたくもないはずの音楽が、毎日飛び込んでくる。 私はそれを一度で聴いて覚えて、親に歌って聞かせた。 親も、歌なら何でも良い、というほどの歌好きであった。 今朝、今年初めての朝顔が咲く。 赤紫の10センチほどの大輪の朝顔。 雨のおかげで、一日中濡れながらも萎まずにいた。 隣の映画館から流れてくる男の声で「雨に咲く花」という歌があった。 しみじみとしたメロディーは「re」から「re」までのオクターヴ、つまり8つの音しか使わずに作曲されていてその巧みさに感心する。 及ばぬことと あきらめました だけど恋しい あの人よ ままになるなら 今一度 ひと目だけでも 逢いたいの(高橋掬太郎・詩) 戦前には関種子や、淡谷のり子がタンゴで歌っていたこの歌を、井上ひろしがロックバラードで歌い、彼の録音当時の歌声を聴いたが、20歳前と思えぬ情感があって、この男、どれほどの恋をしてきたのだろうか、とさえ思ってしまった。 たしか、彼は45歳位で夭折したのだ。25年いじょうもまえに。 短い人生でもそれなりに春夏秋冬を位置づけが出来るというから、彼にとって、この歌をうたっていた頃は人生の夏だったのだろうか。 別れた人を 思えばかなし 呼んでみたとて 遠い空 雨に打たれて 咲いている 花が私の 恋かしら 儚い夢に 過ぎないけれど 忘れられない あの人よ 空に涙のセレナーデ 一人泣くのよ むせぶのよ 井上ひろしの、たぶん最後の「雨に咲く花」がユーチューブでながれた。 病気のあとの復活、だったのだそうだが、いつまでもうたい続けたい・・というかのように目いっぱいフレーズを引き伸ばして歌う彼の目は何を見ていただろう。 2番はカットされ、3番では、「窓に涙の」とオリジナルどおりに歌われていた。 ああ、「空」という部分は、テキストの誤植だったのだなあ、とおもった。 誤植。 死語になった言葉のひとつ。 あ、一日中、雨にぬれて咲き続ける朝顔の話だったが、脱線してしまった。 合掌。
by coppoumon
| 2006-06-22 22:54
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Comments(4)
雨にちなんだ流行歌(こんな言い方をすると歳がばれますが…え?とっくにばれてる?)
聴いて微笑む歌はさだまさしの「雨宿り」 (*^_^*) なんとなく自分の恋愛時代を思い出してしまいます(*^o^*)
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coppoumon at 2006-06-24 07:17
歌は、ちょっとしたフレーズや歌詞で、当時の事をおもいださせたり、新しい事を考えついたりしますね。
隣の映画館のおかげで、どれほどたくさん、映画や音楽を見聞きしたかわかりません。 いま、郷里には映画館がないそうです。
この間HP用に雨の歌を探していました。淡谷のり子の「雨のブルース」若い頃よく口ずさんでいました。最近では、雨雨降れ降れもっと降れ‥。これは大雨になるので口ずさみません。
童謡の「雨」、雨がふります 雨がふる 遊びにゆきたし 傘はなし‥、は 終戦の年前後の、傘が無かった頃や番傘で過した頃と同じでした。 この時代を過ぎると雨は楽しい事を一杯連れて来てくれました。
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coppoumon at 2006-06-26 10:46
淡屋のり子といえば「雨のブルース」なんですよね。1951年にヴィクターから発売された「雨のあじさい」という曲があります。松井八郎という人が作曲しています。
私は、松井八郎の映画音楽で育ったように思います。 |
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