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2009年 12月 31日 ( 2 )


2009年 12月 31日

旧い年は過ぎ去り

旧い年は過ぎ去り・・という題のオルガン曲がバッハにある。
珍しくバッハの心情が出ているような気がするこの曲をさらいながら、いつも、新年の礼拝にはこういうしみじみした曲は止めておいたほうが良いのかなあ・・と逡巡するので、実際には礼拝で弾いたことは無い。

今日は大晦日。
クリスマスのあと、元旦礼拝の準備で、家の掃除をするのがやっとだった。

マリヤ様を二体並べて置いた。
花屋さんが正月の生花を活けてくれた。
花器は木村盛伸氏の作品を出した。
正月の準備はこれだけである。
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三が日があけると4日は月曜日。実に世知辛い。
私の正月休みは、4,5,6の3日間だけになってしまいそうだ。

三が日とも出歩くので、御節は無い。
母は煮豆と、数の子とかまぼこだけで良い、という。
トリモモを焼いて南蛮酢につけこみ、マスタードを塗る。
日の出人参。
矢羽蓮根。

正月らしい食べ物はこのくらいが食膳に並ぶ。
後は酸茎。

正月は冥土のたびの一里塚、めでたくもありめでたくもなし・・と母方の祖母は毎年この歌がついて出ていた、と母は言う。
長生きの秘訣だったのかなあ・・と私は思う。

裏寺町通りを歩いていたらこういう看板が出ていた。

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by coppoumon | 2009-12-31 22:30 | 眺めのよいアパルトマン | Comments(0)
2009年 12月 31日

師走風景3 お参り

歳末の30日は墓参りに行く・・というのだが、今日の京都市内で乗ったバスは観光客で一杯だった。
あ、バスに乗る前に五条から歩いて松原通を閻魔様に会いに行った。

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相変らず寺には人影が無く、すっきりとして爽やかだ。
今日も、まず迎え鐘を曳く。
何とやわらかく響く鐘だろう。倍音の含みが独特で包み込むような優しさがあるこの鐘の音を私は好きだ。
建物の床を深く掘り下げてあるので、それも、独特の響き方になるというのだ。
笛でいえば、クラリネットのような閉管なのかも知れない。
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今日も閻魔様に対面してきた。
心なしか閻魔様の目が潤んでいるように見えた。
閻魔様の目はこんなにも、つややかだったのだろうか。
平安時代に作られたという閻魔大王を通して、この世を作られた方を思う。

そのあと、通りに出た。
力餅という店の看板には、餅は餅屋で、と模造紙にマジックで書いてあるのだが、なんとなく悟りきったような字だった。
お餅と一緒に並べられた干支人形を見て楽しむ。
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松原通りから東大路に出た。
いつも立ち寄る浪川菓舗には、大きなもろぶたが積み上げてあり、いつもの倍以上の人が総出で仕事をしている。
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おばさんが店に出てどなたかに対応しておられた。
今日は、私が持って帰れるようなものは無理でしょう?とたずねると、いいえ。と、鶴と松の薯預を出してきてくださり、「今、餡餅を作ったので、これは私からのプレゼント。配るのですぐになくなってしまうんだけど、ちょうどよかった」と餡餅を頂戴した。

忙しいときに、ありがとうございます。

長崎の友人のお家もお餅屋さんだ。
しかも、一番忙しいこの日が彼の誕生日。
家業の最高のピークの日に、生まれたということは、最高の祝福ではないか。
余は、生まれながらの将軍なるぞ!といった男がいたというが、比ではない。
そんなことを考えつつ、餡餅に与った私も幸いなのかも知れないなあ・・と今日も、妄想。

浪川餅・電話九三三 

明治か大正時代の箱なのだろうなあ。
郷里の我が家の電話は参百六拾番だった。
あたりまえだが親しかでないので掛けたことは無かった。
掛けてよこしなさい、と親に言われると無碍にも掛けなかったことが、可笑しい。
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by coppoumon | 2009-12-31 00:36 | 京都 | Comments(4)