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カテゴリ:行った( 34 )


2018年 06月 11日

長崎への旅 その11 オランダ坂

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これが、オランダ坂・・と見上げると上から軽自動車が下りてきた。
ああ、びっくりした。

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洋館に上がって景色を見る。最近のたてものを引き算して、妄想の世界に入ると、ゴッドマザーの声で、戦前の長崎は、にほんなのか、中国なのかヨーロッパなのか分らない混然とした、不思議な町でした・・というものがたりが聞こえてきそうだった。
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立ち去る前に、一番のコージースポットを見つけた。
いつまでもこの景色がありますように・・と、石垣の面白さを見て歩いた。

ここは前山餅饅頭店の裏であり、玄関はこっちですから、こっちから入ってください・・と教えられたすぐ近く。
店のある電停の通りにもどって、別れを告げる。

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空港の広さが、飛行機の大きさまでもが、ワルシャワ国際空港に似ている。
80年代、むこうは出発と、着陸の建物がまったく別のところにあって、つながってはいなかった。

旅行といえば、必ず夏だ。寒くないから。
寒天たべたのは、ほんとうに久しぶりだったなあ。
浜屋デパートの地下売り場で見た、吉宗のワイン寒天、マンゴー寒天。
食べてみたかったなあ・・あれを昼食にしたら良かった・・

うっとりと、物思いにふけるまもなく神戸に到着。

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無人運転の一番前に陣取り、正気にもどるリハビリを始めた。

休みは、まだまだ1週間ある。誰にも会わんぞ~、土産は誰にも渡さんぞ~、と欲の深いことを考えている。





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by coppoumon | 2018-06-11 22:57 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 11日

長崎への旅 その10 里山から浜町


浦上の坂を下っていると、スペイン菓子・サン・オノフレというお店の前を通った。開店前だったので、平和公園を回って、開店時間に合わせて降りた。

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店の画像を探すのだが、分らない。店はケーキ屋さんで、喫茶スペースは無かったので、エクレアを買い求め、爆心地の公園ベンチで休憩した。なんと、焼き菓子を頂戴した。
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傘がいらない程度の小雨だが、人が絶えることはない。
何も考えずに、夢中で食べる。

それから浜町に移動。お昼をどうするか・・と歩く・・さるきまわる(現地語)覚悟をしたら、だれも歩いていない路地を発見。そこを主婦が二人歩いていくので、これは食事に行くに違いないと踏んで、後をつけたら、正解だった。
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おにぎりが2つ8種類くらいから選べる。その場で握ってくれるおにぎりはうちの母のそれに似て、ふんわり、強く持つと壊れそう。

満足して階段を降りて、あ、こっちのほうが良かった・・とおもったのが、おにぎり屋さんの階下のフランス料理店。
いやいや、マルセイユ風はあかん、にんにくとオリヴ、アンチョビ・・ちょっと苦手やおまへんか・・いえで、口に合うように作るし・・と負け惜しみを言いつつ
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また来年の楽しみに楽しみを残すことにした。

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by coppoumon | 2018-06-11 22:16 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 11日

長崎への旅 その9 浦上へ

4時半まで市内に留まっても、大丈夫・・という旅程だった。

最後の日は浦上へ出かけた。

里山小学校は、ゴッドマザーが勤務していた。
「そろそろ長崎も危ない、というので、諫早の親戚を尋ねて、疎開させて欲しいと相談しその夜は泊めてもらい、手に持てるだけのものを持って長崎に向かう途中、列車の中で、なにか光った。なんだろうとおもったが、長崎に近づくに連れて、大変なことになっていることが分り始めた。

留守を守っていた子どもたちを、捜して遠く福田のほうまでも行ったけど、誰にも会わない。福田で、永井博士のお宅のおばあさんが、茅乃ちゃんをおぶって「この子のお母さんがまだ、帰って来んとです」といって、人待ち顔で立っていた。お母さんというのは小学校で同僚だった緑さんね」

原爆で3人の子どもを失ったゴッドマザーは、「50年経っても、悲しい・・」といっていた。

里山小学校への坂道を上がりながら、この界隈にゴッドマザーたちが住んでいたのだなあ・・と思うと、感慨深いものがあった。

如己堂を見学。

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記念館には茅乃さんの甥に当たられる方がおられ、すぐ近所に住んでいたことを告げると、ああ、西山和気の・・お世話になりましたね。ありがとうございます。といわれた。

やっと、うかがうことが出来ました。と返事を申し上げた。


さてと、そのあと浦上天主堂へ。
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コンクリートの建物だったはず・・がそのうえに、レンガを張ったのだそうだ。

レンガで作りなおしたのかと、おどろいたが、そうではなかった。

傘がいるか、要らないかの小雨の中を、平和公園にむかう。


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by coppoumon | 2018-06-11 09:49 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 11日

長崎への旅 その8 上海丸

ベルヴューホテルの向こうに上海香港銀行の建物が見える。
それで、歩いてみることにした。

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イギリス領だった頃の香港にありそうな建物。
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上海丸と、長崎丸の模型が展示してあった。下の画像は上海丸。
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建物で感心したのは階段裏の文様。
ここは、木目が釘彫りのように細工されていて、不安定な足場に仰向けになって作業を行ったであろう職人の姿をダブらせて観賞した。
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散策の途中で見かけたアンデレクロスの文様の扉を持つ石造の祠。
壱岐には、このような祠がいくつかあるが、対馬では、今のところ、私は知らない。
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仮眠して、夜は AZIL で、音楽仲間たちと再会。

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by coppoumon | 2018-06-11 09:22 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 06日

長崎への旅 その7 島原・四明荘

かんざらしを楽しんだ。かんざらしはこれ以上大きくても、小さくてもよくない、というほどの大きさ。たとえは悪いが、パチンコ玉よりは大きい。
蜜も、おいしい。ここでは番茶が添えられた。
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番茶もおいしい。
魚の干物を食べた後に、この番茶を飲んで、口の中をすっきりさせる・・そういうイメージを持った。

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リアルに、島原城の存在を思う建物があった。


そのあと、明治の末、某家の別邸として建てられ、奨は初期に禅僧を招いてつくられた庭園をもつ「四明荘」を拝観。
40坪のお宅に、20人ほどが常時出入りをしている感じだったが、座敷に上がると緑茶を出してくださる。

建物の南側が大きな池。
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たくさんの人が見学に出入りするので、写真はなかなか撮れない。

東側にも四角い池があり花ショウブがみごろだった。
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このあと、諫早から長崎へ、雲仙をぐるっと一周のドライヴの後半を楽しむ。

諫早は長崎県に組み入れられたが、鍋島藩で、その北側に鹿島というところがある。

鹿島の浜から、朝鮮に向けて船が出た・・という言い伝えを、「なぜに」と、いぶかしく思っていたが、対馬藩が、佐賀の田代の領地から、筑後川を下って、湾に出て、外海、平戸、壱岐、対馬と船で年貢米を運んんでいたことを思うと、納得がいった。

米を積んだ廻船は、藩所有ではなくて、借り船だったそうだ。

風力と人力の時代を偲んでみた。

今回、旅行の希望のひとつは、佐賀から雲仙を回って外海に出て、対馬に至る、という江戸期の年貢米の航跡を空から確認したい、ということだった。

それを、雲仙一週で、もっとみじかなものとして捉えることができて、大変嬉しい。

島原の乱で、対馬から移住した350余の人たちは、田代から対馬への年貢船を毎年、見続けただろう。島原を、遠く離れた異郷とは、思っていなかったかもしれない。


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by coppoumon | 2018-06-06 15:26 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 03日

長崎への旅 その6 島原の城下

石垣に挟まれたの幅二間ほどの道路のまん中に小さな水路が流れているモノクロの写真を、小学生のころに見た。
寸分違わないその光景は、懐かしさがある。
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島原の乱以後、人口が減ってしまった島原藩に幕府は、一藩あたり、18人を島原に移動させる命令を出した。
そのとき、対馬藩からは350人ほどが移動していった。

その理由をまことしやかに言う郷土史家がいたが、本当のところはわからない。
この街には、対馬をルーツに持つ人が、いるのだなあ・・という気で街を眺めた。

和菓子屋には「かすまき」が売られていた。
これは、対馬の殿様が、関ヶ原の乱以後、家康公に会って、参勤交代の取り決めをして、初めて出かけ、無事に帰ってきたことを祝って配られたお菓子、と伝わっている。

島原で見たものも形、大きさが同じであった。
チェリー豆本舗の「かす巻」は別物である。

保存された武家屋敷は、20石以下の侍たちの住まいであったようだ。
曲がり屋で、藁ぶき屋根の武家屋敷。佐賀でも同じような形式の武家屋敷を見た。
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対馬では、度重なる火災で、藁ぶき屋根を禁止して、瓦葺きであった。
文化年間、幕府の巡検使が来て、対馬藩は小藩のわりに、結構な屋敷構えで・・と感想を漏らすと、たびたび、朝鮮からの使いがあるので、常に外構えを立派にしておかねばならないが、いたって質素な暮らしをしている、と答えている。









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by coppoumon | 2018-06-03 23:56 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 02日

長崎への旅 その5 島原城かいわい

口之津、原城址から車はいきなり、島原城の中へ。

2階はキリシタン遺物の展示場だった。ここでは焼き物関連の画像をアップする。

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3階は城や城主に関するものが展示されていた。

昼食はお城を眺めながら。
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私が食べたかったのは、「ヰギス」。
イギス豆腐とも、イギリスとも称される。
ヰギスを食べることが出来るとはおもっていなかった。椎茸や人参などの彩の良いものを寒天で固めて、わずかな和芥子と、二杯酢でたべる。

瀬戸内から西のほうでは、海草を、このようにしてたべる文化が存在する。
大阪ではトコロテンくらいで、景色に天草を望みつつ、望みもしなかった天草(てんぐさ)に感激して賞味。

高槻でも天草からつくった寒天の梅酒寄せを食後に出してくれる食堂がある。

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ここでは素麺が固めてあった。

素麺の寒天寄せなら、以前、祇園の「浜作」で出た。30年以上も前だから、今は知らない。






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by coppoumon | 2018-06-02 22:35 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 02日

長崎への旅 その4 島原一周 

この日はマラソン大会が開催されたようで、上五島からの人たちがたくさん宿泊していた。
フロントからは、日曜日の朝食は大変混雑するだろうと思いますので、上手に時間をずらしてくださいますよう・・とアドバイスがあった。
ここのホテルのご飯はおいしい。
食べ過ぎないように、極力ヴェジタリアンでを心がける。時間は6時半。

迎えに来てくれる時間が8時半。部屋にもどって消化を楽しむ時間が、散歩になってしまった。
すぐそこが出島である。
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出島橋から対馬藩邸を眺める。
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この藩邸の前は、違う場所にあり、もっと手狭だったという。
藩邸を引っ越すために役に当たった人の子孫の方と、わたしとの交流がこのブログに出てくるのは何かのご縁だろうか。

8時半に出発。

飛行機の中から見た2つのゴルフ場、焼けすぎレンガのような土の色のジャガイモ畑・・といったところを車は走りぬけ、
まもなく千々石。
飛行機からちらっと見ることが出来た橘湾であった。

橘湾でしか採れない海老をほして加工したものを京都でただ一軒だけ、買い求めることが出来る。
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続く・・・・


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by coppoumon | 2018-06-02 00:03 | 行った | Comments(0)
2018年 05月 31日

長崎への旅 その3 野母崎

友人夫妻がホテルに迎えに来てくれて、今夜の食事は、洋?、中?、和?

中華は、にんにくが恐い。トルコライスデラックスよりは、地元のご飯が食べたい・・などと私が言い出したので、それではまず、夕日を見ましょう、ということになり、高島、軍艦島を眺めつつ、綱掛岩、夫婦岩の手前の展望台へ。
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去年はまだ明るい時間だったので、このような光景ではなかった。
少しずつ陽は沈む。
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食事は「いち望」という店だった。
予約なしの私たちに、店のオバサンはお釜の中を覗いて、おっけ~!と、店内に招き入れてくれた。

いち望定食・ゴマ豆腐つき。
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大阪を出て8回食事をしたことになるが、この店が、一番、おいしいと思った。
長崎で、普段に家で作って食べていたものと同じ味がした。

味噌汁が、たまらなくおいしい。
お造り3種、天麩羅、ポテトサラダ、胡瓜の酢の物、あげかまぼこ色々、ゴマ豆腐。ご飯味噌汁、お漬物。

天麩羅の海老は、尻尾まで食べた。きすも分厚くて、新鮮だった。

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by coppoumon | 2018-05-31 22:36 | 行った | Comments(2)
2018年 05月 30日

長崎への旅 その2 諫早

子供の頃、町内に警察署があった。警察署の建物の裏側は、警察の官舎として借り上げられていた家が何軒もあって、転勤族で引っ越してきた家族の中に同級生がいると、すぐに親しくなった。

時々、まえの赴任先の話をしてくれた。
「諫早からきたとよ。そん前は大村にも居った」と。

60年近くも前の話、といういか、その話から60年近くたって、やっと諫早の地を踏んだことになる。
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降りると、諫早城址だった。
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楠の大樹、巨木群に圧倒されつつ、見つけた和菓子屋の饅頭で3時のおやつにする。
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団子、淡雪羹、蒸カステラ、チマキ(サルトリイバラの葉でつつんでも、ちまきという)。
結構な量だ。

目指すは眼鏡橋。
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見るうちに晴れてきた。
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長崎県営バス、というのに乗って、諫早駅前にもどる。

友人が、6時に仕事をおえて、諫早まで迎えに行きましょうか?と言ってくれたことを思い出した。

もし、待っていて、食事をするとなると、この店?
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それとも、こっちで、こんなメニュ?
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ほかに食堂は無い。
いたるところ長崎新幹線の工事中。

バスで、長崎市内に向かうことにする。

チケットを尋ねると、売り場のオバサン、900円だけどペア券だと、一枚510円なのだ、と勧める。
なぜ、そんな話になるの?2枚買うの?
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売り場の2階、まうえにはこういうネコがいた。

連れて、逃げてよ・・・と言われるかと、高まる妄想。

乗り込んだ高速バスは一気に長崎の予約しておいたホテルまえに到着。
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ホテルの隣は、カステラの文明堂。

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by coppoumon | 2018-05-30 17:34 | 行った | Comments(0)