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2018年 01月 24日

寺田町かいわい

高校を出て関西に住むことになった。

何かとかわいがってもらった老婦人が、大阪に行ったら、まず寺田町に行って、懐かしい神父様にお会いして来てほしい。
私がくれぐれもよろしくと、お伝えして欲しい。

言われるまま、着いてすぐの日曜日、ミサに出てその神父に会った。

それがどうした・・と言った体であったが、ポーカーフェイスで、やり過ごした。
その2ヵ月後、大阪女学院のヘールチャペルで邂逅したが、言葉少なに会話を切り上げた。

後日、ゴッドマザーに件の印象を告げると、「うべなるかな」と余り良くない話が続いた・・・50年も前のこういった記憶は早く消すもんだ。

道の向こう側に、ギャデ・・と書いてある店を発見。
冬の夕暮れは早い。
ホットワインでも飲ませてくれるかもしれない。

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急ぎ足で近寄ると、そこはリサイクルの店だった。

商店街なのだが、だからどうした・・という店ばかり。

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駅前にうどん屋があった。
うどんそば220円。カレーライス420円。安さに感激。

ラーメン屋と、うどん屋が意外に多い。

店の名づけは凝っているのだが、どんな麺類をたべさせてくれるのか二の足を踏む。

ガードを超えてもラーメン屋。うどん屋。
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赤い十字架の看板があった。
逆さ十字までも・・・。


凄い名づけだ。
極楽は、仏教語。
どんぶりに蓮の花でも咲いているのだろうか。七味代わりに金粉でも振りかけるのであろうか。

よりによって、「あーめん」とは。

また、払拭したはずの例の神父を思い出していた。



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# by coppoumon | 2018-01-24 19:38 | 大阪 | Comments(0)
2018年 01月 17日

あんまりや

興味半分で、オークションを見ていた。

また、マリヤ像が売りに出ている。

暮れから、節分にかけて、京の町を茶せん売りが、売り売り歩く、という図を見たことがある。
茶せんは、物売りから買うのかと、しかも暮れ前後に。

マリヤ像もクリスマスの頃から、売り物を目にすることがある。

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こういうのは、コレクターがいるのだろうなあ。

清水の三年坂で、宗門改めにつかった、青銅の十字架をはめ込んだ踏み絵の凄いのを展示してあり、「非売品」になっていた。
骨董屋なのだから、値段如何で売るのだろうか。

30年ほど前、仏像にほれ込んだ人が、買うために、骨董屋にはいり、話がまとまった。
そこで、素直に求めたらよいものを、関西人の性なのか、値切った、というのだ。

すかさず、店主が、言い放ったのは「あんさん、持つ資格がおへん。帰っとくれやす」

塩、撒かれたに違いない。

大変な反省をした・・と直接伺った。

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しかし、同じ製作者に違いない。

こちらのほうが写真うつりが、宜しおすなあ、とマリヤ様に話しかけてみる。

花瓶代わりのビヤマグと並べられて、迷惑そうではある。あんまりや・・ってか。
ま、よろしやん。



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# by coppoumon | 2018-01-17 22:40 | Comments(0)
2018年 01月 14日

聖護院かぶら

冬の楽しみは、根菜を食べること。

とりわけ、聖護院かぶらと海老いもは京都ならではの楽しみだと考える。

今年は聖護院かぶらが品薄らしい、とは聞いていたが、正月を過ぎて、八百屋で潤沢に見ることは少なくなった。
わたしが目にするのは、千枚漬けに使う大きな立派なものとはちがって、千枚漬けにできそうにもない「はねもん」といわれる小さなものだ。

出回り始めの倍以上の値段で、サイズは一回り小さいのが手に入った。
障子といわれるところまで大きく皮を剥いて、薄切りにして、昆布、柚子をくわえ、好みの二杯酢に漬け込んだ。

皮は、お決まりのポタージュにする。

この冬3度目であるが、寒さのおかげで蕪はとても甘い。

にんじんを少し加えて、わずかな玉ねぎも入れて、バタで蒸し炒めたものを、時間をかけて煮て、ミキサーにかけ、さらに裏ごしをした。

コンソメキューブをすこしくわえ、牛乳をちょっと足して出来上がり。

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コンソメキューブではなくて、チキンブイヨンで丁寧につくったり、はじめから和食とあわせるときは、昆布だしを引いたりする。

商売屋のポタージュよりはよほどおいしいと思う。



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# by coppoumon | 2018-01-14 00:22 | 常の日の惣菜 | Comments(2)
2018年 01月 13日

改組 新 第4回日展

期日の一日前になって、京都の日展に出かけた。

村山春菜さんの日本画を拝見するためである。
この冬一番の寒さと言われた日。
日展をすべて見終え、外に出て東山を眺めたが、平安神宮の前の広場には、誰もいない。
時間は16時まえ。

18歳の頃、この、広場の前の交差点には、櫓が組んであって交通整理のおまわりさんが、マイクで叫んでいた。

あんさん!
そこの、黒いジャンバーで横断歩道を渡ろうとしてはる、お兄さん!!
今、信号は赤どすえ!!!
あぶのうおす。
しんごうが青になるまで、まっといなはい!!!!

京都弁の、おまわりさんだった。だんだん早口でまくし立てられると、いやおうなしに、従うではないか。

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大鳥居の南がわで、疎水をちょっとだけ眺める。さむさで鼻先が痛くなる。
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平安殿という和菓子屋で買い物をして、京阪三条まで歩くことにした。
途中50年前から殆ど変わらない町並みを眺めた。

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市電に乗り、ちょっとぼんやりしていると、どこがどこなのかわからなくなるような、同じような町並みが続いていたことが懐かしい。

「雪餅」という和菓子を求めた。

ふんわりとした金団のなかは黄身餡、その中に小さな求肥の餅が隠してある。かまくら遊びの絵のようだ。

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雪餅より、冬篭りというお題のほうがふさわしいのじゃないかなあ・・などと、家に篭もって考える。

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# by coppoumon | 2018-01-13 23:51 | Comments(4)
2018年 01月 11日

私的日記2017から2018へ 七味五悦三会

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# by coppoumon | 2018-01-11 21:24
2018年 01月 11日

高麗天目

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# by coppoumon | 2018-01-11 20:45
2018年 01月 10日

庭の作業

太神楽がひとつだけ咲いて、頑張っている。
これが、どたっ、と落ちたらいっせいに次の花が咲き始めるようだ。

一子侘助もまず、ひとつだけ花が開き、落ちると、待ってましたと、次々に開花していく。

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今日はバラに寒肥をやった。
ボールに2杯、環状に掘って、油粕を入れて、土を被せた。

横に大神楽がある。
バラの寒肥の余禄をもらうだろうか・・いや、バラよりも大きくたくさんの花をつけるのだから、大食漢に決まっている。

まず、影響のなさそうなところからループを掘って、油粕を入れておこう。
葉の色も冴えないし、栄養が不足しているのかもしれない。


裏庭は去年、大盤振舞いをしておいた玉之浦が76個も蕾をつけている。
吹雪白玉も12個大きな蕾がある。

施肥しなかった帥人はわずかに5個の蕾。
昨年は咲かなかった。

侘助は隣家が廃材を運び出す時に、うちの敷地を通って、根を踏み固められてしまい、枯れた。
同じものを探してこようと思う。

寒い時期、椿の開花をたのしもう。


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# by coppoumon | 2018-01-10 22:54 | Comments(0)
2018年 01月 04日

正月三日 

正月も三日ともなれば、上菓子ばかりではなく、普段のものが何か食べたい。

これはおやつの話である。ところが、饅頭屋の数が減少してきて隣の駅まで電車に乗らないと、今すぐには無い。
どうせ電車に乗るのなら、ちょっとにぎやかなところに足を伸ばそう、と八幡市駅へ出かけた。

八幡市駅で下車した記憶はほとんど無く、八幡町という駅名の記憶のほうが強い。
以前の住まいから、尾根伝いに石清水八幡宮に行けたので、下の鳥居をくぐることが無かったのだ。
で、この八幡宮のおかげなのか、饅頭屋がいくつもある。

饅頭屋の先に、泰勝寺が、あり、三が日のみ特別拝観しているはずだ、とひらめいた。

饅頭が先か、拝観が先か・・

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玄関にいるはずのワンちゃんがいない。
ここは松花堂昭乗のお墓ゆえに建てられたお寺であったはずだ。

35年間住まいしたときには、来年こそ・・とおもいつつ一度も訪れたことが無かった。
あらゆる種類の南天が植えられている。

見事なお庭である。

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とてもカメラでは、私の腕などでは、収めきれるような庭ではない。

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三途の川を橋や船で渡る・・というお庭なのだそうだ。

正月3日目、三途の川をわたるとは稀有なこと。

瀧本坊の茶室が再現されている。百名席のひとつなのだそうだ。

瀧本坊は、25年以上前だったか、発掘調査が行われ、茶室の石組の一部が残存していることがわかった。
それを、いつだったか、冬に訪ねて確認したことを覚えている。

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がけに迫り出すように建てられた茶室は貴人口が京都のほうを向いていた。

すがすがしい気持ちでお寺を辞した。

帰り道、饅頭を買い求める。
饅頭屋さんの名前がまったくわからない。
瀬戸口・・という表札が掛かっているだけ。

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左上から、むぎもち、よもぎもち、くりもち、六方焼、花見団子。

時に、餡を炊く匂いにつられて、買った饅頭。餡の甘さ、形、包み紙も、40年前から何一つ変わっていない。

すべからく、めでたい。





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# by coppoumon | 2018-01-04 22:50 | Comments(2)
2018年 01月 04日

正月二日 足の踏み場

一年の計というので、身につまされたことがある。
ちょっと耳が痛い。

母の友人・・近所の刺繍屋さんのオバちゃんは、母より年下で、姉のように慕い、毎日のように遊びに来ていた。
ぼんやりしていても習い性で、手が動いて、布や毛糸から、さまざまなものが生まれるわが身を、楽しんでいる。

犬、あげよう・・と
連れてきたのは、メスなのだそうで、名前をつけることにした。
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そのものに、名を、つけよ。

ジョアンナ。

気高過ぎるか?

いま、しつけの最中で、仕事を教えている。
要するに財布を置きっぱなしにしないように、常に財布のありかを、主人に教える仕事だが、覚えが良いので、ここ掘れワンワン、と改名した。

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じょうだんはさておき、
足の踏み場。
まず、初めに何から始めるか。

答えは「足の踏み場」なのである。
切所でものを考える時、難曲で手足が出ないとき、周囲を散らかしすぎた時、まず、やることは、足の踏み場を作ること。

正月に、このような子どもじみたことを考えた。
もちろん、生まれて初めて・・である。

正月にするものではないと思ったが、掃除機をかけて、床の水拭きをおこなった。



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# by coppoumon | 2018-01-04 19:17 | Comments(2)
2018年 01月 02日

2018 元旦

朝寝坊をした。

コトンと郵便受けの音が聞こえたような気がして起きだす。

おきて、井戸から水を汲み、「若水」を供えた子ども時代と違い、ペットボトルから、ミネラルウオーターを飲む。
さて、どうしたものだろう。まだ9時過ぎだ。

年賀状書きを始める。

クリスマスの演奏の後、風邪を引きそうで、とろ~んとしていたが、上手くやり過ごせたようだ。来客用の食事の下準備もできている。

40枚ほど書いたところで、一旦、休憩。

郵便局に散策がてらでかけ、旧村の氏神様の神社を回ってみることにする。お向かいのおじさんが役員をしてるのだ。


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3時を回っていると言うのに、150人ほどの列が出来ており、朝から途切れないと、役員をしている知人が言う。
お神酒のお振る舞いがある。焼き芋もお下賜くださる。
たこせんに何かを塗って載せたものは、50円と書いてある。下戸と子どもたちのための気遣いだろうか。昨年は無かった。

神主は、東京芸大の声楽科出身で、祝詞の美声が心地よい。

途中で、我が家へのお客様と合流する。

昨年同様、吉野への参詣土産にと、柿の葉寿司をいただいた。
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ことしは出し巻きを買い求めた。京都の「のと正」店先にたくさん並べて、冷ましている最中だった。
こんなにも焼いて、売れていくのなら、さだめし、おいしいのだろう、と踏んだのだ。

一本480円也

ブドウ豆は、知人の友人が岡山で収穫したもので、粒がちょっと揃わないのがご愛嬌。

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雑煮は、白味噌仕立て。
真由子絶叫をイメージした。


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いつも遊びに来られた老ご夫婦も、連れ合いを亡くされ、電話でのご参加で、おもえば少し淋しい正月になった。
ま、それはそれ。

ことしは染付けを出さなかったなあ。40数年使い込んだ塗り碗もお役を終えることになった。修理に出して、また普段使いをしたいと思う。

おみくじは大吉だった。

このみくじにあう人は

草木の春にあい
花咲き
やがてみのるようで
世に出る喜びがある

神仏を信じ
自らかえり見て
謙虚なれば
幸せ来たる


やったぜ、この一年をめでたし、と理解する。

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# by coppoumon | 2018-01-02 21:55 | Comments(2)