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カテゴリ:行った( 37 )


2019年 03月 25日

雲集平田 

松江から出雲へ行き、一畑電鉄に乗り換えて、雲集平田へ。

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電車は二両。

平田は、汽水湖であった、宍道湖の内海を、埋め立てて、綿花で栄えた町なのだそうだ。
江戸時代の面影が残っている。

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水路がどこまでも続いているが、気候のよいときは観光客を乗せて廻ってもらえたらいいだろうなあ、と思わせる静けさと美しさ。
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平日、金曜日のお昼、誰も歩いていない。
駅前には何にもなくて、少し歩くと、どうやら道路を付け替えたようで、新しい道路の両脇の家が、ことごとく新築であったことに驚いたが、しばらくすると、古い道筋が理解できるようになる。

岡茂一郎商店という醤油を製造しているところで、呼び止められて、醤油のテイスティング。
さしみ醤油とは、再仕込み醤油の略だと知る。

次に、お目当ての本石橋邸へ。

室内も撮影可、なのだがついつい遠慮してしまう。
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茶室から見た庭。
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正面に見えるのは、大きすぎるほどおおきな柊の老木。
ヒイラギは老木になると、棘が取れて、葉が丸みを帯びてくるというが、本当だ。

座敷の奥の庭が立派。
私の腕では、歯が立たないが、撮らざるをえない。
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庭石をやや高めに据えるのがこの地方の流儀なのだそうだ。
雪の深さに関係するのかな、と勝手な想像をする。
手水鉢が大きい。

そうのにわ、ぎょうのにわ、とそれぞれをいうのだそうだ。

なるほど。床の間の格式も草、行、と造り分けるが、草の庭、と表すと、勘違いが起こる。

瓦は右から左へと流れていて、面白い。

駅前で、昼食を摂れなかった。
川を渡ったところに古いすし屋があったので、はいると、日替わり定食、とある。

地元の人は、どういうものを日替わりにするのか・・興味をもって注文してみた。

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ホタルイカ、おおぶりな漬物、ごま油で炒めたほうれん草には、金山寺が掛けてある。
ご飯、深蜂にには白菜、豆腐、牛肉、エノキ、魚すり身の揚げたもの。

こういうご飯は嬉しい。野菜がたっぷりなのだから。

あずま堂という和菓子屋があった。
草もちは、この辺りの蓬を摘んで作るのだそうで、早蕨の薯預とともに求め、帰りの電車で、味見をした。
正直、というか、丁寧というか、誠実というか、大変おいしい。

帰り道、かめや製パンというパン工場を見つけた。
そこではクリームパンとバナナクリームパンを買って、食べてみた。
これは琵琶湖の、つるや製パンとそっくりだった。

つるかめか・・・

米子やこの平田でも、真っ黒でくちばしが白いオオバンを見かけた。
ここでは川を7,8羽といくつかの群れが川上に向かって泳いでいた。

希少、とか絶滅危惧種とか言われているが、帰宅して調べてみると、オオバンだった。


めでたし。


by coppoumon | 2019-03-25 21:58 | 行った | Comments(0)
2019年 03月 24日

安来へ 2019・3・21

安来は、唯一駅前にある30室ほどの小さなホテル。
数年で5,6泊もしただろうか、4人のスタッフの顔を覚えてしまった。
希望すれば夕食も用意してもらえる。

暖かかったはずが気温がだんだん下がっていき、コートを着て夕食にありつきたいと、彷徨う。

飛び込んだ店。
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こんな景色を見ながらメニュの相談の結果がこれ。

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野菜は全て安来産。
仁多米というので、パンではなくてご飯にした。

オードブルは公魚のフリッター、シューに詰めたサラダ、自家製のスモークサーモンと野菜、カップに入っているのは烏賊の梅肉あえ、葛を固めたようなのは、なんだか忘れた。

スープはジャガイモがベース。

魚は、金目鯛で、ポワレ。

デザートはお椀の中に抹茶大福、ガトーショコラ。自家製だそうだ。

食後はストレートティー。
これは、昔、大阪南のフランス料理店「ダンテス」で出されたものとよく似ている。


さてと、ここからは番外。

メニュでは肉、鳥を選ぶことも、魚、肉と両方でもよかった。
肉は、どう出てくるか?とこう、でてくる。

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たれをつけて焼いたものに、八丁味噌、金山寺、大根おろし、わさび、粒マスタード、焼き梅干し、ゴマたれ、ポン酢・・など8種類、好みにつけてお召し上がりください・・なのだそうだ。

これを食べるのはわたしには重過ぎるだろう。

おいしいものは、幸せ。







by coppoumon | 2019-03-24 17:41 | 行った | Comments(0)
2019年 03月 24日

米子へ 2019・3・21

今回の、山陰への旅の目的はおいしいものを食べること・・は二の次で、鍼灸の先生に、毎週お灸をすえた5ヵ月間の結果を診ていただくことである。

しかし、行くからには、と米子の友人に連絡をすると、20日から25日まで川西にもどります。という返事だった。
案内人の居ない米子を、直感で回ろう。

高速バスを降りて、駅のインフォメーションに行く。説明を受けながら、漂ってくる蕎麦の出汁の匂いが気になる。

昼食は、温かい蕎麦と、鯖寿司二切れ。絶品だった。あとで、名の通った店だと知る。
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早速街角ウオッチング開始。蔵の通風口の作りに見とれる。

半鐘が鳴ると、近くから左官が飛んできて、塗りごめる通風口は、石の扉が付いていた。

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次は電車。
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全て木造だった。

資料館で、米子の明治初期の古写真展を見学。
城の周囲は畑が広がっていて、のどかである。

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商店街は、長閑。

その東側は川になっていて、これがまた歩いてみたくなるような良い景色だ。
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「清月」という和菓子屋で「江戸風桜餅」「春の彩り」「春の風」?だったかな。3種類の和菓子と、宮内庁お買い上げの焼酎カステラ、ブランデーカステラを買う。包んでもらう間、藻塩きんつば、焼酎カステラの試食を頂く。焼酎カステラは、宮内庁から再度、注文があったそうだ。
やんごとなきは、焼酎、召し上がるのだ。と、妙に感心した。

食べ物屋のメニュは、全国、画一的になってきて、ちょっと淋しいが、全部食べてみたい。
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ちょっとした絵になる風景に出くわした。
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この階段、すばらしいが、画像ではそのチープさかげんが出ていない。
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ゴージャスな理髪店もあった。

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窓枠が取り替えられているのが残念だが、第一モテル館。ならば、第二モテル館もあろうか、と探す。
地図上には、第二モデル館というのが近所にあり、納得した。
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これも米子の町並み。

途中見つけた蔵のなかのカフェでコーヒーとガトーショコラ。
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一番感動したのは、この場所。
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時間が来て安来へ移動。





by coppoumon | 2019-03-24 16:42 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 11日

長崎への旅 その11 オランダ坂

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これが、オランダ坂・・と見上げると上から軽自動車が下りてきた。
ああ、びっくりした。

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洋館に上がって景色を見る。最近のたてものを引き算して、妄想の世界に入ると、ゴッドマザーの声で、戦前の長崎は、にほんなのか、中国なのかヨーロッパなのか分らない混然とした、不思議な町でした・・というものがたりが聞こえてきそうだった。
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立ち去る前に、一番のコージースポットを見つけた。
いつまでもこの景色がありますように・・と、石垣の面白さを見て歩いた。

ここは前山餅饅頭店の裏であり、玄関はこっちですから、こっちから入ってください・・と教えられたすぐ近く。
店のある電停の通りにもどって、別れを告げる。

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空港の広さが、飛行機の大きさまでもが、ワルシャワ国際空港に似ている。
80年代、むこうは出発と、着陸の建物がまったく別のところにあって、つながってはいなかった。

旅行といえば、必ず夏だ。寒くないから。
寒天たべたのは、ほんとうに久しぶりだったなあ。
浜屋デパートの地下売り場で見た、吉宗のワイン寒天、マンゴー寒天。
食べてみたかったなあ・・あれを昼食にしたら良かった・・

うっとりと、物思いにふけるまもなく神戸に到着。

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無人運転の一番前に陣取り、正気にもどるリハビリを始めた。

休みは、まだまだ1週間ある。誰にも会わんぞ~、土産は誰にも渡さんぞ~、と欲の深いことを考えている。






by coppoumon | 2018-06-11 22:57 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 11日

長崎への旅 その10 里山から浜町


浦上の坂を下っていると、スペイン菓子・サン・オノフレというお店の前を通った。開店前だったので、平和公園を回って、開店時間に合わせて降りた。

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店の画像を探すのだが、分らない。店はケーキ屋さんで、喫茶スペースは無かったので、エクレアを買い求め、爆心地の公園ベンチで休憩した。なんと、焼き菓子を頂戴した。
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傘がいらない程度の小雨だが、人が絶えることはない。
何も考えずに、夢中で食べる。

それから浜町に移動。お昼をどうするか・・と歩く・・さるきまわる(現地語)覚悟をしたら、だれも歩いていない路地を発見。そこを主婦が二人歩いていくので、これは食事に行くに違いないと踏んで、後をつけたら、正解だった。
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おにぎりが2つ8種類くらいから選べる。その場で握ってくれるおにぎりはうちの母のそれに似て、ふんわり、強く持つと壊れそう。

満足して階段を降りて、あ、こっちのほうが良かった・・とおもったのが、おにぎり屋さんの階下のフランス料理店。
いやいや、マルセイユ風はあかん、にんにくとオリヴ、アンチョビ・・ちょっと苦手やおまへんか・・いえで、口に合うように作るし・・と負け惜しみを言いつつ
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また来年の楽しみに楽しみを残すことにした。


by coppoumon | 2018-06-11 22:16 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 11日

長崎への旅 その9 浦上へ

4時半まで市内に留まっても、大丈夫・・という旅程だった。

最後の日は浦上へ出かけた。

里山小学校は、ゴッドマザーが勤務していた。
「そろそろ長崎も危ない、というので、諫早の親戚を尋ねて、疎開させて欲しいと相談しその夜は泊めてもらい、手に持てるだけのものを持って長崎に向かう途中、列車の中で、なにか光った。なんだろうとおもったが、長崎に近づくに連れて、大変なことになっていることが分り始めた。

留守を守っていた子どもたちを、捜して遠く福田のほうまでも行ったけど、誰にも会わない。福田で、永井博士のお宅のおばあさんが、茅乃ちゃんをおぶって「この子のお母さんがまだ、帰って来んとです」といって、人待ち顔で立っていた。お母さんというのは小学校で同僚だった緑さんね」

原爆で3人の子どもを失ったゴッドマザーは、「50年経っても、悲しい・・」といっていた。

里山小学校への坂道を上がりながら、この界隈にゴッドマザーたちが住んでいたのだなあ・・と思うと、感慨深いものがあった。

如己堂を見学。

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記念館には茅乃さんの甥に当たられる方がおられ、すぐ近所に住んでいたことを告げると、ああ、西山和気の・・お世話になりましたね。ありがとうございます。といわれた。

やっと、うかがうことが出来ました。と返事を申し上げた。


さてと、そのあと浦上天主堂へ。
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コンクリートの建物だったはず・・がそのうえに、レンガを張ったのだそうだ。

レンガで作りなおしたのかと、おどろいたが、そうではなかった。

傘がいるか、要らないかの小雨の中を、平和公園にむかう。



by coppoumon | 2018-06-11 09:49 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 11日

長崎への旅 その8 上海丸

ベルヴューホテルの向こうに上海香港銀行の建物が見える。
それで、歩いてみることにした。

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イギリス領だった頃の香港にありそうな建物。
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上海丸と、長崎丸の模型が展示してあった。下の画像は上海丸。
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建物で感心したのは階段裏の文様。
ここは、木目が釘彫りのように細工されていて、不安定な足場に仰向けになって作業を行ったであろう職人の姿をダブらせて観賞した。
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散策の途中で見かけたアンデレクロスの文様の扉を持つ石造の祠。
壱岐には、このような祠がいくつかあるが、対馬では、今のところ、私は知らない。
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仮眠して、夜は AZIL で、音楽仲間たちと再会。

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by coppoumon | 2018-06-11 09:22 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 06日

長崎への旅 その7 島原・四明荘

かんざらしを楽しんだ。かんざらしはこれ以上大きくても、小さくてもよくない、というほどの大きさ。たとえは悪いが、パチンコ玉よりは大きい。
蜜も、おいしい。ここでは番茶が添えられた。
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番茶もおいしい。
魚の干物を食べた後に、この番茶を飲んで、口の中をすっきりさせる・・そういうイメージを持った。

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リアルに、島原城の存在を思う建物があった。


そのあと、明治の末、某家の別邸として建てられ、奨は初期に禅僧を招いてつくられた庭園をもつ「四明荘」を拝観。
40坪のお宅に、20人ほどが常時出入りをしている感じだったが、座敷に上がると緑茶を出してくださる。

建物の南側が大きな池。
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たくさんの人が見学に出入りするので、写真はなかなか撮れない。

東側にも四角い池があり花ショウブがみごろだった。
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このあと、諫早から長崎へ、雲仙をぐるっと一周のドライヴの後半を楽しむ。

諫早は長崎県に組み入れられたが、鍋島藩で、その北側に鹿島というところがある。

鹿島の浜から、朝鮮に向けて船が出た・・という言い伝えを、「なぜに」と、いぶかしく思っていたが、対馬藩が、佐賀の田代の領地から、筑後川を下って、湾に出て、外海、平戸、壱岐、対馬と船で年貢米を運んんでいたことを思うと、納得がいった。

米を積んだ廻船は、藩所有ではなくて、借り船だったそうだ。

風力と人力の時代を偲んでみた。

今回、旅行の希望のひとつは、佐賀から雲仙を回って外海に出て、対馬に至る、という江戸期の年貢米の航跡を空から確認したい、ということだった。

それを、雲仙一週で、もっとみじかなものとして捉えることができて、大変嬉しい。

島原の乱で、対馬から移住した350余の人たちは、田代から対馬への年貢船を毎年、見続けただろう。島原を、遠く離れた異郷とは、思っていなかったかもしれない。



by coppoumon | 2018-06-06 15:26 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 03日

長崎への旅 その6 島原の城下

石垣に挟まれたの幅二間ほどの道路のまん中に小さな水路が流れているモノクロの写真を、小学生のころに見た。
寸分違わないその光景は、懐かしさがある。
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島原の乱以後、人口が減ってしまった島原藩に幕府は、一藩あたり、18人を島原に移動させる命令を出した。
そのとき、対馬藩からは350人ほどが移動していった。

その理由をまことしやかに言う郷土史家がいたが、本当のところはわからない。
この街には、対馬をルーツに持つ人が、いるのだなあ・・という気で街を眺めた。

和菓子屋には「かすまき」が売られていた。
これは、対馬の殿様が、関ヶ原の乱以後、家康公に会って、参勤交代の取り決めをして、初めて出かけ、無事に帰ってきたことを祝って配られたお菓子、と伝わっている。

島原で見たものも形、大きさが同じであった。
チェリー豆本舗の「かす巻」は別物である。

保存された武家屋敷は、20石以下の侍たちの住まいであったようだ。
曲がり屋で、藁ぶき屋根の武家屋敷。佐賀でも同じような形式の武家屋敷を見た。
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対馬では、度重なる火災で、藁ぶき屋根を禁止して、瓦葺きであった。
文化年間、幕府の巡検使が来て、対馬藩は小藩のわりに、結構な屋敷構えで・・と感想を漏らすと、たびたび、朝鮮からの使いがあるので、常に外構えを立派にしておかねばならないが、いたって質素な暮らしをしている、と答えている。










by coppoumon | 2018-06-03 23:56 | 行った | Comments(0)
2018年 06月 02日

長崎への旅 その5 島原城かいわい

口之津、原城址から車はいきなり、島原城の中へ。

2階はキリシタン遺物の展示場だった。ここでは焼き物関連の画像をアップする。

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3階は城や城主に関するものが展示されていた。

昼食はお城を眺めながら。
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私が食べたかったのは、「ヰギス」。
イギス豆腐とも、イギリスとも称される。
ヰギスを食べることが出来るとはおもっていなかった。椎茸や人参などの彩の良いものを寒天で固めて、わずかな和芥子と、二杯酢でたべる。

瀬戸内から西のほうでは、海草を、このようにしてたべる文化が存在する。
大阪ではトコロテンくらいで、景色に天草を望みつつ、望みもしなかった天草(てんぐさ)に感激して賞味。

高槻でも天草からつくった寒天の梅酒寄せを食後に出してくれる食堂がある。

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ここでは素麺が固めてあった。

素麺の寒天寄せなら、以前、祇園の「浜作」で出た。30年以上も前だから、今は知らない。







by coppoumon | 2018-06-02 22:35 | 行った | Comments(0)