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2006年 04月 29日 ( 2 )


2006年 04月 29日

休みの初め

私のゴールデンウイークの始まりは27日。休みは10日間の予定だったが27、28日は仕事を入れた。他日は、まったく何の予定も無い。

28日は仕事の後、京都に出た。天気が良かったからでもあり、眼鏡のかけ具合の微調整が気になっていて、眼鏡屋に行きたかったことも外出することになった要因である。

用事を終えて、四条河原町からバスに乗り、千本を北に今出川に行った。先日、漬物会席に出かけた店のもう少し北まで足を伸ばしたかったのだ。
千本は30年前とそれほどに街並みが激しい変化をしていない。それどころか、かの、仏教会の景観を壊す高層ビル反対運動に唱和しているようで昔からのものがそのとおりに、今もある。

千本今出川の交差点でチンチン電車から見ていた時計台、宝石の三好堂は既にシャッターを下ろしているが、時計台もそのままに現役で働いており、懐かしげな神具屋、カステーラだけしか売っていないカステラ屋、喫茶店、葉茶屋も昔からの姿で存在している。
(写真入れ替えますので、おまちください)
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いわゆる西陣のこの界隈は上等の料理屋、和菓子屋、昆布屋に混じって、おまん屋、市場、什器屋、川魚屋があり、北山杉や銘木をあつかう木材店が数軒並んでいて二階建てより高い建物が目に付かないように配慮してあるのか、街の表情が穏やかである。
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たしか、ビリヤードに出かける時はジャケットを着用するんだったけ。
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by coppoumon | 2006-04-29 21:53 | 京都 | Comments(2)
2006年 04月 29日

ピアノリサイタル

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3月にいずみホールで、昔、同門下だった人のリサイタルがあった。門下生の演奏会では、当時リストを良く弾いていて、ポロネーズの二番、ラコッツィー、ペストの謝肉祭、セザール・フランクのサンフォニック・ヴァリエを弾いていたことを覚えている。どこか師の匂いを懐かしめるかもしれない、とおもって出かけたのだ。 まだ、居たのか、といいたくなるような、旧教授たち、優秀で学校に残った後輩たちの顔が見える。 座席はk-17 開演直前まで両方の座席が空いていたので喜んでいたら、左に男二人、一人は演奏会とは無縁そうな男で座るなり「ン~、カズヤ。あの子ったら、お店しめるのよぉ。2千万借金が残ってて、そのままなんだって~」カズヤといわれた男は、同じ様な調子で、「2千万は立て替えてあげられんもんな~」などと相槌を打っている。それが同じような声色(こわいろ)で、ややこしい。そのうち私の前にいた後輩で大学に残っている男に気づき、バーのパパだか、ママなのか歩み寄って華々しくご挨拶を始めた。なんでもありの大阪に居ると少々の事では怯まなくなったが、ホール中に声が響いてるよ。 しかし、スキンヘッドにパンダナを巻いたイメージと裏腹な、ゴージャスなのかもしれない香水が強すぎて閉口してしまった。

フランスのピアノは香水の音がする、といわれた事がある。私はあるときジル・マルシェクスのレコードを発見して入手した。
彼はモーリス・ラヴェルの友人で、私のピアノの先生が2年半師事していたことを知っていたからだ。
静子先生はおっしゃる。 「演奏に、出来、不出来のある人でした。出来の良い時は、素晴らしい演奏をした人です」師は、最晩年、お訪ねしたときにこのように話してくれた。何と言うことか、再生してみると、音にノイズがほとんど無いのだ。鮮やかな音でクープランの「ひらひらする髪飾り」が響いてくる。
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ジル・マルシェクスを日本につれて来てフランスのピアノ音楽を紹介したのはバロン薩摩・薩摩治八郎だったことはずいぶん後で知った。
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by coppoumon | 2006-04-29 08:33 | 静子先生 | Comments(2)